軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第6話 なんであんなのが聖王の騎士を目指してんの!?

塔の屋上からは峡谷が一望できた。

どこまでも続く、乾ききった土と岩の世界。塔の周辺に緑があるのは例外でしかないのだろう。

剣聖は屋上の端に行き、下方を指差す。ついてきた者たちは異様な光景を目撃した。

峡谷が丸く、なめらかに抉れているのだ。

それは、直径十キロほどもある球状の空間を想起させた。そこにあったものが丸ごと消え去ったかのように見えるのだ。

実際、そこには異様な領域が存在していた。その《空間》の中には異形の群れが詰め込まれていたのだ。無数の化け物どもが、外を睨みつけたまま空中で固まっているのである。

そして、その中心部。

類い希な視力を持つ知千佳は、そこに二人の人影を見ていた。

白い女と、黒い男だ。

二人は抱き合っているかに見えた。

だが、それらは戦っている最中なのだろう。女の持つ剣は、男の背を貫き、女の腹に突き刺さっていた。それは、なにがあろうと男を逃さないという執念があらわになったような光景だ。

これが魔神を封じるための結界であり、聖王が自らを犠牲にして行っている。知千佳は直感的にそう理解していた。

「ここが世界の終焉の地だ。この世界はいつ終わってもおかしくない、ギリギリのところで生かされている。剣聖なんてのはなんてこたぁない。あいつらの見張り番にすぎねーんだよ」

「そんなことはとっくに知ってるわ!」

すると、集団の中から派手な服を着た少女が一歩前に出てきた。

「私は、千年にわたる魔神との戦いに終止符を打つべくここにやってきたんだから! 聖王の騎士だの、眷属との戦いだの実にまだるっこしいわ! あいつを倒しちゃえば全ては解決じゃない!」

「ほう、威勢のいいこったな」

「ええ。あなたの役目も今日をもって終わり! 今後は安穏とした余生を送るといいわ!」

少女が右手に持った杖を掲げる。

途端に発生した熱量に、周囲がざわめいた。

それは杖の先、上空に出現した光球が発する熱だった。

光球が凄まじいエネルギーを内包していることは、魔法についてろくに知らない知千佳にもわかった。まばゆく輝く光球はまるで小型の太陽のようだったからだ。

少女が杖を振り下ろす。

一瞬遅れて光球が消えた。結界に向けて、高速で射出されたのだ。

少女は勝ち誇っていた。確かにそれを食らえばどんな存在でも無事ではいられないだろう。

だが、異変は光球が結界に触れた瞬間に訪れた。

目に見えて光球の速度が落ちたのだ。

そして、のろのろと見る影もなくなった光球は、やがて動きを止めてしまった。

「はい?」

少女はぽかんとした顔になっていた。目の当たりにした現象を信じることができないのだろう。

「結界の中は時間が遅くなってるらしくてな。中に行けば行くほど遅くなるそうだ。中心部なんかはほとんど止まっちまってるらしい。つーわけで、あれが奴らの所に届くのは何百年か後のことだろうから、余生を安穏に過ごすことはできなさそうだな」

からかうように剣聖が言った。

「さて。じゃあ聖王の騎士を選抜する試練を開始する。おおざっぱに言えば一階まで下りることができれば合格なんだが、いろいろとルールはあってな。ま、説明はこいつに任せてる」

剣聖が隣を指差すと、そこには、いつの間にか黒いドレスを着た少女が立っていた。

「じゃあな。ああ、それとな。結界の影響なのか、このあたりも時間の流れは少しばかり遅くなっている。あんまりとろとろとしてると外に出た時が大変だぞ」

そう言い残して剣聖はエレベーターに乗り込んだ。

扉が閉まり、鈍い音が響く。剣聖が下に降りているのだ。もちろん、夜霧たちがそれを使ってさっさと帰るなんてことはできないのだろう。

「はい、それでは皆さん。こちらにご注目ください。私、この試練の管理を任されております、魔導人形Aです」

言われた通りに知千佳は少女を見た。確かにその少女は人形だった。肌の質感が人間とは異なる滑らかなものだったのだ。

「この塔内では私の同型機が複数働いております。見た目は同じですので混乱なさらないようにお願いいたします。さて、この塔内でのルールを説明いたします。先ほど剣聖様がおっしゃったように、皆様には塔の百階に相当するこの屋上から、一階を目指してもらいます」

「ねぇ? もし、ここから飛び降りて一階に辿り着いたらどうなるのかしら?」

そう言うのはメイド服がまるで似合っていない女だった。

メイドにしては佇まいが高貴すぎるのだ。その女が人に 傅(かしず) くところなど、知千佳には想像できなかった。

「それでは合格とはなりません」

「そう。手っ取り早いかと思ったのですけど」

まるで落ちても無事でいられるかのような言いぐさだ。そして、知千佳は妙なことに気付いた。

「高遠くん。あんな人いたっけ?」

ここへ来るまでに見かけた記憶がなかったが、これほど印象的な女を見落とすとは思えなかったのだ。

「広場にはいなかったな。他にも増えてるみたいだけど」

知千佳はあたりを見回した。殺し合いで減ったはずなのに、そこから少し増えているように思えた。

「合格するには百ポイントを集めた上で、二十四時間以内に一階に辿りついていただく必要があります。今が十五時ですので、明日の同時刻がリミットとなりますね。どうやってポイントを集めるのかは各自でお調べください。塔内には様々なヒントがございます。最低限の説明をしておきますと、塔には二つのエリアがあります。まずは屋上の床をご覧ください。白くなってますね。こちらはセーフエリアです。ここでの戦闘行為は即失格となります。もう一つがバトルエリアでこちらは灰色になっています」

「バトルエリア……」

知千佳は嫌な予感しかしなかった。

「保持ポイント数は、魔導人形におたずねくださればお答えいたします。説明は以上で、これより試練開始です。この屋上には入り口が複数ありますので、お好きなところから挑戦なさってください」

屋上には塔屋がいくつか建っており、そこが入り口らしい。何人かは開始の合図と共に走りだしていた。制限時間もあるし、先に行った方が有利だと判断したのだろう。

「質問よろしいですか?」

リックが手を上げた。

「一応質問は受け付けますが、ルールについては答えられませんので、質問に時間を取るよりはさっさとスタートした方がいいかもしれませんよ?」

「では。私の記憶が正しければ、そちらのメイド服の女性は、轟剣位のテレサ殿、つまり聖王の騎士です。なぜ選抜に参加しているのですか?」

メイド服の女、テレサは名の知られた人物のようだった。

「はい。彼女は特別参加者です。特別参加者の参加理由は様々なのですが、彼女の場合ですと、聖王の騎士の資格が剥奪されておりますので、再試ということになりますね」

いつの間にか増えているのはその特別参加者らしい。

リックはその説明で納得したようだが、どこか険しい顔になっていた。

「高遠さんたち、少しよろしいですか?」

リックは、夜霧たちとライニールを呼び集めた。

「なに?」

「先ほどの説明からすると、おそらく塔内での戦いは避けられないでしょう。それが試練だというのなら挑むしかありません。ですが、この中にはどうあっても戦うべきではない相手がいるのです」

「さっきの人ですか?」

知千佳はちらりとメイド服の女を見た。すぐに動くつもりはないらしく、ぼんやりと突っ立ったままだった。

「ええ、彼女の名はテレサ。元王族で轟剣位の剣士です」

「その、位がどうのと言われてもよく知らないんですけど、強いんですか?」

知千佳には彼女の強さがよくわからなかった。独特の気配を感じはするが、知千佳が知るような達人の雰囲気ではなかったのだ。

「轟剣位は剣士の位階でいえば三位です。ちなみに私は王剣位ですので、七位。つまりまともに戦って勝てる相手ではありません」

「元王族があんな格好ってのは、そこまで落ちぶれたってことなんでしょうか?」

メイドに身をやつしているのだろうかと知千佳は考えた。

「気にするのはそこなんですか?」

リックが気の抜けたような声をあげる。するとテレサ本人が知千佳の疑問に答えた。

「この格好は趣味ですよ」

小声で話していたはずだが、こちらの会話は筒抜けのようだった。

「リチャードさん。こんなところで出会うとは奇遇ですね」

笑顔でテレサが近づいてきた。

「あなたこそどうしてここに」

あまり話をしたくはないのか、リックの声は平板なものになっていた。

「うっかり人を殺しすぎてしまいまして、聖王の騎士の資格を剥奪されてしまったのです。ですが、騎士でないと眷属出現時にお声がかかりませんし、人を相手にしても物足りません。そこで剣聖様にお願いしたところ、こうして機会をいただけたのです」

「そうですか」

ますますリックの声は固くなった。

「あまり歓迎されていないようですので、これでお 暇(いとま) いたしますね。中でお会いした際にはよろしくお願いいたします」

そう言ってテレサは去っていった。のんびりと塔屋に向かっている。

誰かに聞かれるかもしれないと思うと、あまり話もしづらい雰囲気になっていた。

『さて、他にも何人か気を付けた方がよい者がおるな』

もこもこが耳打ちしてきたので、知千佳はあらためて周囲を見た。

『まずは髑髏面だな』

もこもこが指差す先には、全身を黒い布で覆った何者かがいた。男のような気はするが性別はわからない。髑髏の面だけが白く、浮いているかのように見えていた。

「なんであんなのが聖王の騎士を目指してんの!?」

どう見ても聖なる者とは思えなかった。

『そして、あれだ。我はこの世界の魔力とやらには疎いが、存在感が他とはまるで違う』

「あー、確かに存在感はんぱないね」

金色だった。

金のサークレットをつけ、金のローブを着込んだ優男だ。首には宝石を連ねたネックレスが幾重にもかかっているし、全ての指に派手な指輪を装着している。手に持っているのも、精緻な装飾が施されたいかにも高価そうな金色の杖だ。

見たところ魔法使いなのだろう。

一見馬鹿馬鹿しい格好ではあるのだが、それが下品ではなく様になっているように知千佳には見えた。

「いや、だから。剣士の選抜じゃないの、これ!?」

優男は、知千佳と眼が合うと、にこやかに手を振ってきた。

『次にあれだ。日本人だろう。転生やら転移やらで来ておるなら、何か能力をもっておるやもしれぬ』

ファー付きの白いジャケットを着た男で、確かに顔立ちは日本人だった。仲間らしき少女を三人引き連れている。

「女の子を連れてるあたり、橘くんを思い出すよね。親衛隊とかさ」

白い服を着た兎耳の少女に、軍服を着た少女に、その二人よりも一回りは小さな、ドレス風のワンピースを着た少女。どの少女も男を尊敬しているらしいのが窺えた。

『最後はあれだな。なんとなく気になるのだが、よくわからぬ。何かを隠しておるような気もするのだが』

薄汚れた外套をまとった、黒髪黒目の平凡な顔立ちの女だった。その佇まいには歴戦の勇士といった風格がある。それは知千佳にもわかりやすい強者の雰囲気だ。

そうやって知千佳が見ているうちに、ほとんどの者は塔の中へと入っていった。

「俺とライニールさんは一ポイントで、リックさんは十ポイント持ってる。壇ノ浦さんも確認しておいてよ」

「え? 教えてもらえるものなの?」

知千佳が要注意人物を観察しているうちに、夜霧たちはそんなことをしていたらしい。

「聞けば教えるって言ってたのに、みんな無視して行っちゃうんだもんな」

聞いてみれば、知千佳も一ポイントだった。

「なんで、リックさんは十なんだろ。剣士っぽいからなのかな……」

一ポイントの知千佳たちは、剣を持ってすらいなかった。

「あの、僕を誘った友人っていうのが、さっき魔法を使った女の子で、フレデリカさんっていうんですけど……どうしたらいいでしょう? さすがに放っておくわけにもいかないんですが……」

ライニールが恐る恐る言う。その少女、フレデリカはまだぼうっと突っ立ったままだった。放心状態から抜け出せていないらしい。

「そうですね。先ほどの態度からすると下手に慰めるのも逆効果にも思えますし」

「そうなんですよ……というかですね、僕、魔神とか聖王とかよくわかんないままここに来てるんですよ。どうしたらいいですかね?」

リックが促すと、ライニールが怯えた声で答えた。

「そういや、あの子、魔神を倒すって言ってたけど……」

フレデリカの魔法は結界に阻まれて通用しなかった。確かに、結界が魔神を封じ込めるものなら、そんな簡単に外部から干渉できるわけがない。

だが知千佳は、どんな障害も問題にしない攻撃手段を知っている。

「ねえ? 高遠くんなら――」

魔神でも殺せるんじゃ? 知千佳はそう言おうとしてすぐに口を閉ざした。

――殺す理由がないだろ? とか言いそうだよね。

現時点では魔神が何者なのかまったくわかっていないのだ。なんとなく邪悪そうだからというだけで殺すのは早計にすぎるだろう。先走った知千佳は反省し、夜霧を見た。

夜霧は気まずそうな顔になっていた。

「どうしたの?」

知千佳は首をかしげた。いつにない夜霧の反応だ。

「多分魔神? あそこにいる瘴気の元を、うっかり殺しちゃったんだけど」

「……はい?」

夜霧は、結界の中心を指差していた。

「……けど、なんか、まずそうな気がしてさ。申し訳ないっていうか」

そう言う夜霧の視線の先では、リックがライニールに、魔神と聖王の千年に亘る戦いについて神妙に語っている。

確かに、「ついやっちゃったんだ」とは言い出しづらい雰囲気だった。