軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外8 黒き悪霊

事と次第では撤退も視野に入れつつ、階段を登って慎重に祠の中へと進んでいく。

階段を登り切り――そして中を覗く。地形を利用し、小高い丘の内部をくり抜くことで内部の空間を広めに確保したらしい。

魔法の明かりを飛ばして内部を照らすと――そこは石造りの神殿という雰囲気の空間だった。外と同じく魔術的な意味合いを持たせているのだろうが……天井や壁から木の根が飛び出し、一部も崩れてと、内部は年月の分だけ荒れているという印象である。

「鹿や熊の骨。多分、そんなに古くない」

と、シーラが玄室の隅に積み重なるように置かれていた動物の骨を見つけて教えてくれる。

「それは……多分、オーガが住み付いていた時のじゃな」

ロベリアが言う。ふむ。オーガはロベリアが追い払ってくれたからな。魔法の光を増やして内部を照らしていく。

「魔力の出所は……あれか」

祠の正面奥の壁に寄りかかるようにして立っている物体から剣呑な魔力が漏れ出し、祠の外まで流れてきているのだ。

全体の輪郭としては人型だ。胸の前で腕を組ませて壁に寄りかかるように直立させているというか。

例えて言うなら……エジプトのミイラを収める棺を直立させたような物体と言えば良いのか。表面には様々な文字や紋様が浮かし彫りの形で刻まれている。

「棺のようにも見えるな……あれは……アケイレス王家の紋章か?」

それを目にしたレアンドル王が眉根を寄せる。棺の胸のあたりに刻まれている紋章が、それか。

「棺というのは同じ印象を持ちました。あれに刻まれている文字等は、少なくとも口に出して読まない方が良さそうです。何が切っ掛けで活性化するか分かりませんから。魔力が漏れてきている事と言い、内部に何かが収められている可能性は高いように思います」

「あれが見た目通りに棺だとするなら……この場所は祠や神殿では無く、玄室ということになるわね。墓所、と言われれば納得できる部分もあるけれど……」

クラウディアが不快げに眉根を寄せる。

「死者の平穏を祈る……という類の術式ではなさそうですね」

ヘルヴォルテが玄室内のあちこちに刻まれた術式を見ながら言う。

一先ず、棺はそのままにして、玄室内部に他に何かないかをつぶさに見ていく。

……壁の一部に小さな魔力反応。罠……ではないな。

「ここか」

壁に触れて軽く魔力を流すと、壁面の一部が四角く消え失せて、ぽっかりとした空洞が生まれた。

「隠し階段……」

ペトラが呟くように言う。下に続く階段がそこにはあった。

……砂漠の廃城ナハルビアの地下通路にあったのと同じような魔法的な仕掛けだ。あの時はラムリヤと出会えたが、今回は何が出てくるやら。

「少しだけ降りて見ましょうか。もし、地下迷宮のような構造であれば一時撤退も視野に入れるということで」

「そうだな。深入りするには用意が足りん」

道を塞がれたり生き埋めになったりといった場合はコルリスもいるし、穴を掘って出て来ればいいだけの話である。

風魔法で新鮮な空気を纏い、魔法的な罠、機械的な罠が無いことを確認しながら、隠し階段を降りていく。

隠し階段の先は……想像していたほど深くはなかった。すぐに下に突き当たる。

そこは石を掘り抜いて作った小部屋であった。

「魔法的な罠は――無さそうだな」

「普通の罠も、ないと思う」

どのぐらい使われていないのかは分からないが……厚く埃の積もった、朽ちた家具等が目につく。

「察するに……何者かが過去に、ここで何かの研究をしていたように思えるが」

「上の玄室を築くため、でしょうか?」

「だとするなら、書斎があれば研究資料も見つかるかも知れませんね」

レアンドル王とペトラの言葉にステファニアがそう返すと、2人とも決然とした表情で頷く。

「ここまで来たからには内部をくまなく調べて、もう少し正確な情報を探っておくべきのようね」

ローズマリーが言う。それは俺も同感だ。そのまま探索を続行する。

「ここは……厨房だったのでしょうか?」

グレイスが言う。古びた魔石が組み込まれた魔道具の残骸も見付かる。

「これは水作製の魔道具……だったのかな」

玄室地下の空間は、やはり誰かの生活空間だったらしい。居間に寝室、厨房、貯蔵庫や風呂等々の目的で使われていたと思われる小部屋が繋がっていて、それぞれの場に応じた魔道具の残骸も転がっていた。

魔石自体は長い年月を経ても壊れていない。刻まれた術式は残っているので読み取れる部分から察すると、何の目的で作られた部屋なのかもわかる。

家主は……充分な知識と実力を備えた魔術師であったのだろう。アケイレス王国の残党、かも知れない。そんな魔術師が、こんな場所で隠遁生活をしながら何かの研究をしていた。

あまり良い方向に想像は働かないな。上の玄室を見た後だと、特に。

目的の部屋は……すぐに見つかった。奥まった部屋を魔法の明かりで照らすと、そこは書庫らしき部屋であった。

壁一面の書棚。椅子と机。

「……そ、そこに誰かいます!」

ペトラが椅子の向こうを見て、声を上げた。

こちらに背を向けて椅子に座っている、誰かの人影。だが、それはペトラの声や俺達にも全く反応しない。

「温度変化は、無いわ」

「魔力反応も生命反応も、無い、な」

イルムヒルトの言葉に眉根を寄せる。ゆっくり近付いて覗き込めば……それは、家主であった人物の朽ち果てた姿だった。

……軽くホラーだな。アンデッド化したり罠が無いことに一先ず溜息を吐く。ミイラ化しているが、装束等から察するに魔術師であったのは間違いなさそうだ。

机の上に、古びた書物が開かれたままで置かれている。

「どうやら……家主の生前の手記のようですね。遡って読んでいけば、事情が分かるかも知れません」

書斎ということで湿気を嫌ったのか。ここは魔法的な処理が施されているようだ。本の状態も悪くないし、判読は可能だろう。

崩れないように慎重に頁を捲り、過去に遡って手記の内容に目を通していく。

「――ええと……王都を追われ、何年が経つだろう? 私は、かつての栄光の日々を忘れられず、野卑なる者共を率いた簒奪者を憎しみながら、こんな森の奥の穴倉に隠れ住んでいる」

手記はそんな書き出しで始まっていた。

野卑なる者を率いた簒奪者……それはつまりアンゼルフ王の事か。

そこにはドラフデニアへの恨み辛みと、アケイレス王家への賛辞の言葉が並んでいた。この男は……どうやらアケイレス王に仕え、王の不老不死のために研究をしていたという人物らしい。

また……ろくでもない研究を。アケイレスの最後の王の暴虐に関してはヴェルドガルでも記録が残っているほどだ。

手記の中でも王の不老不死のために人体実験も行ったとあるし、悪王の評価に関しては疑いはないレベルだろう。悪政が行き過ぎて滅ぼされたというのなら、それは自業自得で……この恨み節だって逆恨みに近い。

「1人……心当たりがある。アケイレス王国の宮廷魔術師グエンゴールだ。戦乱の中……この者だけは消息を絶ち、行方不明になったと記録にある」

「妖精の森の奥に逃げ延び、そしてここで人知れず研究をしていたというわけですか……」

アシュレイが眉根を寄せた。

そうして手記を読み進めれば、レアンドル王の言葉を裏付けるような記述があった。

アンゼルフに追い詰められ、城ごと包囲され逃げ場もないアケイレスの王。しかし、アケイレスの王は言った。

「陛下はかのように私に仰った。お前だけは逃げ延びよ。そして余を甦らせるのだ。余はこれより仮初の死を迎えよう。しかし魂はお前の叡智と共にある。何時の日にか簒奪者を滅ぼし、我等の手に栄光を取り戻そうぞ」

そうしてグエンゴールは生き延びて……王の命ずるままに魔法の研究を続けたそうだ。

だが、アケイレスの悪王を復活させることは叶わなかったらしい。何度も実験に失敗し、それに打ちのめされ……。やがて目的が変質していく。

王を復活させることから、ドラフデニア王国への憎しみへと。そうしてグエンゴールは魔法によって悪霊を生み出すことに成功し、それを実験的にドラフデニアの地方都市、ブラウヘイムに差し向けたと記述されていた。

「ブラウヘイムの黒き悪霊……!」

ペトラが驚愕の声を上げた。ブラウヘイムの黒き悪霊。それは俺も聞いたことがある。

アンゼルフ王がドラフデニア王国を建国し、十数年経ってからの出来事だ。

地方都市を「黒い何か」が襲ったらしい。その姿から悪霊と呼ばれているが正体不明。ブラウヘイムの騎士団や住人達に犠牲者多数。

結局アンゼルフ王が自ら陣頭指揮を執り、騎士と魔術師達が神官や巫女の協力を得てようやく討ち滅ぼした、とされている。

「悪霊を作り出したのがグエンゴールということか……」

アケイレス王国の残党が悪霊を生み出した、というわけだ。

そして……その戦果に気を良くしたグエンゴールは、それまで以上の情熱で研究を進めていったようだ。王そのものの魂を組み込み、その怨念を核に、新たな「悪霊」を創造し、この場で育てていったらしい。

グエンゴールは自身の死期が近いのも悟っていたが、それすらも厭わずに、年月が悪霊をさらに強く育てると、自身の死後も術式が継続するように『王の墓所』を組み上げたそうだ。

いつしかこの墓所が朽ち果てた時、王は至高の存在として蘇り、ドラフデニアを滅ぼして、栄光を取り戻すだろうと。そう手記は結ばれていた。

「つまり……玄室で眠っているのは……」

――アケイレスの悪王を核としたアンデッド……。いや、予断は禁物だ。

魔法生物に近い性質かも知れない。

ブラウヘイムの黒き悪霊の……完成形、ということになる。