軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第38話「メイド長の壁」

僕は、ヨナスさんを連れて、村から屋敷へと続く道を歩いていた。

僕の隣で、ヨナスさんはさっきからずっと、興奮した様子でまくし立てている。

「いやはや、坊ちゃま!あのサンドイッチのソースの秘密は!?あの石鹸の香りはいったい!?そして、あの道は一体どうやって!」

「うーん、お腹すいたな」

僕は、彼の質問をのらりくらりと受け流しながら、頭の中ではヒューゴが作ってくれるであろう、今日のおやつのことだけを考えていた。

『ナビ、今日のおやつ、プリンだといいな』

《はい。昨日の夕食の残り食材データから予測すると、本日、プリンが提供される確率は87%です》

『やった!』

そんな、いつも通りの会話をナビと交わしているうちに、僕たちは屋敷の立派な玄関にたどり着いた。

「さあ、着いたよ。あとは、誰かに頼んでね」

僕がそう言って、さっさと厨房へ向かおうとした、その時だった。

玄関の扉が、内側から静かに開いた。

そこに立っていたのは、背筋をぴんと伸ばした、メイド長のカトリーナだった。

「お帰りなさいませ、メルヴィン様。……して、そちらの方は?」

カトリーナは、僕の後ろにいる、見慣れない商人の姿を、値踏みするような鋭い目で一瞥した。

その、貴族の家の使用人らしい、丁寧だが一切の隙がない空気に、さっきまで陽気だったヨナスさんが「ひっ」と小さく息を呑むのが分かった。

「カトリーナ、この人、父様にお話があるんだって。あとはお願いね」

僕は、面倒なことは専門家に任せるのが一番だと思い、あっさりとヨナスさんを丸投げした。

「……左様でございますか」

カトリーナは、静かに頷くと、ヨナスさんに向き直る。

「して、そちらの方は、どちらの商会に所属の方で?旦那様へのご用件は、いかなるものでしょうか?」

その問いかけは、村のおじさんたちと話す時とは全く違う、冷徹なプロの目だった。

ヨナスさんも、自分が試されていることを瞬時に理解したのだろう。

「あっしは、ヨナスと申します!ご覧の通りの旅商人ですが、このフェリスウェル領の素晴らしい産品を、ぜひとも王都で広めたいと、そう考えております!」

彼は、真剣な顔で、自分の身分と目的をはっきりと告げた。

カトリーナは、その言葉と目つきに嘘がないことを見抜くと、静かに頷いた。

「……承知いたしました。旦那様にお取り次ぎいたします。どうぞ、客間でお待ちください」

僕が厨房を覗くと、ちょうどヒューゴが、何やら黄色くてぷるぷるしたものを、小さな器に分けているところだった。

「ヒューゴ、それ、もしかして」

「おお、坊ちゃま!なんて良いタイミングですかい!今、ちょうど坊ちゃまが教えてくださった、新しいお菓子が冷えたところですぞ!」

僕は、ヒューゴから出来立てのプリンを一つもらうと、その場で早速、一口いただいた。

うん、やっぱり美味しい。

『ナビ、おやつミッション、コンプリートだね』

《はい。この交渉は、メルのスローライフ計画を次の段階へ進める、重要なイベントです。来るべき未来のためにも、まずはプリンで糖分を補給しておきましょう》

僕が、そんな平和な時間を過ごしている頃。

屋敷の客間では、父様が、ヨナスさんと向き合っていた。

「……して、商人殿。我が領地の産品に、それほどの価値があると?」

父様は、腕を組んで、目の前の商人を試すように尋ねる。

ヨナスさんは、ごくりと息を呑むと、熱弁を振るい始めた。

「もちろんでございます!あのハーブの香りは、王都の貴族たちも好みましょう!あの石鹸は、貴婦人方の心を鷲掴みにします!そして、何より……」

ヨナスさんが、一番の商品の話をしようとした、その時だった。

コンコン、と控えめなノックの音と共に、メイドさんがお茶を運んできた。

そして、そのお茶請けとして、ヨナスさんの前にそっと置かれたのは、彼がまだ味わったことのない、黄色く輝くお菓子だった。

「……これは、何ですかい?」

「はっはっは!それも、我が領地の新しい名物ですな!」

父様が誇らしげに言う。

ヨナスさんは、半信半疑といった顔で、スプーンを手に取る。そして、おそるおそる、プリンを一口、口に運んだ。

次の瞬間、彼の目が、信じられないというものを見るかのように、カッと見開かれた。

「なっ……!な、な、なんだ、これはぁーーーっ!?」

プリンの衝撃から立ち直ったヨナスさんは、さらに熱心に、父様との交渉を続けていた。

僕は、プリンを食べ終えて満足すると、今度はイリ姉たちがいるであろう、談話室へと向かった。

案の定、中からは楽しそうな声が聞こえてくる。

「やった!私の勝ちよ!」

「くっ……!イリス、強いな……!」

イリ姉とレオ兄様が、テーブルの上で、僕が作った「トランプ」で遊んでいるところだった。

「あ、メル!遅いじゃない!ちょうど今、レオ兄様に勝ったところよ!あんたもやりなさい!」

イリ姉が、得意げに胸を張る。

僕が、「うん」と頷いて、椅子に座ろうとした、その時だった。

ひょこり、と扉の隙間から、誰かがこちらを覗いているのに気づいた。

ヨナスさんだ。

どうやら、トイレに立つふりでもして、様子を見に来たらしい。

ヨナスさんの目は、僕たちが遊んでいる「トランプ」に釘付けになっていた。

いや、違う。彼が見ているのは、カードそのものじゃない。

その『材質』だ。

(……待て。あの子供たちが使っているカードは、一体何でできているんだ?羊皮紙じゃない。もっと滑らかで、薄くて、白い……。あれほどの上質な素材を、あんな風に、子供の遊び道具として惜しげもなく使っている……?どういうことだ?……まさか!)

彼の心の声が、聞こえてくるようだった。

ヨナスさんの顔から、さっきまでの陽気な表情が消え、商人の鋭い目に変わっていく。

(あれが、もし、安価に、大量に作れるとしたら……?羊皮紙に代わる、新しい記録媒体……?馬鹿な、そんなものが、こんな田舎領地にあるはずが……いや、しかし!)

彼は、この領地が持つ、本当の価値に気づいてしまったのだ。

情報の記録と伝達、その全てを根底から変えてしまう、とてつもない発明。

それこそが、こののどかな田舎領地に眠る、一番の「お宝」なのだと。

ヨナスさんは、ごくりと息を呑むと、誰にも気づかれないように、そっとその場を離れていった。

執務室に戻ったヨナスさんの顔から、さっきまでの陽気な表情は消えていた。

彼は、父様の前に進み出ると、深々と、そして力強く頭を下げた。

「フェリスウェル卿!あっしの負けです!どうか、どうか、この領地の全ての産品を、このヨナスにお任せください!」

その必死な形相に、父様は満足げに頷くと、冷静に言った。

「待て、商人殿。話が早すぎる。お主の熱意は分かったが、今夜は村の宿で旅の疲れを癒すがいい。そして、もし明日、それでもその熱意が変わらぬのなら、改めて話を聞こう」

ヨナスは、それが自分を試すための「テスト」であり、「宿題」であることを瞬時に理解した。

「……承知いたしました。必ずや、明日、改めてお伺いいたします!」

父様は、カトリーナに命じて、ヨナスさんのために村で一番良い宿屋を手配させた。

「ほら、メル!早く始めましょ!次は、私が大富豪になるんだから!」

僕は、そんな大人たちの真剣なやり取りが、すぐ近くの部屋で行われていたことなど全く知らずに、イリ姉に急かされて、新しいゲームを始めるのだった。