軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0550 依頼

翌朝。

訓練場の端では、今日も当然のようにアベルが飛翔の練習をしている。

その横では、氷の机と椅子を出して、涼は買ってきた飛翔環の魔法式を 覗(のぞ) いていた。

もちろん、普通には、この手の製品の魔法式を見る事はできない。

だが、涼は錬金術を趣味としている男。

ある種の、リバースエンジニアリングは得意だ。

特に、西方諸国で、超一流の錬金術師であるニール・アンダーセンの下で学んだ時に、ゴーレムの魔法式の解析の手法などを見せてもらう事ができた。

それらは、涼の錬金術の知見をかなり引き上げたのだ。

場数を踏むというのは、能力アップの近道かもしれない。

「全身を風属性魔法で包むというのは、自分で試して分かっていましたけど……常に四カ所から、下向きの風を吹き出して、姿勢を維持しているんですね……。その点は、クワッドローター……一般的に認識されるドローンに似ています」

地球において21世紀に発展したドローンは、三枚以上の回転翼を持つマルチコプターや、クワッドローターなどと呼ばれるタイプと、飛行機の形状の物とに大別される。

その中の、四枚の羽で下方に空気を送って浮遊するタイプのクワッドローターの原理に似ているのだ。

簡単に言えば、羽の回転数を変える事によって、前後左右に自在に飛ぶ事ができる。

だから、尾翼は必要ない。

この飛翔環も、基本的な考え方は同じらしく、四カ所の送風量を変化させることによって、移動するようだ。

「とてもシンプルです。それだけに、極めて故障しにくいと言えるでしょう。これを開発した人は凄いですね!」

「ん? 何か分かったのか?」

思わず声をあげた涼に反応するアベル。

「分かりましたけど……アベルには説明しても無意味な気がします。体で覚えてください」

「ものすげー、馬鹿にされている気がするんだが……」

「そんなことはありません。自分に合った方法で身に付けるのが一番。そう言っているだけですよ」

「へぇ……」

涼が自信満々に言っているが、それに対してアベルは 胡乱(うろん) げな目だ。

そんな二人の元に、三人の人物が寄ってきた。

もちろん、二人とも気付いている。

そして、先頭の人物は知らないが、彼が後ろに引き連れている男女二人は知っている人物だ。

いや、正確には名前は知らないが。

同じ船に乗ってきた十人のうちの二人……。

「こんにちは。ちょっとお邪魔してよろしいですかな」

先頭の男性は、五十歳ほどであろうか。

商人ではなく、おそらくは地方領主。

その人物が、丁寧に声をかけた。

「ああ、はいどうぞどうぞ」

涼はそう言うと、四つの氷の椅子を生成した。

ちゃんと、アイスクッション付きで、座り心地抜群だ。

アベルが涼の横に座る。

領主が二人の対面に座り、その左右に男女の兵士が座った。

二人とも、涼が氷の椅子を生成した時に、少し驚いていた。

そして、座ってさらに驚いている。

「私は、マタン伯に封じられております、フォン・ドボーと申します」

領主は名乗ると、再び丁寧に頭を下げた。

「ナイトレイ王国の涼です。こちらが……同じくアベルです」

珍しくアベルではなく、涼から自己紹介を行った。

王国名まで入れて。

「ナイトレイ王国と言いますと……中央諸国ですか? いやこれは……異国の方だとは分かっていましたが、それほど遠い所からの方だったとは」

「王国をご存じで?」

「正確には、もうしわけありません、存じ上げません。ですが、吟遊詩人の歌では聞いたことがございます。ここ一年ほど、このダーウェイでもよく歌われておりますよ」

「ほっほぉ」

領主フォン・ドボーの言葉に、嬉しそうに頷く涼。

自分の国が知られており、知名度が高まりつつあるというのは何となく嬉しく感じるのだ。

ちなみにアベルは、無表情を 装(よそお) っている。

「失礼ですが、お二人は冒険者だとお聞きしたのですが……」

「はい、それは事実です。誰にお聞きしたのかは、あえて問いませんが」

フォン・ドボーが笑顔で言い、涼も笑顔で答える。

力のある者は、個人情報を簡単に手に入れる事ができる。

「冒険者であるのなら、ぜひ雇いたいと思って、こうしてまかり越しました」

「雇いたい?」

涼はそう言うと、フォン・ドボーの左右に座る二人を見る。

当然、それだけでフォン・ドボーには伝わる。

「ええ、この者たちも私の護衛兵です。ですが、さらにです」

「ふむ」

「お恥ずかしい話ですが……実は先日、 襲撃(しゅうげき) されまして」

「なんと……」

「それで、慌ててこの者たちを、領地から呼び寄せました。ですがそれでも足りないと言われまして……。しかし、帝都で雇うのは難しいのです。誰の息がかかっているか分かりませんので」

フォン・ドボーは、 不穏(ふおん) な言葉を笑顔で語る。

「身許の確かな者は……?」

「誰もが不確かですゆえ」

「ああ……どうせ誰もが不確かなら、僕たちにしてしまおうと」

「そこまであけすけではないのですが」

さすがに、涼の言葉には苦笑しながら答えるフォン・ドボー。

「ご存じかと思いますが、この者たちは、お二人と一緒の船に乗っておりました」

「はい、覚えております。先日は、広場でもこちらを見ておいででした」

「おっしゃる通りです。それで、お二人の腕に関しては十分保証できると言われました」

「でも、もしも僕たちが、襲撃者だったら?」

「この『龍泉邸』に泊まるような方たちが襲撃者? それはなかなか考えにくいでしょう」

涼の問いに、フォン・ドボーが苦笑しながら答える。

襲撃者は、お金持ちではないらしい。

ゴルゴル13のような暗殺者は、ダーウェイにはいないのだろうか……。

「さらに昨晩、お二方はピアノの音色に聞き入っておいででした。これは勝手な感想なのですが、教養のある出自のしっかりした方であると感じました。これでも、人を見る目には自信がありますので」

フォン・ドボーは微笑みながら、はっきり言い切った。

涼とアベルは顔を見合わせる。

いいえ違います、とは確かに言いづらい……。

正直、涼にはいろいろ判断がつかない。

なので、アベルの方を見て、小さく首を振る。

アベルが小さく頷いて、会話を引き継いだ。

「護衛のために俺たちを雇いたいということだろうが、俺たちもずっと帝都にいるわけじゃない」

「確かにごもっともです。私が護衛していただきたいのは、本日から十日間です。五日後、皇宮において、第六皇子リュン様の婚礼の儀が執り行われます。そして今日から七日後に、帝都民へのお披露目が行われるのです。それを終えて、十日後に、私どもは帝都を引き払って、マタンの領地に戻ります。その帝都にいる間、どうでしょうか?」

輿入れや婚礼のスケジュールを、涼とアベルは全く知らなかった。

その情報が手に入ったのはありがたい。

「条件は?」

「この『龍泉邸』の宿泊料は全て私が持ちます。それ以外に、一人につき一日十万ジャン、つまり金貨十枚でいかがでしょうか」

「具体的に、どこで、どう護衛すればいい?」

「この『龍泉邸』内と、皇宮との行き来を護衛いただきたいです。護衛の中心は、ウェイ・フォンら……この者たちが取り仕切りますので、その補佐をお願いできればと思います」

フォン・ドボーは、右手に座る男性兵士を見た。

ウェイ・フォンという名らしい。

確かに、かなり腕利きの雰囲気が漂っている。

「だいたい分かった。少し話し合いたいのだが……」

「もちろんです。決まりましたら、お知らせください」

フォン・ドボーはそう言うと、護衛を連れて去っていった。

残った涼とアベルが話し合う。

「アベル、ついに運が向いてきましたよ!」

なぜか涼が興奮している。

「なぜ興奮しているんだ……」

アベルにはその理由が全く分からない。

「偉い人からの護衛依頼です!」

「ああ、まあ、そうだな」

「すでに、襲撃されたとも言っていました!」

「うん、まあ、言ってたな」

「そんな状態で、僕らを雇おうとするなんて変です!」

涼が、ビシッとアベルを指さす。

別に、アベルが何か変なことを言ったわけではない。

だが、涼の気分は不正を追及する検査官らしい。

「変か? 手勢が足りないから雇いたいだけだろ?」

アベルには全く響いていないらしく、いつも通りの反応だ。

「恐らく僕らは、さっきのフォン・ドボーさんの 謀略(ぼうりゃく) の犠牲になるのです!」

「……は?」

「彼はダーウェイの皇帝陛下暗殺が狙いで、その罪を僕たちに着せるつもりに違いありません!」

もちろん、涼のただの 妄想(もうそう) だ。

そう、それはいつものこと。

「凄いよなリョウは。いつもいつも、そんな妄想というか、発想が泉のように湧き出てくるもんな」

「な、なんでちょっと呆れたように言うんですか!」

「いや、俺にはとても理解できないから……」

「罠に落ちた後で後悔しても遅いんですからね!」

アベルが首を振りながら言い、涼がプンスカという擬音が付きそうな様子で怒って頬を膨らませている。

「じゃあ、依頼は断るか」

「ダメです! 受けましょう!」

「え? 受けたら、俺たちは罠にはまるんだろう?」

アベルは、涼の妄想は全く信じていないが、それでも無理して受ける必要もないかなと思っている。

確かに、宿泊費全額持ちは大きいし、一日金貨十枚も大きい……しかも一人当たりだ。

だが、やりたくない依頼をしなければならないほど、お金に困っているわけでもない。

だが、涼はあえて受けようと言う。

「 虎穴(こけつ) に入らずんば 虎子(こじ) を得ずです。あえて飛び込んで、謀略の木を根から断つのですよ!」

「よく分からんが、受けたいのなら受けるか」

「お金は、いくらあっても困りません」

「うん、それは確かに否定しない」

こうして、二人はマタン伯フォン・ドボーの護衛依頼を受けることにしたのであった。