軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第7話 詫び石がなければ死んでいるところでした

それは恩恵を与える者だった。

人々の祈りを聞き届け、望むままを与える。

それは、自らは何もせず、願いの善し悪しを気にかけることもない。それはただ、いけにえの数に応じた恩恵を、機械的に与える者だった。

それはふらふらと人の世界を徘徊し、どのような願いも叶え続けた。

当然のように人々はそれを求めて争った。

それを 一所(ひとところ) に留めておくなどできるわけもなく、必然、人々はそれのいる場所を奪い合うことになる。

たとえ恩恵が必要なかったとしても、それを他者が独占することは看過できないからだ。

人々は戦いに明け暮れ、欲望のままに願いを叶え続けた。

人類が半減するまでに、そう長い時はかからなかった。

このままでは人類は滅亡する。

人類の行く末が見えた時、人々はようやく己の愚かしさを自覚した。それが人の手に余るものだと、触れてはならないものだと気付いたのだ。

それは滅ぼすべきだ。少なくとも、人の手の届かぬ所に封じるしかない。

だが、それは著しく困難なことだった。

それは人のどんな攻撃もまるで意に介さなかったのだ。反撃をしてくるわけではない。ただ、何も通用しない。

すると、ある知恵者がこう言ったらしい。

「だったら簡単だ。あれにこう願えばいい。滅びろ、とね」

為す術のなかった者たちにそれは天恵とも思えた。

そして、すぐさまそれは実行された。

しかし、それ――その後魔神と呼ばれる者――はこの時初めてその意思を見せた。

「いいだろう。だが代償として、この世界に存在する全ての命をもらいうけよう」

魔神は牙を剥いた。

瘴気をまき散らし、眷属を生み出して、世界を蹂躙しはじめたのだ。

人々は手を取り合い、絶望的な戦いに挑んだ。だが、人間では眷属にすら歯が立たない。

人類は絶滅の危機に瀕した。

だがそこに、大賢者があらわれた。

*****

リックが千年前の戦いを、ライニールに語っている。

夜霧と知千佳は少し離れてこそこそと話をしているが、聞き耳は立てていた。

「そもそもいつ殺しちゃったの?」

「結界に入ってすぐ? 瘴気がどうとか言ってた時かな」

「相手ぐらい確認しようよ!」

「つい反射的に」

「ま、まあ、話を聞いてる感じだと、別に殺しちゃってもいいような気がするけど?」

あまり責めるのもどうかと思ったのだろう。知千佳は夜霧を慰めるように言った。

「どうだろ? 人間の自業自得な気もするけどね。あれ、魔神が悪いの?」

「うーん、そう言われると」

そもそもが、勝手な願いを望み続けた結果だろうと夜霧は思う。

「俺としては瘴気の源を断っただけではあるんだけどさ。結果的に魔神を殺しちゃってたわけなんだけど、話を聞いてると、そんな簡単に殺しちゃってよかったのか、って気がしてくる」

「あ、やっぱ気まずいとか思うんだ。高遠くんでも」

「そりゃね。なんていうのかな。害獣だと思って殺したら絶滅寸前の天然記念物でしたみたいな感じっていうか、薄汚い彫像をうっかり壊したら、重要文化財だったみたいな」

夜霧は歴史の重みのようなものを感じていた。

ここには千年の歴史があり、その間この地を守り続けた者がいる。突然やってきたよそ者が簡単に決着をつけていいものではないだろうと考えたのだ。

「ま、考えすぎても仕方ないか。黙ってりゃばれないし」

「軽っ! そして立ち直り早っ!」

「俺に対して害があったのは事実なんだし」

おそらく、結界を張ったのは聖王で、故に結界はこのまま維持され続けるのだろう。ならば、魔神が死んでいると知られる可能性は、少なくとも当分の間はない。

死んだ魔神を封印し続けるのは無駄かもしれないが、今までそれでとれていたバランスが急に変わる方が問題だろう。夜霧はあっさりそう割り切った。

「じゃあ塔を下りよう。剣聖と話ができそうならして、王都に向かいたいし」

気付けば屋上にほとんど人はいなくなっていた。

残っているのは夜霧たちと、ライニールの友達だというフレデリカだけだ。管理役である魔導人形の姿もいつの間にか消えている。

茫然自失していたフレデリカだったが、気を取り直したのだろう、夜霧たちのもとへやってきた。

「石を持ってるんでしょ。よこしなさいよ!」

フレデリカは突きつけるように手を差し出した。

「え、その、どうするんですか?」

居丈高なフレデリカの様子に、ライニールは怯えていた。端から見ている限りではとても友人関係とは思えない。

「魔力を回復させんのよ。で、ブーストってのもできるんでしょ? 今度は速度全振りで打ち込んでやるんだから!」

「あの、前に説明したと思うんですけど、詫び石は僕に紐付けられてて、他人には使えないんですけど……」

「はぁ? だったらあんたいったい何のためについてきたのよ!」

「……別についてきたくてきたんじゃ……」

「ほんっと使えない! もういい!」

怒りながらフレデリカは一人で行ってしまい、屋上には夜霧たちだけが残された。

「……ぼ、僕たちもそろそろ行きませんか?」

ライニールがまだ少し怯えた感じで提案する。

屋上には複数の塔屋があり、どこから階下へ降りるか選ぶのも、試練の一つらしかった。

「じゃああっちから」

夜霧はなんとなくフレデリカが向かったのとは別の塔屋を指差した。

異論は出なかった。

*****

「ぎゃああああ!」

壁から飛び出した槍がライニールの腹に突き刺さっていた。

罠だ。

運が悪かったのだろう。

夜霧は罠についても死の危険として位置を把握することができる。ほとんどの罠は既に起動していたり、先に通った者が解除したりしているのだが、たまたま残っていた最後の起動スイッチをライニールが踏んでしまったのだ。

塔屋に入り、階段を下りてすぐのこと。忠告する暇もない、あっと言う間の出来事だった。

「ライニールさん!?」

知千佳が慌てて駆け寄る。リックは落ち着いて抜刀し、壁から突き出ている槍を斬った。

支えを失ったライニールが床に倒れ、苦痛に耐えながら必死にポシェットをまさぐる。

次の瞬間、ライニールの体が光り輝いた。

そして、何事もなかったかのように立ち上がる。腹部の槍は押し出されて床に落ちていた。服までも完全に元通りになっているのは、真っ二つの状態から復活した時と同じだ。

「ふう、詫び石がなければ死んでいるところでした」

ライニールはどこかのんきな様子で額の汗をぬぐった。

「ライニールさんに関しては今後心配しないことにしますね!?」

どうせ詫び石でどうにかなるのなら、何があっても心配するだけ馬鹿らしい。

「いや、そう言われましても今も危ないところだったんですよ? 詫び石は手に持っていないと使えないんですから」

「だったらずっと手に持ってたらどうですか?」

「ああ! ありがとうございます! そんなことにも気付かないなんて!」

そう言ってライニールは左手に詫び石を持った。

「これだけだと不安ですね。そうだ、僕の手を何かでぐるぐる巻きにしていただけませんか? 僕のことですから、どうせ肝心な時に落としたりすると思うんですよ!」

「はあ、そういうことでしたら」

知千佳は言われたように、手持ちの飾り紐でライニールの左拳を縛り付けた。かなり固く縛ったので、石を落とすことはまずないだろう。

「その、星結晶でしたか。寡聞にして存じませんが、それはどのような効果を持つものなんですか? 見たところ、それはライニールさんにとって命綱ともいえる存在でしょう。我々も知っておいたほうが今後役に立てるかと思うのですが」

「ああ、そうですよね! 星結晶とか言われても普通わかりませんよね!」

リックの提案に、ライニールは素直に答えた。

「星結晶の使い道は三つあります。一つは完全回復。どんな怪我でも完全に回復し、魔力も最大まで充填されます。もう一つがブーストです。各種能力が一時的に大幅強化されます。瘴気に耐えられるようになったのは、この能力強化のおかげなんですよ」

「あの、いま一時的って言いましたよね? それ、どれぐらい持つんですか?」

ふと気になり知千佳は聞いた。

「三十分程度ですね……って、ああっ!」

夜霧も気付いた。前回の使用からそろそろ三十分経つころだ。瘴気の源を断ちはしたが、おそらくこの周囲に漂っているのは千年前の戦いで発生したものだろう。依然、瘴気は消えていなかった。

「そ、それと星結晶でガチャを回すことができるんです! これでアイテムを手に入れたり、仲間を呼んだり……と、とりあえず回しますね!」

「なぜ今!?」

ライニールが懐に右手を入れて、三つの星結晶を取り出す。

星結晶は輝きながら消え、何かがぽとりとライニールの前に落ちた。たわしだった。

「えーと……何か凄いたわしなの?」

「いえ。普通のたわしですね。たわし一年分です」

ハズレらしかった。

「と、とにかくこの局面を打開できるアイテムを出さないと!」

「……この人の運の悪さと合わせて考えると、星結晶ってあんまり役に立たないんじゃ……」

ライニールがどうにか破邪の指輪を入手できたのは、星結晶が残り三個になった時点だった。

「ふう、とにかく助かりました。これは状態異常への耐性を上げてくれる指輪みたいですね」

塔に入っていきなりライニールが死にかけたりしたが、ようやく落ち着いたので夜霧はあたりを見回した。

壁や床は灰色の石でできている。バトルエリアということだろう。明確な説明はなかったが、セーフエリアが戦闘禁止なのだから、その意味は容易に想像できる。

通路は直線的に構成されていた。曲線があらわれるのは、外周部ぐらいなのかもしれない。

「下に行くしかないんだけど、ポイントはどうするんだろうね」

「素直に考えれば、戦って奪い合うということかもしれませんが。どんな条件でポイントが変動するのかがわかりませんね」

「とりあえず進むしかないと思うけど。ライニールさんは本当に気を付けてね!」

知千佳が念を押した。

他に選択肢はないので、一行はそのまま前に進んだ。

すると通路が白くなった。セーフエリアなのだろう。セーフエリアに入ってすぐのところに、木箱が置いてあった。

「何でしょうかね?」

「ライニールさんは近づかないでね?」

「俺が行くよ」

夜霧が箱に近づく。中は空だったが、紙が貼り付けてあり文字が書いてあった。

『一ポイント』

「誰かが取った後みたいだけど、ポイントが入ってたみたいだ。こうやって集めるのかな?」

「だったら、のんびり後から入った私たちって思いっきり不利な気が……」

「それに、こんな調子だと、百ポイントって大変だな……ちょっと待って」

木箱が微妙に傾いているのが気になった夜霧は、木箱をずらしてみた。すると下から十センチ四方ほどの金属プレートがあらわれた。

この世界の言語で一と書かれていて、ぼんやりと輝いている。夜霧が拾い上げると、輝きは失われた。

「これで一ポイント獲得なのかな」

なんだかゲームをしているような気分で、夜霧は少しだけ楽しく感じていた。