作品タイトル不明
0355 十号室と十一号室の冒険 上
涼がマファルダ共和国におつかいに行っている間、『十号室』と『十一号室』の六人は何をしていたのか?
ヒューに頼まれた仕事を終えた後、聖都西ダンジョンに挑んでいた。
六人の構成を、改めて見てみよう。
十号室は、剣士二人、神官一人。
十一号室は、剣士一人、双剣士一人、神官一人。
前衛四人に後衛二人。
そこだけ見ればバランスは悪くない。
だが……実は、魔法使いも斥候もいない。
これは、ダンジョン攻略のパーティーとしては決してバランスの良いものではない。
普通なら、かなりてこずることになる。
そう、普通なら。
『十一号室』はともかく、『十号室』は、十分普通ではなかった。
それは、三年前から、『とても普通ではない』水属性の魔法使いを見てきたから、そうなってしまったのかもしれない……。
あるいは、元々そういう素地があったのか……。
八十層から再開されたダンジョン攻略は、ついに百層に到達していた。
西ダンジョンは、五十層、百層、百五十層と、五十層ごとに『ボス層』と呼ばれる層がある。
ボス層では、強力な魔物であるボスと、その取り巻きだけが出てくる。
ただし、何がボスとして出てくるかはランダムらしく、事前対策の意味はない……。
何が出てきても対処できるようなパーティーでなければ、そもそもその先に進むことはできない……ということなのだろう。
そして今回現れたボスは……。
「ワイバーンだと……」
ニルスの呟きが全てを表していた。
ワイバーン……それは、空の悪夢。
ワイバーンは、冒険者が決して狩ることができない魔物……というわけではない。
だが、ワイバーンを狩るには最低条件と呼ぶべきものがある。
C級以上の冒険者を、二十人以上集める。
できるだけ多くの魔法使いを集める。可能なら、攻撃力の高い火属性魔法使いが好ましい。
ワイバーンが纏う『風の防御膜』が発生しなくなるまで、間断なく魔法で攻撃する。
その後、地上に落として、とどめを刺す。
そう考えた場合、十号室と十一号室は、大きなものを欠いていた。
確かに全員C級冒険者以上ではあるが……人数は六人。
そして何より……魔法使いは、一人もいない。
「百層は……撤退、できるんだよな」
ニルスが傍らのエトに小さな声で確認する。
「ええ。百層ボスは、いつでも撤退可能です。何の不利益もこうむりません」
エトが頷きながら答えた。
五十層とは違う。
五十層は、いわば、『本当にこの先に進み、ダンジョン攻略をする気があるのか』を問うていると言えるだろう。
本気でないなら、ここまでにしておけと。
だから、撤退できない。
突破するか死か。
だが、百層は違う。
腕試し的なボス層と言うべきだろうか。
腕試し的とはいえ、さすがに、この状況が絶望的であることは、ニルスもエトも理解している。
いつでも撤退できるとはいえ、死ぬ可能性は、当然あるのだから。
見回すと、ハロルドもゴワンも小さく首を振っている。
全員、撤退を……と思ったら、見るからにワクワクしている者が……。
「えっと……アモンが、凄くワクワクして見えるんだけど」
「リョウの悪い癖が移ったんじゃないか?」
エトが指摘し、ニルスが小さくため息をつきながら同意する。
この場にいないのに、責任を押し付けられる水属性の魔法使い……不憫である。
「あの……うちのジークも、やる気に満ちています……」
ハロルドのその報告に、ニルスもエトもジークを見る。
確かに、口元が少し笑っている……。
「ジークは優秀な神官だけど……本質は前衛なのかもしれないね」
神官エトが、再び小さく首を振りながら呟く。
「だが……実際、六人でワイバーンは、無理だろ?」
「ニルスさんたちは、かつて九人でワイバーンを狩ったことがあると聞きました」
ニルスの言葉に、ハロルドが問いかける。
「ああ……確かにあるが……。あれは『六華』のゴーリキーさんみたいな、とんでもない力の人がいて、その上、あまり高くない位置にワイバーンがいたからこそ、採れた方法なわけで……」
「でも、ここも、天井は驚くほど高いわけじゃないんだよね」
ニルスの説明に、エトがダンジョンの天井を見上げながら答える。
天井は、十メートルちょっと。
数十メートルの高さからエアスラッシュを放ってくるため、遠距離攻撃の魔法使いがいなければ攻略不可能となる、一般のワイバーンよりは、まだましかもしれない。
とはいえ、六人には、十メートルの高さに届かせる攻撃手段は……。
「うちらのライトジャベリンと、これだけだね……」
エトはそう言うと、左腕に設置した連射式弩を掲げた。
連射式弩の射程は、最長十五メートル。
確かに、届きはするが、ワイバーンの『風の防御膜』の前では、完全に無力。
しかし、実は切り札があるのだ。
「例のやつを使うべきだな。実戦報告を王城にも上げなきゃならんと言われていた……」
「そう。ワイバーン相手なら、アベル陛下も喜ぶはず」
ニルスが言い、エトも微笑みながら答えた。
いつの間にか、ワイバーン攻略に傾いている。
結局、みんな冒険者なのだろう……。
ニルスとエトの会話を聞いて、ハロルドとゴワンは、首を傾げる。
「王都所属のB級パーティーが請け負っている、極秘依頼なんですよ」
二人が首を傾げるのを見て、アモンが笑いながら補足する。
「騎士団以上に、強い魔物と当たることが多いだろうからと、元冒険者らしい陛下の提案らしいよ」
「さすがはアベル陛下だよな!」
エトがさらに説明し、ニルスは大きく頷いた。
今でも、ニルスが最も尊敬する冒険者は、アベルなのだ。
「まずは、ワイバーンの注意を俺らにひきつけないとな。ゴワン、エトの守りを頼む」
「わかりました!」
ニルスが役割を振り、双剣士ゴワンは力強く頷いた。
「俺とアモンが先頭で左右から。ハロルドとジークが二打目だ」
「はい!」
ニルスが言い、アモンが頷き、ハロルドとジークが返事をする。
「エト、それのタイミングは任せる」
「了解」
ニルスの言葉に、エトは左腕の連射式弩を掲げて頷いた。
「どうしても無理な場合は撤退する。無理する必要はないからな」
「はい!」
最後のニルスの確認に、全員が頷いた。
こうして、六人による、ワイバーン攻略が開始された。
開始直後。
ニルスが右から、アモンが左からワイバーンに走り寄る。
地上に降りたままのワイバーンは、ようやく敵を認識した。
「グワァオォォォォ」
その雄叫びは、低ランク冒険者であれば混乱してしまう。
だが、ここにいるのはB級とC級。
ハロルドはまだ成人前であるが、この年齢でC級まで上がったのは伊達ではない。
魔物との戦闘は、それなりの数をこなしており、十分に鍛えられている。
ワイバーンの雄叫びごとき、露ほどの事もない。
ワイバーンも、寄せてくる四人の足が全く止まらないことを理解したのであろう。
大きく、左右の翼を振るった。
放たれる、不可視の魔法、エアスラッシュ。
本来、ワイバーンが放つエアスラッシュは、人の風属性魔法使いが放つそれと比べて、威力が桁違いに大きい。
だが、地上に降りたワイバーンのエアスラッシュは、そこまではない……。
せいぜい、人の放つものの数倍……。
それでもかなりのものであるが、エアスラッシュであることに変わりはない。
つまり、見極め、タイミングを合わせれば……。
ザシュッ。
剣で斬れる。
ニルスとアモンが、それぞれ向かってきたエアスラッシュを剣で斬り、消滅させた。
そのままワイバーンに近寄り、左右からほぼ同時にワイバーンの頭めがけて攻撃するが……ワイバーンは少し浮き上がりつつ、左右の腕で攻撃する。
カキンッ。
ワイバーンの、翼の先にある腕を二人が剣で受け、その間隙を縫って、二打目ハロルドとジークがワイバーンの目に一撃を入れる。
だが、一瞬遅かった。
ワイバーンは大きく首を振って、二人を吹き飛ばすと、一気に羽ばたき、上昇し始める。
そのタイミングであった。
初期位置から全く動くことなく、準備を整えていたエトの左腕から、立て続けに五本の矢が放たれた。
矢の先端付近には、何やら火がついている……。
ちょうど、ワイバーンが上昇し始めた軌道と、矢の軌道が重なった瞬間。
ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン。
爆発音が響いた。
そう、『爆発』音。
王国東部で産出される『黒い粉』を練りこんで加工した、もはや火薬と呼んでもいい物……。
これが、一行の切り札であった。
『爆発』の最大の効果は、破壊力よりもその音にある。
特に、野生動物に対する爆発音の効果は、驚くほど大きい。
これは、地球の歴史ではよく知られている。
実際、エトが放った物も、破壊力はそれほどでもない。
腕から放つのだ、もしもの事があって暴発し、腕がちぎれたなどということになってはまずい。
もちろん、エトは四肢欠損すら治癒する<エクストラヒール>を使えるとはいえだ。
破壊力よりも、爆発音に重点が置かれた矢。
しかも、ここはダンジョン。
音の反響はかなりのものがある。
今、この『ファイ』において、『爆発音』が野生の生き物に与える影響が明らかになった。
ただし相手は、動物ではなく魔物なのであるが……。
突然の爆発音。
それも五連。
これには、さすがのワイバーンですら、混乱した。
地上を駆ける馬ですら混乱し、騎乗する者を振り落とし、場合によっては地に臥せ、あるいは暴れまわる……。
ワイバーンは空中にいた。
空中で混乱すればどうなるか。
まず、上下が分からなくなる。
空間識失調と呼ばれる状態だ。
ここが大空であれば、いろいろと違ったのかもしれない。
だが、ここはダンジョン。
天井高も十メートルそこそこ。
混乱して少し飛ぶだけで、天井にぶつかり……地面にぶつかり……また天井にぶつかり……。
最後は地面に衝突した。
「いくぞ!」
ニルスの号令と共に、アモン、ハロルド、そしてジークが、地面に墜落したワイバーンに向かって突っ込んだ。
ワイバーンが気を失って、その間に剣を突き立てることができれば……。
だが、それは甘すぎた。
地面に墜落したからであろうか。
地面があると理解したのだろうか。
ワイバーンは、爆発音の混乱から回復していた。
カッと目を見開くと、間髪を容れずにエアスラッシュを放つ。
そして、今度は飛び上がらなかった。
飛べば、また先ほどの『爆発音』がくるかもしれないと考えたのだ。
少なくとも、地面にいれば、混乱していろんな所にぶつかることはないと考えたのであろう。
学習能力は、低くないらしい。
実際、エトは連射式弩に新たに矢をセットし、着火さえすればすぐに矢を放てる状態にしていたのだから。
ワイバーンは飛び上がらなかった。
飛んでいるワイバーンが最も厄介なのは確かだが、飛ばないワイバーンも簡単な相手ではない。
だが……。
「地上にいればソニックブレードは来ない」
ニルスは呟いた。
一本の矢が五本に分かれる風属性の範囲攻撃魔法ソニックブレード。
ワイバーンは、地上に降りると、このソニックブレードを放つことはできなくなる。
もちろん、エアスラッシュは放つし、体全体を守る風の防御膜は健在であるため、魔力が枯渇するか気絶でもしていない限りは、体に剣を突き立てることはできない……。
ただし、それでも弱点はある。
それは目。
目には、風の防御膜はないため、剣を突き立て、その剣が脳にまで達すれば倒すことができる。
地上に降りていれば、その目は、剣の届く高さに……。
ニルスがそう考えていると、ワイバーンは一度翼を羽ばたき、微妙に浮き上がった。
二メートルほどだろうか?
ワイバーン自身が少し足を伸ばせば、地面に届くほどの高さに……。
「その高さなら、混乱してもすぐ地面に足を伸ばして何とかなると? 魔物にしてはやけに賢いじゃねえか」
ニルスが毒づいた。
実際、近づいた四人の武器は、ワイバーンの頭には全く届かない。
頭の高さは……地面から四メートル以上の高い位置にある……。
ニルスはちらりとエトを見た。
エトはそれだけで意図を理解し、頷く。
着火し、すぐに五連射。
ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン。
再びの爆発音が響く。
だが、ワイバーンは、取り乱したりはしなかった。
少しだけ、震えたようにも見えたが、混乱してはいない。
「チッ」
ニルスが舌打ちした瞬間、アモンの声が響いた。
「ジーク、杖を貸して!」
その言葉に、ジークは自らの得物である杖を投げ渡す。
「ニルスさん、私を投げ上げて!」
「投げ上げ?」
アモンは杖を持ち、叫びながら、ニルスの方に走り寄ってくる。
勢いをつけるように。
それによって、ニルスにも、アモンが何をしようとしているのか理解できた。
「来い!」
ニルスはそう言うと、ワイバーンに背を向けて、走ってくるアモンの方を向いた。
そして、両掌を重ねて、体の前に出す。
その掌の上に、アモンが杖を立てる。
そのまま、軽業師のごとく地面を蹴り、杖に全体重を乗せると、間髪を容れずにニルスが杖をリフトアップ。
アモンは完全に杖の上に片足立ちの状態となって、リフトアップされる。
そしてついに、ニルスが杖を投げ上げる!
同時に、アモンが杖を蹴って飛び上がる!
最高到達点四メートル越え!
その瞬間、アモンは見た。
ワイバーンの驚きの表情を。
「闘技:完全貫通」
驚きの表情のまま、ワイバーンは絶命した。