軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0600 夕闇の帝都

翌日九時過ぎ。

「昨日の夜の、豚肉と野菜の甘辛 炒(いた) めは美味しかったです。アベルは料理も上手ですよね」

「まあ、基本的に炒めるだけだからな」

「いやいや、調味料のバランスが絶妙でした。とってもご飯が進むおかずというやつです」

「昔、いろいろウォーレンに教えてもらったのが役に立ったな」

アベルは笑いながら答える。

「『赤き剣』って、ウォーレンが一番料理上手なのです?」

「そうだな、ウォーレンの料理はかなり美味い。他が下手ってわけじゃなくて、ウォーレンが上手すぎるんだよな」

「なんか、簡単にイメージできてしまいますね」

ウォーレンがニコニコしながら料理をしている姿は、すごく想像しやすい絵だ。

二人は、隣家に向かって歩いている。

もちろん、先触れ担当一号君は先に行かせてある。

きちんと手順を踏めるようになった二人。

常に進化し続けているのだ!

二人がリュン皇子とシオ・フェン公主の屋敷の前に着くと、すでに門の前に一人の女性が立っていた。

横に、氷のゴーレムを伴って。

「あれ? ルヤオ隊長?」

「お待ちいたしておりました、ロンド公」

ルヤオ隊長が、両手を胸の前で重ねて礼をとる。

「確かにルヤオ隊長に聞きたいことがあってきたのですが……先触れの紙には、それは書いていませんでしたよね?」

「はい、書いてありませんでした。ですが、私もロンド公にお尋ねしたいことがあったもので。それに本日は、リュン皇子とシオ・フェン公主は皇宮に参内しておりまして、いらっしゃいません。他の供回りもついていっておりますので、私が留守をお預かりいたしております」

親王に進むことが決まると、いろいろと忙しいのかもしれない。

二人を案内するルヤオ隊長と友好の証二号君。

二号君の姿を見て、満足そうに頷く涼。

ちゃんと働いている姿は、創造者を嬉しくさせるようだ。

「昨晩は、友好の証二号君の制御系といいますか、手足の動きをざっと見ました」

「おぉ!」

「制御系はなんとなく分かったのですが、認知系は全く分かりません……」

「認知系?」

「声を認知して動く? などの部分です。あと、二足歩行に関する部分は、制御系もとても難しくて……」

「いや、でもそれ以外をたった一晩で見たとは……ルヤオ隊長、凄いですね!」

「恐縮です」

涼が笑顔で絶賛し、ルヤオ隊長は顔を赤くして照れた。

涼の後ろで、アベルが呟いた言葉は誰の耳にも聞こえなかった。

「出たな、リョウの人たらし」

部屋に通されて、三人の前にお茶が出されると、涼が切り出した。

「実は今日伺った一番の理由は友好の証二号君ではなくて……」

「手甲の魔法式に、何か疑問があったのですね?」

「分かりますか!」

「友好の証二号君の魔法式を見せていただきましたが、ロンド公爵の錬金術のレベルは信じられないほど高いです。そう考えると、一晩で手甲の魔法式は全て読み解かれたのではないかと思いまして」

「いやあ、それほどでも」

ルヤオ隊長は、素直に涼の錬金術のレベルを称賛する。そして、照れる涼。

一通り照れた後、涼は言葉を続けた。

「ただ一カ所、全く理解できない魔法式がありまして」

「それはもしかして魔力増幅の……」

「ええ、ええ、それです! やはりあれは、魔力増幅の魔法式というか、文字列なのですね!」

ルヤオ隊長が頷きながら言い、涼が嬉しそうに何度も頷く。

だがその後、ルヤオ隊長は少しだけ首を傾げた。

そして……。

「申し訳ございません、閣下。あの魔法式の中身については、私もよく知らないのです」

「え?」

「あれは以前、錬金術の師に教えていただいた文字列です。あれを使えば、魔力が増幅されるために、少ない消費魔力でも大きな効果が出せると。まだ若かった頃に習ったのですが……覚えてはいますが、多分あの時も、先生は詳しい説明をされなかった気がします」

「若かった頃……。失礼ですが、今でもルヤオ隊長はお若く見えますが、おいくつの時?」

「確か九年前、十歳の時ですね」

「十歳で錬金術……」

「錬金術で、リュン様を支えると心に決めていましたので」

決意みなぎる表情で答えるルヤオ隊長。

そう、ここにも、小さい頃から支えると決めて身を投じた人がいる。

「八歳で指南役を倒したアベルといい、十歳で錬金術をやっていたルヤオ隊長といい、この世には早熟の天才ばかりですか!」

「いや、俺は関係ないだろう、この場合」

涼が世の不条理を嘆き、アベルが反論する。

「まあ、いいです。それでルヤオ隊長、その錬金術の師というのはまだご存命ですか?」

「ローウォン先生は……はい、ご存命なはずですが……どちらにいらっしゃるか……」

「そのローウォン先生という方が、錬金術の師匠なのですね」

「はい。時々は、帝都にも戻ってこられますが……ダーウェイ全土を旅しておいでですので」

「なんてこと……」

王道展開、師匠紹介シナリオには進めなかった。

リュン皇子一行が皇宮を出たのは、夕闇が迫る頃合い。

「私は、兵部で時間をとられてしまったから仕方ないけど……シオは先に屋敷に戻っていてもいいと言ったろう?」

「リュン様、申し訳ありません。 暢音閣(ちょうおんかく) に寄っておりましたので」

リュン皇子とシオ・フェン公主は馬車に乗っている。

他の者たち、三十人ほどが徒歩だ。

暢音閣は、皇宮における芸の中心の一つ。

『音』の字が入っている通り、音楽関連の演奏場が数多くあり、楽器も取りそろえられている。

また、多くの弾き手、教習者が準備され、人材の豊富さも当然ダーウェイ一である。

「一月後に行われる響音会の準備です」

「ああ……」

シオ・フェン公主の言葉に、顔をしかめるリュン皇子。

響音会は、いわば演奏会だ。

帝室に連なるものはもちろん、シタイフ層からも参加する者がいる。

それは、皇宮を挙げての大演奏会……それが表向き。

実際は、各派閥がその力を示す場でもある。

派閥を持たない各皇子も演奏することになるが、その辺りは誰も 歯牙(しが) にもかけない。

そのため、響音会ではなく、競音会であると言われている。

ちなみにリュン皇子は響音会が嫌いであり苦手だ。

もちろんダーウェイの皇子として、芸を人並み以上にこなすことはできる。

一通りの楽器を演奏でき、誰からも後ろ指をさされないレベルで弾きこなせる。

だが……好きではない。

しかし、今回は好きではないではすまされない。

「リュン様が正妃を 娶(めと) られ、親王にすすんですぐ行われます。嫌でも注目されますし……そもそも、私とその周りの者が演奏することになっていますので」

「うむ、苦労をかける」

そう、皇子の婚姻後、最初の饗音会では正妃が演奏する。

今回は、シオ・フェン公主が演奏するのだ。

「楽器など選ばせていただき、ちょっと合奏したりしてみました」

「なるほど」

「準備は進めてありますので、お気になさらずに」

「そうか、頼む」

シオ・フェン公主は笑顔で答え、リュン皇子は頷いた。

「噂では、統領様が新たな楽器を披露されると聞いています」

「統領? 工房統領のロン・シェン殿か。まだ若いのに名工と聞く」

「その楽器、ピアノの完成形がお披露目というのは、シタイフ層の奥様方の間で噂になっていて、屋敷に入れたいとお申込みになられた方もいらっしゃったとか」

「なんだ? シオはピアノが欲しいのか?」

「いえ、申し込まれた方々も断られたそうです。響音会の後に、またお尋ねくださいと言われたと」

「ピアノか……『龍泉邸』にある試作品とかいうものの演奏は聞いたことがあるが……あれはかなり難しそうであった」

「まあ! リュン様はピアノを聞かれたことが?」

「ああ、一度な。私は……ヴァイオリンの方がいい」

シオ・フェン公主の驚きの表情に、リュン皇子は苦笑した。

鍵盤なるものが並ぶ様は、正直、よく分からないものだったから。

「あれを弾きこなすのは大変だろうと思う」

リュン皇子がそう呟いた時だった。

グフッ。

ウグッ。

「 襲撃(しゅうげき) だ!」

そんな叫び声が聞こえた。

すぐに、馬車の入口をめくって侍女ミーファが馬車の中に顔を出した。

「襲撃です。馬車から出ないようにしてください」

ミーファはそれだけ言って、すぐに顔を引っ込める。

リュン皇子とシオ・フェン公主は、おとなしく馬車の中で待つことになった。

「何をやっている! <障壁>を展開しろ!」

「ウェンシュ様、<障壁>が展開できません。妨害されています!」

「いつの間に……」

ウェンシュ侍従が顔をしかめる。

一行が襲撃されたのは、辻。つまり十字路。

その辺り一帯で、魔法が展開しにくくなっている。

「魔封じの呪符によって、辻全体で魔法の展開を妨害しているのでしょう」

リンシュン侍従長の横に、剣を抜いたミーファが並んで告げる。

「誘い込まれたか」

リンシュン侍従長が呟く。

護衛は、すでに攻撃に備えて展開している。

彼が指示を出さずとも動けるように、今回のような対襲撃の訓練も何度も行っているからだ。

だが、その安心よりも不安の方が大きい。

「この時間まで皇宮に留め置かれたことすら、計画の一部ということだろう」

リンシュンが呟き、横にいるミーファも頷く。

相手の計画通りということは、未だ相手の 掌(てのひら) の上ということ。

普段に比べてかなりの時間をかけながらも、護衛の魔法使いたちが、馬車を囲んで<障壁>を展開している。

魔法の展開を阻害しているであろう魔封じの呪符は、例えば魔法無効化のように、完全に魔法が使えないというわけではない。

無理やりに魔法を展開、生成することはできる。

だが、時間はかかり、消費魔力も多くなる。

それでも、馬車には絶対に守るべき人たちが乗っている。

その守護こそが最優先。

それは、乗っている皇子と公主が一番理解している。

だからこそ、戦場なら先頭に立って突撃するリュン皇子も、外に出ずに馬車の中に残っている。

自分がそこにいることこそが、敵の攻撃を読みやすくし、迎撃するのに最も有効な展開であることを理解しているからだ。

そして……攻撃が始まった。

カキンッ、カキンッ。

まず矢が降り注ぐ。

魔法による防御が難しい状況であれば、矢での攻撃は非常に有効だ。

全員が顔を隠した襲撃者たちは、それを理解している。

だが……。

「矢を放ってきた場所に敵はいるぞ! 突っ込め!」

リンシュン侍従長も心得ている。

近接戦を挑むべきだと。

魔封じの呪符がある以上、魔法使いによる<障壁>は長くは持たない。

防御側魔法使いの魔力が尽きれば、馬車を守ることができなくなる。

だからこそ、その前に打って出るしかない。

問題は、相手の戦力だ。

現状、ほぼ何も分からない。

だが、一つだけ分かっていることがある。

それは、敵の方が数が多いであろうということ。

これだけ 用意周到(よういしゅうとう) に準備したのだ。

こちらの戦力を知らないはずがない。

こちらの戦力を知った上で、それでも襲撃してきたのだから……当然相手の方が戦力的に上。

それでも、打てる手は打っておく。

「こちらにおわすのは第六皇子リュン様だ。お前たち、それを分かっているのか!」

恐らくは分かっている。

その上で襲撃してきた。

それでも、言っておくべきだ。

「皇子を襲撃すれば、一族全て 極刑(きょっけい) ぞ!」

リンシュン侍従長の声が響く。

普段は、落ち着いたもの言いで、大声を上げることもほとんどないリンシュンであるが、ここに至るまでに、いくつもの戦場をくぐってきた。

リュン皇子と共に、あるいはリュン皇子無しで。

リンシュンは、文官的差配能力の高さを評価されているが、その本質は実は武官。

その 朗々(ろうろう) たる声は、辻全体に響き渡った。

一瞬、襲撃者の中にひるんだ者がいた。

だが、すぐに気を引き締める。

つまり、第六皇子リュンであることを知っていて襲撃したのだ。

「ならば、地獄に送ってやる」

リンシュン侍従長が舞った。

指揮をしながら、自らも襲撃者を倒していくリンシュン。

その様子を視界の隅に収めながら、ミーファは呟く。

「すごい……」

リンシュンの剣閃は速い。そして短い。

いや、短い軌道を描くからこそ、全体としての速さがさらに加速するのだ。

それは、ミーファが見たことのない剣の軌跡。

ミーファが学んだボスンター国の剣とは違う。

師匠アベルの剣とも違う。

だが、驚くほど強いというのは理解できる……。

同時に、自らも近接戦に身を投じるミーファ。

そんなミーファを、戦いながら視界の端で捉えるリンシュン。

「さすが公主様の切札、とても十六歳の剣ではない」

感嘆し、うっすら笑みを浮かべる。

自らの主の正妃、その人物が最も信頼する侍女が、自らの背を預けてもいいと思えるほどの剣を振るっている。

侍従長の立場であれば、笑みも浮かべようというものだ。

もちろん、ミーファが毎朝、毎夕剣を振るっているのは知っていた。

その剣閃が鋭いことも知っていた。

だが、戦場で、敵を相手に剣を振るうのは別物だ。

だが……ミーファの剣は、敵を前にしても鈍らない。

それどころか、一層鋭くなったようにすら見える。

「超一流の剣士に鍛えられるとは、こういうことか」

リンシュンも、ミーファの師匠は知っている。

かのロンド公爵の護衛剣士……いや、シオ・フェン公主からリュン皇子に明かされ、さらにリンシュンにだけ知らされたその正体……ナイトレイ王国国王、アベル一世。

吟遊詩人にも謳われる英雄王。

その直弟子ミーファ。

学んだのは剣の技だけではない。

剣士としての心も叩き込まれたということなのかもしれない。

「どちらにしろ、心強い」

こうして、馬車前方では、ミーファとリンシュンを軸に、戦闘が繰り広げられた。

では、馬車後方ではどうなっていたのか?

中心となったのは、こちらも男女二人。

ウェンシュ侍従とビジス公主護衛隊長。

正直、ビジス隊長のウェンシュ侍従への評価は高くない。

自尊心が高いだけで、現場を知らない、判断力の高くないお坊ちゃんという評価だ。

だがそれでも、この場にいる他の護衛よりは強い。

「今は、強さが必要だ」

ビジス隊長は、王妃の護衛一筋に十年過ごしてきた。

さすがにボスンター国内で、王妃が悪漢に襲撃されたことはない。

だが、街の移動中に魔物に遭遇したことはあるし、経験を積むために自ら戦場に出たこともある。

その際に痛感したのは、強さは正義だということ。

どれほど正しい主義主張も、暴力という強さの前では意味を持たない。

正しさを持ち続けるには、続けることができるだけの強さも持っていなければならない。

そして、今がその時。

だからビジスは 躊躇(ちゅうちょ) なく敵を斬る。

何のためらいもなく斬る。

横に並ぶウェンシュ侍従もそれに続く。

未だ十九歳。

先代モンティエ公が戦死したため、次期モンティエ公に内定している。

はっきりいってボンボンなのだが……。

それでも、リュン皇子への忠誠に陰りはない。

心の底から、リュン皇子こそが次期皇帝にふさわしいと思っている。

当然、こんなところで死なせなどしないと。

だから、その剣が鈍ることはない。

ビジス隊長から見ても、ウェンシュ侍従の剣は、他の護衛よりも圧倒的に鋭い。

馬車後方は、この二人が中心となって防衛している。

だが……。

「この襲撃者ども、強すぎないか?」

誰とはなしに呟いたのはウェンシュ侍従。

彼とビジス隊長は、なんとか戦えている。

だが、そのこと自体が異常。

その二人しか、敵を上回れていないということ自体が異常。

この場にいるリュン皇子の護衛たちは、リュン皇子 麾下(きか) でも最精鋭の者たちだ。

普段から鍛え上げられ、皇帝の親衛隊たる禁軍とも互角以上に戦えると目されていた者たち。

そんな最精鋭が、一対一では上回られているのだ。

しかも、敵の方が圧倒的に数が多い。

倍以上はいるだろう。

敵の方が強く、数も多ければ……当然、押される。

それは馬車後方だけではない。

ミーファとリンシュンを中心とした、馬車前方においても、時間が経つごとに数の差が力の差となって表れていた。

しかも、それなりの時間戦っているのに、巡防兵など街の治安を維持する者たちがやってくる気配がない。

「魔封じの呪符と共に、人払いの呪符も貼ってあるのだろう」

「このままでは……」

リンシュンの分析に、さすがに焦りを見せ始めるミーファ。

襲撃者は、未だ魔法使いと呪法使いを出してきていない。

それは当然だ、魔封じの呪符を彼らは辻全体に張っているのだから。

だがそれは、複数の呪法使いが控えていることの証明でもある。

最後に押し切る際には、それら呪法使いたちが貼った魔封じの呪符をはがし、魔法使いと呪法使いを投入してくるだろう。

つまり襲撃者たちには、まだ、十分な予備戦力があるということ。

だが、護衛たちは……。

ミーファとリンシュンが敵を倒しているが、護衛たちも倒されている。

ミーファ、リンシュン侍従長、ウェンシュ侍従、そしてビジス隊長以外は、ほとんどが大きな傷を負っている。

それをポーションで回復する余裕もない。

例外は、馬車の傍で<障壁>を張って守っている魔法使い三人。

だが、彼らの魔力もいつ尽きるか分からない。

魔封じの呪符の下で<障壁>を張り続けているのだから。

それにしても……。

「相手が強すぎる」

さすがのビジス隊長も、思わずそう呟くほどに。

「装備からして冒険者ですか」

ミーファが呟くように答える。

「正規軍の類ではないな」

リンシュン侍従長の口から漏れる。

ウェンシュ侍従は何も言わない。

喋れないほどに、スタミナが切れているのだ。

そうなると……。

「くっ」

踏ん張った足が小さな石に乗り上げた。

滑り、体勢が崩れる。

そこを見逃す襲撃者たちではない。

カキンッ。

「ぐふっ」

「ウェンシュ!」

叫ぶと同時に斬り込むビジス隊長。

その一撃で、ウェンシュの腹に剣を突き刺した襲撃者は倒したが、自らに隙ができる。

ビジス隊長に集中する襲撃者。

それを視界の端に捉えたミーファが動いた。

動いてしまった。

思わず、ビジスを襲った敵に斬りつける。

その結果……。

リンシュン侍従長が三方からの敵の攻撃にさらされる。

ギリギリの均衡が保たれていた戦線が、一気に崩壊した。

あとは、完全な乱戦。

八人の敵を新たに切り伏せた四人であったが、全員が深い傷を負った。

それは、継戦能力を奪われるほどの傷。

「まずい……」

さすがに、リンシュン侍従長の口からも、絶望的な言葉が漏れる。

ここに至るまで、決してネガティブな言葉を吐かなかったリンシュン侍従長。

この場において、自分が指揮官である自覚があったからだ。

だが、これはさすがにまずい……。

「 諦(あきら) めろ」

この時、初めて襲撃者からの声が聞こえてきた。

馬車正面に、一人の男が姿を現す。

襲撃者たちの指揮官であろう。

他の襲撃者同様に顔を隠している。

「諦めたら襲撃を止めてくれるのか?」

リンシュン侍従長が問う。

当然そんなことにならないのは分かっている。

だが、今は一分でも一秒でも時間が欲しい。

人払いの呪符が貼ってあるのだとしても、誰もが認識できないわけではない。

人によっては違和感を感じるし、もっとはっきりと何が起きているかを理解できる者だっている。

そんな奇跡的なことが起こらないとは限らないのだ。

時間が経てば経つほど、そんな奇跡が起きる可能性は高くなる。

そうであるなら、会話をして時を稼ぐのは当然の手。

「お前たちの命は助けてやらんでもない」

「嘘をつくな」

指揮官の言葉に、間髪を容れずに反論するリンシュン。

「ここで見逃す理由が無いだろう」

リンシュンの言葉に、指揮官は何も答えずに、小さく肩をすくめた。

そう、殺すつもりなのだ。

「そもそも、なぜリュン皇子を狙う? いや愚問だな。雇われたからか」

「……」

「正直に言ったらどうだ? お前たち、上級館の冒険者たちだろう。雇い主は第四皇子ビン親王であろうが」

ビン親王の名前をリンシュンが出した瞬間、さすがに襲撃者たちの間に驚きが走った。

そこまで知られているとは思っていなかったのだろう。

いや、彼ら襲撃者もビン親王自身に会ったことはない。

だが、彼らに指示を出すためにくる貴人が、リンスイと呼ばれていることは知っている。

そしてこの帝都で『リンスイ』と言えば、第四皇子ビン親王の右腕であることも知られている。

さすがにそうなれば、自分たちを雇った本当の雇い主が誰かなど、子どもでも分かるというものだ。

だが表向きは、ビン親王は無関係。

それを通すために、ビン親王が出てくることはない……。

それでも、反応はしてしまう。

リンシュンにとってはそれだけで十分だった。

どうせ、素直に答えてくれるなどとは最初から思っていない。

「もういい」

指揮官はそう言うと、周囲の、馬車を包囲する仲間を見た。

そして、言った。

「殺せ」

だが……。

「ぐはっ」

「う……」

「あっ」

くぐもった声があちこちで上がる。

馬車を守る者たちの声ではない。

突然倒れていくのは、襲撃者たち。

「なに?」

さすがに、指揮官も驚く。

夕闇から完全な夜の闇に至ろうという時刻。

何かが飛び回っているのは分かるが、目で捉えるのは難しい。

カキンッ。

誰かがそれを弾いた音が響いた。

カキンッ。

他の場所からも音が響いた。

「ぐはっ」

だがすぐに、打ち倒されたらしい声も聞こえてくる。

それは、わずか三分の出来事。

それは、たった三分の形勢逆転。

それは、たった……一人の演出。

「フォッフォッフォ、なにやら人払いの呪符があると思って来てみれば、魔封じの呪符まで展開しておる。念の入った襲撃じゃのぉ」

「何者だ!」

「怪しい襲撃者どもに答える名などもたんわい」

その瞬間、さらに二人の襲撃者が倒される。

「魔法? 馬鹿な! 魔封じの呪符が貼ってあるのに」

「うむ。おかげで魔法が使いにくいのぉ」

指揮官が驚き、闇からの声が笑いながら答える。

そして、そんな闇から一人の老人が姿を現した。

背は百六十センチないであろう。

深い青地の東服を着て、杖をつき、白髪と白髭はかなり長く伸びている。

齢七十は超えているであろう。

だが、その眼光は驚くほど鋭い。

老人の周りを、何かがひゅんひゅん音を出しながら飛んでいる。

指揮官にも一目で分かった。

老人が強力な魔法使いであると。

自分よりも強者であると。

だが……ここまで来て退くことなどできない。

この依頼が、ダーウェイでの最後の依頼なのだ。

皇子殺しをすれば、当然そうなる。

多額の成功報酬を貰い、遠い異国に逃げる。

確かに、前金でそれなりの額を貰っているが……やれるところまでやる!

「ご老人、あなたには関係ないことだ」

指揮官は平静を装って告げる。

それは事実だから。

リュン皇子の配下については調べてある。

魔法使いとして注意すべきは、魔法砲撃隊のルヤオ隊長。

だが、ルヤオ隊長は若い女性だ。

老人ではない。

リュン皇子麾下に、魔法使いの老人はいない。

だから、再び告げる。

「ご老人、去られるがよい」

「去ったら何か良いことがあるのかの?」

老人は笑いながら問う。

会話を面白がっているようだ。

「……あなたの命が助かる」

さすがに 苛立(いらだ) ちを込めながら、指揮官はそう告げた。

「なるほど。じゃが天下の往来で襲撃しているのを見かけて、何もせずに去るというのは……ダーウェイ臣民としてはまずかろう?」

老人がそう言うと、さらに襲撃者が二人倒された。

「貴様……」

「そうそう、それこそが襲撃者の言葉じゃよ、二級冒険者サン・キー」

「なっ……」

老人は襲撃者の指揮官の名を呼んだ。二級冒険者サン・キーと。

絶句する襲撃指揮官サン・キー。

「なぜ……」

「なぜ名前を知っておるか? 簡単なことじゃ。わしが、お主の顔と名前を憶えておるからじゃよ。帝都所属三級以上の冒険者に関しては、顔と名前を全員覚えておる。特にサン・キー、お主は冒険者歴が長いからの。そんな覆面で顔を隠しておっても分かるわい」

老人はそう言うと、大笑いした。

笑えないのは襲撃者たちだ。

全員の顔と名前を憶えている?

そんなことがあり得るのか?

だが、実際にサン・キーの名前を告げた……覆面で顔のほとんどを隠しているにもかかわらずだ。

「たかだか七百人かそこらであろうが。その程度、覚えられなくてどうする」

事も無げに言う老人。

「貴様……何者だ」

驚きから、怒りへと表情を変化させて問う指揮官サン・キー。

「先ほども言ったぞ、怪しい襲撃者どもに答える名などもたんと。もう忘れたか?」

老人は小さく首を振りながら、苦笑する。

だが、その時、指揮官サン・キーは、老人の周りを飛ぶものをはっきりと目で捉えた。

「氷の円盤……?」

「ほぉ、目がいいなサン・キー。これだけ暗ければ、はっきりとは見えんと思ったが、さすが二級冒険者と言ったところか」

老人が笑う。

その瞬間、サン・キーは理解した。

目の前にいる人物を。

そう、当然だ。

ダーウェイ広しと雖も、氷の円盤をいくつも浮かせ相手を攻撃する水属性の魔法使いなど一人しかいない。

「六聖……ローウォン卿」

「ほっ、正解じゃ」

サン・キーが呟くように言い、老人……ローウォン卿が正解だと答えて大笑いする。

二人の態度の差は、圧倒的なまでの実力差でもある。

「なぜ……そんな大物がここにいる」

「ふむ、歩いておったら、たまたま通りかかっただけじゃよ」

「そんな噓、信じられるか!」

「最初から嘘じゃと思っておれば信じられんじゃろうなぁ」

怒鳴るサン・キー、笑うローウォン卿。

「勝てるわけがない……」

サン・キーはそう呟くと、叫んだ。

「撤収!」

だが……。

「逃がすわけなかろうが」

ローウォン卿の声が聞こえた瞬間、サン・キーの両足に激痛が走った。

それは、サン・キーだけではなく、包囲していた近接職、辺りに潜んでいた魔法使いと呪法使い全員の足に……。

分裂した氷の円盤が両足を 穿(うが) ったのだ。

分裂した円盤は決して大きくはないのだが……体に与えたダメージは大きい。

全員が、歩くことができなくなったのだから……。

その後も、 威嚇(いかく) するかのように冒険者たちの上を飛び回る複数の円盤。

それがただの威嚇ではなく、監視していると理解したのは、ポーションで足の傷を治そうとした者が、腕まで小型円盤で穿たれた時であったろう。

その後、誰もポーションを使おうとはせず、逃げようともしなかった……。

全てが終了し、満足したようにローウォン卿が一つ頷く。

それを合図としたかのように、馬車から一組の男女が降りてきた。

第六皇子リュンと、シオ・フェン公主だ。

「ほぉ……やはりリュン皇子の一行であったか。となると……」

ローウォン卿は周りに倒れている襲撃した冒険者たちを見て、言葉を継いだ。

「冒険者が帝室の争いに介入したということですかな。それは冒険者たちの首を自ら絞める行為……」

ローウォン卿は首を振りながら苦笑する。

「ローウォン卿、危ないところを助けていただき感謝いたします」

「なんの、ちょうど通りかかっただけじゃ」

リュン皇子が感謝しシオ・フェン公主も感謝する。

ローウォン卿は笑いながら答えた。

その間にも、リンシュン侍従長らが手持ちの、あるいは馬車に積んであったポーションを護衛たちに飲ませて回っている。

「ローウォン卿は、先ほど、その冒険者の名前をおっしゃっていましたが」

「うむ、二級冒険者サン・キーですな。帝都冒険者互助会上級館の、まとめ役のような者です。そんな者まで駆り出されているのは嘆かわしい」

「なるほど」

ローウォンの言葉に、頷くリュン皇子。

「まあ、皇子のようなダーウェイにとって有為な人材を失わずに済んだのは 重畳(ちょうじょう) 。それに、我が弟子を悲しませずに済んだのもまた重畳」

「はい、屋敷に戻りましたらルヤオに、ローウォン卿に助けられたことを伝えます」

「ありがたいですな。これで少しは、弟子からの評価が上がりましょう」

ローウォン卿は笑いながらそう言うと去っていった。

リュン皇子が差し出す謝礼を受け取らずに。

数十分後。

ローウォン卿は、部屋に招かれた。

「ローウォン卿、先ほどリュンを助けられたとか」

「お耳が早い、さすがですな殿下。まさか、競争相手を救ったのを 叱責(しっせき) されたりはせんでしょうな?」

ローウォン卿が冗談めかして笑いながら問う。

「もちろんです。リュンは、ダーウェイにとって大切な人材です。感謝しこそすれ、叱責など」

部屋の主も笑いながら席を勧める。

「リュンに会うのは久しぶりだったでしょう? どう見ました?」

「虎ですな。はっきり申し上げると、殿下が次期皇帝位に就く、最大の障害になるでしょう」

「やはりですか」

ローウォン卿が断言し、部屋の主は笑いながら同意する。

最大の障害と言われて、なぜか嬉しいようだ。

まるで、数年前に見立てた自らの判断が正しかったと言わんばかりに。

「そうそう、ローウォン卿、実は素晴らしいコーヒー豆が手に入ったのですよ。飲んでいかれませんか」

「お言葉に甘えていただきましょう」

第二皇子コウリ親王が笑顔でコーヒーに誘い、ローウォン卿も笑いながらそれを受けるのであった。