作品タイトル不明
第134話「はじめてのうどん作り」
やわらかな朝日が差し込む部屋で、僕は心地よい眠りの中にいた。
「メルヴィン様、朝ですよ。起きてください」
エリスが優しく声をかけながら体を揺すっているのに、布団の温かさが僕を放してくれなかった。
「うーん……あと五分……いや、十分……」
《起床してください。起床してください》
『ナビ、うるさい……』
《リマインダーです。本日は小麦粉を用いたうどんの作成予定があります》
『んん……うどん、あとで作るから……』
《警告。二度寝の兆候を検知しました。昨晩の指示に基づき通知を継続します。起床してください》
『眠いんだってば……』
《起床してください。起床してください。本日の予定に遅れが生じます。速やかな起床を強く推奨します》
頭の中に響き続ける声に観念して、のそのそと布団から這い出した。
「……わかったよ、起きるよ」
「ふふっ、おはようございます。お着替えしましょうね」
エリスは手際よく着替えを用意すると、まだぼんやりしている僕に慣れた手つきで服を着せてくれる。
されるままになりながら、小さくため息をついた。
『……もうちょっと優しく起こしてくれてもよかったのに』
《昨晩の「しつこいくらい教えて」という要求に基づき、通知頻度を高めて実行しました。メルの要望に応えるため、私は日々成長しています》
『たしかに僕がお願いしたことだけど……』
言い返しても無駄そうなので、大人しく着替えが終わるのを待った。
そのまま朝の支度を済ませ、家族と一緒にいつもの朝食を終えてから、さっそく厨房へと向かった。
「ヒューゴ、おはよう。小麦粉用意してくれた?」
「おお、坊ちゃま。おはようございます! お待ちしておりましたぞ。お申しつけの通り、厨房にある小麦粉を出しておきましたぞ」
「ありがとう」
「それで本日はこの粉で何をお作りになるのですかな? パンですかな、それとも菓子でございますかな?」
「どっちでもないよ。鍋の最後に入れるものを作りたいんだ」
「鍋の最後に、でございますか?」
「うん。具を食べたあとのスープに入れて食べるもの」
「聞いただけでは、どんなものになるのかわかりませんな」
「作ってみればわかるよ。まずは粉を選ぶところからかな」
「なるほど、それもそうですな。厨房にある小麦粉は、この三つでございますぞ」
調理台の上には麻袋が並んでいて、のぞきこむと少しずつ色が違っている。
『どれがうどんに一番いいかな?』
《左から二番目が最適です。うどん作りに最も適しています》
ナビの返事を聞いて、左から二番目の袋を指さした。
「じゃあ、これでためしてみよう!」
「まずは塩水を入れて混ぜてもらえる?」
「塩水ですな。どのくらい入れればよろしいですかな?」
『どれくらい入れればいい?』
《まず、用意した塩水の三分の二程度を加え、粉全体に水分を行き渡らせてください。その後、生地の様子を見ながら、残りを少しずつ加える方法を推奨します》
「最初に三分の二くらい入れて混ぜてみて。そのあと様子を見ながら少しずつ足していこう」
「お任せくだされ」
ヒューゴの大きな手が、手早く粉と塩水を混ぜ合わせていく。
さらさらだった粉は塩水を含み、だんだんとひとつの塊になっていった。
「よし、次はそれを体重をかけてしっかりこねてみて。パンをこねるみたいに、押してたたんでを繰り返して」
「こんな感じですかな?」
「そうそう!」
押しつぶし、また半分に折りたたむという作業が力強く繰り返される。
分厚い手でこねられるうちに、生地はみるみる滑らかにまとまっていった。
『これくらいでいい?』
《問題ありません。十分にこねたら、生地を休ませる必要があります》
「もういいんじゃないかな。そしたら、しばらくそのまま置いて生地を休ませよう」
「パンの生地と同じように休ませるわけですな。では、しばらく置いておきますぞ」
しばらく休ませてから様子を確かめると、生地の表面はさっきよりなめらかに見えた。
「なんとなくいい感じになってる気がする」
それを聞いたヒューゴが生地を指で軽く押すと、凹んだ部分がすぐに元へ戻った。
「休ませる前より、ずいぶん弾き返してくる生地になりましたな」
『これでいいかな?』
《問題ありません。次の工程に移行できます》
「よさそうだね。次は台の上に粉を振って、木の棒でこれをのばしてみて」
ヒューゴが力を込めて棒を転がすたび、丸い塊だった生地が薄く広がっていく。
「それくらい薄くなったら、今度は生地をぱたぱたって折りたたんでみて」
「こうですかな?」
「そう! そしたら、端っこから包丁で太めに切ってね」
「せっかく一つにまとめた生地を、包丁で切るのですか?」
「うん、それでいいの! 細長い形にしたいから、気にせず切っちゃって!」
「いやはや、変わった作り方ですな。太めというと、これくらいですかな?」
「ううん、もうちょっと細くして。そう、それくらい!」
「承知いたしましたぞ」
トントントンと小気味よい音を立てて、生地が切り分けられていく。
切り終わったものをほぐして並べると、見慣れた太くて白いうどんの姿ができあがった。
「ばっちり! こういう形にしたかったんだ」
嬉しくなっていると、ヒューゴは並んだ生地をまじまじと見つめていた。
「この細く切った生地は、このあとどうするのですかな?」
「お湯で茹でて食べるんだよ」
「粉の生地を焼かずに、湯で茹でるのですか?」
「そう。細く切った生地を茹でて食べるんだ。これは麺って呼んでおこうかな」
「パンとも焼き菓子とも違う料理になるわけですな。いやはや、これは面白いですぞ」
「じゃあ、まずは茹でて食べてみよう!」
「わかりました。すぐにご用意いたしますぞ。どのような料理になるのか楽しみですな」
大きなお鍋から湯気が立ち上るのを見ながら、胸を弾ませる。
これでようやく、食べたかったうどんが完成する。
あとは茹で上がったら、器に入れて……。
「あっ!」
「坊ちゃま、どうされました?」
「つゆがない……」