軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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日々、温泉で疲れを癒やしていた私のもとへ、皇国からの使者が来たのは、雨の続く午後だった。

「……とうとう来たか」

私はティーカップを置き、小さく息を吐く。

姉の婚姻、皇国との関係、そして阿片。来ないはずがない話だった。

通された使者は、礼儀正しく頭を下げた後、丁寧な装飾の施された書簡を差し出した。

私は封を切り、中身へ目を通す。

――両国の友好を深めるため、医療技術の共同研究を提案したい。

綺麗に書いてあるが、要するに。

「阿片技術を寄越せ、か」

私が呟くと、使者の眉がわずかに動いた。否定はしないらしい。

私は机の引き出しを開ける。そこには、既に用意してあった分厚い書類の束が入っていた。

どさりと、机へ置く。

使者の表情が、一瞬固まる。

「……これは?」

「我が領における、薬管理規定です」

私は淡々と言った。

「栽培、加工、運搬、保管、処方、廃棄。全工程の監査記録になります」

使者が恐る恐る紙をめくる。

職人ごとの立入制限。保管庫の二重封印。鍵管理。医官の責任範囲。診察記録の照合。帳簿監査。横流し発覚時の処分規定。

読み進めるほど、使者の顔色が変わっていった。

私は静かに続ける。

「この薬は、扱いを誤れば毒になります」

阿片は、人を救う。同時に、人を壊す。

だからこそ、教会も厳しく見ていた。

「我が領では、私の直轄部隊が昼夜問わず監査しております。少しでも帳簿が合わなければ、即座に調査です」

使者が、小さく息を呑む。

私はさらに紙を一枚差し出した。

「こちらは、不正発覚時の処分規定です」

「……免許剥奪、財産没収、領地追放……」

「当然です」

私は即答した。

「薬を垂れ流せば、国が壊れます」

部屋が静まり返る。

使者はようやく理解したようだった。

欲しいのは技術だけでは済まない。必要なのは、それを管理する組織そのものだと。

私は椅子へ背を預けた。

「共同研究は構いません」

使者が顔を上げる。

「ただし、まずは貴国側で、この管理基準を導入していただきます」

私は厚い書類を軽く叩いた。

「数年単位で監査も行います。医官制度、帳簿制度、保管体制、監察組織。全て整えていただく」

「……数年」

「出来ぬまま技術だけ渡せば、私は教会から異端扱いされますので」

半分は冗談だったが、半分は本気だった。

実際、死人が出れば終わる。

使者は沈黙したまま、分厚い規定書を見つめている。

最初は、製法だけ奪えば済むと思っていたのだろう。だが現実は違う。

必要なのは薬ではない。国そのものを管理する覚悟だった。

使者が持ち帰った規定書は、皇国の宮廷ですぐに話題になった。

玉座の間ではなく、限られた重臣だけを集めた小会議室。 机の上には、分厚い羊皮紙の束が積まれている。

読み進めるほど、空気は重くなっていった。

やがて、一人の貴族が羊皮紙を机へ叩きつけた。

「……馬鹿げてます」

苛立った声だった。

「薬一つ扱うために、ここまで人と金は使えません」

別の重臣も顔をしかめる。

「工房へ入るだけで許可証が必要? しかも、職人同士で工程を知らぬよう分けると?」

「こんなもの、軍の補給管理より厳しいです」

「いや、下手をすれば王城の金庫より面倒ですぞ」

次々に不満が飛ぶ。

皇国は中央集権国家だ。だが、それでも貴族、商会、教会、それぞれが独自の権限を持っている。その全てへ監査を入れろ、というのが、この規定書だった。

「出来るわけがありません」

誰かが吐き捨てた。

「地方貴族が反発します」

「商会も黙りませんぞ」

「医官が逃げ出すでしょう」

「こんな管理、人手だけで予算が飛びます」

部屋の空気は、次第に険悪になっていく。

その時、比較的若い官僚が、おそるおそる口を開いた。

「……ですが、技術だけなら、我々でも再現出来るのでは?」

空気が止まった。

「阿片そのものは、古くから存在します。蒸留や精製も、時間をかければ――」

「早まるな」

鋭い声が飛んだ。軍務卿だった。

「……教会が許すとお思いか?」

若い官僚が黙る。

軍務卿は低い声で続けた。

「管理もなく中毒者を出せば、“悪魔の薬”として異端認定されるかもしれない、それでも?」

誰も反論しない。

実際、過去にも薬物絡みで異端審問へ発展した例はある。

しかし、あの小国は違った。

「……つまり」

宰相が、重く口を開いた。

「技術だけ盗んでも意味がない、ということですか」

誰もが理解していた。必要なのは製法だけではない。国家規模の管理体制そのものだ。

そして、それを整えるには。時間も、金も、人材も、権力も足りなかった。

やがて、皇帝が静かに羊皮紙を閉じた。

「面白い男だな」

感心とも、不快ともつかぬ声だった。

「技術を壁で囲ったのではない」

皇帝は規定書へ視線を落とす。

「“国家そのもの”を鍵にしたか」

誰も答えなかった。

窓の外では、冷たい雨が降っていた。

皇国は、まだ知らない。

小国の王子が備えているのは、 技術流出だけではないということを。