軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第14話「空のお散歩」

その日は、雲一つない、最高の晴天だった。

庭の木陰にあるお気に入りのベンチに寝転がって、僕は気持ちのいい風を感じていた。

ぽかぽか陽気で、絶好のお昼寝日和だ。

「あら、奥様!見てください、この前の石鹸のおかげで、洗濯物が真っ白ですわ!」

「本当ねえ。それに、干しているだけでハーブのいい香りがするのよ」

遠くで、メイドたちが楽しそうにおしゃべりしている声が聞こえる。

それはそれで、平和でいいんだけど……。

『ナビ。なんだか、今日は少しだけ、賑やかだな』

《はい。天候が回復したことにより、屋外での活動が活発化しています。騒音レベルは、平常時より15%上昇しています》

『もっと静かで、誰にも邪魔されない場所で、お昼寝したいな』

僕の、ささやかな、しかし切実な願い。

それを聞いたナビは、即座に最適な解決策を提示した。

《提案します。屋敷の屋根の上は、最適な日照量、最小限の人的往来、そして優れた眺望を確保できます。アクセスには、風の魔法を用いるのが最も効率的です》

『屋根の上か。なるほど』

その手があったか。

僕は、にやりと笑うと、ベンチからゆっくりと体を起こした。

僕は、庭の隅の、あまり人が来ない場所で、新しい魔法の練習を始めた。

『ナビ、風の魔法って、どうやるんだっけ?普通にやっても、ただ風が吹くだけで、うまく浮かないんだよね』

『ていうか、そもそも風魔法で空って飛べるものなの?』

僕の素朴な疑問に、ナビは少しだけ間を置いてから答えた。

《良い質問です、メル。結論から言えば、この世界において、風魔法による個人の飛行は「理論上は可能だが、現実的には不可能」とされています》

『そうなの?』

《はい。ほとんどの魔術師が使う風魔法は、単純に空気を押し出すだけのものです。人間一人を安定して浮遊させるには、それとは比較にならないほど精密な魔力コントロールと、膨大なエネルギー効率が要求されるため、おとぎ話の領域とされているのです》

『じゃあ、無理なんじゃない?』

《いいえ、メル。それを可能にするのが、私の役目です。私がメルのマナ特性に合わせて最適化した、全く新しい複合術式を使用します。足元に小さな上昇気流を複数発生させ、それをらせん状に回転させることで、安定した揚力を最小限の魔力で生み出すことができます。この術式の設計図を、あなたの脳内に表示します》

『うわ、なんだか難しそう……』

《大丈夫です、メル。あなたはただ、この設計図の通りに、マナがくるくると渦を巻くのをイメージするだけでいいんですよ》

僕はナビに言われた通り、地面に落ちていた枯葉に意識を集中する。

僕の周りのキラキラしたマナが、ナビの設計図通りに、小さないくつもの渦を巻きながら、葉っぱをそっと包み込む。

ふわ。

葉っぱが、ただ浮き上がるのではなく、安定した姿勢で、僕の目の前まで静かに昇ってきた。

「おー」

思わず、小さな声が漏れる。

楽しくなって、僕はその葉っぱを、右に左に、くるくると動かして遊んだ。

次に、小さな石ころを浮かせてみる。これも成功だ。

『よし。じゃあ、次は僕だ』

《はい。メルの体重を浮遊させるには、より広範囲のマナを、足元に集束させる必要があります。焦らず、ゆっくりと》

僕は、目を閉じて、大きく深呼吸をした。

僕の体を、ナビの設計図通りの優しい風が、下から支えてくれるイメージ。

ふわり。

体が、軽くなる。

目を開けると、僕の足は、地面からほんの少しだけ、浮き上がっていた。

「わ、浮いてる!」

嬉しくなって、少しだけぴょんぴょんと跳ねてみる。

無重力みたいで、すごく楽しい。

これなら、屋根の上まで行けそうだ。

僕は、ゆっくりと、高度を上げていく。

庭の木々のてっぺんを越え、二階の窓を通り過ぎ、あっという間に、屋敷の屋根の上までたどり着いた。

屋根の上は、僕が想像していた以上に、広くて、静かで、最高の場所だった。

太陽の光を浴びて、瓦がほんのりと温かい。

ここからだと、僕たちの領地の全部が、おもちゃみたいによく見える。

『ナビ、すごいよ!ここ、特等席だ!』

《はい。外部からの干渉を受ける可能性は極めて低く、安眠を確保するには最適な環境です。スリープモードへの移行を推奨します》

『さんせーい』

僕は、一番日当たりのいい場所に、ごろんと寝転がった。

誰にも邪魔されない、僕だけの秘密基地。

僕は、心地よい温かさと、静けさの中で、あっという間に夢の中へと落ちていった。

その頃、庭では。

「もう!メルったら、どこに行ったのかしら!おやつの時間よって、カトリーナが呼んでるのに!」

イリ姉が、少しだけ不機嫌そうに、僕を探していた。

「まあまあ、イリス。メルももう八歳だ。屋敷のどこかで、本でも読んでいるんだろう」

レオ兄様が、穏やかに姉をなだめる。

その時だった。

一羽の小鳥が、さえずりながら、屋敷の屋根の上にとまった。

「あら、綺麗な鳥ね」

イリ姉が、その鳥を見上げて、ふと、動きを止めた。

鳥がとまった、すぐその隣。

屋根のてっぺんの、一番日当たりのいい場所で、何かがすやすやと寝息を立てている。

「なっ……!な、なによ、あれ……!」

イリ姉が指さす先を、レオ兄様もゆっくりと見上げた。

そして、信じられないという顔で、目を見開いた。

「……メル?」

そう。

そこには、世界で一番平和な顔をして、屋根の上でお昼寝をしている、僕の姿があった。

「な、なんでメルがあんなところにいるのよ!?どうやって登ったの!?」

イリ姉が、パニックになって叫ぶ。

「……信じられない。あんな高い場所に、一人で……。一体どうやって……」

レオ兄様は、冷静に、しかし呆然と呟いていた。

二人の大声で、僕は気持ちのいいお昼寝から、ゆっくりと目を覚ました。

「ん……?あれ、兄様?イリ姉?」

僕は、屋根の上から、手を振る。

下から、イリ姉が必死の形相で叫んでいるのが見えた。

「メルー!あんた、どうやってそこに登ったのよ!危ないから、早く降りてきなさい!」

どうやって、と言われてもなあ。

「こうやってだよ」

僕は、ふわりと浮かび上がると、ゆっくりと二人のいる庭へと降りていった。

「ただいまー」

僕が、まだ少し眠たい声でそう言うと、イリ姉がすごい勢いで駆け寄ってきた。

「ただいまー、じゃないわよ!危ないでしょ!」

「メル、すごいじゃないか。だが、その力はあまり人前では使わない方がいいかもしれないな……」

兄様も、興奮と困惑が混じったような、複雑な顔をしている。

僕は、二人の剣幕に、きょとんと首をかしげるだけだった。

『ナビ。なんだか、二人ともすごく怒ってるみたい』

《いいえ。あれは、あなたの規格外の能力に対する、驚愕と、親愛の情の発露です。問題ありません》

僕は、そんなことより、おやつのことしか頭になかった。

だって、気持ちよくお昼寝した後は、お腹が空くものだから。

その夜、父アレクシオの執務室。

「……ということが、本日ありました」

レオ兄様は、今日の昼間に起こった出来事を、父に正確に報告していた。

「……なんだと?メルが、空を飛んだ、だと?」

書類に目を通していた父様は、ペンを止め、驚いたように顔を上げた。

「はい。風の魔法だったかと。しかし、あれほどの安定性と精度……私も魔法を学びますが、常軌を逸しています。まるでおとぎ話のようです」

レオ兄様の言葉に、父様はしばらく黙り込んでいたが、やがて、こらえきれないといったように、くつくつと笑い出した。

「はは……はははは!そうか、メルが!あのいつもぽやんとしているメルが、か!」

父様は、心底おかしそうに笑っている。

「いや、しかし……とんでもない才能だな。」

「はい……」

「まあ良い。レオ、イリスにも口止めしておけ。あの子の力は、まだ我々だけの秘密にしておこう。面倒なことになっても、あいつの昼寝の邪魔になるだけだろうからな」

父様の言葉に、レオ兄様は「承知いたしました」と、静かに頷いた。

僕の知らないところで、僕ののんびりスローライフは、家族の愛情によって、しっかりと守られていたのだった。