作品タイトル不明
0601 四人の三級冒険者は
「七十人だぞ? 七十人の二級冒険者が死亡、あるいは 捕縛(ほばく) とはどういうことだ!」
主による怒りの声が響くビン王府。
「六聖の一人、ローウォン卿が介入してきたそうで」
「たとえ六聖であっても、たった一人であろうが! それを二級冒険者七十人で倒せぬとは……」
「申し訳ございません」
王府の主であるビン親王が責め、報告するリンスイが頭を下げる。
「それで……残った二級冒険者はどれほどだ」
「八十人ほどです」
「半数か……」
ビン親王は思いっきり顔をしかめている。
だが、何かに気付いたのか、表情を変えて問いかけた。
「そこに都合よくローウォン卿が現れたのはなぜだ? もしや、この王府から情報が洩れているのではあるまいな?」
「それはないと思いますが……」
「なら、なぜ六聖などという人外が現れた? 偶然たまたま歩いていたとでも言うのか!」
「ローウォン卿はそう言ったそうですが」
「信じられるか!」
再び怒鳴るビン親王。
先行する第二皇子コウリ親王、第三皇子チューレイ親王との差は縮まらず……それどころか、今までは競争相手ではなかったリュン皇子が親王に進む。
親王に進むリュン皇子が最初に狙ってくるのは、当然自分だ。
先行する二人の親王に比べ、シタイフ層の取り込み基盤がぜい弱な自分が真っ先に狙われるであろう。
そして、自分を引きずり落とし、勢力を拡大したうえで、他の二人に挑む……。
ビン親王はそう考えている。
だからこそ、焦る。
焦るから、強引な手も打つ。
強引な手を打つから、 綻(ほころ) びも大きくなる……。
そんな中、リンスイは一枚の紙を取り出して更なる報告を行った。
「先に不明になっていた四人の三級冒険者の行方が判明いたしました」
「三級? ああ……今さら四人の三級冒険者などどうでもいいだろう? 七十人の二級冒険者を失ったんだぞ。適当に処理しろ」
「はっ……ですが、捕らえられている先が厄介な場所でして」
リンスイが、初めて顔をしかめた。
「我は第四皇子ぞ? 親王ぞ? なんとでもなるであろうが! それとも何か? 皇帝陛下の 太極殿(たいきょくでん) にでも捕らわれているとでも言うのか!」
太極殿は、いわば皇帝ツーインの執務室であり、もちろん人を捕らえておくような場所ではない。
だが確かに、親王たるビンが手を出せない場所などと言うのは、この帝都にはそう多くはない。
せいぜい、皇帝か、コウリ親王かチューレイ親王の下くらいだ。
「いえ、もしかしたらもっと悪い場所と言えるやもしれません」
「は? もっと悪い? どこだ、もったいぶらずに言え」
「はい、実は、ロンド公爵の屋敷に捕らわれているそうです」
「ロンド公爵だと?」
リンスイの説明に、ビン親王は一瞬 呆(ほう) けた後、思いっきり顔をしかめた。
ビン親王は、正直、ロンド公爵が苦手だ。
先の、リュン皇子とシオ・フェン公主の披露宴の際に、ロンド公爵の圧にあてられた記憶が忘れられないために。
『ロンド公爵』という単語を聞くたびに、その 屈辱(くつじょく) の記憶が呼び起こされる。
だが同時に、その名が、現在の帝都で驚くほど厄介で巨大な意味を持っていることも知っている。
最も注意すべきは、皇帝のお気に入りであるという点だ。
いかに親王が強力な権力を持っていようとも、皇帝にはかなわない。
そうそうないとはいえ、皇帝は親王の地位を 剥奪(はくだつ) することが可能なのだ。
だから、皇帝を敵に回すことは絶対にあってはならない。
そんな皇帝のお気に入り。
異国の公爵だか何だか知らないが……。
「気に食わん」
はっきりとそう言葉にするビン親王。
それに対して、リンスイは無言を貫く。
「決めた。放っておけ」
「……はい?」
しばらくして、ビン親王が呟くように言った。よく理解できずにリンスイが問い返す。
「その四人の三級冒険者とやらのことだ。放っておけ」
「よろしいので?」
「じゃあなんだ? 暗殺でもするか? ロンド公爵の屋敷に忍び込んで? そんなことをしたと知れたらどうなる?」
「……殿下の懸念されている通り、大変なことに」
こうして、四人の三級冒険者は見捨てられることになった。
リュン皇子とシオ・フェン公主が、皇宮からの帰り道に襲撃された翌日。
午前中に、涼とアベルはお隣さん宅にお見舞いに行ってきた。
「帝都の真ん中で皇子と公主が襲撃されるなんて。怖いですね」
「三親王の誰かが仕組んだことだろう? 権力中枢に近い者たちが絡めば、どんなことでも起こり得る」
「我がナイトレイ王国は大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫だろう。ハインライン侯がいるし」
筆頭公爵の懸念に、あっけらかんと答える国王陛下。
「アベルはいつもそうです」
「んあ?」
「ハインライン侯頼りです!」
「それは否定しない」
「世界は甘くないのです! 最高権力者たるもの、常に気をつけておかねばなりません」
「リョウが両手に持っているポアジュウは、甘くて美味しいのにな」
筆頭公爵の直言も、両手に食べ物を持っていると、一気に説得力がなくなるのかもしれない。
「それにしても、助けに入ったのがルヤオ隊長のお師匠さんだと聞いた時には驚きました」
「ああ。錬金術の師匠だが、水属性の魔法使いだったとはな」
「しかも六聖の一人だそうです。六聖って、なんかカッコいいですよね!」
「リョウなら、絶対そう言うだろうと思ったよ」
涼が何度も頷き、アベルが小さく首を振る。
「強力な水属性の魔法使いで錬金術師……リョウに似ているな」
「いずれどこかで、戦わなければならない運命なのかもしれません!」
「何でだ? 敵じゃないだろう?」
「それこそが王道展開だからです」
「うん、そうか……」
涼が力説し、アベルは適当に頷く。
もうただの口癖みたいに思っているのかもしれない。
「例の魔法式について聞きに行くものだと思ってたんだが」
「聞きに行きたいですけど……ルヤオ隊長すら、どこにいるか分からないって言ってましたよ」
「言ってたな。だが、帝都にいるのは確かだろう?」
「まあ、そうでしょうね。退官する前は、兵部に所属していたそうですけど。なんか、ダーウェイの南の方には別荘みたいなのを持っているけど、帝都には家はないとか。どこか宿に泊まっているんでしょうかね。かつての『赤き剣』みたいに」
「そうかもな。掃除とか全部宿がやってくれるから、楽だもんな」
かつてアベルがリーダーを務めていたパーティー『赤き剣』は、ルンの高級宿『黄金の波亭』を定宿にしていた。
お金がいっぱい入ってくる人は、そういうこともできるのだ。
「 贅沢(ぜいたく) な!」
定期的に、大金が入ってくるわけでもない涼が 指弾(しだん) する。
「リョウは大金持ちだからやればいいだろう」
「そういう問題ではないのです。この先、定期的にお金が入ってくる見通しが立っていない人は、そんなお金の使い方をすると危険なのです」
「そうか?」
「ええ。破産の危機に瀕します」
「いろいろ大変だな」
涼は力説するが、アベルに簡単に流される。
「収入の少ない人の気持ちは、収入の多い人には結局分からないのです! 格差社会反対!」
「意味が分からん」
右拳を力強く空に掲げて格差社会反対を主張する筆頭公爵、全く意味が分からない国王陛下。
それは、一般市民を置き去りにした政治の姿なのかもしれない。
だが結果的に、一般市民を幸せにはするのかも……するかな?
ふと、アベルは庭を見た。
そこには、いつものように掃除をしている氷のゴーレムたちがいる。
その中心……というか、庭の中心には、四体の氷のオブジェが鎮座していた。
「あの四人の三級冒険者たち……誰もやってこないな」
「ですよね。さすがに、どこかからか声が掛かったり、侵入者がいたり……あるいは一気に暗殺者がやってきたりとかすると思ったのですが……」
アベルが事実を指摘し、涼が 妄想(もうそう) を 紡(つむ) ぐ。
「暗殺者はさすがに面倒だが……これほどまでにどこからの反応もないとなると、こいつら、切り捨てられたのかもしれんな」
「失敗すればいつでも切り捨てられてしまう……冒険者のなんと憐れなことか」
涼は、冒険者という職の不安定さを嘆いた。
「それに比べて国王陛下はいいですね!」
「うん?」
「権力者の都合で切り捨てられたりはしませんもんね。自分が権力者なので!」
「なぜ俺は非難されているんだ……」
「別にアベルを非難してなんていませんよ。一般的な国王陛下のお話をしているだけです」
「一般的な国王というのが全く分からんが……」
だがそこで、涼は何かに気付いたかのようにハッとした。
「革命で処刑されるのは国王陛下でした……。ギロチンなら文字通り、首の切り捨て」
「ぎろち? なんか不穏なことを言っているのは分かるが」
「僕の故郷に、こういうことわざがあります。権力は腐敗する、絶対的な権力は絶対的に腐敗する」
「う、うむ……?」
「アベルが、民のための政治を心がければ大丈夫ですが……もし、道を踏み外しそうになったら、僕が止めます!」
「お、おう……よく分からんが頼む」
「この前、司空のシャウさんが言っていたのですけど、この四人は別に罪を犯したわけではないのです」
「ああ、監視していただけだからというやつだな」
「ええ、ええ。それで、今後のこの四人の身の振り方について、ちょっと腹案があります」
「……それは、この四人の命に関わる案じゃないのか?」
「なんですか、それ?」
「リョウの魔法実験の対象とか……」
「違いますよ、もう。僕がそんな非道なことをするわけないじゃないですか。あはははは」
アベルの言葉を、冗談だと受け止めて大笑いする涼。
もし第三者がそこにいてアベルの表情を見れば……実は冗談ではなかったのだと分かるだろう。
「なので明日、御史台に行きましょう」
にこやかに宣言する涼であった。