軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0729 スキーズブラズニル号の戦い

涼とアベルが話している間にも、甲板上は戦闘準備が進んでいく。

だが、ちょっと待ってほしい。

スキーズブラズニルは、軍艦ではなく商船だ。

だからパウリーナは『艦長』ではなく『船長』だ。

そう、スキーズブラズニルは軍艦ではないのだ。

乗組員は、普通の乗組員なのだ。

「だが船長は、迎撃したいと言ったよな」

「ええ、言いました」

「それに関しても、俺には大きな疑問がある」

アベルはそう言うと、スキーズブラズニルの巨大なマストを見る。

スキーズブラズニルはクリッパー船であるため、三つの巨大なマストがある。

それらに帆を張ることによって、高速で航行することができる。

逆に言うと、そんなマストや帆がダメージを受けると、強みである船足が落ちてしまう。

現在は戦闘に移るためだろうか、帆はすべて閉じられ、船は惰性で進んでいる。

「このマストや帆を、例えば火矢や投石からどうやって守るか、ですね」

アベルの視線から、涼は推測し頷いた。

そう、そこは船同士の戦闘で最も難しい点だ。

「アベルは国王陛下じゃないですか」

「ああ、そうだな」

「だから知っていると思いますけど、戦場では、矢の攻撃ってあんまり効果がないですよね」

「そうだな。風属性魔法使いが<風圧>の魔法で、敵の矢を……まさか、この船もか?」

「ええ、まさかのそれです」

涼が頷く。

涼は、設計書を見たから知っている。

海の魔物除けに使われている風の魔石を、戦闘時は防御用に流用することができる。

「海の魔物除けは……水の魔石の、水属性魔法の魔法式じゃないのか?」

「ああ、さすがはアベルです。素晴らしいところに気が付きましたね」

涼が称賛する。

そう、西方諸国の海の魔物除けは『魔法式』だ。

『魔法陣』ではない。

つまり、属性が決まっている。

「『海の魔物除け』の魔法式は、風の魔石用のものとか、土の魔石用のものとか、属性別にあるのです」

「そういえば以前、東方諸国で聞いた気がするな。リョウの氷の船……ニール・アンダーセン号だったか。あれの時に説明してくれたよな」

「よく覚えていましたね!」

アベルの言葉に、驚く涼。

涼は、こういう時にアベルを素直に凄いと感じるのだ。

よく覚えているなと。

「魔石に直接描き込む場合もあるとか言っていたが……」

「そういうこともできるみたいですけど、このスキーズブラズニルは魔石に直接は描いていないですね。風の魔石から、魔力を取り込む魔法式が別に準備されています」

「それは錬金道具として準備されているということだな」

「そうです。それを切り替えることによって……」

「『海の魔物除け』に使う魔石の魔力で、<風圧>のような魔法現象を起こし、マストと帆を守るというわけか」

「そうです」

「その間、魔物除けは……」

「ええ、そっちは動かせなくなりますね」

懸念(けねん) 点に関して涼が頷く。

海賊などを相手に戦闘を行うのだ。

魔物除けの一時的な停止は仕方ないだろう。

「『風壁』展開!」

パウリーナの声が響く。

ブォン。

パウリーナの声を待っていたかのように、重低音が響いた。

甲板上にいる二人にも、船を覆う何かが展開したのが分かる。

「これが、<風圧>の?」

「ええ、『風壁』というらしいです。矢とか投石とか、そういう物理攻撃を防ぐのが主目的らしいですよ」

「魔法は防げない?」

「絶対防げないわけではないらしいですが……効果は弱いと」

「<物理障壁>みたいなものか?」

「ああ、それ。説明された時に出てきましたけど、そもそも僕はそんな怪しげな魔法、知りませんので」

「うん、魔法使いが最初に習う魔法らしいんだが、リョウにとっては怪しいんだな」

「無属性魔法とかいうやつでしょう? 水属性魔法の方が優秀です!」

「そ、そうか……」

涼は胸を張って水属性魔法を推し、アベルは小さく首を振った。

「風属性魔法で防ぐとなると、むしろ『風の防御膜』が近いか」

「ああ、ワイバーンが体表近くに展開しているとかっていうあれですね」

「ウィットナッシュには、それを 模倣(もほう) した錬金道具があるんだよ」

「なんですと!」

「あと聞いた話だが、連合の錬金術師フランク・デ・ヴェルデが簡易版を製作して、インベリー公国との戦争に投入されたらしいぞ」

「なんですと!!」

驚くべき情報に、心の底から驚く涼。

「これは、王国に戻ったらケネスにお願いしなければいけません」

「ケネス? 何でだ?」

「ケネスはフランクさんとは旧知の間柄とか。ケネスを通じて、その錬金道具を見せてもらう手はずを……」

「連合の機密だから無理だろ」

「ぐぬぬ……。なら仕方ありません。再び、宰相閣下にカフェ・ド・ショコラのケーキを 賄賂(わいろ) として持っていくことにします」

「ケーキ? 賄賂?」

アベルは首を傾げる。

「ハインライン侯爵家の 諜報網(ちょうほうもう) で、その錬金道具を盗んできて……いえ、調達してもらうためです」

「言い直してもダメだ。そんなことしてばれたら、連合と戦争になるだろうが」

「お、王国の錬金術の発展のためにも……」

「そんなことしなくとも、王立錬金工房に開発を頼んである」

「なんと!」

アベルの言葉に、やはり心の底から驚く涼。

「さすがはアベル……打つ手が早いです」

「だが、王立錬金工房でも簡単ではないらしい。さすがフランク・デ・ヴェルデが作るまでは、誰も作れなかったと言われる『風の防御膜』の模倣品だ」

「模倣品なのに作れない……」

「それだけ色々と難しいんだろ」

アベルは肩をすくめた。

アベルとしては、出来上がるのを待つしかない。

五年でも十年でも。

「それにしても、『風壁』とかいうやつ、よく知ってたな。教えてもらったと言ったか?」

「一回目の共和国訪問の際に、フランツォーニ海運商会で教えてもらったのです。諜報特務庁の局長さんのご実家なのですけど、いろいろと頑張った結果として、海洋国家である共和国の航海技術をいろいろと教えてもらいました」

「王国の航海技術発展に活かせそうだな」

「でしょう? 王国に戻ったら、海洋省に行ってみましょうか。ゴローさんだったら、むげにあしらったりはしないと思うのです」

「リョウの中では、海洋卿の評価は高いんだな」

「当然です。送られてきたコーヒー豆に、その有能さが現れていました」

コナ村代官時代に送られてきたコナコーヒーを称賛する涼。

「みんながゴローさんくらい有能なら、国は 安泰(あんたい) なのですが」

偉そうに腕を組んで首を振る涼。

そう、アベルの目から見ても、とっても偉そうであった。

アベルが何か言おうとしたとき、涼が思わず声をあげたのが耳に届いた。

「まさか、カタパルト……」

「かぱたると?」

アベルの知らない単語だ。

だが、涼が呟いたのが何なのかはすぐに分かった。

「射出機一号機、設置完了!」

「射出機二号機、設置完了!」

「射出機三号機、設置完了!」

甲板上に、人間二人で操作するらしい木造の道具が設置される。

「攻城戦に使う 投擲機(とうてきき) みたいだな」

アベルは自分の知識から、その感想を述べる。

だが、疑問がある。

「何を投げるんだ?」

「あの…… 樽(たる) みたいなやつを射出……撃ち出すみたいです」

涼が指摘したのは、高さ六十センチほどの樽……それを射出するようだ。

しかもその『樽』には、上部に 導火線(どうかせん) のようなものが……。

そこで、迫ってくる五隻の船を見る。

「ああ……あの船の甲板に乗ってる人たち、武器を手にしています」

「間違いなく海賊船かその類だな」

涼もアベルも同意見である。

そんな二人が乗るスキーズブラズニルに、五隻の海賊船らしき船から怒鳴り声が聞こえてきた。

「停船しろ! 荷物を置いていけば、命だけは助けてやる!」

「海賊船で決定だな」

「置いていく荷物の中に、スキーズブラズニルも入ってるんですよ。命が助かったって、海の中に放置されるだけに違いありません」

アベルが肩をすくめ、涼が顔をしかめてありそうな未来を述べる。

スキーズブラズニルの乗組員たちは、海賊の声が聞こえても全くひるまない。

今まで通り、 粛々(しゅくしゅく) と準備が進む。

『樽』が三つの射出機にセットされる。

松明(たいまつ) を持った乗組員が射出機の横に立った。

「一号機、点火!」

パウリーナ船長の号令で、一号機に置かれた『樽』の上部に松明で火がつけられた。

「一号機、発射!」

次の瞬間、火のついた『樽』が撃ち出された。

綺麗な弧を描いて、先頭の海賊船の甲板へ。

甲板に当たると『樽』が割れ、中に入っていた液体が広がる。

それは、『樽』についていた火も広げた。

樽が当たった甲板上は大火事だ。

「油?」

「そうだな、『樽』に入っていたのは油みたいだな」

「火炎瓶の巨大バージョンです……」

驚くアベルと涼。

まだ、始まったばかりだ。

「風速問題なし! 修正必要なし!」

「よし。二号機、三号機点火!」

一号機だけ撃たれたのは、樽が風の影響を受けて流れないかどうかを確認するためだったらしい。

「二号機、三号機、発射!」

号令と共に、別の海賊船に向けて、『樽』が発射される。

再び綺麗な弧を描いて……二つの海賊船の甲板が火の海と化した。

「上手いな……」

アベルが思わず呟く。

「あれだけ完璧な場所に落下させられるということは、 微分(びぶん) があるということですね」

「ビブン?」

「ああ……えっと……弾道を計算する……手法?」

アベルの問いに、微妙な答えになる涼。

元々、地球の高校数学で学ぶ微分は、大砲が撃ち出す砲弾の軌道、落下地点を導き出すために発達したという側面があった。

優秀な砲兵士官として 武勲(ぶくん) をたてて、最終的にフランス皇帝にまでなったナポレオンが、数学好きであったというのは有名なお話である。

スキーズブラズニルに設置された射出機も、仕組みは大砲と同じだ。

射出する瞬間に運動エネルギーを与えられて、その後は慣性で飛び、重力と空気抵抗で減速し、最終的に落下する。

大砲同様に射出する力が一定であるため、撃ち出す角度の調整のみで落下地点をコントロールしなければならない。

そこには微分が必要となる。

地球で使われていた大砲は、中央諸国でも東方諸国でも大きな発達は見られない。

西方諸国でも発達していなかったのだが……。

「カタパルトは、確かにその歴史は古いです」

「かぱたると?」

「数学は面白いですね」

「すうかく?」

「さっきからアベルがボケ続けています……」

「すまん、意味が分からん」

「ボケの座を奪われました」

涼はひとり嘆く。

「中央諸国でも東方諸国でも、艦隊戦の基本は近接戦……敵船に乗り移ってたよな」

「 接舷(せつげん) 戦というやつですね。ですがスキーズブラズニルは……」

「まさかの遠距離戦、それも魔法じゃなかった」

「きっと料理で使う用の油ですよ、あれ」

「こんな戦闘が無ければ、料理に使われた……そっちの方が有用な使い方だよな」

「全ては海賊たちが悪いのです」

アベルと涼は、同時に小さく首を振る。

四射目の『樽』が発射され、狙い違わず四隻の海賊船が火の海に飲まれた。

それらの船は停船し、海賊たちは火を消そうとしたり、諦めて海に飛び込んだり……。

混乱している。

残るは一隻。

その一隻は、まだ向かってくる。

「近接戦、用意!」

パウリーナ船長の号令に従い、乗組員たちが弓をとる。

射出機は、もう使わないらしい。

「最後の一隻に対しては、近接戦みたいです」

「俺たちを安心させようとしているのかもな」

「安心?」

「近接戦になっても、スキーズブラズニルは問題ないというところを見せようというのだろう」

「で、でも……さすがに、さっきまでみたいに一方的にはいかないでしょう? 全部、さっきの射出機と『樽』で燃やしちゃう方がいいです」

涼が当然のセリフを吐く。

アベルも、涼が言うことは分かる。

その方が、完全に犠牲をゼロにできるから。

いかに近接戦に自信があり、誰も死ななかったとしても、完全な無傷とはいかない。

怪我をする者が出るかもしれない……まあ、<ヒール>やポーションで治せればいいのだが。

「しかし、先ほどまでの遠距離戦の手際を見ていると、かなり鍛えられているんじゃないか?」

「確かに」

「あれだけ鍛えられている乗組員たち……近接戦がどんなものなのか、少し興味がある」

「なるほど。言われてみれば……」

アベルが、一個人としてではなく王として、王国の資産たるスキーズブラズニルを預ける船長や乗組員たちの力を見てみたいと言う。

涼も、言われてみればそういう気持ちもわかる。

はたして……。

「魔法砲撃、斉射!」

パウリーナの号令と共に、五本の火属性魔法が放たれる。

それは、海賊船に着弾する前に分裂した。

「面制圧!」

「<ファイヤーアロー>か! 乗組員に火属性魔法使いが五人も?」

「一人は……料理長さんです」

「マジか……」

魔法を放った中にコバッチ料理長を見つけた涼、驚くアベル。

最終的に二十五本の攻撃魔法に分裂した<ファイヤーアロー>は、海賊船の乗組員たちにかなりのダメージを与えたようだ。

さらに畳みかける。

「弓隊、放て!」

二十本の矢が一斉に放たれる。

そもそもスキーズブラズニルの甲板は、海賊船の甲板よりも高い。

ただでさえスキーズブラズニルは大きなクリッパー船なのだ。

漁船を改造したかのような海賊船とは、甲板の高さが違う。

そして、戦い全てに通じる大原則。

高い場所からの攻撃の方が有利。

それは敵の状況を確認しやすく、重力も味方につけることができるから。

「弓隊、第二射、放て!」

もう一度、二十本の矢が放たれる。

海賊船の上で、無傷の者がどれほど残っているだろうか。

「接舷戦に移行する! 全滅させるな! 情報を聞き出す、五人ほど捕虜にせよ!」

パウリーナの指示が飛ぶ。

同時に、スキーズブラズニル甲板上から、海賊船の甲板にロープが投げられる。

ロープの先端についたかぎ爪が海賊船に付くと……。

「突撃!」

自分で命令を発して、パウリーナが真っ先にロープを伝って海賊船に乗り込んだ。

「そんな気はしていました」

「まあ、乗組員の後ろに隠れてって感じではないもんな」

涼が頷き、アベルも同意する。

そう、パウリーナは先陣を切って突っ込んでいくのが似合う。

もちろん、見た目から荒々しいというわけではない。

むしろ普段は冷静に、落ち着いて 喋(しゃべ) るし、行動もせかせかしていない。

だが、船や乗組員が危機に陥れば、自らが最初に 危地(きち) に飛び込んでいって助け出す……そんな印象を二人とも持っていた。

そして今、想像通りの光景。

もちろん、自分だけは安全な場所に隠れて部下たちを危険な場所に送り込む……そんな船長よりは、はるかに信頼できる。

「乗り移る前に、徹底的に敵の戦力を叩いてからというのは、普段の冷静さ通りかもな」

「確かにそうですね。乗組員を死なせるのはもちろん、重傷すら避けたいのでしょう」

「近接戦をするのも、俺たちに見せて安心させるというより、情報を引き出すためだった」

「素晴らしく冷静な判断力ですよね」

アベルも涼も、パウリーナの判断力を称賛する。

そこから導かれる結論。

この船長と乗組員になら、船を任せておいても大丈夫。

ほどなくしてスキーズブラズニルは、大きなダメージを負うことなく、五隻の海賊船を制圧するのだった。