軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0541 アベルの夢

三日後、領主ロシュは供の者を連れて、ノモンの街に向かって出発した。

ノモンの街は、バシュー伯としてロシュ・テンが治める領地の北、ケイロー伯とやらが治める領地の中心だ。

「伯が、領主たちだったか?」

「ええ、そんな感じですね。あと、もっと強かったり、帝室に近かったりすると、公がいるらしいです」

アベルの確認に、涼が頷いた。

これらは全て、ボスンター国 御史台(ぎょしだい) のボッフォさん情報だ。

涼が以前、ダーウェイのいろいろについて事前情報として請求し、ボッフォが渡してくれたもの。

もちろん、機密の類はなく、一般的な情報ばかりではあるのだが、前提知識がない二人にとっては、とてもありがたいものとなっている。

中央諸国や西方諸国にあったような、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵といったようないわゆる五爵はない。

そのため、貴族階級のようなものも、ダーウェイにはない。

代わりに、伯や公に封じられて領地を持つ者たちやその一族、あるいは中央試験に合格することによって上級官吏となって立身出世する者たちがいるらしい。

彼らをまとめて、『シタイフ層』と言うのだとか。

シタイフ層は、一般の庶民とは違うため、ある種の貴族階級なのかもしれない。

「結局、人は、特権階級や上流階級を生み出してしまうものなのです」

「何だ急に?」

「 古今東西(ここんとうざい) 、どこにおいても、そんな階級が生み出されます。きっと、人の 業(ごう) に違いありません」

「別に悪い事じゃないだろ?」

涼の言葉に、アベルが首を傾げて問う。

「はぁ~」

涼は、これ見よがしにため息をついた。

「特権階級のアベル国王陛下には分からないのです、民の気持ちが。全く困ったものです」

「リョウは分かるのか? 筆頭公爵なんだが」

「もちろんです。僕は、民に寄り添った公爵ですからね」

なぜか自信満々の表情で言い切る涼。

「……その、民に寄り添った公爵閣下に問うが、じゃあ、俺はどうしたら民の気持ちが分かるようになるんだ?」

「当然、僕の真似をすればよいのです」

「つまり……王都にいる時は、カフェ・ド・ショコラでケーキセットを食し、国王執務室のソファにぬべ~っと横になって錬金術の本を読み、おやつにケーキとコーヒーを食すということだな」

「あ、悪意に満ちた表現です! いつもいつも、そんな事ばかりしているわけではありません!」

「時々は……?」

「時々は……そういう日も、あるかもしれません」

「うん、絶対、民に寄り添っていないと思うんだ」

ちなみに、そんな馬鹿話をしている二人は、領主ロシュ・テンの供の一部として、最後尾からついていっている。

もちろん二人は、それぞれの愛馬に騎乗。

アンダルシアもフェイワンも賢いため、二人が何もしなくとも、勝手に列についていってくれるのだ。

自動追尾、クルーズコントロール万歳!

その後、二人は領主ロシュ・テンに呼ばれた。

ロシュ・テンも、馬車などには乗らず、一人で騎乗している。

二人が傍らに来ると、ロシュ・テンが口を開いた。

「叔父上……フー・テン副代官は、お二人の事は信頼していいと言いました」

「光栄なことだ」

アベルが答える。

「先日の会話からも想像がついたと思いますが、叔父上は領主としてバロー伯に封じられておりました。その時に、皇太子殿下の暗殺に巻き込まれ、責任を取らされて降格させられました。そのため、現在は私の領地で副代官として働いてくださっております」

「それは……俺たちに話してもいい事なのか?」

「構いません。我が領内にいる者たちの多くが知っていることです。そして、叔父上には責がないということも」

ロシュ・テンは無念そうな表情で言い切った。

涼は無言のまま話を聞いている。

こういう場合、会話はアベルに任せた方がいいことを、経験から知っているからだ。

「今、三人の親王が、帝位継承をめぐって争っているというのは聞いている。皇太子の暗殺も、それに関連しての事なのか?」

「少し違います。むしろ、皇太子殿下が暗殺されたから、親王たちの争いが始まったというべきでしょう」

アベルの問いに、ロシュ・テンが小さく首を振ってから答えた。

「皇太子殿下は、人格、識見など、全てにおいて高い次元で釣り合った御方でした。現在の皇帝陛下は、どちらかと言えば武よりも芸を好まれ、その関係でダーウェイ全体も芸を追及する気風となっております。翻って皇太子殿下は、ご自身も優れた武将でしたが、 尚武(しょうぶ) の気風を備えておいででした。もちろん、芸を迫害するようなこともなく……。それも含めて、高い次元で釣り合っておいでで」

「ふむ」

「皇帝陛下も、ご自分とは違った気風とはいえ、皇太子殿下に対しては絶大な信頼を寄せておいてでした。自らの後を継いでくれれば、ダーウェイは何も心配ないと、公の場でも何度もおっしゃっていて」

「皇太子は期待されていたんだな……」

ロシュ・テンの説明に、アベルは頷いた。

その視線は、遠くを見ているようだ。

亡くなった兄、先のカイン王太子を思い出しているのかもしれない。

「だからこそ、皇太子殿下が亡くなられた時の失意は大きく……。あれから五年が経つのですが、未だに新たな皇太子が立てられないのは、先の皇太子殿下の存在が大きすぎたためかもしれません。三親王も、それぞれ優れた力を持った方々ですが……」

「絶対的な後継者の喪失というのは、難しい話だな」

アベルが小さく首を振る。

無言のまま聞く涼も、顔をしかめて聞いていた。

「その、皇太子が亡くなった夜の責任者がフー・テン副代官だったそうだが……責任を取らされた?」

「ええ。そもそも、皇太子の居城である 東宮(とうぐう) の警備は完璧です。皇帝陛下の皇宮もですが、魔法的にも呪法的にも、外部からの攻撃、侵入はほぼ不可能と言えるでしょう。それらの防備を打ち破って、力づくで殺すというのならあり得ないとは言えないのですが……皇太子殿下の暗殺は、誰も気付かないうちに行われました」

「つまり、魔法的な警備も、人による警備も気付かないうちにということか」

「はい。そんなことは不可能なのですが……翌朝、皇太子殿下の胸に短剣が突き立てられており……」

ロシュ・テンはそこまで言うと、目を閉じて、深く息を吸った。

「なぜ……俺たちにその事を話す?」

アベルのその疑問は、涼も抱いたものだった。

ロシュ・テンは苦笑した。

「正直、私にも分からないのです。叔父上が二人を信頼していいと言ったのはさっき言いましたが……だからといって、先ほどの話を二人にしなければならない理由にはならない。ただ……なんとなく、しておいた方がいい気がしたのです。あまり気にしないでください」

涼とアベルは顔を見合わせた。

どちらの顔にも、明確な答えは書かれていない……。

そんな事を話している時、街道沿いに大きな標識があるのが見えた。

「ここから『 中黄(ちゅうおう) 』?」

涼が呟いた。

その呟きが聞こえたのだろう。

ロシュ・テンも標識を確認する。

「ああ、『中黄』というのは、帝都があるダーウェイの中心部です。とは言っても、かなり広いのですけどね。現在だと、ダーウェイ全土を九つの行政区に区切った場合の、中枢が『中黄』となっています」

ロシュが説明した。

そこまで説明して、何かを思い出したらしい。

「お二方は異国、中央諸国からでしたよね。であれば、見たことはないのではないでしょうか」

「何か面白いものが見られるのか?」

「ええ」

アベルの問いに、笑顔で頷くロシュ・テン。

そして、傍らの護衛の一人を傍らに呼んだ。

「ちょっと飛んでみせてくれないか」

「かしこまりました!」

そんな会話を聞いて驚いたのは、涼とアベルだ。

「え?」

「飛ぶ?」

先ほどの護衛が、右手で剣を抜いて前に突き出した。

すると……。

斜め上方に飛んだのだ。

そう、それは跳ねたとか、跳び上がったとかではなく、浮いた、飛んだ……。

飛行した。

さらに、空中で方向転換して、戻ってくる。

一度地面について、今度は、前方に向かって、地面すれすれを飛んで移動する。

剣を正面に向けているため、まるで突撃飛行。

速度は速くない。

いずれも、時速四十キロ程度だろうか。

そのため、一対一の戦闘で使ったとしても効果的な成果を出すには、タイミングを選ぶだろう。

だが、複数が、剣を揃えて突撃を 敢行(かんこう) したら……。

涼は驚きながらも、いろいろ分析しながら見ていた。

だが、横にいるアベルは……完全に見入っている。

いや、 見惚(みと) れているのかもしれない。

それどころか、少し震えている。

「アベル?」

「あ? ああ、凄いな……」

涼が問いかけると、アベルは我に返ったが、飛んでいる姿からは目を離せないようだ。

「その様子からすると、やはり見るのは初めてですね?」

ロシュ・テンが驚かせるのに成功して、嬉しそうに言う。

「はい。凄いですね」

アベルがずっと見続けているため、涼が会話の相手になる。

「これは、魔法ではなく、錬金術ですよね? あの左腕に着けている腕輪?」

「おぉ、その通りです。リョウさんは錬金術も 嗜(たしな) まれているのですか?」

「はい、趣味です」

左腕に着けている、ヒスイのような外観の腕輪から、淡い錬金術の光が発せられたために分かったのだ。

それにしても……飛んだ護衛は、多分魔法使いではない。剣士だ。

つまり、剣士が空を……飛べる?

「この『中黄』限定ですが、あの腕輪をつけて、少し訓練をすれば、誰でも飛べるようになるらしいです」

「誰でも!?」

ロシュ・テンの説明に、思わず声が大きくなる涼。

確かに錬金道具なのだから、基本的に誰でも扱えるように作られるだろう。

だが、『飛行』というのは、錬金道具を腕にはめればできるようになる……なんて、そんな簡単なことではないはずだ。

姿勢制御はどうする?

どこから推進力が生まれている?

方向転換の原理は?

<ウォータージェットスラスタ>で苦労したからこそ、涼はよく分かる。

魔法で、あるいは錬金術で空を飛ぶのは簡単ではないはずなのだ!

「私も詳しい事は知らないのですが……それこそ、帝都駐留の禁軍五万は、全員があの腕輪で空を飛べるのだそうです。誰でも、という表現はおおげさではないでしょう?」

「五万……全員……確かに」

ロシュ・テンの説明に、涼は何度も小さく頷く。

そして、同時に決意する。

ぜひ手に入れて、調べてみなければ!

「いいなあ……」

アベルがぼそりと呟いた。

涼は驚いてアベルを見る。

多分、これほどまでに、アベルが自分のために何かを欲したのは初めてのことだと思ったから。

「アベル?」

「ああ、空、飛んでみたいな」

涼の問いに、綺麗な目でアベルはそう答えた。

それは純粋な、そして少年のような瞳。

心から欲し、なんとしても手に入れたいと思った時の人の目。

「ロシュ・テン様、あの腕輪はどこに行けば手に入るのでしょうか?」

「帝都ですね。製造しているのは、帝都中央工房だけです」

「それは……なかなか手に入らないのでしょうか?」

「金額はそれなりにしますが、お金さえ払えば手に入りますよ。こうして、うちの護衛にも着けているものがいる通り、かなり供給はされていますから」

「空を飛べるのに……」

「先ほども言いました通り、『中黄』限定ですからね。ですが、『中黄』は広いですので、気になったのであれば帝都に行った際に購入されるといいでしょう」

ロシュ・テンが微笑みながら言った。

「あれは、借りたりすることは……」

「それはできないようです。使用者の体内魔力を登録するんだったかな? 一度登録した後は、他の人は使えないそうです」

一人、決意をみなぎらせている剣士が。

「リョウ、絶対に帝都に行くぞ!」

「あ、はい……」

アベルが、珍しく押しを強くし、涼が受け入れる。

よほど、空を飛びたいらしい……。