作品タイトル不明
0408 先手を打つ
全七層のうち、地面から三層まではアリーナを取り囲む壁があり、四層から七層までが観客席だ。
四人が降りたのは、まず六層。
六層の天井に魔法陣を描く、あるいは魔法陣を描いた紙などを張りつければ、七層に座る者たちの魔力を吸い出すことができると考えた。
だが……ざっと見て回っても、そんなものはない。
「ないですね……」
「うん、ないね……」
涼が呟き、エトが呟き返す。
ニルスとアモンは、周囲を警戒している。
「いちおう、五層も見てみましょう」
涼がそう言い、四人は五層に下りて見て回った。
「やっぱり、ないですね……」
「うん、ないね……」
涼もエトも頷いた。
これで分かった。
「魔法陣ではなく、錬金道具でしょう。相当、複雑な道具になりそうな気がしますけど、サカリアス枢機卿とか、かなり凄い錬金術師らしいですから。そんな人なら可……」
そこまで言って、涼の言葉が切れた。
「リョウ?」
訝しげにエトが問う。
涼が顔をしかめている。
しばらくして、ようやく口を開いた。
「今、<パッシブソナー>に、あの人が引っかかりました……」
「あの人?」
誰の事を言っているのか、三人とも分からない。
「ええ。錬金術師、ニール・アンダーセンさんです」
ついに、行方知れずになっていたニール・アンダーセンを見つけた!
だが、ようやく探し求めていた人物を見つけたはずなのに、涼の表情は冴えない。
「リョウ、何か問題があるんだな?」
ニルスが問う。
「恐らく。もう少し詳しく探ります」
涼はそう言うと、一度言葉を切ってから唱えた。
「<アクティブソナー>」
<パッシブソナー>は、受動的だ。
対象の動きが、空気中の水蒸気を伝わってくるのを受け取って、分析する。
波一つ無い池で、魚が跳ねたとしよう。跳ねた場所から、水面を波紋が広がる。
魚が対象であり、涼は広がっている波紋の途中にいるイメージだ。
翻って、<アクティブソナー>は、能動的だ。
涼から発した『刺激』が、空気中の水蒸気を伝わって対象に当たり、跳ね返ってくるのを受け取って、分析する。
<パッシブソナー>は、その性質上、動きのないものは捉えにくい。
だが、<アクティブソナー>なら、動きがあろうがなかろうが、全てを捉えることができる。
ただし、入ってくる情報量が驚くほど多くなるため、最初の頃は涼ですら頭痛を覚えるほどであった……。
「やはり……。いるのは第一層から第三層まで吹き抜けになっている空間。傍らに三メートル級ゴーレムが一体。ニールさんは、錬金道具だと思われる、人一人が入れるくらいの箱の傍らにいます。彼は、頭から何か……騎士の 兜(かぶと) みたいなものを被っています」
「ゴーレムは厄介だな」
涼の説明に、ニルスも顔をしかめて答える。
とはいえ、行くしかない。
「途中に敵は?」
「いえ。それらしき人は誰もいませんでした」
「よし。なら、その吹き抜けに行くぞ」
ニルスが号令をかけ、三人は頷いた。
到着まで二分。
確かに、誰にも妨害されることなく、四人は吹き抜けの近くまで来られた。
「確かに……重騎士の兜だな……」
ニルスがニールを遠目に見て呟く。
中央諸国でも西方諸国でも、フルプレートに頭部全体を覆う兜の、いわゆる『重騎士』のスタイルは主流ではない。
確かに騎士たちは、冒険者たちに比べれば十分装甲は『厚い』と言えるが、肌が完全に見えない、というほどではない。
そのため、重騎士の兜も、戦場で見ることはほとんどない。
ニルスは、少し考えて指示を出した。
「俺とアモンでゴーレムにあたる。リョウとエトは、ニール・アンダーセンの元へ行け。あの錬金道具の箱が、魔力吸い出しの装置だというのならそれを止めろ」
「はい」
涼が答え、アモンとエトが頷いた。
ニルスとアモンの二人でゴーレムと戦えるのか、などと今さら問うたりはしない。
リーダー・ニルスの決定は下されたのだ。
ここから先は指示に従うのみ。
たとえ、普段はニルスの事をあーだこーだ言っている涼でも、リーダーとしての断を下したら、無条件でそれに従う。
命のやり取りをする現場では、決まったら動く。
それは大原則。
リーダーが誤った指示を出すかもしれない?
もちろん、そうなることもあるだろう。
だから、何?
リーダーに誤った指示を出してほしくないのなら、平常時に、リーダーに判断力を鍛えてもらうのが正道だ。
部下は、平常時に、そう働きかけなければならない。
リーダーと、良い信頼関係を結んで、「こいつらのためにも、絶対に間違わない」と思わせなければならない。
そうすれば、リーダーは、平常時にも判断力を鍛えるようになる。
平常時に、どれだけの準備をしたか、それが重要。
なんでもそうであろう?
スポーツだって、勉強だって、本番で失敗しないために、普段から準備をしておく。
仕事だって同じこと。
普段からの準備が大切。
誰のためでもない。
自分のためだ。
自分のために、上司やリーダーに普段から判断力を鍛えてもらうのだ。
だから、涼は、普段からニルスの判断力を向上させるような事を言っている!
決して、ダル絡みやちょっかいを出しているわけではない。
そう、決してそうではないのだ!
……多分。
「行くぞ!」
ニルスの号令で、ニルスとアモンが飛び出し、ゴーレムに向かって走る。
それを見て、ゴーレムが素早く二人の方を向いた。
ゴーレムが二人の方を向いたのを確認して、涼とエトが飛び出す。
吹き抜けの奥にいるニール・アンダーセンに向かって走った。
奥の、 棺桶(かんおけ) ほどの大きさの錬金道具を操作していたニール・アンダーセンであったが、涼とエトがゴーレムを無視して自分の方に向かってきたのを認識したのだろう。
体ごと、二人の方に向き直った。
「<ソニックブレード>」
兜の中から、くぐもった声が響き、ニール・アンダーセンの手元から、風の剣が飛び出す。
これは、着弾前に五本の剣に分かれる、面制圧用の攻撃魔法。
「<アイスウォール20層>」
涼は、走りながら、自分とエトの前面に氷の壁を張る。
五本の風の剣は、全て氷の壁が弾き飛ばした。
「ニールさん、僕です! 涼です!」
走りながら涼は叫ぶ。
だが……。
「<ソニックブレード>」
再びの攻撃魔法。
移動する二人の前に張られたままの氷の壁に、再び風の剣が飛び込み、弾かれた。
「あの人、リョウの事を認識していないね」
走りながら、エトが隣で囁く。
「やっぱり、あのかぶっている兜のせいですかね。意識の操作か何か? それにあの手のやつって、強引にはぎ取ろうとすれば、爆発する仕掛けとかあるかもしれませんね」
涼が悔しそうに言う。
『爆発』を起こすような、いわゆる火薬は、西方諸国でもまだ一般的ではない。
少なくとも、西方諸国に来てから、一度も見ていない。
もちろん、中央諸国においても、まだ一般的とは言えないが……『十号室』は、アベル王の指示で持たされており、報告の提出が義務付けられているらしい。
まあとにかく、自分で被ったのではないだろうとは思う。
暑いし、視界は狭いし、誰だか分からないし……。
「僕は、ソナーで探ったからニールさんだと分かったけど、普通の人には、あれがニールさんだとも分からないのか……」
「どう見ても不審者だし……魔法を放ったりしたし、警備兵とかが見れば殺そうとするだろうね」
涼が言い、エトも頷きながら答えた。
「仕方がない……。すいません、ニールさん」
涼はそう言うと、唱えた。
「<スコール><氷棺>」
ニール・アンダーセンの周りに生じた 驟雨(しゅうう) が凍りつき、強制的に、ニール・アンダーセンを氷の棺の中に閉じ込めた。
ニール・アンダーセンは、超一流の錬金術師だ。
超一流の錬金術師ということは、超一流の魔法使いでもある。
そして、魔法使いは氷漬けにすることはできない……いや、できなかった。
魔法使いの体の表面から十センチほどまで、氷漬けにできないのだ。
おそらくそれは、魔法制御の問題なのだろう。
だから、涼は別の方法を考えた。
<スコール>によって、対象の周りに『涼の』水を発生させる。
そうやって発生させた水を、凍らせる。
この水は、『涼の水』であるため、涼の魔法制御下にある。
それによって、対象の魔法に関するパーソナルスペースとでも呼ぶべき空間を侵食し、さらに、対象の皮膚表面を凍りつかせる。
人の口の中、さらに喉の中、食道、胃など、体表面の皮膚から繋がった部分を次々と凍りつかせて、最終的に氷の棺で全てを囲う……。
ただ一つ問題がある。
実は、この方法も万能ではない。
涼以上の、あるいは涼並みの魔法制御に長けた魔法使いは、凍りつかせることができない。
例えば、セーラなどだ。
今回成功したのは、目の前のニール・アンダーセンが、いつもの状態ではなく、頭脳にキレがなく魔法制御も甘かったからに過ぎない。
被せられた兜のせいかもしれない。
ニール・アンダーセンを隔離し、まずは、棺桶大の錬金道具を止める。
「<精査>」
アベルの体内をくまなく調べるために作った魔法を、棺桶錬金道具に対して放つ。
どれほど緻密な錬金道具であろうと、空間はあるはずだ。
その空間には、水蒸気を含んだ空気があるはずだ。
そうであるなら、涼なら探査できる!
「うん。これだね。途中、もの凄く複雑な魔法式があって、そこは全く理解できないけど……。多分、これが、観客席から……中央諸国使節団の観客席から魔力を吸い出して、いったんここに溜めているね。ある程度いっぱいになったら、一気に地下に送り込んで、あの巨大魔法陣を回し始めるみたい」
「こう、逆行させたりして、吸い上げた魔力を元の人に戻すとかは?」
「それはできないね。この錬金道具を通る時に、混ぜこぜになるみたい。いったんそうなると、魔力の分離はできないから、無理」
「そっか」
涼の説明に、小さくため息をつくエト。
「それに……魔力以外の何かも集める? 捕捉するみたいだけど……分からないな……これが、例の『神のかけら』とかを指定している? う~ん……。まあ、この棺桶を壊すと、魔力がこの周辺に暴走する可能性があるから、とりあえず錬金術を終了させるよ」
涼はそう言うと、棺桶の中で生成した<ウォータージェット>で、魔法陣の『線』を切断した。
ブゥオンブゥオンブゥオン……。
だんだん音が小さくなり、棺桶は停止した。
「ここだな!」
ニルスが、叫びながら、突いてきたゴーレムの剣を斜め後ろに流す。
「はい!」
それに合わせて、アモンが伸ばしたゴーレムの腕に飛び上がり、勢いをつけて頭の下、人で言うなら喉の部分に剣を突き刺した。
ホーリーナイツの唯一の弱点とも言える箇所については、二人とも涼から聞かされている。
共和国内でのゴーレム戦、ホーリーナイツ対シビリアンの戦いで、シビリアンの槍が、ホーリーナイツの首を一撃で刺し貫いていた。
それも、十体全て。
さらに、戦闘終了後に見たホーリーナイツの残骸からも、喉部が、他に比べれば柔い素材になっているのは確認できた。
全長三メートルという高さであり、自分の全長の半分程度の人間と戦ったり、逆にほぼ同じ高さのゴーレムと戦ったりと、上下の視野は広く取られなければならない。
そのためには、どうしても、首を上向き、下向きに可動させる必要があるし、当然、喉の部分は固い素材というわけにはいかないのだろう……。
構造上、避けられない弱点といえる。
二人はそこを突いた。
普通、人間対ゴーレムの戦闘となれば、ゴーレムの喉部には攻撃が届かない。
顎とも言える部分が人間よりも長く作られており、それが喉をガードしている。
そのため、魔法攻撃でも喉には当てられないであろう。
だが、ニルスとアモンはやってのけた。
ニルスの『流し』の技術と、アモンの身のこなし。
両方が揃ってこそであった。
ニルスとアモンが戦っている間、涼は氷の棺の中に閉じ込めたニール・アンダーセンを調べている。
涼の氷の中だ。
そこに放たれる<精査>の精度は、棺桶の錬金道具を探ったものとは比べ物にならない。
だが、いやだからこそ、ニール・アンダーセンの頭にかぶせられている兜が、かなり面倒なものであることを理解していた。
「……この魔法式が厄介……魔法式に手を出すと反撃してくる……攻性防壁……しかも二重トラップでニールさん自身にも攻撃……兜の内側に針生成って、アイアンメイデンですか……」
涼は目を閉じて、そんな事をぶつぶつと呟いている。
エトは少し離れて、何も言わずに見ている。
エトの出番が今ではなく、兜を外した後である事を理解しているのだ。
そこに、ゴーレムを倒した二人もやってきた。
「苦戦しているのか」
「リョウさん、すごい汗です」
ニルスが顔をしかめて言い、アモンも涼の尋常でない様子を見て取った。
あの、いつも 飄々(ひょうひょう) としている涼が、必死になって何かを解析しているのだ。
被せられた兜が、かなり厄介なものであることは誰に言われなくとも理解できた。
「大丈夫、リョウならやれる」
エトは小さな声だが、力強く言い切った。
明確な根拠があるわけではない。
だが、成功することを疑っていない。
それは、ニルスとアモンも同じであった。
二人とも、エトが言いきった後、同時に頷いた。
三人は、涼の力を信じている。
「……何重もの複合ロック……これを被せた人、もう外す気が無いんじゃん……結論、外せない……」
涼は、目を見開き、ニール・アンダーセンに被せられた兜を睨みつける。
諦めるか?
否! 否否否!
絶対に諦めない!
ニールさんが死ぬかもしれない?
そんな事は許さない!
絶対に死なせない!
「……外せないなら、消滅させる」
技術はある。
成功もしている。
ただ、数分、数百回かかった事を、一秒、一回でやらねばならないだけだ。
ニール・アンダーセンの頭や首と、兜の間にはわずかな隙間がある。
そこは、<氷棺>の中で、氷によって兜とニールの体を固定してある。
兜との隙間にも、涼の氷が入り込み、基本的には、兜はニールの体とは接していない。
だがもちろん、このままでは引き抜けない。
無理に引き抜けば、ニールの頭が、兜から生成された針によって串刺しになる。
涼の氷で覆っていたとしても、超一流の錬金術師が作った兜だ……瞬間的に涼の氷を貫く出力が出るような仕組みがあったら……。
涼の解析とて完璧ではない。
あまりにもリスクが高すぎる。
だが、最も厄介なのは、兜の内側から細い鉄の棒が延び、ニールの口の中にまで入っている点だ。
ここからも針が生成され、ニールを口の中から穴だらけにしてしまう……。
この棒まで、一瞬で消滅させねばならない。
涼は、何度も<精査>を繰り返す。
一撃で消滅させる兜の形状を、完璧に頭の中にイメージするために。
その全てで、一瞬だけ氷を水に換え、同時に魔法を生成できるように。
「よし」
涼は小さく呟くと、右手を肩の高さまで上げた。
親指と人差し指だけ伸ばし、他の三本は折り曲げる。
そして、人差し指を氷の中のニールに向けた。
「<バンッ>」
ドゴンッ。
涼が唱えた瞬間、ただ一度だけ、大きな、そして重い音が響いた。
それは、ニールの頭を覆っていた兜が、水中プラズマによって消え去った音。
「<氷棺解除>」
その瞬間、ニール・アンダーセンを覆っていた氷が消えた。
ニール・アンダーセンが倒れそうになるのを、涼が受け止める。
「ニールさん! 無事ですか!」
涼の呼びかけに、ニールが目を開ける。
「リョウ……殿……」
「ああ、それ以上は言わないで。エト、お願い!」
「そのまま寝かせて」
涼が叫ぶと、エトが走って来ながら指示を出す。
ニール・アンダーセンは床に寝かされ、すぐにエトによる治癒が始まった。
ようやく、涼は一息つくことができたのだった……。