軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第24話「隣の領地からお客さま」

その日、父様の執務室は、少しだけぴりぴりとした空気に包まれていた。

机の上には、立派な封蝋がされた一通の手紙が置かれている。

「……ついに来たか」

父様が、どこか嬉しそうに、そして少しだけ緊張した面持ちで呟いた。

隣に立つレオ兄様も、真剣な顔でその手紙を見つめている。

「父上、これは?」

「うむ。隣のバルカス領の当主、バルトール卿からの書状だ。近頃、我が領地で生まれている新しい産品について、交易の可能性を話し合いたい、とな」

父様の言葉に、僕はあくびを一つ噛み殺した。

僕は、イリ姉と一緒におやつをねだりに来ただけだったのに、なんだか難しい話に巻き込まれてしまったらしい。

「まあ!バルカス家ですって?あそこのお嬢様、私と同い年だったかしら?」

イリ姉は、難しい話はそっちのけで、新しい友達ができるかもしれないと、そわそわしている。

『えー、お客さんかあ。静かにお昼寝できないじゃないか』

僕だけが、心の中で静かにうんざりしていた。

数日後、バルカス家の一行が、立派な馬車に乗って僕たちの屋敷にやってきた。

出迎えた僕たちの前には、恰幅のいいバルカス卿と、優しそうな奥様。

そして、その隣には、銀色の髪を綺麗に結い上げた、まるでお人形さんみたいな女の子が立っていた。

「これはこれは、フェリスウェル卿。本日はお招きいただき、感謝申し上げる」

「ようこそおいでくださいました、バルトール卿。長旅でお疲れでしょう」

大人たちが、堅苦しい挨拶を交わしている間、僕はずっとその女の子のことを見ていた。

彼女は、僕と同じくらいの歳だろうか。フリルがたくさんついた豪華なドレスを着て、すまし顔で立っている。

やがて、彼女の視線が僕に気づいた。

そして、僕のぼーっとした顔を見ると、ふん、と鼻を鳴らして、少しだけ眉をひそめた。

「まあ、この方が噂の?なんだか、ぼーっとしていて、大したことなさそうですわね」

小さな声だったけど、僕の耳にははっきりと聞こえた。

うん、初対面の相手に、なかなか失礼な子だ。

応接室での、退屈な大人たちの会話が終わると、僕たちは父様の案内で領地を視察して回ることになった。

「まずは、最近整備した街道をご覧いただこう。馬車を用意させた」

父様が、誇らしげに言う。

馬車に乗り込むと、驚くほど揺れが少なかった。ごとごと、と心地よい音が響くだけだ。

「ほう……!これは見事な石畳ですな。馬車の揺れが、王都の道と遜色ない。これほどの街道を整備されるとは、フェリスウェル卿、かなりの財を投じられたのでは?」

バルカス卿が、窓の外の景色に目を見張りながら尋ねる。

「ははは、それがそうでもないのです。実はこの石、川辺に転がっているただの石を、工夫して敷き詰めただけでして」

「なんと!川の石で……!その発想はありませんでしたな。素晴らしい!」

大人たちが感心している隣で、娘のクラリスは、まだ少しだけ不満そうな顔をしている。

「でも、周りの景色は、なんだか泥臭いですわ。わたくしの領地の花畑の方が、ずっと美しいですもの」

ツンとした物言いに、イリ姉が「な、なんですって!」と噛みつきそうになるのを、母様が優しくなだめていた。

やがて、僕たちは村の中心部へとたどり着いた。

そこは、以前とは比べ物にならないほどの活気に満ちていた。

「なんと……!あの水車は、ただ水を汲み上げるだけではなかったのですな!」

バルカス卿が、川沿いに並ぶ建物を見て、再び驚愕の声を上げる。

水車は、畑に水を送るだけでなく、その力強い回転で、製粉所の石臼や、紙を作るための道具を動かしていた。

「ちょうど昼時です。よろしければ、村の食堂で名物を試されませんか?」

父様の提案で、僕たちは行列ができている食堂へと向かった。

「こんな庶民的な場所で食事ですって?わたくし、お腹は空いておりませんわ」

クラリスはそう言ったが、ヒューゴが考案した「サンドイッチ」が運ばれてくると、その香ばしい匂いに、彼女のお腹が「きゅるる」と可愛らしい音を立てた。

「……!」

顔を真っ赤にするクラリス。

それを見た母様が、優しく微笑んだ。

「あら、クラリス様。もしよろしければ、一つお試しになりませんか?ここのパンはとても美味しいのですよ」

母様が、新しいサンドイッチを一つ、彼女の前にそっと差し出す。

クラリスは、「そ、それほどおっしゃるなら、いただいてあげなくもありませんわ!」と、言いながらそれを受け取った。

そして、一口食べた瞬間、彼女は目を丸くした。

「おいしい……!」

その素直な感想に、僕たちは思わず笑ってしまった。

クラリスは、はっと我に返ると、慌てて口元を隠した。

「べ、別に、わたくしの領地の料理の方が、百倍おいしいですわ!これは、まあ、庶民の味としては、悪くないというだけで……!」

「ははは、そうかそうか。どれ、私も一ついただこうかな」

娘の分かりやすい強がりを見て、バルカス卿が楽しそうにサンドイッチを手に取った。

そして、大きな口でがぶりと一口。

「む……!ほう!これは……!」

バルカス卿は、驚いたように目を見開いた。

「パンの香ばしさ、焼いた肉の旨味、そしてこの二つのソースが……!赤い方は甘酸っぱく、白い方は濃厚で、全てが口の中で見事に調和している!フェリスウェル卿、これは素晴らしい!」

隣の領主からの、手放しの称賛。

父様は、「はっはっは」と、満面の笑みでそれに応えていた。

屋敷に戻ると、今度は母様が、僕たちの発明品を披露してくれた。

「こちらが、我が領地でしか採れない『フェリスハーブ』を使った香油と、石鹸でございますの」

その途端、バルカス家の奥様と、クラリスの目の色が変わった。

「まあ!なんて素敵な香りなのでしょう!」

「この石鹸、泡がふわふわですわ……!私がいつも使っている王都のものより、ずっと肌がすべすべになる……!」

クラリスは、さっきまでのツンとした態度はどこへやら。

目をキラキラさせて、石鹸の泡を自分の手の甲で楽しんでいる。

そして、最後に僕が発明した「万華鏡」を披露した。

イリ姉が、お客さんに見せるために、大事そうに一つ持ってきていたのだ。

「どうぞ」

僕が、イリ姉からそれを受け取ってクラリスに差し出すと、彼女は不思議そうな顔をした。

「……わたくしに?」

「うん。覗いてみて」

クラリスは、おそるおそる、中を覗き込んだ。

その瞬間、彼女は息を呑んだ。

「な、なんですの、これは……!まるで、宝石箱の中を覗いているようですわ……!」

彼女は、さっきまでのプライドはどこへやら、夢中になって万華鏡をくるくると回し始めた。

その姿を見て、僕は満足げに一つ頷いた。

「気に入ったなら、それ、あげるよ」

「えっ!?わ、わたくしにくださるのですか!?」

クラリスは、信じられないという顔で僕を見る。

僕がこくりと頷くと、彼女の頬がぽっと赤くなった。

「な、なによ!それは私がメルに作ってもらったものよ!」

黙っていなかったのは、イリ姉だ。

「イリ姉のは、また今度、もっとすごいの作ってあげるから」

「ふん、もっとキラキラしてないと許さないんだからね!」

イリ姉は、ぷいとそっぽを向いた。

クラリスは、手の中の万華鏡を、宝物のようにぎゅっと握りしめている。

すっかり僕たちの領地の虜になったバルカス家と、父様たちの交易の話は、とんとん拍子に進んでいった。

大人たちが、何やら難しい話で盛り上がり始めたのを見て、僕はそっとその場を抜け出すことにした。

だって、お昼寝の時間だから。

向かう先は、もちろん、僕だけの秘密基地、「お昼寝洞窟」だ。

誰にも見つからないように、こっそりと屋敷を抜け出し、丘の中腹へと向かう。

しかし、僕のその行動を、物陰からじっと見つめている視線があった。

クラリスだった。

彼女は、あの不思議な万華鏡を作った、ぼーっとしているようで、どこか掴めない僕のことが、気になって仕方なかったのだ。

彼女は、音を立てないように、そっと僕の後をつけた。

やがて、僕が丘の中腹で立ち止まり、何もないはずの岩壁に、すっと吸い込まれるように消えていくところを、クラリスは物陰から目撃してしまった。

「い、今のは一体……!?まさか、魔法……?」

彼女は、心臓がどきどきと高鳴るのを感じた。

好奇心が、恐怖を上回る。

彼女は、恐る恐る、僕が消えた岩壁へと、一歩、また一歩と、近づいていく。

僕の、最高に平和だったお昼寝タイムに、新たな訪問者が訪れようとしていることを、僕はまだ夢にも思っていなかった。