軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0579 ロンの演奏

「え? 皇帝陛下?」

暢音閣(ちょうおんかく) で本を読んでいるところに、皇帝ツーインが突然現れれば、さすがに涼でも驚くというものだ。

チョオウチ帝国特使が下がった後、皇帝ツーインは暢音閣を訪れた。

そこに、ロンド公爵たる涼がいることを聞いていたから。

いろいろと、自分から伝えたいと思ったというのが一番大きな理由である。

普通は、皇宮内であっても、皇帝が訪れる場合は先触れがある。

つまり、 太監(たいかん) たちを通して、皇帝が訪れることが知らされる。

だが、今回はそれもなく、突然暢音閣に現れたのだ。

驚いたのは涼だけではなく……。

「陛下!」

すぐにヴァイオリンの練習を止め、工房統領ロン・シェンが礼をとる。

訪れることを聞かされていなかったらしい、 尚宝監(しょうほうかん) 太監も慌ててやってきて礼をとった。

「ロンド公がいると聞いてな。例の捕虜を返すことになったから、それを伝えに来たのだが……そしたらヴァイオリンの音が聞こえてきた」

皇帝ツーインはそう言うと、ロンをはっきりと見て言った。

「今弾いていたのは、ロンか?」

「はい……アルバート殿の指導の下、練習しておりました」

「なるほど。ずっと望んでいた体格の似た指導者か」

ツーインは、礼をとるロンと、涼の横に立つアベルを見比べて言う。

そして、フッと笑って提案する。

「ロン、ちとそなたの演奏、聞かせてもらえぬか?」

「よ、喜んで!」

ロンは嬉しそうに頷いた。

工房統領ロンによる、即席演奏会が始まった。

演奏は、三曲。

三曲とも、元々は涼が知らない曲だった。

だがこの数日、毎日、何度も何度も練習しているのを聞いて覚えてしまった……。

どれも、技巧的な曲ではない。

むしろ、ゆったりとした曲だ。

なんにしろ、非常に印象的なのは演奏するロンの表情。

それはそれは嬉しそうに、気持ちよさそうに弾いている。

本当にその曲が好きで。

本当にヴァイオリンが好きで。

本当に……音楽が大好きで。

「アベルの指導を受ける前とは、 雲泥(うんでい) の差です。わずか数日で、これほど変わるんですね」

涼は、隣に立っているアベルに 囁(ささや) く。

「俺が指導する前から、何週間も何カ月も、ずっと練習をしていたからこその結果だ。毎日、目に見える結果が出ずとも腐ることなく続けてきたからこそだろう」

アベルはそこで、フッと表情を崩して言葉を続ける。

「ああでもない、こうでもないと、自分で考えていろいろ試したはずだ。そんな蓄積があったから、俺の指導がきっかけになって壁を越えた」

「壁を越えた……」

スポーツ選手などでよく聞く表現だ。

ちょっとしたきっかけで、それまで全然できなかったことが突然できるようになる。

だがそれは、そこまでの経験の蓄積、思考の蓄積があればこそなのだ。

何もしないである日突然……というものではない。

努力し続け。

考え続け。

挑戦し続け。

でも、失敗して突き返され。

望んだ結果が出ずとも、それを何度も何度も繰り返した、その結果。

ある日、ポーンと乗り越える。

「まあ正直、技術はまだまだ 稚拙(ちせつ) だが……何より楽しそうに演奏する姿がいいよな」

「確かに!」

アベルが笑いながら言い、涼も同意する。

何事においてもそうだ。

嬉しそうに、楽しそうに、微笑みすら浮かべながらやる……そういう姿は、傍から見ていて気持ちいい。

見ている側も楽しくなり、なぜか応援したくなる。

不思議な、人の感情。

穏やかな時間が流れ……。

ロンによる、演奏は終了した。

「見事」

微笑みを浮かべながら、皇帝ツーインは褒めた。

「ありがとうございます!」

楽器を持ったままであるため、両手を重ねての礼をとれないロンは、頭だけ下げる。

だが、頬が上気し、嬉しそうだ。

満足感も見える。

「よく 精進(しょうじん) した。工房統領ロン・シェン、暢音閣室外舞台での演奏を許可する」

「えっ……」

ツーインの言葉に、驚き止まるロン。

「ん? 室外舞台では弾いてはならぬと言われていたのではないか?」

「はい、言われておりました」

「今後は、室外でも演奏してよい」

「あ、ありがとうございます」

ロンはそう言うと、チラリと太監を見た。

太監も嬉しそうに頷く。

ようやく、ロンの演奏が認められたのであった。

そうして、皇帝ツーインは涼とアベルの方を向いた。

「ロンド公、アルバート殿、ロンへの指導、感謝する」

「いえ陛下、お役に立ててようございました」

涼も笑顔で答える。

みんなが笑顔。

「確かにロンは制作の人間だ。だが、制作の人間であっても、楽器の演奏が上手い方が良い楽器は作れると余は信じておる」

「おっしゃる通りかと思います」

ツーインの言葉に同意する涼。

優秀なプレイヤーであればこそ、何が必要か、どこが 肝(きも) かというのを理解できる。

それをデータとして手に入れるか、自ら使用して感性として手に入れるか……。

それは、制作にフィードバックする際に、大きな違いとなって現れる。

同時に、でき上がったものの確認をするのにも……上手い方がよく判断できるであろう?

「陛下、そろそろ 御史台(ぎょしだい) が向かう頃かと」

皇帝ツーインにそう囁いたのは、常にツーインの後ろに影のごとくついている人物。

涼は、ここ尚宝監の太監から、それは総太監であると以前教えてもらっていた。

いわば、太監たちのボス。

「そうであった。ロンド公、頼みがあって参ったのだ」

ツーインは総太監の言葉で、自分が暢音閣に来た理由を思い出したようであった。

「公の屋敷で氷漬けになっておる例の将軍、あの者を特使たちの元に帰してやることになった。その護送自体は御史台が行うゆえ、氷漬けを解いてもらいたいと思うてな」

「承知いたしました。では、すぐに屋敷に戻りましょう」

こうして、捕らわれの身となっていたユン将軍は、『龍泉邸』に 逗留(とうりゅう) する特使一行の元に帰されたのであった。

翌日、『龍泉邸』

「なんなのだ、これは!」

「はい……ユン将軍から取り出せた情報の全てです……」

「全く足りんであろうが」

怒鳴りつけた男は、眼鏡をかけ長い黒髪を一束ねにしている。

手は怒りに震えながら、目は報告書を 睨(にら) みつけ……。

昨日、太極殿にいた者であれば、ベルケ特使と共に太極殿に上った者の一人であることに気付いたであろう。

「どうしたジュウラン」

そう言って部屋に入ってきたのは、そのベルケであった。

「はっ、ベルケ様。ユン将軍から抽出した情報の解析が終わったのですが…… 不首尾(ふしゅび) に終わりました。申し訳ございません」

ジュウランはそう言いながら、報告書を差し出す。

ベルケは報告書を一読し、わずかに 眉(まゆ) をひそめた。

「ふむ。想定の一割以下の情報しか集められなかったか。しかも、最も欲しかった『星辰網』の魔法式は手に入らず、と」

「申し訳ございません」

ベルケの言葉に、謝罪するジュウラン。

その顔には、大粒の汗が流れている。

かなりの失態であることを理解しているのだ。

「よい、ジュウランのせいではあるまい。そもそも、ユン将軍に仕込んだ魔法式自体は、我が書いたものだ。その魔法式に不備があったのかもしれん」

「そんなわけありません! 皇太子殿下に誤りなどありません!」

「我とて失敗することはある。まあいろいろ気になることもあるし……本人に聞くか。ユン将軍を呼んでくれ」

二分後、ユン将軍が部屋に入ってきて、ベルケの前で片膝をついて礼をとった。

「七星将軍ユン・チェン、お呼びにより参上いたしました、皇太子殿下」

「ああ、ユン将軍……今回、私は特使として訪れている。ベルケ皇太子ではなく、ベルケ特使だ。ここでは良いが、ダーウェイ人の近くでは特使と呼ぶように」

「承知いたしました」

「どうせダーウェイの事だ、我が国の情報は、まだほとんど掴んでおらんだろうしな」

そう言うと、ベルケは大きく笑った。

そして笑いを収めてから問う。

「ユン将軍、そなたが収集してきた情報を解析した。だが、想定していたものよりもかなり少ない」

「なんですって……」

ベルケの言葉に、 愕然(がくぜん) とした表情になるユン将軍。

それも当然であろう。

今回の任務は、文字通り 一命(いちめい) を 賭(と) しての潜入任務であったのだ。

皇宮を急襲しダーウェイに挑戦する国であると認識させる。

ユン将軍がダーウェイ内で暴れ、ダーウェイ軍に捕まれば、当然、皇宮に隣接した御史台にある重監獄に囚われる。

そこに入れられている間に、ユン将軍の体内に刻まれた魔法式が発動し、皇宮を守ると言われる『星辰網』ら錬金道具の情報を収集する。

『星辰網』は御史台までカバーしているため、御史台の重監獄からでも、十分情報を収集できるはず……。

最後に特使が派遣され、交渉をしている間にユン将軍の身元を引き受け体内に集めた情報を取り出す。

そんな作戦であったのだ。

それなのに、失敗した?

「確かに……捕らわれていた場所は、重監獄ではありませんでした」

「ほぉ。それはどこだ?」

「どこなのかは分かりません。例の平野で捕らわれて以降、私の意識があったのは聴取を受けた二日間だけでした。意識のある間、私が置かれていたのは屋敷の庭でした。ですが、聴取の間もずっと、楽の音が聞こえてきておりましたので、皇宮内にあるどこかの屋敷ではないかと思います」

「ふむ」

ユン将軍の説明に、首をかしげているベルケ。

だが、情報が足りてないため、まともな結論が出ない事は理解している。

「ユン将軍、そもそもどのように捕らえられたかは覚えているか? 確かに捕らえられるのが任務であったのだが……同時に、戦場に皇族が出てきたなら殺害することも任務に入っていたであろう?」

「はい。強力な水属性の魔法使いに阻まれました。捕らわれていた間も、氷漬けにされていたようです。聴取の際は、頭だけ自由になりました……」

「水属性の魔法使いか。それほど強力なダーウェイの水属性の魔法使いと言えば、六聖の一人ローウォン卿であろう。 齢(よわい) 七十を超えてなお、戦場に出てくるか……」

ベルケは何度も頷きながら言った。

「おそらくは。ただ、私の前に立った時には、むしろ少年のような外見でした」

「ふん、それほどの魔法使いともなれば、外見などいかようにでもなるということだ」

ベルケはそう言うと笑った。

ずっと傍らで聞いていたジュウランがベルケに問う。

「どういたしましょうか」

だが、その問いに答えたのはベルケではなくユン将軍であった。

「殿下、どうか私の眼球をお取り出しください」

「ん? そういえば、魔法式は眼球の中に書き込んだか。それを取り出せということか?」

「はい。取り出して、これからの交渉の席にお持ちください。交渉は恐らく皇宮内で行われるはず。さすれば、情報を集めることができます」

苛烈(かれつ) とも言える提案だ。

ベルケは少しだけ微笑んで答えた。

「ユン将軍の忠義、しかと受け取った。だが、目はそのままでよい」

「ですが……」

「ユン将軍自身が、交渉の場について来ればよい」

「え……」

ベルケの言葉に、ユン将軍とジュウランが共に絶句する。

先に口を開いたのはジュウランであった。

「ですが、ユン将軍は一度ダーウェイに捕らえられました。その人物を交渉の席に連れて行くのは……ダーウェイ側の態度を硬化させませんか?」

「構わんだろう? どうせ交渉など成功させる気はないのだから」

そう言うと、ベルケは笑う。

それは今までの温かみのある笑みではなく…… 禍々(まがまが) しい笑いであった。

「どうせいずれ、ダーウェイは滅ぼすのだから」