軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第41話「最高のお風呂」

旅商人のヨナスさんが帰ってから、僕の日常はまたいつもの静けさを取り戻していた。

父様やレオ兄様はヨナスさんからの報告を心待ちにしているのか、時々執務室で何やら難しい顔で話し合っているけれど、僕自身は特に変わったこともなく毎日をお昼寝して過ごしている。

その日の夜。

僕はお屋敷の大きなお風呂に一人でぷかぷかと浮かんでいた。

ヒューゴが僕のために特別なハーブを入れてくれたらしく、お湯からはとても良い香りがする。

『ふう……気持ちいいなあ……』

一日の疲れがじんわりと溶けていくようだ。

僕はお風呂の縁に頭を乗せて天井をぼーっと眺めていた。

でもその時、ふと思ってしまったんだ。

『ナビ。お昼寝も最高だけどもっとこう、体の芯からぽかぽかになる最高のお風呂ってないのかな。このお風呂も気持ちいいけどなんだか少しだけ物足りない気がするんだ』

僕の究極のわがまま。

それにナビはいつも通り冷静沈着に、そして完璧な答えを返してくれた。

《了解しました。メルの要求する『最高の入浴体験』を定義します。第一条件として持続的な高温の維持。第二に人体に有益な鉱物成分の含有。第三に精神的リラクゼーション効果……》

『う、うん、まあそんな感じ』

《……検索しました。メルの要求を全て満たす最適なソリューションが存在します。当領地の地質データを広域スキャンした結果、北の丘陵地帯の地下深くに高温の地下水脈を確認しました。いわゆる『温泉』です》

『温泉!』

僕の目がカッと見開かれた。

そうだその手があった!

温泉!それこそが僕の求める究極の癒やしだ!

次の日の朝。

僕は朝食もそこそこに、父様の執務室へと駆け込んだ。

「父様!お願いがあるんだ!」

「おお、メルか。どうしたそんなに慌てて」

父様は難しい顔で書類を読んでいたが、僕の姿を見るとふっと顔をほころばせた。

僕は父様の机に駆け寄ると一生懸命、ナビに教えてもらった情報を伝えた。

「あのね父様!この領地の北の丘のね、地面の中からあったかいお水が湧き出るところがあるんだ!そこで、お風呂に入ったらすごく気持ちいいと思うな!」

僕のあまりにも突飛な言葉。

父様はきょとんとした顔で、僕の顔を見つめている。

「……なんだって?北の丘から温かい水が?」

「うん!」

「メル、また夢でも見たのかい?それとも土の妖精さんとやらにでも聞いたのか?」

ちょうど部屋に入ってきたレオ兄様が、くすくすと笑いながら言う。

イリ姉もひょっこりと顔を出した。

「なによメル。今度は温泉ごっこ?本当にあんたは変なことばっかり思いつくんだから」

家族のみんなは僕の言葉を、子供の戯言だと思っているようだった。

でも僕は知っている。僕の言うことはいつだって本当になるんだ。

「本当だよ!絶対にあるもん!行けば分かるから!」

僕がむーっとした顔で言い張ると、父様は腕を組んでうーんと唸った。

彼は僕のこれまでの実績を、誰よりもよく知っている。プリン、ハーブ、石鹸、紙、そして新しい野菜……。

やがて父様は一つの決断を下した。

「……よし分かった。メル、お前がそこまで言うなら確かめに行ってみようじゃないか」

「まああなた!本気ですの!?」

「ああ。メルの言うことだ。それにもし本当なら、これはとんでもない発見になるかもしれん」

父様はにやりと笑うと、椅子から立ち上がった。

僕たちは父様とレオ兄様、そして村から呼ばれた大工のゴードンさんと一緒に、馬に乗って北の丘へと向かった。

イリ姉も「面白そうだから」と言ってついてきている。

『ナビ、本当にこの辺りで合ってる?』

《はい。この真下、地下30メートル地点に摂氏60度の熱水脈が存在します。地表にその兆候がいくつか見られるはずです》

ナビの言葉通り、僕たちは丘の中腹で不思議な光景を目にした。

まだ冬も終わっていないというのにその一角だけ、雪が解けて地面から湯気のようなものが立ち上っているのだ。

「なっ……!なんだこれは……!」

「父上、地面が温かいですぞ!」

父様とレオ兄様が驚きの声を上げる。

ゴードンさんは地面に手を触れると、さらに目を丸くした。

「旦那様!こいつは……ただごとじゃねえ!地面の中から熱が湧いてきてるみてえだ!」

「……掘ってみろ」

父様の短く、しかし力強い命令。

ゴードンさんと一緒に来ていた村の男たちが、言われた通りにつるはしで地面を掘り始めた。

数回、土を掘り返したその時だった。

「うおっ!?」

男の一人が驚きの声を上げて飛びのいた。

彼が掘っていた穴からじわじわと、温かい水が染み出し始めたのだ。

そしてその水からは硫黄の、独特な匂いが立ち上っている。

「……温泉だ」

父様が呆然と呟いた。

「本物の温泉だ……!我が領地に奇跡の湯が眠っていたとは……!」

その言葉を合図にしたかのように、周りにいた村人たちからうおおおっ!という地鳴りのような歓声が上がった。

村中が大騒ぎになったのは言うまでもない。

その日の夕方。

僕は自分の部屋の窓から、北の丘を眺めていた。

遠くに見える丘はまだ興奮冷めやらぬ村人たちの、松明の明かりで星空のようにきらめいている。

『ナビ、よかったね。みんなすごく喜んでる』

《はい。温泉の発見は領民の健康増進、及び将来的な観光資源として極めて高い価値を持ちます。メルのスローライフ計画における重要なマイルストーンです》

父様は明日から早速、本格的な温泉開発を始めると息巻いていた。

僕はそんな父様の興奮を、少しだけ他人事のように感じながら一つだけ、大事なことを考えていた。

『ナビ。温泉ができたらお風呂上がりのフルーツ牛乳は必須だよね』

《はい。入浴後の糖分と水分の補給は、健康維持の観点からも推奨されます。ヒューゴ氏に新しいレシピを提案しておきましょう》

僕はナビの頼もしい言葉に、満足げに頷いた。

うん、やっぱり、のんびりするためには最高のお風呂と、美味しい飲み物がなくっちゃね。