作品タイトル不明
0362 追跡
涼は、毎朝、教皇庁のグラハム枢機卿に書類を届ける。
これは、教皇庁の中を、それとなく探るためだ。
もちろん、歩き回るのではなく、<パッシブソナー>のような魔法で。
あわよくば、以前見かけたニール・アンダーセンが見つかればいいなと思っているのだが……残念ながらあれ以来、一度も見かけないし、ソナーにも引っかからない。
代わりに、チェーザレの視線は感じる。
常に同じ場所……中庭の向こう側の三階の角部屋から。
出ることができないのかどうか……それは分からないが、常に同じ場所。
そして、グラハムに書類を届けて、教皇庁を出ると……常に監視されている。
これは、もちろんチェーザレではない。
別の誰か……。
だいたい、三人から四人。
教皇庁を出て、大きめの道を横切ると、もうそこは王国使節団宿舎。
そのため、監視されても全く問題ない。
とはいえ、涼も、宿舎にいつも籠もっているわけではない。
宿舎には、王国使節団に対する窓口となっている『王国使節団歓迎班』という者たちがいる。
こちらは、分かりやすい監視員。
使節団員たちの、様々な便宜を図るのが表向きの仕事。
もちろん、本来の目的は、余計な場所に行ったり余計なことを知られたりしないようにするための監視員であるが、表向きが『歓迎班』である以上、使節団の多くの要望を叶えるように動いてくれる。
例えば、水属性の魔法使いが、聖都マーローマーの専門図書館で調べ物をするのを助けてくれたりもする。
最初は、涼がそれを言い出したのであるが、最近は、神官エトやジークも、専門図書館に入り浸っているらしい……。
真理の探究者としての側面も持つ彼ら神官にとっては、西方教会の成り立ちなども、興味深い事柄なのだ。
涼が、錬金術関連の書籍を読みふけるのとは、かなり趣が違う……。
どちらにしろ、涼も時々、専門図書館に行く。
そこは、宿舎からは二ブロックほど離れている。
そして、歩いている涼は、やはり常に監視対象となっている……。
((今日もこの時間帯は三人。共和国でも監視されていましたけど、その時の二人よりも洗練されているのです))
((リョウも、いろいろ大変だな))
『魂の響』で繋がった国王陛下は、言っている言葉は涼の事を気にしてくれているが、実は何とも思っていない。
((わかっているのです!))
((いや……そんなつもりはないのだが、なんかすまん。だが……リョウは、襲われたいと思っているだろ?))
((ギクッ))
さすがに付き合いの長い王様は、涼が何を望んでいるのか、全てお見通しであった。
((そ、そんなわけないじゃないですか~。でもでも、もしもですよ? もしも、襲ってきて欲しいな~と思ったら、どうやったら襲ってきてくれますかね?))
((……襲ってきて欲しいんだろ?))
((たとえばですよ、たとえば!))
アベルは、深いため息をついた。
((絶対に観察だけ、となっていれば何があっても襲ってこないだろ))
((確かに……))
そして、涼は、ふと閃いた。
((世界には、不可抗力という言葉があるのです))
((……俺は何も聞かなかったことにする。グラマスには、この王都から、気をしっかり持てとだけ言っておこう))
国王陛下は、放任主義らしい……。
(今日はやけに動く)
監視小隊長が、その日抱いた感想であった。
ここ十日、自分を含めた三人で一班、三班八時間交代で、対象を監視している。
毎日午後二時に前の監視班と交代し、夜十時に次の監視班に引き継ぐ。
現在、夕方四時。
引き継いで二時間だが、いつもの動きと違う……。
対象は、毎朝九時に、教皇庁と宿舎を往復。
その後は、宿舎の中で読書をしていることが多い。
時々、専門図書館に出向く。
帰ってくるときには、だいたい五、六冊の本を抱えている。
当然、専門図書館も本の貸し出しなどは行っていないのだが、対象は『歓迎班』と交渉をして、貸し出しの許可を取り付けたらしい。
ちなみに返却は、『歓迎班』が行っているようだ。
そんな、教皇庁、宿舎、専門図書館、時々カフェ・ローマー……しか行かない監視対象が、今日は街の食堂に入っていった。
その食堂は、裏口があるため、小隊長が裏口を見張り、他の二人が正面入り口を見張る。
それが監視手順。
少なくとも、この聖都の全ての商業施設の図面は、彼ら監視者たちの頭の中に入っている。
そのため、逃げられるということはあり得ない。
当然、全ての道も把握済みだ。
夜だろうが、場合によっては目を瞑ってでも、目的地まで行くことができる。
それほどに、精通している。
バタンッ。
食堂の正面扉が閉まる音。
だが、いつもよりも若干音が大きい。
部下二人が慌てている。
対象が食堂を走り出たのだ。
(くっ……いったい今日は何だってんだ)
思わず小隊長は、心の中でぼやいた。
(しかも、足が速い!)
部下二人はなんとかついて行ってるが、小隊長は、裏口を見張っていた関係で、少しだけ遅れていた。
(まずい……あそこの路地は、入り組んでいる……)
監視対象が曲がった路地は、障害物の多い路地だ。
道も狭く、人通りも少ない。
こんな夕方の時間帯でも、かなり少ない……。
そう思いながら、小隊長は路地を曲がった。
(む? まさか見失った?)
音が全く聞こえなくなった。
障害物も多いため、道の先も見えない。
それどころか……部下も、どこに行った……?
それは、ほとんど条件反射だった。
突然、すぐ背後に感じた感覚。
小隊長は、『監視』が任務だが、当然、近接戦は鍛えられている。
場合によっては、暗殺任務に就くこともあるから。
主の指示があれば、何でもする。
そのため、背後に突然現れた気配、それも殺意を纏った気配に対して、思わず剣を抜いて斬りかかったのは、仕方なかったであろう。
一瞬の躊躇は、自らの命を失うことに、容易に繋がるのだ。
彼らがいるのは、そういう世界なのだから。
カキンッ。
小隊長の剣は、見えない壁に弾かれた。
「攻撃しましたね? これで正当防衛成立です」
背後の影は、そう言うとにっこりと笑った。
その瞬間、小隊長は見た。
それは、追っていたはずの監視対象……。
それが、最後の記憶となった。
小隊長は目覚めた。
まず、手足が全く動かないことを確認する。
いや、それどころか、体も頭も全く動かない。
口すらも……。
天井が低く、見える範囲に窓がない。
どこかの地下室か?
正面、見える位置に、部下二人を確認できた。
だが、二人とも……。
(氷漬け?)
やけに透明な氷の中に入れられている。
そして、小隊長は、自分も同じような氷の中に入れられていることに気付いた。
(なんだこれは……)
「気づいたか」
辺りに声が響いた。
聞き覚えのある声。
記憶が確かなら、それは新たに枢機卿になった……、
(グラハム枢機卿……)
現れたのは、確かにグラハム枢機卿であった。
確かに、監視対象はグラハム枢機卿の元に、毎朝書類を運んでいる。
二人に、何らかの繋がりがあるであろうことは、容易に想像がつく。
どんな繋がりなのかを探るのも、小隊長に課せられた任務であったのだが……。
その瞬間、小隊長の首から上の氷が消えた。
「ゲホッゲホッ」
小隊長は、氷漬け状態からの突然の変化に、思わず咳をする。
反動で、空気を吸い込む……。
意識が 朧気(おぼろげ) になった……。
意志の力がなくなる……。
「まったく……リョウさんも、無茶をする……。しかも無茶も言う……」
そう言うと、グラハムは苦笑した。
「すいません」
涼が頭を掻きながら苦笑いする。
「まあ、私にとっても得るものは大きいので、いいんですがね」
「元異端審問庁長官ですよね?」
「よく覚えていましたね。あの時のヴァンパイアが言った言葉、聞こえていましたか」
「はい」
コナ村の近くでの話だ。
「言いたくない人の口を割らせるのも、得意ですよね?」
「ええ、まあ。とりあえず、この三人から情報を引き出して……記憶を消して、夜十時までに使節団宿舎の周りで、次の者たちに引き継がせるようにしましょう」
「ありがとうございます」
グラハムは素敵な笑顔で言った。
涼も素敵な笑顔で言った。
人も 騙(だま) さない笑顔とは、こういうものに違いない。
((実際は、ものすごく、騙しているが))
王都の王様のそんな言葉は、涼にはスルーされるのであった……。