軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

泉で

この日、私とウッドバウムは、隻眼の騎士の提案でスノウレア山の麓にある泉にやって来ていた。クガルグ、ティーナさん、レッカさん、それに他二人の騎士も一緒だ。

目的は澄んだ泉でのウッドバウムの静養と、レッカさんに近辺を案内する事らしい。泉は山をいくらか登ったところにあるので、騎士たちは普段はこの場所まで見回りに来る事はないけれど、スノウレア山の地形を知っておく事も大事だと考えているのだろう。

母上も住処のある頂上付近まで登ってこなければ、砦の騎士たちを追い払う事はない。

この辺りにもまだ雪は積もっていなくて、泉の周りには私の背丈ほどある草が密集して生えている。茎は茶色く、ススキに似ているけど、ススキよりも背が低い。

これもあと一週間ほどすれば全て枯れ、冬が来ればそこへ雪が降り積もり、泉は凍って私の新たな遊び場となる。

「美しい泉ですね」

レッカさんは泉に着くと、馬から降りて周囲の景色を眺めた。

そしてウッドバウムは草を踏み分け、

「散歩もいいね」

と言いながら泉の水に口をつけている。ここまでは馬たちと一緒にのんびりと歩いて来たのだ。

「わたしも飲む」

一方、隻眼の騎士と一緒にリーダーの背に乗っていた私は全く歩いていないのだが、何となく喉が渇いたので下に降ろしてもらった。そうすると私にくっついていたクガルグも自力で地面へ飛び降りる。

「前がみえない……」

小さいススキみたいな草をわしゃわしゃとかき分けながら前進し、ウッドバウムの隣で泉へと首を伸ばす。泉の水は底が見えるほど透き通っていて、舌で触れるとキンと冷たかった。

「ここは気持ちのいい場所だね」

喉を潤したウッドバウムは、そう言いながら、まだ水を飲んでいる私の頭を舐める。

すると眉間にしわを寄せたクガルグが、私の首の後を噛んでウッドバウムから引き離し、ずるずると草むらへ連れ去っていった。まだウッドバウムには人見知りしているみたいだ。

「仲良しだねぇ」

警戒されていると分かっていないらしいウッドバウムは、私とクガルグを見てのほほんと言い、その場に腰を下ろした。ススキみたいな草を引き抜いて食べていたけど、あまり美味しくなかったようで一本で食べるのをやめている。

それを見た騎士の一人が、今通ってきた森を指差して隻眼の騎士に言った。

「俺たち、森で何か拾ってきましょうか? ウッドバウムが食べられそうなもの」

「そうだな、頼む」

隻眼の騎士に続いてウッドバウムが声を上げた。

「いいの? ありがとう。ドングリが落ちていたら、それがいいな。なければ柔らかい草を」

「了解」

「私も行くわ。ウッドバウムさんはここでゆっくりしててね」

そう言って、騎士二人とティーナさんはドングリを探しに森へ入っていった。隻眼の騎士とレッカさんは残って馬を休ませたりしながら、私たちのお守りだ。

「砦の騎士って、みんな優しいね」

「うん、そうでしょ」

ウッドバウムの言葉に同意していると、

「ミルフィー、あそぼうぜ!」

私のしっぽを軽く噛んで、クガルグが誘ってきた。

「うーん、いいけど……わっ!」

了承した途端にクガルグは私を押し倒してきたかと思うと、次の瞬間にはあっさりと身を翻して草むらの中に逃げていった。

相手の思うつぼかもしれないが、押し倒されたリベンジをしなければならないので、私はクガルグを追って背の高い草の中に突っ込んでいく。

しかしガサガサと音を鳴らしながら周囲を見渡そうとしても、黄金色の草が視界を遮ってしまう。

そこでにゅっと首を伸ばしてみたが、それでも草むらに潜む黒い影は見えない。

私よりずっと背が高い隻眼の騎士やレッカさんは、クガルグがどこにいるか見えているらしく、私たちの様子を見て控えめに笑っている。

私は立ち止まったまま耳を澄ませた。クガルグの匂いは草の匂いに混じってよく分からなくなっていたので、音から居場所を探ろうと思ったのだ。

けれど相手もじっと身を潜めているのか、クガルグは何の音も発していない。

仕方がないので闇雲にその辺を走ってみる。草むらの中を駆けるのはなかなか楽しいが、自分が今どこにいるのか分からなくなるのが難点だ。

またにゅっと首を伸ばして、今度は隻眼の騎士の居場所を確認する。隻眼の騎士があそこにいるという事は、泉はあっちで、私は向こうから走ってきたという事だな。

オッケーと頭の中で自分に呟いて、またガサガサと音を立てながら走り出す。

しかしその直後、隠れていたクガルグがいきなり草の中から飛びかかってきた。私がすぐ側を通るのを息を潜めて待っていたのだ。

私もとっさに身を躱そうとしたけれど、それだけの時間はなかった。まんまとクガルグに捕まって、本気じゃないけど耳や頬をガブガブ噛まれる。

けれど私だってやられているばかりじゃない。口を大きく開けて噛み返そうとする。

「ああ、駄目だよっ!」

と、その時、ウッドバウムの心配そうな声が聞こえてきた。

「喧嘩しないで、仲良くしなきゃ!」

がうがう唸りながら噛んだり噛まれたりを繰り返している私たちを見て、本気の喧嘩だと勘違いしたのかもしれない。

慌てて立ち上がったウッドバウムには隻眼の騎士がじゃれ合いだという事を説明しているようなので、私は遠慮なくクガルグとの戦いを続けた。

寝転がったような状態で取っ組み合いながら、ごろごろと草むらの中を転がっていく。

戦いは過熱し、私たちはこのじゃれ合いに夢中になっていたので、泉に近づいていっている事には気づけなかった。

いち早く危険を察知してくれた隻眼の騎士やレッカさんの慌てたような足音が聞こえてきた時には、私とクガルグはもう水の中へ落っこちていた。

ジュッと音がして、クガルグのしっぽの炎が消える。

「わああぁ! た、大変だ! ミルフィリア! クガルグ!」

ウッドバウムが騒ぐ声が遠くに聞こえる。

落ちた勢いで、私たちは一旦、水中へと沈んでいた。

けれど私が水の中でもたもたしている間に、水が苦手なクガルグは一瞬で逃げるように陸へと上がっていたみたいだ。

しかし、浮力によって私が水面に浮上し、ぷはっと息を吐くと、クガルグはハッとして泉の中に舞い戻ってきた。

どうやら私を助けようとしてくれたみたい。

炎の精霊だから水とは相性が悪いのに、私のためにそんな行動を取ってくれるなんて嬉しいよ。

でもね、クガルグが飛び込んだ勢いで波が立ったから、それに飲み込まれて私はまた沈む事になったし、一生懸命に救助してくれようとしているけど、結果的には私をぐいぐいと水中に押し込んでいるだけの状態になっている事に気づいてほしい。

苦しいよー!

「ミルフィリアー! クガルグー!」

さらにこの状況を見たウッドバウムまで大波を立てて飛び込んできて、泉の中はパニックだ。

必死になってくれるのは有り難いけど、私一人ならちゃんと浮けるし、犬かきだってできるから、二人ともちょっと落ち着いてほしい!

そう頭の中で叫びながら三人でバシャバシャ暴れていると、ぐいっと首根っこを掴まれて、まず私とクガルグが隻眼の騎士によって助け出された。

そして隻眼の騎士は次に、レッカさんと二人でウッドバウムの角を持ち、陸へ上げている。

「はぁ、はぁ……。た、助かったよ、ありがとう。思っていたより水が冷たくてびっくりしてしまった」

ウッドバウムは体からしとしとと水を垂らして言った。私とクガルグは体をブルルッと回転させて、周りに水しぶきを飛ばす。

レッカさんは急いでタオルを持ってきて言った。

「お三人とも、大丈夫ですか? 申し訳ありません、ミル様たちが落ちる前に止められていれば……」

「きにしないで」

もう一度体を回転させながら言う。レッカさんのせいじゃない。

それに私には、泉に落ちても毛が濡れた以外の不快感はなかった。砦のお風呂とは違って、ここの水は元はスノウレア山に降った雪だから。

けれど炎の精霊にとっては、水の中に入るというのは私が温泉に浸かるのと同じくらい嫌な事に違いない。

そう思ってクガルグに尋ねた。

「クガルグは? だいじょうぶ?」

軽くしっぽを振ってその先端に火を灯すと、クガルグはやや小さめの声で「うん、ぜんぜん大丈夫」と答える。本当は今すぐ炎に当たって毛皮を乾かしたいんだろうけど、私の手前、強がっているのかもしれない。

我慢しないで先に自分の毛を整えればいいと思うのだが、クガルグはまず、私の体についた水分を取り除くように毛づくろいを始めた。そしてそんなクガルグの体を隻眼の騎士がタオルで拭き、レッカさんはウッドバウムの体を拭いている。

とそこで、ふと周囲の景色を見回しておかしなものを発見した。

ここの景色に溶け込んでいるようでいないような、ねじ曲がった背の高い木だ。それが泉の周りに五本、いつの間にか出現している。

「これ、ウッドバームが?」

そのねじ曲がった木は、昨日、私の体を持ち上げた木と同じような形だったのだ。

ウッドバウムも「あれ? 本当だ」とそこで初めて気づいた様子で、うねった幹を持つ木を見上げる。

「ミルフィリアたちが落ちた事に動揺して生やしてしまったみたいだ。病にかかっているせいか、真っ直ぐには生やせないらしいね」

と、ちょうどそこで森の中からティーナさんたち三人が帰ってきて、濡れている私たちと奇妙なうねる木を見て呟いた。

「えっと……何事ですか?」

まぁ、色々と。

それからは、ウッドバウムはティーナさんたちが持ち帰った草や木の実を食べ、私とクガルグは泉に落ちないよう控えめに遊び、馬たちや騎士のみんなは休憩し、それぞれの時間を過ごした。

清浄な泉に入ったせいか、ウッドバウムの毛には少し艶が戻っていた。だから結果としては、私たちは泉に落ちてよかったのだ。そう思っておこう。

「副長」

私とクガルグが遊びに飽きて、ウッドバウムがお腹いっぱいになったところで、レッカさんは懐中時計を取り出して口を開いた。

「そろそろ砦に戻った方がいいのではないでしょうか? あと一時間もすれば日が暮れ始めます」

ここから砦までは一時間もかからないし、たとえ一時間かかったとしても、そこで電気が消されるように一瞬で真っ暗になるわけじゃない。せっかく来たんだからもう少しいてもいいんじゃないかと私は思ったけど、レッカさんは早く帰りたそうな感じだった。さっきから何度か時間を見てそわそわしていたもんな。

「そうだな……」

隻眼の騎士もそんなレッカさんの様子を訝しがりつつ、結局は戻る事にしたようだ。

「ゆっくり帰り始めるか。準備をしろ」

そう言って、みんなに指示を出した。

「なにか、このあと用事があるの?」

レッカさんが私とクガルグをリーダーの背に乗せてくれたので、その時に訊いてみたが、

「いいえ、そういうわけではないのです。ただ、暗くなると森を抜けるのに危険かと思ったので」

という返事が返ってきた。まだ太陽は高い位置にあるというのに、真面目なレッカさんらしい答えだ。

そうして私たちは、まだ明るいうちに砦へと帰ったのだった。