作品タイトル不明
0536 虎山探索
涼とアベルは、材木の切り出し役に名乗りを上げた。
村のすぐ脇にある林から、ちょうどいい感じの木を切り出してくるのだ。
「水属性魔法使いの 面目躍如(めんもくやくじょ) です!」
涼が、とてもやる気に満ちている。
いつものように、それをジト目で見るアベル。
「なぜアベルは、そんな目で見るのですか?」
「いや、木を運ぶの、重いだろ?」
涼の問いに、 至極(しごく) まっとうな答えを返すアベル。
「大丈夫です。<アイスバーン>があります!」
「ああ、氷の床か。確かに、あれがあれば運びやすくなるか」
アベルも、涼のまともな答えに安心した。
とはいえ、まずは木の切り出しだ。
切り出す林は、春村を挟んで、虎山の反対側にある。
「<水ノコ>」
掌上に、半径十センチほどの回転する水ノコが生成され、それを木の幹に当てる。
キュィィィィィン。
二人が入った林から響く、甲高い音。
ちょうど、チェーンソーで切るのと同じくらいのスピードで、幹を切ることに成功した。
ロンドの森でも、けっこう使った魔法だ。
「材木の切り出しは楽しいですね」
高さ十メートルほどの、杉に似た針葉樹を切り出して、満足したようにぺしぺし叩く涼。
それを横目で見ているアベルは何か言いたそうだ。
「なんですか、アベル」
「いや、素人考えなんだが……その、木って、涼がいつも使う細い水の線では、切断できないのか?」
「え……」
「<ウォータージェット>とかいうやつ。あれなら、その場から動かずに幹の切断も、枝落としもできるんじゃないか?」
アベルの言葉に、涼は完全に固まった。
「いや、別にふと思っただけだから、気にしないでくれ」
あまりの固まり方に、アベルの方が焦って言う。
とてもバツが悪そうだ。
「いえ、いいんですアベル。アベルの言う通り、<ウォータージェット>でも木の切断はできます。枝落としなんて……複数の<ウォータージェット>を操れば、一瞬でできてしまいます」
涼はそう答えたが、表情はとても暗い。
そして、ついに……。
両手両膝を地面についた。
絶望のポーズ。
「リョウ……なんかすまん」
なんとなく謝りたくなったアベル。
「アベルのせいじゃありません。僕が勝手に、木の切り出しは<水ノコ>で、と思っていただけです。しかもそれを、アベルに指摘されるまで気付かなかったのがショックなだけです」
「え~っと……」
言葉を続けられず、アベルは涼を見守る。
元々、今のように自由自在に<ウォータージェット>を使いこなしたり、今ほどの威力が出るようになる前に開発されたのが、<水ノコ>だ。
新たな魔法が、古き魔法を 駆逐(くちく) する……そんな歴史の転換点に二人はいるのだ。
うん、大げさすぎでした。
三十秒後。
「とぅっ」
涼は、変な掛け声とともに立ち上がった。
「僕はアベルには負けません!」
決然と言い切る涼。
「なぜ俺が悪者になっているんだろう」
納得いかない表情のアベル。
とはいえ、それで涼が復活したのならいいかと受け入れる。
アベルはとても善い奴なのだ。
そして、器も大きい。
国王陛下は、これくらいないと……。
涼は、十メートルの長さの材木を二本切り出した。
涼とアベルで一本ずつ、広場に運ぶ。
アベルが先で、涼が後。
それは、アベルが運ぶ材木の下、涼が運ぶ材木の下にだけ、<アイスバーン>を発生させるためだ。
二人の足の下に発生させたら大変なことになる。
ちなみに、材木は氷のチェーンがつき、それをそれぞれが引っ張る形になっている。
見た目は怪力運び人だが、<アイスバーン>のおかげで、たいした力はいらない……。
「運んできたぞ」
アベルが声をかけると、フー・テン副代官と供周りの者たち、さらに荷運び人たちが集まってきた。
そして、二人が運んできた材木に驚く。
「……こんなの一本ずつ運ぶとか、怪力かよ」
いつも荷物を運ぶ荷運び人たちが驚いている。
「水属性魔法に、ちょうどいい魔法があったので」
涼が笑顔で答える。
「よし、これをさらに切って、柵を作っていくぞ。リョウとアベルだったな、この調子でさらに切り出してきてくれ」
フー・テン副代官の言葉に、二人は頷いた。
着々と作られていく柵。
あくまでも簡易的なものであるため、オーガのような二メートル半の怪力魔物であれば打ち破られるかもしれないが、ゴブリンなどであれば破れないだろう。
朝から始まった柵作りは、夕方には一応の完成を見た。
特に、虎山側の柵は頑丈に作られている。
「一日で作ったにしては、かなり立派なやつができましたね」
「そうだな。副代官たちは凄いな」
涼が感心し、アベルも同意した。
だが……。
「おぬしらが手早く切り出してきてくれたおかげよ」
近付いてきながらそう言ったのは、フー・テン副代官であった。
「いやあ、それほどでも」
褒められて照れる涼。
それを横目に、小さく首を振るアベル。
「前線の人たちは、今夜は山から下りてこないのですよね?」
「ああ。山の奥に踏み込んで、明日か明後日にでも、ゴブリンの集落を見つけてくれればよいのじゃが……」
涼の問いにフー・テンは頷いて答えるが、表情は暗い。
「俺たちには言えない情報があるんだな」
アベルが言うと、フー・テンは顔を向けたが何も言わない。
「いや、無理に聞きたいわけじゃない。情報の取り扱いは、組織によって慎重に決められているだろうからな」
アベルのその言葉に、フー・テンは少し驚いた後で、言葉を続けた。
「配慮、感謝する」
立場上、言えない情報がある……それを肯定したのだ。
「その情報は……前線の人間には?」
「ジュン・ローたち三級冒険者には、代官から直接、情報書類が送られているらしい。内容はわしにも知らされておらん」
アベルの問いに、顔をしかめて答えるフー・テン。
それを聞いて、アベルも顔をしかめた。
「副代官なのに、知らされていない?」
「うむ。わしは、先月赴任したばかりなんじゃが……正直、まだ代官との間に信頼関係が構築できておらんのだ」
「そいつは大変だな」
「面目ない」
信頼関係の構築は、最優先で行いたいことの一つだ。
だが、そう簡単には、信頼関係は構築されないというのもまた事実。
人と人との関係は、いろいろと難しいものらしい。
「おぬしら二人は強そうじゃ」
「ジュン・ローさんにも言われましたね、それ」
フー・テンの言葉に、嬉しそうに頷く涼。
「他の八人は、まだ子供じゃ……」
フー・テンは、他の七級以下の班の子らを見る。
「何かあったら守ってやれということか?」
「ないとは思うが、もしもの場合はな」
アベルが問い、フー・テンが頷く。
フー・テンから見れば、七級以下の班の子らは、孫のような年齢だろう。
正直、戦わせたくないのかもしれない。
「俺はともかく、守るのなら、うちのリョウの右に出るやつはいない。なあ、リョウ」
「任せてください。水属性魔法使いの真髄、とくとお見せしましょう」
「心強いな」
アベルが言い、涼が見得を切り、ようやくフー・テン副代官から笑顔がこぼれた。
翌早朝。六級以上の冒険者と、兵士の、前線班。
「よし、ゴブリンの足跡をたどって、慎重に進むぞ」
三級冒険者ジュン・ローが指示を出し、前線班六十人が頷いた。
冒険者と兵士の確執などはないようだ。
(そうでなければ困る)
ジュン・ローは、心の中でぼやく。
代官からの情報書類には、何もめぼしい事は書いていなかったからだ。
(何が出てもいいように、慎重に対処しろだと? そんな事は分かっている。いったいどういうつもりなんだ)
そこまで考えて、小さく首を振った。
余計なことに意識が捕らわれていると、見るべきものが見えなくなる。
戦場では、それは死に繋がる。
ジュン・ローの中では、ここはすでに戦場だった。
「班長」
先頭を進む斥候チュンクが、小さな声をあげる。
すぐ後ろにいたジュン・ローは、首を伸ばしてチュンクの肩越しに、地面を見た。
「新しい足跡だな」
「多分、昨晩ついた」
ジュン・ローの見立てを、チュンクは頷いて補足した。
「戦闘隊形」
ジュン・ローが小さな声でそう言うと、前線班六十人は、探索隊形から戦闘隊形に並びを変えた。
具体的には、魔法使いや呪法使い、治癒師を中心に入れ、左右に物理職が並ぶ。
最先頭は斥候のチュンクだが、そのすぐ後ろジュン・ローの横に、もう一人剣士が並んだ。
四級冒険者のロソだ。
「チュンク、ロソ、慎重に行くぞ」
「はい」
「承知」
ジュン・ローが言い、チュンクもロソも小さな声で返事した。
その時、ジュン・ローは、少し離れた木を見た。
なぜ、その木が目に入ったのかは分からない。
意識させられた。
目を凝らす。
しばらく見つめて、なぜ意識したのか理解した。
「枝が折れている。しかも新しい……」
その木の下、地面には足跡はない。
折れている枝は、本当に小さな細い枝……何かが通って折れたのだろう。
だが、地面に足跡がないのはなぜだ?
その瞬間、閃いた。
「こっちの足跡は罠か」
判断から行動への移行は早かった。
「全員、無言のまま撤退」
ジュン・ローのその言葉の意味を、すぐに理解できた者はいなかっただろう。
だが、その言葉に従わない者もいなかった。
熟練冒険者として知られる三級冒険者ジュン・ローが、突然命令を変えて『撤退』と言ったのだ。
それは、撤退すべき何かを見つけた、あるいは起きようとしているということ。
従わねばまずいことになる。
前線班は、戦闘隊形のまま撤退を開始した。
昨晩、夜営をした場所を過ぎ、しばらく歩いて森が切れた。
「キィィィー」
ズサッ。
斥候チュンク、剣士ロソと共に最後尾となっているジュン・ローは、突然、後ろから飛び掛かってきたものを斬った。
斬った後で、それが灰色ゴブリンであることを認識する。
もちろん、一体ではなかった。
それどころか、森が切れたその場には、かなりの数のゴブリンがいた。
まるで、包囲するかのように。
だが、撤退する正面、春村の方向にいるゴブリンは、決して数は多くない。
一行が深くまで入らず、戻ってきたために、完全には包囲が完成していないようだ。
「全力で正面を突破! 突破したらそのまま村まで走れ!」
ジュン・ローが叫ぶ。
まだ、ここから走っても、村まで十五分以上はかかるだろう。
だが、村に向かう以外に、行動の選択肢はない。
なぜなら、前方のゴブリンはまだ薄いが、ジュン・ローたちの後ろから迫ってくるゴブリンの数はかなり増え、百を軽く超えているのだから。
前線班六十人による、壮絶な撤退戦が開始された。