軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第40話「メアリーの大失敗」

その日は朝から雲一つない完璧な晴天だった。

こういう日は外で本を読むのに限る。僕はお気に入りの冒険譚を片手に、屋敷の中で一番気持ちのいい場所を探していた。

『ナビ、今日の最高の読書スポットはどこかな?』

《はい。本日の日照角度、風速、及び湿度データを分析した結果、中庭の東屋のベンチが最も快適な読書環境を提供します。推奨レベルはA+です》

よし、決まりだ。

僕が東屋へと向かって歩き出したその時だった。

屋敷の裏手にある洗濯場の方から、何やら騒がしい声が聞こえてきた。

「メアリー!聞いていますか!それは旦那様が明日の式典でお召しになる大切なシャツです!少しでもシミをつけたりしたら許しませんからね!」

「は、はい!か、カトリーナ様!心して洗わせていただきます!」

メイド長であるカトリーナの厳しい声と、それに答えるメアリーのガチガチに緊張した声。

僕は、ちらりとそちらに目をやった。

『大変そうだなあ』

僕は他人事のようにそう思うと、彼女たちのことをすっかり忘れて東屋へと向かった。

東屋のベンチに腰掛け僕は物語の世界に没頭していた。

ちょうど主人公の騎士が、邪悪なドラゴンの住む山へと足を踏み入れた一番盛り上がる場面だ。

僕が固唾を飲んで次のページをめくろうとしたその時だった。

「……ひっく……う、うわーん……!」

遠くの方からしくしくと誰かが泣いている声が聞こえてきた。

その声はだんだん大きくなってくる。

『ナビ……うるさくて集中できないんだけど』

《はい。現在、半径50メートル以内における読書妨害レベルは80%です。原因の排除を推奨します》

僕は深いため息をつくと読んでいた本にしおりを挟み、仕方なく声がする方へと歩いていった。

声の主はやっぱり洗濯場にいた。

そこには顔を真っ青にして、その場にへたり込んでいるメアリーの姿があった。

「う、うわーん!どうしましょう、カトリーナ様に叱られてしまいますぅ……!」

彼女の足元には、たらいの水がこぼれ、そして……。

真っ白であるはずの父様のシャツが、赤い果実のせいでまだらに無残にもピンク色に染まってしまっていた。

『あー……やっちゃったんだな』

僕は泣いているメアリーの元へそっと近づいた。

「メアリー、どうしたの?」

僕が声をかけるとメアリーはしゃくり上げながら、染まってしまったシャツを指さした。

「あ、メ、メルヴィン様……!わ、わたくし、なんてことを……!」

「うん、すごい色だね。何があったの?」

「それが…旦那様の大切なシャツですもの、少しでも綺麗に良い香りで洗い上げようと思って張り切ってしまいまして…」

メアリーは、ぽつり、ぽつりと説明を始めた。

「それで足を滑らせて、たらいをひっくり返してしまって…ああ、でもただこぼしただけならまだ良かったんです!」

「うん」

「その時ちょうど隣に置いてあった厨房に持っていくはずの赤い果物の上に、シャツが…う、うわーん!」

どうやら彼女は張り切りすぎた結果、洗濯桶をひっくり返しその中身が運悪くすぐ隣にあった果物の上に落ちてしまったらしい。

完璧なドジの連鎖だ。

『ナビ、このシミどうにかならない?』

《提案します。酸化還元反応を利用した色素の分解いわゆる『漂白』です。この世界にある植物、例えば『月光草』の汁と太陽の光を組み合わせることで、同様の効果が期待できます》

ナビのいつも通りの頼もしい言葉。

僕はこくりと頷いた。

「メアリー、泣かないで。大丈夫だよ」

「で、でも……!」

「あのね、お庭の隅に生えてる白くて丸い葉っぱの草知ってる?」

「え?ああ、『月光草』のことでしょうか?はい、知っておりますが……」

「うん、それ。あれをたくさん摘んできてくれないかな」

メアリーはきょとんとした顔をしながらも、僕の言う通りにすぐに月光草を摘んできてくれた。

「これをどうするのですか?」

「うん。この葉っぱをぎゅーって潰して汁を出すんだ。水が少しいるかな」

「は、はい!すぐに汲んでまいります!」

メアリーが慌てて空の桶を持ったのを見て僕はため息をついた。

待っていたら本を読む時間がなくなってしまう。

「ううん、いいよ。水はこれで」

僕が空の桶にそっと手をかざすと、その中からぱしゃぱしゃと音を立てて綺麗な水が湧き出してきた。

「さ、早くしないとカトリーナが来ちゃうよ」

「は、はいぃ!」

メアリーは半ばパニックになりながら、僕が魔法で出した水で月光草の汁を絞り出していく。

そして、その緑色の汁をシャツのピンク色のシミによーく塗りつけた。

「メルヴィン様……。なんだか、余計にひどくなったような……」

「大丈夫、大丈夫。ここからが本番だから」

僕はそう言うとシャツにそっと手をかざした。

「でも、これだけじゃ乾くのに時間が……」

メアリーが不安そうに呟く。

「うん。だからお手伝いするんだよ」

僕はナビの助言通りに二つの魔法を同時に発動させた。

一つは太陽の光を再現するごく微弱な熱魔法。

もう一つは水分を効率的に蒸発させるための優しい風魔法。

僕の手のひらから、じんわりと温かい光とそよそよと心地よい風が生まれる。

シャツはみるみるうちに乾いていき、そして信じられないことが起こった。

緑色だった月光草の汁が太陽に似た魔法の光を浴びて、化学反応を起こしピンク色のシミはまるで最初からなかったかのように綺麗さっぱりと消えてしまったのだ。

「……え?」

メアリーは目の前で起こった奇跡に、言葉を失って固まっている。

元通りいえ、元以上に真っ白になったシャツ。

「て、て、て、天使様……!メルヴィン様はやっぱり天使様です!」

彼女は涙ながらに僕の前に跪くと僕の手をぎゅっと握りしめた。

その時だった。

「メアリー、洗濯は終わりましたか?」

背後からカトリーナの静かな声がした。

僕たちはびくりと肩を揺らす。

「か、カトリーナ様!」

「あら、メルヴィン様もご一緒でしたの。……まあ」

カトリーナはメアリーが手にしているシャツを見ると少しだけ目を見開いた。

「今日は随分と仕事が丁寧ですわね。見違えましたわ。これなら旦那様もお喜びになるでしょう」

彼女は珍しく褒め言葉を残すと満足げに頷いてその場を去っていった。

カトリーナの言葉にメアリーは「は、はいぃ……!」と今度は感動の涙を流している。

僕はようやく手に入れた静寂に、満足げに頷いた。

『ナビ、これで静かに本が読めるね』

《はい。読書妨害の原因は完全に排除されました。それでは改めて最高の読書スポットへどうぞ》

僕は感涙にむせぶメアリーをその場に残して、今度こそ完璧な平和を取り戻した東屋へととてとてと歩き出すのだった。