軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第26話「夜空の魔法」

クラリスさんたちが帰ってから、僕の日常はまた、いつもの穏やかなものに戻った。

街道整備は順調に進み、村は活気に満ちている。僕のお昼寝洞窟に、イリ姉が時々「開けなさーい!」と突撃してくるのを除けば、概ね平和な毎日だ。

その日、僕はレオ兄様とイリ姉と一緒に、村へ散歩に来ていた。

「見て、メル!道がこんなに綺麗になったわ!」

イリ姉が、完成したばかりの石畳の道を、楽しそうにぴょんぴょんと跳ねる。

以前のぬかるんだ道が嘘のように、歩きやすくて快適だ。

「ああ。ゴードン殿の腕前は見事だな。これなら、商人たちの馬車も楽に通れるだろう」

レオ兄様が、満足げに頷く。

僕も、馬車が揺れないから、隣町からのお菓子の到着が早くなるかもしれないな、なんて考えていた。

そんな僕たちの目に、川のそばに建てられている、新しい建物が飛び込んできた。

「あれは、なんだ?」

レオ兄様が、不思議そうに呟く。

水車のすぐ隣に、今までなかったはずの、大きな木造の建物が姿を現していた。

中からは、水車と連動した何かが、ごとん、ごとんと規則正しい音を立てている。

「あ、領主様のご子息様方!」

僕たちに気づいたのは、建物の前で指示を出していた、大工のゴードンさんだった。

「これはこれは。ちょうど良いところに。ぜひ、中を見ていってくださいまし」

ゴードンさんは、誇らしげな顔で、僕たちを建物の中へと案内してくれた。

「すごい……!なに、ここ!?」

建物の中に足を踏み入れたイリ姉が、驚きの声を上げる。

中では、水車の力を利用した大きな機械が、木のくずをどろどろの液体に変えていた。

そう、ここは父様が作らせた、紙の工場だった。

「旦那様のご命令で、坊ちゃまの発明した『紙』を、いつでも作れるようにいたしました。水車の力を使えば、人力よりも遥かに早く、たくさんの紙を作れますぜ」

ゴードンさんが、にかりと笑う。

「素晴らしい……!父上は、すでにここまで考えておられたのか」

レオ兄様は、感嘆の声を漏らしていた。

「これで、私も隣町の友達に、いつでも手紙が書けるわ!」

イリ姉は、完成したばかりの紙の束を手に取って、大喜びだ。

レオ兄様は、ゴードンさんと、今後の生産計画について何やら難しい話を始めている。

僕は、そんな二人を眺めながら、ふと思った。

これだけ大きなものが完成したんだ。何か、お祝いみたいなことがあったら、もっと楽しいだろうな、と。

『ナビ、夜空に、大きくて綺麗な光の花を咲かせたいんだけど』

《花火ですね。承知しました。火薬の化学反応による光と音の放出を、メルの魔法でより安全かつ芸術的に再現します。最適な複合術式の設計図を、あなたの脳内に表示します》

僕の頭の中に、火と、風と、そして光の魔法を組み合わせた、見たこともないような複雑な術式が浮かび上がった。

うん、これなら、みんなをびっくりさせられそうだ。

数週間後。

紙の工場が本格的に稼働を始めたことを記念して、村の広場でささやかなお祭りが開かれることになった。

ヒューゴの作った美味しい料理が並び、村人たちは歌ったり、踊ったりして、新しい門出を祝っている。

お祭りが一番の盛り上がりを見せた、その時だった。

僕は、誰にも気づかれないように、そっと広場を抜け出し、少し離れた丘の上へと登った。

『ナビ、準備はいい?』

《はい、メル。いつでもどうぞ》

僕は、夜空に向かって、そっと手をかざした。

ナビが設計してくれた、特別な魔法。

僕の魔力が、色とりどりの光の粒に変換されて、夜空へと打ち上げられていく。

シュルシュル……

細い光の尾を引きながら、小さな星が夜空高く昇っていく。

パァン!

夜空に、真紅の牡丹が咲いた。

一瞬の静寂の後、広場から「おおっ!」というどよめきが聞こえてくる。

それを皮切りに、夜空は光の饗宴に包まれた。

ヒュン、ヒュン、ヒュン!

連続して打ち上げられた光が、パン、パン、パン!と小気味よい音を立て、色とりどりの小さな花を一斉に咲かせる。

青から緑へ、そして紫へと、ゆっくりと色を変えながら消えていく不思議な光。

ぱちぱちと音を立てながら、まるで星屑のように夜空に散らばる光。

村人たちの歓声が、どんどん大きくなっていくのが丘の上まで聞こえてきた。

やがて、その連続した打ち上げがふっと止まり、夜空に一瞬の静寂が訪れた。

「あれ、もう終わりかな?」という村人の声が、かすかに聞こえる。

皆が、少しだけ名残惜しそうに夜空を見上げた、その時。

ヒュルルルルル……

今までとは比べ物にならない、太く、力強い光の柱が、地を揺るがすような音と共に、ゆっくりと、しかし確実に天頂へと昇っていく。

そして、空の一番高い場所で、光が止まった。

全ての音が消える。

ドーーーーーーーンッ!

腹の底に響くような、重たい音。

次の瞬間、夜空全体が、昼間よりも明るい黄金の光に包まれた。

巨大な、巨大な光の華が、空いっぱいに広がり、その中心からは、七色の光の粒が、まるで天の川のように、ゆっくりと、ゆっくりと地上に降り注いだ。

しばらくの間、村の広場は、誰一人声を発する者もなく、ただただその圧巻の光景に見惚れていた。

やがて、黄金の光が完全に消え去ると、誰からともなく、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。

「な、なんだ、今の光は……!?」

「綺麗……!こんなに綺麗なもの、生まれて初めて見たわ!」

「まるで、神様からの祝福のようだ!」

村人たちは皆、興奮冷めやらぬ様子で、口々に今の光景を語り合っている。

僕は、丘の上から、その様子を満足げに眺めていた。

屋敷のテラスから、その光景を見ていた父様とレオ兄様だけが、その魔法の異常なまでの精密さに気づいていた。

「……父上。あれは、まさか……」

「ああ。間違いない。あいつがやっているんだろう」

父様は、呆れたように、しかしその声はどこまでも誇らしげに、夜空を見上げていた。

「魔法をこんなふうに使うなんて、本当に面白い子だよ。いつもボーッとしてるのになぁ…」

イリ姉は、そんなこととはつゆ知らず、村人たちと一緒になって、「綺麗ー!」と、大声で叫んでいる。

僕は、何事もなかったかのように、そっと広場に戻った。

「わあ、今の、すごかったね」

僕が、何食わぬ顔でそう言うと、興奮冷めやらぬイリ姉が、僕の腕を掴んだ。

「メル!見た!?今の!すごかったわよね!一体、誰がやったのかしら!」

「さあ、誰だろうね」

僕は、あくびを一つしながら、そう答えた。

父様とレオ兄様が、少し離れたところから、優しく微笑んで僕を見ている。

『ナビ、みんな喜んでくれたね』

《はい。祝祭における視覚的エンターテイメントは、共同体の結束を高める上で非常に有効です。素晴らしい成功でした》

僕は満足げに一つ頷くと、屋台で売っていた果実水を、ごくりと喉に流し込んだ。

うん、花火の後の果実水は、ほのかに酸っぱくて、なんだかいつもよりずっと美味しく感じた。