軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0266 ルビーン女公爵

「帝国のルビーン女公爵使節は、明日午前中に迎賓館に入られます。その後、すぐに交渉開始となります」

「謁見とか、してからじゃないんですねえ」

「はい。今回の交渉が決まった一カ月前に、決めてあった手順通りです。あの時は、正直陛下の病状がよくありませんでしたから……」

ハインライン侯爵は、頷きながらそのように説明をした。

「確かにな」

それを受けて、アベルも一つ大きく頷き、そう答えた。

「涼のおかげだ」

「いや~、それほどでも」

アベルは素直に感謝し、涼は照れた。

王城の離れでは、アベル、ハインライン侯爵、そして涼が、帝国から迎える使節についての打ち合わせをしている。

「重病だと聞いていた国王が、元気いっぱいになっていたら、帝国の人たちも驚くでしょうね」

涼はその光景を頭に浮かべているのだろう、ニヤニヤしながらそう言った。

「交渉が行われるのは、王城と、宿泊される迎賓館の間にある、交流館の会議室です。会議室などには、魔法障壁は張ってありませんので、その点はご承知おきください」

ハインライン侯爵は、なぜかそんな説明をした。

「うん? アベル、使節に魔法砲撃でも食らわせるんですか? 女公爵さんって皇帝の妹さんなんでしょ? ヤバくないです?」

「俺じゃねぇよ! リョウに対して言ってるんだ」

アベルは反論した。

反論された涼は首を傾げる。

「僕は、初めて会う人を、突然襲ったりはしませんよ。いくら、帝国の人間だとしても」

「……ん?」

「……あれ?」

ハインライン侯とアベルは思わず見合った。

「陛下、ロンド公爵には、どこまで説明されていらっしゃいますか」

「……リョウは、やっぱり、ルビーン女公爵を知らない……?」

「それくらい知ってますよ! さっきも言った通り、皇帝の妹さんです。ルパート六世陛下が五十代半ばだから……」

涼は、戦場で会った、五十代でありながら、脂肪一つつかず、鋼のような体つきだった皇帝ルパートを思い出していた。

「ああ……それ以前の問題か。まずリョウ、ルパート陛下は二年前に退位なさり、皇太子であったヘルムート皇子が、ヘルムート八世として即位なされている」

「なんと……」

涼は全く知らなかった。

当時は、かなり大きな話題になったらしいが……。

「そのタイミングで、当時の他の皇子、皇女は臣籍降下して公爵家を開いた。今回のルビーン女公爵もだな。ルビーン女公爵は、ファーストネームはフィオナ……」

「それって、まさか、あの皇女様……」

「そうだ、涼が氷漬けにしようとした、以前の第十一皇女、皇帝魔法師団長、当時の名前がフィオナ・ルビーン・ボルネミッサ……。彼女が正使としてみえられる」

「知りませんでした……」

涼は少し顔をしかめて頬を掻いている。

「ということは、ご夫君もご存じないでしょうな」

ハインライン侯爵は、幾分小さ目な声で言う。

「ご夫君? 旦那さん?」

「はい、ご夫君、ルスカ伯爵が副使です」

「まさかそれって……あいつ……」

「はい、爆炎の魔法使い、オスカー・ルスカ伯爵です」

ハインライン侯の説明の瞬間、涼の顔は思いっきりしかめられた。

そしてアベルの方を向いて言う。

「アベル、知っててだましましたね! あいつが来るって!」

「い、いや、そのうち言おうと思っていて……」

アベルは、涼から視線を逸らして言い訳をする。

「そのうちってことは、僕に使節受け入れの対応をさせようと決めたあの時には、隠しておく気満々だったってことでしょう!」

あの時、アベルと涼は固い握手まで交わしたのに……。

涼は絶望した……。

「……わかった、月一のケーキ特権を週一にしよう」

「アベル、僕はアベルに一生ついていきますよ! 帝国の二人なんて、僕に任せてください!」

涼は復活した……。

美味は、人を支配する。

美味こそ、正義。

美味こそ、至高。

人は美味に生き、美味に死す。

ところ変わって、帝国ルビーン女公爵の使節馬車。

「交渉の席に着くのは、宰相ハインライン侯爵と、筆頭公爵であるロンド公爵……」

ルビーン女公爵であるフィオナは、何度目かの呟きを発した。

「フィオナ、まだ気にしているのか」

そう声をかけたのは、夫であるルスカ伯爵、爆炎の魔法使いの二つ名で呼ばれる、オスカーであった。

「はい……。ロンド公爵は、先の王弟フリットウィック公爵家を廃して興された、新しい公爵家でありながら、その当主は王国筆頭公爵の地位。そうでありながら、王城内における職には何も就かず、あまつさえその公爵領がどこにあるのかすら、実は定かではない。しかもここ三年、その姿を見た者は誰もいなかった……。帝国 諜報(ちょうほう) 部ですら、実はロンド公爵など存在せず、王家が他の貴族への圧力をかけるために、名目上興した公爵家に過ぎないと結論を出していたのです。廃したフリットウィック公爵領の半分を、王室がそのまま保持しているのも、その結論を裏付けていました。それが、今回の交渉の席に出てくる……しかも国王アベル一世の名代として」

「まあ、確かに気にならないと言えば嘘になるが……どうせ交渉の席に着けば分かるのだろう?」

「はい、確かにそうなんですが……」

そういうと、二人は、マリーが淹れてくれたコーヒーを口に運んだ。

「俺が気になるのは、それ以上にアベル王の病状だ。これまで表に出てこなかった筆頭公爵を、わざわざ出さねばならぬほどの状態ということでもある」

「確かに。諜報部が集めた情報では、恐らく死病ではないかと」

「だが、諜報部も、王城内には人を入れられておらん」

「宰相……」

「ああ。防諜に関しては、宰相ハインライン侯が帝国より一枚も二枚も 上手(うわて) ……。まあ、だからこそ我々が、正面から直接乗り込むわけだが」

(呼び方は変わったが、結局二人の間には、なかなか甘い時間は流れない……)

傍らで話を聞くマリーは思った。

そして、心の中で盛大なため息をつく。

マリーは、皇帝魔法師団長付きの副官であったが、同時にフィオナ付きの侍女でもあった。

そのため、フィオナがルビーン公爵家を興した時、その侍女長に収まった。

当然、今回の使節でも、正使付き副官兼侍女として随行している。

自分の全てをフィオナに捧げるマリーとしては、フィオナには幸せになって欲しいと思っている……とはいえ、幸せの形が、人によって違っていることも理解している。

(なかなかに難しいです……)