軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0560 皇帝ツーイン

アンダルシアに乗った涼、フェイワンに乗ったアベルを、 白焔(はくえん) 軍が前後から護衛している。

有無を言わせずに同行させたわけではなく、涼もアベルも行くことを承諾した。

向かう先は皇宮だ。

「リーチュウ隊長」

「何でしょうか、公爵閣下」

「今日って、リュン皇子とシオ・フェン公主の婚礼の儀ですよね? 皇帝陛下はお忙しいのでは?」

「はい。分刻みの日程のはずです」

涼の問いに、白焔軍リーチュウ隊長は頷いて答える。

「それなのに、僕を連れてこいと?」

「はい……。皇子婚礼の儀は、早朝、というより夜が明ける前から始まっております。リュン皇子とシオ・フェン公主が中心ではありますが、陛下の名の下に婚礼をあげますので、そのほとんどに陛下は付き添われます。ですので、大変お忙しいです」

「婚礼の儀の合間に会いたいということですかね」

「恐らくは。予定通りであれば、正午前に前半が終了し、午後からは皇宮内にあります霊殿に、皇子、公主と共に夜まで籠もられます」

「では、お昼を一緒に食べようと?」

「いえ、本日、陛下は昼食を摂られません。皇子と公主もですが」

「なんと……」

皇子の婚礼はストイックなものらしい。

「ですので、お会いできるのがいつになるのかは、正直……」

そこでリーチュウ隊長は言葉を区切った。

そして、何かを決心したように顔を上げ、言葉を続けた。

「明日になる可能性もあります」

「なんですと……」

告げられた衝撃の予想。

「その場合、僕らのお昼御飯や晩御飯は……」

「え? いえ、それは準備されると思いますが……」

絶望に満ちた表情の涼に、リーチュウ隊長が拍子抜けしたように答える。

「ああ、良かったです」

「えっと……」

心の底から安心した表情で喜ぶ涼、いろいろよく分からないリーチュウ隊長。

ただ一人、全てを理解しているらしいアベルが、小さく首を振るだけであった。

白焔軍に護衛された二人は、初めて皇宮に入った。

ダーウェイにおいて『皇宮』と呼ばれる場所は広大だ。

その中に、いくつもの『城』や『別邸』がある。

皇帝がおり、政治の中枢となるのは禁城。

二十一世紀の日本で言うなら、永田町が皇宮であり、首相官邸が禁城だろうか?

永田町全体が高い塀で囲われ、錬金術的にも高度な警備態勢が敷かれている……そう考えると、ダーウェイの経済力、技術力の高さはかなりのものと言えるだろう。

婚礼の儀が行われる禁城全域が、ほぼ立入禁止となっている。

だが二人は特別に、西華門から入り、近くの『西白殿』という建物に案内される。

当然のように、禁城内は今まで以上に、かなり厳しい警備がされていた。

とはいえ、白焔軍が通ると、全ての兵士が頭を下げて礼をとる。

「白焔軍って、地位が高いんですね」

涼が素直すぎる感想を述べる。

「きょ、恐縮です。我らは、『皇帝守墓』ということで、皇帝陛下直属。皇帝守墓は五十人ずつ、四軍で二百人と人数では極小ですが、軍の格は非常に高いです」

恐縮しながらも、リーチュウ隊長は誇らしげに答えた。

確かに、フェンムーにおいて、涼に気付かれないうちに二人を包囲した手並みといい、今現在の 一糸(いっし) 乱れぬ護衛といい、精鋭という名がふさわしい軍と言えるだろう。

「だから、皇帝陛下も白焔軍に、僕を連れてくるように命令したのですかね」

「それもあるかもしれません。公爵閣下ほどの方をご案内する役であっても、我々であれば決して失礼にはあたりません。ですがそれ以上に、フェンムーにて『ナイトレイ王国のロンド公爵』が拝礼されたということを報告したのは我々だから、というのもあるかと……」

「なるほど」

異国の筆頭公爵が、国王の名代として歴代皇帝の墓を表敬訪問すれば、帝都にも報告が行くであろう。

考えてみれば当然だ。

だが、涼もアベルも、今の今までその点に関して頭の中からすっぽり抜け落ちていた……。

二人が案内された部屋は、とても 豪奢(ごうしゃ) な部屋であった。

置かれた花瓶、掛けられた書一つとっても、高級そうだ。

聞けば、異国の使節団などが待機する部屋の一つらしい。

「婚礼の儀そのものには、異国の方々が出席することはございません。ただ、明後日の帝都民へのお披露目の後に行われる 披露宴(ひろうえん) においては、異国からの使節団や外交特使などが挨拶をされます。ですので、明後日は、この西白殿はいっぱいになるでしょう」

リーチュウ隊長が案内しながら、そう説明してくれる。

「この西白殿付きの侍女らに申し付けくだされば、何でも準備いたします。また我々白焔軍も、お二人の護衛を仰せつかっており部屋の周りにおりますので、何なりとお申し付けください」

「ありがとうございます」

部屋の中は涼とアベルだけになった。

「アベル、アベルの名はしばらく、アルバートです」

「お、おう」

「不満があっても仕方ありません。身分証明を忘れてきたのは……」

「分かっている。着けていなかった俺が悪いから」

涼の言葉に、適当に手を振るアベル。

「口では 殊勝(しゅしょう) なものいいながら、なんたる適当な態度!」

「リョウ、このお茶は美味しいぞ」

涼の 叱責(しっせき) も、軽やかに流してごまかすアベル。

「それにしても困りましたね」

「ん? 何が困ったんだ?」

「アベルは、我々が陥った困難な状況を、全く理解していませんね!」

「困難?」

涼がため息をつきながら言い、アベルはお茶を 啜(すす) りながら首を傾げる。

「この後、僕らは皇帝陛下に呼ばれます。でも行った先で、禁軍兵五万人に包囲されるのです。そして皇帝が告げます。『愚かなるロンド公爵、その命、この帝都で散らすがいい!』って」

「……」

「リーチュウ隊長率いる白焔軍は、最後まで僕らを守ってくれるに違いありません。ですが、多勢に無勢、一人また一人と打ち倒されていき……。そして惨めに捕虜となった僕らは、リュン皇子とシオ・フェン公主の前に引き立てられ、処刑されるのです! 『二人の門出にふさわしい 亡骸(なきがら) よ!』とか皇帝が告げて、僕らは首を斬られ……ああ、なんということでしょう」

「さすがはリョウだ」

涼が悲し気に首を振る。だが、話を聞いたアベルはむしろ感心したように頷く。

「何か、感心するような箇所がありましたか?」

「いや、いつもながらのその想像……いや、妄想力に感心しただけだ」

「妄想とは失敬な!」

アベルの正直な感想に、反論する涼。

「最悪を想定し、最善を尽くす。教科書にも載っている政治家ディズレーリの言葉をアベルに贈ります!」

「つまり、今言ったのが、リョウが想定した最悪なのか?」

「え? そ、そうですけど……アベルは違うんですか?」

涼の最悪など甘いと言わんばかりの、アベルの態度。

「俺が想定する最悪は、皇宮ごと全てを広域破壊魔法で潰されてしまう、だな」

「……はい?」

「ほら、リョウの嫌いな帝国の爆炎の魔法使い、あいつが使う<天地崩落>みたいなやつでいきなり攻撃されて、誰も気付かないうちに皇宮の崩壊に巻き込まれるのが最悪だ」

「そんな攻撃がなされれば僕が気付きます! 爆炎の攻撃なんて、ぎったんぎったんにしてやりますから!」

『最悪』の想定は、人によっていろいろらしい……。

そんな話をしている間に、お昼になった。

ノックの後、リーチュウ隊長が入ってくる。

「公爵閣下、陛下がお会いになられます」

「おぉ……」

「あまり時間が取れなくて申し訳ないと、先に伝えておいてくれとのことでした」

「大丈夫です」

涼はそこで一度言葉を切ってから、隣にいるアベルにギリギリ聞こえる大きさで呟いた。

「そんな事を言われても、油断はしませんから」

涼の中では、先ほどの妄想は効果を発動中らしい……。

アベルだけが、呆れたような表情で首を振った。

二人が連れて行かれたのは、禁城の中でもかなり北に位置する建物。

午前と午後の日程の間のわずかな時間に、皇帝が体を休めているらしい。

そのタイミングで、ロンド公爵に会いたいようだ。

「陛下、ロンド公爵をお連れ致しました」

「お通しせよ」

通されて入る涼とアベル。

涼が前で、斜め後ろからアベルがついてくる。

話が通っているのだろう、衛兵みたいな人も止めたりはしない。

涼は、ダーウェイでの皇帝への礼の取り方は知らない。

そのため、ナイトレイ王国での最敬礼だ。

「ナイトレイ王国、ロンド公爵リョウ・ミハラと申します」

「ダーウェイ皇帝、ツーイン・ツァオだ。筆頭公爵で、国王名代と聞いておる。どうぞそちらに」

涼は、勧められた椅子に座った。アベルが、少し離れて立つ。

涼が、ボスンター国 御史台(ぎょしだい) ボッフォさんから聞いていた話では、宴席やかなり特殊な会合でもない限り、皇帝の前で椅子に座ることはないということだったのだが……。

ナイトレイ王国の国王名代だからであろうか?

涼の目に映る皇帝ツーインの第一印象は、やつれているようであった。

病気にかかっているというわけではないだろうが……超大国の現役皇帝としては、なんというか覇気が少ない感じだろうか。

中央諸国で会ったデブヒ帝国先帝ルパートのような力強さはなく、連合の先王ロベルト・ピルロのような全てを射抜く眼光もない。

だが、顔貌は決して 愚鈍(ぐどん) ではない。

そう言うと、顔で賢さが分かるのか! と言われることもあるのだが、慣れてくればだいたい分かる。

賢くなさそうな顔の人は、いくら『社長でございー!』とやっていても、やっぱり愚かな行動をとる……それが積み重なれば会社が傾いていく。

それほど多くの経験を積んだとも思っていない涼であっても、それくらいは分かるようになった。

その経験で言うと、目の前に座る皇帝は愚かではない。

しかし、さまざまな事に関してのやる気が、失われてしまった状態という感じだろうか。

見た目は五十代半ば。

だが、ほとんど白くなってしまった髪が、年齢と見た目の疲労度を上げている。

「白焔軍のリーチュウから、フェンムーを訪れていたという報告を受けた時には、まさかと思ったが……あの吟遊詩人の歌に謳われた……」

「実は先日、初めてはっきりと聞いたのですが……驚くほど恥ずかしかったです」

「そうか、あーはっはっはっは」

正直に、一般大衆的な感想を述べる涼。

それを聞いて、楽しそうに笑う皇帝ツーイン。

「あえて、接しやすく振る舞ってくださっていることは理解している。余の日程を聞いての事であろうと。配慮感謝する」

「ああ、いえいえ」

「リーチュウは、フェンムーで、目に見えるような圧力で 目眩(めまい) がしたとか」

「……気のせいでしょう」

「いや、吟遊詩人の歌を聞いておれば、さもありなんと」

フェンムーでは、あえて涼は『圧』を出していた。

リーチュウ隊長は、それに押し潰されそうになったのであろう。

「いつか、万全の体調で、それを経験してみたい気もするな」

「お 戯(たわむ) れを……」

皇帝ツーインが冗談めかして言い、涼が苦笑する。

ひとしきり笑った後、皇帝ツーインは部屋の端をチラリと見た。

中央諸国風で言う、 侍従(じじゅう) や 小姓(こしょう) にあたる者たちが頭を下げている。

おそらくその意味は、「そろそろお時間です」であろう。

本当に、分刻みの日程のようだ。

「ロンド公に来てもらったのは、後日、 来賓(らいひん) として招きたいと思ったからだ」

「来賓? もしや、二日後の帝都民へのお披露目の後にあるという、披露宴ですか?」

「おぉ、それもご存じか。それなら話が早い。まさに、その披露宴だ。披露宴には、周辺各国から使節団が来る。そこに、吟遊詩人にも歌われているロンド公が来てくれれば、皇子と公主にもいい思い出になるのではないかと思うてな。いかがであろう?」

「お招きいただけるのは光栄です。ぜひに」

「よし、決まった!」

涼が請け負うと、皇帝ツーインは一度手を打って嬉しそうに頷いた。

先ほどまでの疲れた印象が、少しだけ薄らいだように見える。

皇帝は、皇子と公主への、最高のサプライズを手に入れたと考えたのだろう。

涼としても、二人の驚く顔はちょっと見たいので、乗ることに異存はない。

「詳細な連絡はリーチュウにさせる。『龍泉邸』にお泊りであったな。いや、もちろん希望があれば皇宮内に屋敷を用意させるが?」

「いえ、『龍泉邸』で構いません。実は私、冒険者として動いておりまして……」

「はて? かのロンド公が冒険者? いや、魔法使いとして絶大な力をお持ちだろうから、冒険者としてもやっていけるのだろうが……」

「いろいろと、帝都を満喫いたしておりました」

「なるほど。それは分かる。余も憧れるな」

「高い立場になりますと、自由に動けませんものね」

涼も、アベルを見てきたため、その不便さは理解できる。

後ろで、そのアベルが小さく頷いているのも感じ取れた。

「それで、冒険者として……実はマタン伯フォン・ドボー殿に雇われております」

「まことか!」

涼の言葉に驚く皇帝ツーイン。

そして、ツーインは思い出したようだ。

「今、フォン・ドボーは……」

「はい、バシュー伯ロシュ・テンさんへの事件で、重監獄に」

「あれもいろいろ 解(げ) せぬ事件であるが……ふむ、ロンド公の手前、フォン・ドボーをこの場で解放したいが……法がある」

「承知しております」

「だが、安心なされよ。皇子の結婚によって 恩赦(おんしゃ) が出されるが、フォン・ドボーもそれに入る予定だ」

「まことですか!」

嬉しさから、涼の声が上ずる。

「うむ。明日、公表され解放される。フォン・ドボーの家臣たちに伝えてやるといいであろう」

「ありがとうございます。この後すぐに伝えます!」

「調査そのものは、御史台に続けさせる。いろいろと裏がありそうだからな」

皇帝ツーインの言葉は、小さすぎて、喜んでいる涼の耳にも聞こえなかった。

だが少なくとも、吉報であった。