軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0470 王とは

二人の渡航予定が決まった後、イリアジャ女王は、時間を作っては二人の元を訪れた。

あるいは、彼女とのお茶会に呼ばれることが多くなった。

今日も、先ほどまで、三人でお茶会を開いていた。

「やっぱり、王様になるって大変なんですね~。女王もアベルも、偉いです」

「……突然褒めても、何もやらんぞ?」

「もっと素直に、称賛を受け入れるのがいいと思います」

「そこはやはり、リョウの日頃の行いのせいじゃないかと……」

「なんてひどい……」

アベルの言葉に傷つくふりをする涼。

もちろん、全く傷ついていない。

ただのじゃれ合いだ。

「それにしても、意外だな」

「何がですか?」

アベルが呟くように言った言葉を拾う涼。

「イリアジャ女王も、俺たちを引き留めようとすると思ったのだが……一度も、そんな提案はされていないからな」

「ん? 自分ほど優秀な人材なら、引き留めようとするのが当然だと言いたいのですか。アベル、それは自意識過剰すぎです」

「いや、そういう事ではなくてだな……」

「だいたい、引き留められても断るしかないわけですし」

「まあ、そうなんだが……」

「アベルは、かまってちゃんなんですね」

「違うわ!」

涼が、悲しげな表情で首を振りながら指摘し、アベルが否定する。

「カブイ・ソマルからは、引き留められた。リョウは言われなかったのか?」

「あ~、そう言えば、言われた気がしないでもないですが……あんまり覚えていないですね。どうせ残りませんし」

「お、おう」

涼の身もふたもない言葉に、何も言えなくなるアベル。

涼の言う通りなのだが……。

この後、涼の言う通りではない言葉が続くのはいつもの通り。

「アベルは、もう少し真面目に生きた方がいいと思うんです」

「何だろう、絶対に違う人から言われている、この理不尽さは」

「僕は、とても真面目ですからね。常に一生懸命に生きています」

「本当に真面目な奴が、自分からそんな事を言うのを見たことがない……」

「たまには自分でアピールしておかないと、誰にも言ってもらえないので」

「誰も言わないのは、リョウが真面目じゃないからじゃ……」

「何か言いましたか?」

「いや、何も言っていないぞ」

涼が鋭く問いただし、アベルが華麗にかわす。

鋭い攻撃は、正面から受けてはいけない。

そんないつもの会話を交わしているが、出航予定が決まってから、最初の一週間の涼の行動は奇妙だった。

いや、いつも奇妙だろとか、そういうつっこみは受け付けません。

空いた時間を見つけては、何か書き物をし始めたのだ。

アベルは、またいつもの錬金術かと最初は思った。

だが、少し考えて、変だという事に気付く。

だいたい、そういう場合、涼は氷の板を出して、そこに魔法式や魔法陣を描いていく。

だが今回は、紙にペンで書いているのだ。

さすがに気になって、アベルは何を書いているんだ、と近づいたことがある。

だが、あからさまに、隠された。

「ちょっと見せてくれないか」

「嫌です」

明確に断られたのだ。

それ以降も、今まで以上にアベルの接近を気にし始めた。

さすがに、そこまでされると、何をしているのかアベルも気になる。

とても気になる。

だが、涼のガードは固かった。

最後には、氷の壁で自分を覆い、氷の部屋の中で書き始めた……。

そんな奇妙な行動は、一週間で終了した。

その後の二週間は、全くそんなことはなく……。

いつの間にか、アベルも、涼の行動は忘れてしまった。

奇妙なのはいつもの事であるし。

「王とは、孤独な存在なのでしょうか」

イリアジャ女王の言葉は、呟きと言ってもいいほどに小さいものであった。

とはいえ、同じテーブルでコーヒーを飲んでいた涼とアベルには聞こえたが。

涼は首を傾げただけで何も言わない。

これは、自分ではなく、相棒が言うべき言葉であると認識しているからだ。

「それは、家長は孤独かと、同じ問いだと俺は思っている」

「家長? お父様やお母様?」

「ああ。王にとって、民は家族だ。比喩ではあるが、俺は心の底からそう思う。そうじゃなきゃ、自分の全てを投げうってまで、自分の全てを懸けてまで、民のために国の政を司り、場合によっては朝から晩まで書類に追われる生活なんてやってられないだろう? 家族のためだからこそ、そんな状態に置かれても放り投げようとは思わない」

「なるほど」

「子どもの多くは、親が好きだ。親を愛している。そして、親の背中を見て育つ。そう考えると、王が孤独だとは、俺は思わん」

アベルの言葉に、イリアジャ姫は何度か頷いた。

アベルはさらに言葉を続けた。

「まあ、たまに家によっては、親が子供の事を 顧(かえり) みないところもあるよな。そういう家だと、子どもたちは不幸になる。国も同じで、王が民の事を顧みないと、民は不幸になるだろう? 親が子を愛するように、王は民を愛する……家族だと思えば難しい事ではないのではないかな」

「その言葉で、いろいろと 腑(ふ) に落ちました。ありがとうございます」

イリアジャ女王は、わざわざ立ち上がって、頭を下げた。

「いや、たいしたことは言ってないし、俺がそう思っているだけだ」

慌てて言うアベル。

「それでもです。王として、やっていけそうな気がします」

そう言ってイリアジャ女王は、嬉しそうに微笑んだ。

そんな感じで、最後の二週間、イリアジャ女王も交えて、二人はとても楽しく過ごした。

即位式まで、イリアジャ女王の護衛をした事に関してのお給金が出たし、即位式での活躍に関しても金一封をいただいたのだ。

何でも買えるくらいのお金……。

とはいえ、王城内で好きなものを食べる事はできたし、王城付属図書館は王都図書館よりも蔵書が豊富であったために、あまり王城の外に出ることはなく、それゆえにお金もほとんど使われなかったのだが。

出航日当日。

「お金は、自由都市クベバサの通貨デナリに交換しておきました。デナリ通貨は、東方諸国どこでも通用すると言われるほどです。使い勝手がいいでしょう」

「ありがとうございます」

カブイ・ソマルの手回しに、涼が感謝して頭を下げる。

「民が家族であるのなら、力が必要な時は、民を頼ってもいいと俺は思っている。王と民は、対立した関係ではない。大丈夫だ。普段から良い関係を築いておけば、彼らは助けてくれる」

「はい。ありがとうございます」

アベルの言葉に、イリアジャ女王は微笑んだ。

そして、女王はカブイ・ソマルの方を向いて言った。

「護国卿、お二人にお渡しください」

「承知いたしました」

カブイ・ソマルはそう言うと、アベルの前に立った。

「アベル殿、これはスージェー王国からの感謝の気持ちです。お受け取り下さい」

「悪いな。ん? これは、本か?」

カブイ・ソマルから受けとった本は、あまり大きくない。

アベルは表紙を読んだ。

「えっと……『そんなアベルは、腹ペコ剣士』 リョウ・ミハラ著……。は?」

「それは、原著の中央諸国語版です。多島海語版は、ただいま翻訳中で、でき上がり次第、スージェー王国内で出版されます」

「いや、まてまてまてまて」

カブイ・ソマルの説明に、慌てて止めるアベル。

そして、アベルは涼の方を向いた。

「これ、リョウのだろ!」

「ええ。著者のところに、僕の名前があるから、分かりましたかね」

「以前……言ったやつだろう、この本の名前」

アベルは覚えていた。

涼が、アベルの顔を向けさせるためだけに、口から出まかせで言った名前を。

「そうか! あの一週間、俺に絶対に見せないで書いていたのは、この原稿か!」

「ばれちゃあ、仕方がありません。続編、『そんなアベルは、満腹剣士』の構想もありますからね。それは、小説家涼のデビュー作ですよ。しかも、超貴重な初版本! 大切にするがいいです」

「……」

涼の言葉に、反応のないアベル。

「す、捨てたりしたらダメですからね!」

「いや、さすがに本を捨てたりはしない」

慌てて言う涼に、苦笑しながらアベルは言った。

そして言葉を続けた。

「まあ、ありがとうな」

一連のやり取りを、楽しそうに見守ったイリアジャ女王とカブイ・ソマル護国卿。

カブイ・ソマルは、もう一つ、アベルに差し出した。

「先ほどのは、リョウ殿からの分だ。これは、純粋に王国からのお礼だ」

「短剣?」

アベルは受け取ると、鞘から出して、じっくりと見た。

「これは見事だな。いいのか、こんな素晴らしいものを」

「感謝の気持ちです」

イリアジャ女王は微笑みながら言った。

それを横目に、嬉しそうに頷く涼。

実は、イリアジャ女王に相談されたのだ。アベルに何を贈ればいいかと。

その時に涼が即答したのが、短剣、またはナイフであった。

アベルは、冒険者時代、いつもの魔剣と共に、必ず短剣も持っていた。

冒険者は、魔物から魔石を採取したり、野営をしたりと、短剣を使うことが多い。

だが、実は現在、アベルは短剣を持っていない。

魔人との戦いに赴いた時、アベルは国王として軍を率いた。

戦場であるため、さすがに愛剣たる魔剣は持っていたが、短剣は差していなかったのだ。

その状態で、多島海地域に転移した。

だから、短剣やナイフの類を持っていない。

では、涼が対クラーケン用の構想を練っていた際、アベルが料理の準備などをしていたが、それはどうしていたのか。

多くは、大きな魔剣を使って……。

どうしてもの場合は、涼にナイフを借りて。

そう、ミカエル謹製の例のナイフを。

マニャミャの街などで、購入する機会もあったのだが、蒼玉亭など高級宿ではナイフを使う必要性は全くない。

結局そのままで、今に至る……。

「こちらは、リョウ殿に」

「え? 僕に? 本を出版してもらったのですから、いりませんよ?」

「いえ、あの本も、売上は全額寄付していただくとの事ですので、結局、リョウ殿への大きな負債です。例のブレスレット代もありますし」

「そうですか? お? 本ですね。新しい? 『錬金術の深淵』? え? 錬金術の本?」

「はい。さすがに原書をお渡しするのは不可能でしたので、写本になります。そちらは、王室禁書の一つでして、高度な錬金術に関する、多くの知見が記されているとか。実は、現在王城にいる錬金術師たちも読む許可は下りないものです。それに、許可が下りて読んだとしても、全く理解できないらしいです。ですが、リョウ殿なら、あるいはと」

「おぉ……」

「今は難しくとも、いずれはと思いまして」

「ええ、ええ。もちろんです! 読めるようになりますとも! ああ、何て素晴らしい……。護国卿、女王陛下、本当にありがとうございます」

涼はそう言うと、 破顔一笑(はがんいっしょう) 。

本当に嬉しそうに頭を下げて感謝した。

「この命は、リョウさんに救っていただいたようなものです。こちらこそ、感謝いたします」

イリアジャ女王も嬉しそうに頭を下げた。

「お二人の旅路に、良き風が吹かんことを」

イリアジャ女王の言葉に送られて、二人はスージェー王国を後にするのだった。

二人を乗せた遠洋巡航艦が、水平線の彼方に消えるまで、イリアジャ女王とカブイ・ソマルは港で見送った。

「陛下にお詫びしなければならない事が」

「どうしました、護国卿」

「実は、アベル殿とリョウ殿に、王国に残ってくれないかと提案したのですが……」

「それは、断られたでしょう?」

イリアジャ女王が、微笑みながら言う。

「はい。私の権限で可能な限りの提案をしたのですが……」

「護国卿、そもそも、あのお二方をとどめおくことは不可能なのです。あなたのせいではありません」

「……あれほどの人材です。陛下も残って欲しいと思っているかと……」

「もちろん、残っていただければそれが一番ですが……。そう、やはり護国卿は気付いていらっしゃらなかったのですね」

「はい?」

イリアジャ女王は微笑みながら、言葉を続けた。

「お二人は、中央諸国ナイトレイ王国の方々です」

「はい」

「護国卿は、ナイトレイ王国について、どれくらいご存じですか?」

「遠く離れた国ですので、それほどは……。ただ、中央諸国三大国の一つで……そう、三年前に内戦が行われたのは知っております。当時の王弟とデブヒ帝国の軍を、第二王子が国の半分を率いて打ち破り、現在の国王となったと」

「そう。その第二王子、現在の国王陛下のお名前は?」

「確か、アベル一世陛下」

「ええ。元有名な冒険者であり、剣の腕も比類ない、アベルさん」

その瞬間、カブイ・ソマルの体が震えた。

「まさか! あのアベル殿が、アベル一世陛下? 確かに王国で高い地位にあるのかもとは、言葉の端々で感じましたが、いや、そんな……」

「ほぼ間違いなく。幸運なことに、私は多くの時間を共に過ごすことができました。その際に、いくつもの言葉を聞かせてもらいましたけど……王としての言葉は、本当に説得力がありました。国の半分を率いて外敵を打ち払い、国を統一し、その後も周囲の大国と対等に渡り合っていく……簡単な事ではありません。民を愛し、国を愛す。あれこそ、本物の王の姿です」

イリアジャは、アベルが国王アベル一世であることを確信していた。

「確かに……そうであれば、この地には留まってはいただけないでしょう。ですが、そうなると、一緒にいたリョウ殿は……」

「分かりませんか?」

「不勉強を恥じております……」

「周辺諸国が、常勝提督と恐れる護国卿カブイ・ソマル殿が知らないのであれば、それは仕方ないでしょう。私が、 吟遊(ぎんゆう) 詩人(しじん) たちの話を聞くのが好きだから、知っているだけです」

カブイ・ソマルが恐縮し、イリアジャ女王は微笑んで答えた。

「アベル王に、付き従う一人の魔法使いあり。その魔法は、天を消し、大地を砕き、世界を 凍(い) てつかす、大いなる水の魔法。ただ一撃にて、十万の大軍を打ち破りしは、夢幻にあらず。人は讃えて 氷瀑(ひょうばく) 、あるいは白銀公爵と 謳(うた) うなり」

イリアジャ姫は、独特のリズムで、歌った。

吟遊詩人のように。

「それは……」

「『ロンド公爵の歌』です。リョウさんはロンド公爵……王国筆頭公爵だそうです。吟遊詩人が歌って回っています。一撃で十万というのは、吟遊詩人らしい大げさな表現だとずっと思っていましたけど……船から放った氷の槍、あれを見たら、実際にあったのではないかと思えてしまいました」

「なるほど……」

涼が、レインシューター号から、前方を遮る五隻の艦に放った<アイシクルランスシャワー>を、イリアジャ女王もカブイ・ソマル護国卿も思い出していた。

「いつかまた……お二人には、お会いできそうな気がします」

イリアジャの呟きは、誰にも聞こえなかった……。