軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第14話 エルフの森を焼いてみた

洋子は胃液を吐き、喉に焼けつくような不快感を覚えてうずくまった。

盗賊ごときを殺すのに罪悪感などないし、しょせんはゲームのNPCだ。装備を落とす宝箱程度にしか思っていなかったが、こうまでリアルだと生理的嫌悪感で身動きがとれなくなる。

これがゲームだなどとは、とても思えなかった。

「てめぇ!」

盗賊が寄ってきて剣で斬りつけたり槍で突き刺したりしてくるものの、洋子は無傷だった。

盗賊とはレベルの差がありすぎて、一切の攻撃が通用しないのだ。

だが。

洋子は、ただ震えてうずくまるだけだった。

血と臓物と吐瀉物の臭いで目眩がする。

暴力に酔い、顔を歪ませてせまってくる盗賊に怯え、殺す気で叩きつけられる武器の数々に恐怖した。

そばにいるメイドは、何もしなかった。

洋子が吐いてうずくまったことは心配しているようだが、盗賊の攻撃をなされるがままに受けていることは気にしていないらしい。

主人はこの程度ではかすり傷も負わないと確信しているのだ。

――もういやだ!

こんなゲームやめてやる。

ログアウトしようとシステムウインドウを見た洋子は、TIPSが表示されていることに気づいた。

【TIPS:グロテスクな表現が苦手な方は、残酷表現フィルターのレベルを上げましょう】

残酷表現フィルターとは、流血や欠損表現などを控えめにする機能だろう。

洋子は、フィルター設定画面を開き、すぐさま残酷表現フィルターを最大レベルに設定した。

・流血表現オフ

・欠損表現オフ

・嗅覚オフ

・痛覚オフ

・ダメージポップアップオン

・死体消滅オン

・トゥーンシェードオン

・点滅演出オフ

これらの設定がまとめて変更される。

途端に視界が一変した。

すべてが、アニメ調の、陰影と境界のはっきりした見映えになったのだ。

痛みは感じなくなり、攻撃が加えられるたびに、0や1の数字がポップアップするようになっていた。

臭いも感じなくなり、ようやく不快感が減少してくる。

洋子は、立ち上がった。

襲ってくる盗賊たちもリアリティがまるでなくなっていた。十把一絡げのモブキャラといったところで、なんの恐怖も感じない。

洋子は襲ってきた盗賊を適当に蹴り飛ばした。

盗賊は、一撃で消え失せた。光の煙のようなものに分解され、アイテムを残して消滅したのだ。

「そうだよ。ゲームなんだから、こんなんでいいんだよ」

洋子は立ち直った。

生々しい表現はきれいさっぱりなくなり、これはゲームなのだとあらためて認識できたのだ。

「うわあああああぁ!」

ようやく自分たちが相手にしていた者の異常さに気付いたのか、盗賊どもは逃げだした。

「逃がすか」

ターゲットウインドウを表示し、逃げていく三人の盗賊を選択してアイスミサイルの魔法を使用する。

ロックオンしてしまえば、一定距離までは自動追尾するので、細かな狙いをつける必要はない。

中空に氷の塊がいくつも生じる。

それらは、器用に木々をかわしながら飛んでいき、逃げていく三人の頭を直撃した。

三人は光となって消えた。

最初に斬り殺した盗賊もいつの間にか消えている。後には、彼らが身につけていた装備だけが残されていた。

「盗賊が光になって消えた……。洋介様の様子が普段とは違うと思っていたのですが、これを試しておられたのですか?」

「うん? お前にもそう見えるのか?」

「はい。先ほどまであった、血だまりや死体も急に消えましたが、洋介様がされたのですよね?」

どうやら、残酷表現フィルターは洋子の視界だけに制限がかかる機能ではないようだ。

「フィルターって、見た目だけのことじゃないのか?」

洋子は、実験することにした。

素材検索で、獣の骨を指定し、コンパスに素材までの距離を表示させる。

「おい。あっちに何か獣がいるから、狩ってこい」

メイドに命じて行かせる。

メイドも洋子の旅に同行できる程度には強いので、野生動物程度に苦戦することはないだろう。

しばらくするとメイドが戻ってきて、手に持っていた何かが、白煙を発した。

「きゃっ! え? どういうことですか?」

メイドが落とした何かを見る。

地面には、枝肉が転がっていた。よく見れば、大腿骨らしい小さな骨もそばに落ちている。

「これは兎か?」

「はい。先ほどまでは、全身があったのですが……」

どうやら、洋子の視界に入った瞬間に、フィルターは適用されるらしい。

そして、適用されれば視線を外しても元には戻らない。

「なるほどな」

なにもかもが現実のような環境だが、ゲーム設定部分はずいぶんといい加減な仕様らしかった。

「まあ設定の検証はおいおいするとして……これからどうするか」

ゲームをプレイするにあたって、開発会社から特に指示はなかった。

長期間にわたってのVR体験が人体に与える影響の実験とのことで、要求されているのはプレイし続けることのみだ。

だが、だからといってだらだらと何の目的もなくこの世界で過ごすのでは、あまりにももったいない。

ゲームのテストプレイをするだけでもかなりの報酬が得られるのだが、洋子はそれだけで終わらせるつもりはなかった。

このゲームのプレイ動画を編集し、動画サイトに投稿するのだ。

世界初のFIVRゲームの体験動画だ。人気を博することは間違いないだろう。

洋子のゲームプレイ状況は全て記録されていて、その内容を公開する許可は得ていた。

単にFIVRをプレイし続けるだけでも、得がたい記録ではあるだろう。

だが、それだけではつまらない。

視聴者たちは、常に刺激を求めているのだし、それに応える必要があるだろう。

洋子はとりあえず、視聴者受けする動画を撮るためにいろいろやってみることにした。

*****

「よし。お前、脱げ」

「え?」

洋子は、メイドに命じた。素直に応じるのかと思えばきょとんとした顔をされて、少しばかりとまどった。

――まずった? エロ関係は規制されてるとか?

だが、それならそれで最初に確認できたのでよしとするべきだろう。

「あ、いえ。少々驚いただけです。洋介様はそういったことに興味がおありではないのかと」

彼女らの設定が今までやっていたゲームを引き継いだものになるのなら、そのような記憶になるのだろう。

洋子は同性のメイドに性的な関心はなかったからだ。

「嫌ならかまわないが」

「いえ! 脱がせていただきます」

指示をしたメイドは嫌がる素振りもなく、あっさりと全裸になった。

現状、トゥーンシェードフィルターをオンにしているので、それほど生々しくはない。

だが、全てが精巧に作られているのは確認できた。女性としての全てが省略されることなく存在していたのだ。

――ま、それはそれとして、こっち方面を追求するのも違うかな。

それでは確実に成年向け動画になってしまう。人気は出るかもしれないが、特定の層にだけ受けても仕方がない。洋子は、幅広く、全国区的な人気を得たかったのだ。

「もう、いいや。着て」

「えええぇ! どういうことなんですか、それ! お手つきになさるんじゃないんですか!」

「いや? 単に、お前のあそこがどうなってるのか確認したかっただけだ」

「……それはそれで、放置プレイ的な背徳感のある行いですね……」

その後、洋子は自分のものも確認してみた。

しっかりとついていた。

*****

屋敷の近くにある小規模な集落に洋子はやってきた。

深夜だ。大勢だと気付かれやすくなるかと思い、メイドを一人だけ連れてきている。

隠密スキルはかなり上げてあるので、一人であればほぼ気付かれることはないはずだ。

それでも従者を連れてきたのは、まだこの世界についてよくわからないことも多いためだった。一人ではこの世界では常識的なことであっても誤ることがあるかもしれない。そんなことがないようにと手助けさせるつもりなのだ。

「一応聞いておくが、衛兵はいないよな?」

「はい。この規模ですとおりませんね。しかしそんなことを気になさるということは……」

「いや、別に悪いことをするつもりはないよ?」

洋子は適当に選んだ家の前に立った。木製の平屋でそう大きくもない家だ。

洋子はドアの前に立つと、ヘアピンを取り出した。

それを鍵穴に差し入れる。

ピッキングをするつもりなのだ。

もちろん、洋子自身にピッキングの技術などない。ピッキングのスキルを持っているのは、柊洋介というキャラクターだ。

ピッキングを開始すると、鍵開けのミニゲームが始まった。

鍵の形状などは関係なく、とにかくこのゲームをクリアすれば鍵が開くという仕組みになっていた。

ボロ家のためか、難易度は低く、ドアの鍵は簡単に開いた。

「これが、悪いことじゃないんですか?」

「こんな適当にやって開くほうが悪いな。本気で侵入を拒むならもっと難しい鍵を付けとくべきだ」

ここまでリアリティのある世界だ。鍵も現実的なものにしておけばいい。なのに、ピッキングミニゲームが存在している。それはシステムがピッキングを推奨しているということだろうと洋子は解釈していた。

ドアを静かに開けて中に入る。

男が一人、ベッドで寝ていた。

「よし。盗れる物は全部盗ってみるか。お前も手伝え」

「やっぱり悪いことですよね」

そう呆れたように言いつつも、メイドは逆らわなかった。

箪笥を漁り、壺をのぞき込み、寝ている男の体をまさぐる。

特に制限はなく、全てを奪い取ることができた。男の着ていた服すら剥ぎ取ることができたのだ。

「ひどいですね……。この人、本当に素寒貧になってますよ」

「家と家具はまだ残ってるだろ。……いや、できるのか?」

発想を変えて、ワークショップモードを起動する。これは建物や集落を管理するためのモードだ。

そして、箪笥を分解して素材に変換した。箪笥はあっと言う間に木材の束になった。そして、素材をインベントリに収納する。

「そうか。そうか。おもしれー」

洋子は次々に家具を素材に変えていった。全てを素材化して回収すると、家の中には洋子たちと男だけになる。

「この状態で寝ているこの人が不憫で仕方ありません……」

「いやぁ、これで終わらんよ?」

洋子は家の外に出た。メイドには男を抱えて外へ運ぶように指示する。

そして、家を分解した。

大量の木材と、少しばかりの金属が出現した。それらも全て回収する。

これで、男は真の意味で無一文だ。

「……すごいです。すごいんですけど、最初に鍵を開けた意味って何だったんでしょうか?」

「さすがに、中に何かある状態で分解はできないんじゃないか?」

試しに隣の家をいきなり分解しようとしたが、それは無理だった。やはり、家だけの状態になっていないと駄目なのだ。

「ここって家は何軒ぐらいあるんだ?」

「二十軒ほどでしょうか。まさか……」

「こいつだけ無一文じゃぁ不公平だろ?」

二十軒の家を全て空にして分解するのは、骨の折れる作業だった。

だが、だからこそ意味がある。

やってみた動画などは、普通ならやらないような、少しばかり面倒なことをやってみるものなのだ。

翌朝。

この村には、何も残されていなかった。

当然、目覚めた住人たちは混乱した。

村が更地になり、村人は全員裸で横たわっていたのだ。わけがわからないにもほどがあり、これからどうすればいいのかなど考える余裕もないことだろう。

洋子はそれを遠くから眺め、ひとしきり笑ったあと立ち去った。

その後、村がどうなるかは知ったことではなかった。

*****

NPCを尾行して生活の全てを暴いたり、そこらの魔物を街にけしかけてから助けにいって救世主を演じたり、女子供を人質に取って男たちに延々と穴を掘らせるなど、洋子は動画のネタになりそうなことを次々に行っていった。

だいたいはうまくいった。面白いかどうかは別として、洋子の能力でならたいていの発想は実現することができたのだ。

「うーん。エルフの森を焼いてみた。なんてのはどうだ?」

洋子は屋敷で次のネタを考えていた。

「エルフ、とは何ですか?」

そばにいたメイドが聞いた。

「ああ。エルフっていねーのか。人間以外の種族って何がいるんだ?」

洋子はキャラメイキングで種族選択がなかったことを思い出した。

そのため、種族についてはあまり意識していなかったのだ。

「人間以外ですと、様々な動物の特徴を持った獣人がおりますね。他には魔法に秀でた魔族ですとか、魔力だけはあってもろくに使いこなせない半魔。大人になっても子供の姿のままの幼成族あたりでしょうか。もっとも私が知っているのはこの大陸に限ってのことですが」

獣人は町に行けばそれなりに見かけるので、人間と変わりない立ち位置なのだろう。特に集落などはなさそうだ。

魔族は、魔国にいて魔王に率いられているので、手を出せば国家を相手にするはめになりかねない。いずれはそのルートに進むのもいいが、それはメインシナリオのようなものだろう。やるなら最後にするのがよさそうだ。

半魔は森の中に集落を作っているらしいのでおあつらえ向きだが、様々な勢力に狙われているため厳重に隠れ潜んでいて、居場所は不明だという。

なので、洋子は幼成族の村を襲ってみることにした。

*****

「あ、これだめだわ」

集落が燃えていた。

おとぎ話に出てくるような、こぢんまりとした可愛らしい家々が炎を上げている。

家から飛び出してきた幼女が、メイドの攻撃を受けて光になって消えた。

そして服だけがその場に残される。

別のメイドは、樽の陰に隠れていた子供を引きずりだして殺していた。

そんなことが集落のあちこちで行われており、あたりには子供服が散乱していた。

「こういうの海外だと厳しいっていうしな」

残酷表現フィルターで死体が消えようと、子供のように見える存在を攻撃して殺していることには変わりない。

冗談めかして、『幼成族を殺してみた』などとやろうと思っていたが、実際にやってみるとネタとして成立しそうになかったのだ。

こんな動画を投稿すれば、おそらくは批判にさらされ炎上することだろう。

「はーい。いったんストップ! 戻ってこい」

大声で呼びかけると、武器を手にした十人のメイドが洋子の元に集まった。

「まだ数人残っているようですが」

「もうやらなくていい。これボツだから。じゃあ撤収。お疲れ様でしたー」

「……何なんだ……お前たちは……」

帰ろうとしたところで、よろめきながら少年がやってきた。

頭上のHPバーが減って赤くなっているので、かなりのダメージを受けているようだが、どのような傷を負っているかは洋子にはわからない。

「お! 生き残りの少年勇者発見か?」

「俺たちが何をした……。何故こんな目にあわなければならない!」

「いやー、すまんすまん。エルフの代わりになるかなーと思ったけど」

「エルフ……だと? なぜエントに住む少数民族が俺たちに関係ある……」

少年は、洋子の言葉から合理的な理由を見出そうとしていた。

ここまでのことをするのだ。

それなりの、納得できるだけの理由があるはずだと、必死に考えている様子だった。

「エルフの森を焼き討ちしてみた! ってのしようと思ったんだけど、エルフいないからさ。代わりにお前らでやったんだけど、やってみたら思ったより陰惨な絵面になっちまってな。これ使えねーなー、って思ってたとこなんだよ。だから、もう焼き討ちは終わり。なんだったら、消火活動してやろうか?」

「ふざ……ふざけるな! 何なんだよ、お前!」

少年が、洋子に掴みかかり、その瞬間少年は光となって消えた。

洋子の周囲に展開する反撃防壁が、瀕死の少年に止めをさしたのだ。

「少年勇者、せっかく生き残ったのにな」

「彼らは成熟しても子供の姿のままですので、少年だったかどうかはわかりませんが」

「ったく、ロリコンに都合よくできてる設定だよ」

「それはそうと、先ほど彼が気になることを言っていました。エルフはエントにいると」

「エント……東のほうにある島国だったか。そっちのほうには行ったことなかったな」

洋子は、このあたりのめぼしい場所にはだいたい足を伸ばしていたが、海を越えたことはなかった。

「エルフ、いるんだ……。そうかそうか。だったら焼き討ちツアーに行こうぜ!」

ここでいうエルフがどんな存在なのかはさっぱりわからない。

だが、とりあえず行ってみればネタになるだろうと、洋子は考えていた。