作品タイトル不明
0358 Gμν(x) (ジー ミュー ニュー エックス)
「みんながあまりにも遅いから、先に食べてますよ」
「いや、意味が分からんのだが……」
涼の言葉に、小さく首を振りながらニルスは答えた。
六人は、涼を置いてお風呂に入りに行った。
涼は、すでに入浴済みなので、ラウンジに残っている。
((みんな、何か大変なことに巻き込まれたみたいです))
((何か、と言われても伝わらんのだが……))
涼は、なんとなく暇だったので、王都にいる王様に話を振り、アベルは何となく答えてくれる。
アベルは、国王になってもいい奴なのだ。
((詳しい内容は、この後の晩御飯の時に聞きます))
((リョウはこの後、晩御飯を食べるのに……今、ケーキを食べているのか?))
((なぜ、わかった!))
((魂の響って、音だけじゃなくて絵も見えるからな……))
((あ、そうでした。アベルに報告というか、ちょっと尋ねたいことがあったんです。今回のは、ちゃんと使節団と法国との交渉の件ですよ))
((今回のは、って言ってるってことは、普段がそうじゃないと理解はしているんだな……))
((……))
((わかったから、別に怒っていないから))
((そうですか? えっと、首席交渉官のイグニスさんが、すごく頭を抱えていたんです。海路での交易について))
((ふむ。まあ、海路でもかなりの距離があるらしいからな……))
((王国が、西方諸国と海路で貿易をするとしたら、その中心になる港って、ウィットナッシュじゃないですか。で、それで思い出したんです。ウィットナッシュには、ちょ~カッコいいレインシューター号っていう船があったなと))
((あ、ああ……))
急に、アベルの反応が悪くなった。
((あれ、速そうだし、西方諸国との交易に使えばいいんじゃないかと思ったんですよ。あれって、王室が作らせた船なんでしょ? アベルが許可すればいけるんじゃないですか?))
((ああ……))
涼は、いかにも名案でしょ、という雰囲気で言ったのだが、アベル王の反応は 甚(はなは) だ悪い。
((いちおう、僕も、王国貴族として考えたうえで提案しているんですけど、アベルのその反応は何ですか。何か言いたいことがあるなら、はっきり言うべきですよ))
((そうだな……。実は、レインシューター号は無いんだ))
((……はい? すいません、もう一度言ってください。誤って聞き取ったみたいです))
((レインシューター号は無い))
((……すいません、誤って聞き取った……))
((いや、合ってるわ! なくなったんだよ、レインシューターは! 一年前にな))
((なくなった……))
涼は激しく落ち込んだ。
別にあろうがなかろうが、涼には全く関係のないことなのだが……。
レインシューターとは、三年前のウィットナッシュ開港祭でお披露目された、船の革命とすら呼ばれたトリマラン、つまり三胴船。
その姿は驚くほど美しく、涼はもちろん、『十号室』の三人もその姿に見とれたほどだった。
また、航行方法も、喫水下は水属性魔法、喫水上は風属性魔法を後方に出して、その反発力で走るというハイブリッド航法。
王室が建造を命じた船なのだが……。
((建造費三千七百億フロリンの船がなくなった?))
涼のその呟きは、『魂の響』を通してなので、当然すべてアベルには筒抜けだ。
((……建造費とか、よく知っていたな))
アベルも、深いため息をついて答えた。
アベル自身も、非常に残念に思っているのは、涼にも理解できた。
((一年前、海洋調査のためにウィットナッシュを出航し……それ以来、帰ってきていない))
((なんということでしょう……。ハッ、まさかクラーケンの犠牲に……))
((ああ、その可能性はある。クラーケン以外にも、海には巨大な魔物がいたりするからな……。もちろん、強力な魔物除けも武装も積んでいたんだが……。まあ、そんなわけでレインシューターは、もう無いんだ))
悲しい話であった。
((もう一隻造るというのは?))
((確か、別の輸送に特化した船を造っていたはずだが……。完成には、まだしばらくかかるだろう))
((そうですか……残念です))
「え? 悪魔? エト、今、悪魔って言いましたか?」
涼の声は、驚きのあまり少し裏返っていた。
「やっぱり知っていたんだな」
「コーヒーの事を、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い飲み物って、以前、言ってましたもんね」
ニルスが頷き、アモンが補足した。
「え……あ、うん……」
涼は、若干誤解を解きたいような表情を浮かべながらも、いちおう受け入れた。
タレーランの名言を言ったのは事実だし。
「悪魔に遭遇して、よく無事でしたね……」
涼は、そこのところは、心の底から良かったと思った。
「マーリン殿が救ってくれたからな」
ニルスが答える。
「なるほど、マーリンさんが。魔人対悪魔の対決は……凄そうです」
「うん、ちょっと理解できない魔法戦……あれ、魔法だよね」
「多分、魔法です……」
涼が空想し、エトが言い、ジークも同意する。
中央諸国の魔法の常識が、とかそんなレベルではなく、エトやジークにも理解できないものであった。
二人が頑張って説明してくれる内容から、涼は何とか理解した……。
いや、正確には理解できていないが。
「それは、ぜひ見たかったです……」
涼の感想は、心の底からの感想。
「特に、その悪魔の、分身みたいな瞬間移動みたいなのは、興味ありますけど……でも、マーリンさんの魔法もすごいですね……。重力系? そんなのがあるのかな? それに飛んできた炎や氷を、そのまま反転させるとか……慣性系への干渉? いや、アインシュタインは言いましたね、我々が重力だと思っているものは、実は空間の曲がりだと……ということは、重力を操れるという事は、空間を曲げる事ができるという事ですよね。Gμν(x)という、あれです。なるほど、それなら、相手の攻撃を、空間を曲げる事によって相手に返すことなど造作もない……。光や闇はもちろん、水、火、土、風のどれでもないということは、無属性魔法なのかな? 気になります……。あ、そういえば、南の魔人も、解放された時に宙に浮きましたよね。反重力! って思った記憶があるし……。もしかして、魔人さんって、そういう系統の魔法が得意なのかもしれない? 種族特性とかそういうの? 今度、マーリンさんにお願いして見せてもらいましょう……」
涼が、心の中で言ったつもりのそれらの言葉は、全て 駄々(だだ) 洩(も) れであった。
「なるほど、リョウさんはこういう事を考えているんですね!」
「マーリンさんにお願いしようとしているね」
「やっぱり、よからぬことを考えているじゃねーか」
アモンが頷き、エトが苦笑し、ニルスが首を振りながら感想を述べる。
不穏(ふおん) な言葉は入っていないはずなのだが、涼を見て抱いているイメージによるものか。
不憫(ふびん) な魔法使いである。
「それにしても、あの、『悪魔』というのは何なのでしょうか。もちろん、我々人とは違う、超常の存在というのは分かるのですが、いわゆる魔物とは違う感じがしましたし……魔人、マーリン殿などとも違う……」
ジークは誰とはなしに、そう問うた。
「おそらく……この世界の、生物の体系から外れたもの」
涼のその呟きは、決して大きくはない……それどころか、呟きの中でも小さい方だったはずなのだが、六人全員の耳に届いた。
「リョウさん、どういうことですか?」
一番食いついたのは、ジークであった。
「え……いや、なんとなくそう思っただけで……」
ジークの食いつきに焦る涼。
ジークの強い視線にさらされる涼。
涼は諦めて、いくつかを話すことにした。
「えっと……僕もそんなに知っているわけではないんだけど……。実は、悪魔の知り合いがいます」
「え……」
涼の告白に、他の六人全員が絶句した。
「あ、知り合いと言っても、別に仲がいいわけではなくて……一度は、助けてあげたこともあるけど、まあ、あれは人助け的な……」
涼の言葉を、六人は無言のまま聞いている。
「それ以外に、三回ほど戦いました。三回とも死にかけた気がする……」
「マジか……」
思わずニルスの口から言葉が漏れる。
自分たちが知らない間に、涼はそんな死線を潜り抜けていたとは。
あんな人外と!
そこで、涼は思い出していた。
最後に悪魔レオノールと戦った時、西方諸国の情報をくれた。
最後別れ際に、ちょっとだけ言った言葉を。
「そういえば、その悪魔が言っていたのを思い出しました。西方諸国には、自分のような悪魔もいるから気を付けろと」
「なるほど、それが今回の悪魔……」
涼の説明に、エトが頷いて答えた。
同時に、涼は思い出していた。
レオノールが言った別の言葉も。
キーワード的に彼女は言った……『 生贄(いけにえ) 』と。
思い出しはしたが、現状、未だ全く意味は分からない。
おそらく、これから何か見えてくるのだろうが……そうだとしても、不穏な言葉だ。
いくつも分からない事がある。
生贄……堕天……関わってくる新たな悪魔、それと戦う魔人マーリン。
さらに、共和国で経験したように、西方諸国の中でも国同士の戦争が起きている。
まったく分からない!
(分からないことは考えない!)
どうせ、情報が揃えば勝手に分かるようになるのだ。
それまでは考えても解けやしないだろうし……。
こういう時は、美味しいものをお腹いっぱい食べるに限る!
美味しいは、全てを忘れさせてくれるのだ!