軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レッカさんの謎(2)

「レッカさん?」

スクワットをしながら息を切らせているレッカさんに声をかけると、彼女は視線を落としてやっと私に気づいた。

「ミ、ミル様……」

「どうしたの? なにかあった?」

言いながら、私はレッカさんが出てきた扉から中を覗いた。そこには左右に廊下が伸びているだけだが、一歩中に入ると静かで、石造りだからか外よりひんやりしている。

今の時間は日が当たりにくい上、窓が少なく小さい事もあって薄暗い。改めて見ると結構不気味かも。

「まさか、ほんとにおばけ?」

私も毛皮の下の顔を青くしてレッカさんを振り返った。

しかしレッカさんは息を整えながら、きょとんとする。

「おばけ? 何の話です?」

「だって今、いそいで出てきたから……」

「ああ、いえ、別に何でもないのです」

冷や汗をかきながらそんな事言われても気になっちゃうよ。明らかに様子が変だもの。

それに何でスクワットしてたの?

しかし、「でも……」とレッカさんを問い詰めようとしたところで、廊下の奥からティーナさんが走ってきた。

「レッカさん、すみません! 紙とペン持ってきました」

ティーナさんの高い声が廊下に響くと、不気味な雰囲気が消えていくような気がした。

ティーナさんやキックスはいつも明るいし、その他の砦の面々はいかつい人が多いし、怖がらなくてもおばけや幽霊はこんなところに住み着かないかも。隻眼の騎士とかおばけ殴って倒しそうだもんね。

「ねぇ、レッカさん、おばけじゃないなら……」

私は高いところにあるレッカさんの顔を見上げたけど、レッカさんはもう、いつも通り爽やかな表情に戻っていた。淡い笑みを浮かべて話を変える。

「そうそう、私たちはちょうどミル様とウッドバウム様をお探ししていたのです」

「何かようじ?」

レッカさんが話したくなさそうだから、気になりつつも追及するのはやめて尋ねた。

私の質問にはティーナさんが答えてくれる。

「好きな食べ物を訊こうと思っていたのよ。ミルちゃんの好きな物は大体知ってるけど、改めて」

続けて、きょろきょろと辺りを見回しながらレッカさんが言う。

「そういえば今日はクガルグ様はおられないのですね。クガルグ様にも好物を聞こうと思ったのですが」

「たべもの? どうして?」

「今度来られた時に用意しておけば、クガルグ様も喜ばれるかと思ったんです。精霊様たちのお世話をするのもこの砦では重要な仕事の一つなのだと、支団長からも言われましたので。とはいえ、私を含め、みんな自分が癒されるからミル様たちのお世話をしているのですが」

それでもティーナさんからメモ帳を受け取り、真剣に情報を集めようとしているレッカさんはやっぱり真面目だ。

「でもクガルグはあんまり食べものにきょうみないみたい。ジャーキーは好きそうだったけど」

「そうですか。ミル様もジャーキーがお好きなんですよね?」

私はそれに「うん!」と返事をして、しゃがんだレッカさんに近づきしっぽを振った。

「くれるの? ジャーキー」

キラキラと瞳を輝かせて見つめてみたが、レッカさんは困り顔で「いいえ」と答える。

「昼ごはんの後で、料理長から貰って食べておられたでしょう? 今日はもうあれでおしまいです。たくさん食べると、後でお腹が痛くなりますよ。支団長からもそう言われています」

そういえばそんな事言われていたな。けれど私は簡単には諦めないぞ。

「そんな……」

うるうると瞳を潤ませて情に訴えかける。

これは支団長さんにはてきめんに効くのだが、残念ながらレッカさんには通用しなかった。

「これはミル様のお体の事を想っての事なのです。どうかご理解ください」

レッカさんは優しいけれど、きっちりするべきところはきっちりするタイプみたいだ。支団長さんみたいに簡単じゃないな。

「明日、また差し上げますから」

そう言っておずおずと頭を撫でてくる。砦に来た当初は「精霊様の頭を撫でるなんて」と信じられない様子だったけど、今では遠慮がちだが撫でてくれるようになった。敬われて距離を取られるより、ただの子ギツネのように扱われた方が私も気が楽だ。

レッカさんは私の毛皮の感触が気に入ったのか、背中の方へ手を移動させながら、今度はウッドバウムに尋ねた。

「ウッドバウム様は、何か好きな食べものはありますか?」

「僕は柔らかい葉っぱが好きかな。ドングリも美味しかったけど」

レッカさんはそれを真面目にメモしていた。

「精霊様は食べなくても平気かもしれませんが、何か召し上がった方がウッドバウム様の回復も早くなるかもしれません」

「実は僕たちも同じ事を考えていて、ごはんを用意してくれないか頼みに行こうとしていたところだったんだ。僕、お腹が空いちゃって……」

遠慮がちに言うウッドバウムに、レッカさんは快く頷いた。

「それはちょうどよかったです。すぐに何か用意しますね」

「ありがとう、君は親切だね」

「私だけではありません。砦の者はみんな、ウッドバウム様の力になりたいと思っていますよ」

爽やかなほほ笑みを受かべてレッカさんが言い、その横ではティーナさんも「そうですよ」と天使のような可愛い笑顔を浮かべている。

何だか周りの空気がキラキラと光っている錯覚を覚える。いかつい騎士ばかりの北の砦で、こんな光景を見られるなんて。

ウッドバウムも「ありがとう」とにっこりしたものの、ふいにレッカさんを見つめて心配そうな顔をした。

「だけど君も疲れているみたいだけど、大丈夫? 何だか心がピリピリしている感じがするよ」

「え? レッカさん、大丈夫ですか?」

ティーナさんは慌てて隣のレッカさんを気遣った。レッカさんはウッドバウムの言葉に軽く目を見開いていたけど、すぐに落ち着いた笑顔を見せる。

「いや、大丈夫です」

と取り繕うように言ったところで、

「なんか臭ぇんだけど!」

ティーナさんたちの背後、少し離れたところを通りかかったらしいキックスが大きな声を上げた。

一緒にいるのはジルドと、コワモテ軍団のジェッツだ。

「ほんとだ、臭っ!」

「馬糞の匂いだろ、これ」

そう言って顔をしかめるキックスに、ジェッツが突っ込む。

「てか、お前だろ、キックス!」

「はぁ!? 俺じゃねぇよ」

「いや、お前だ。そっちから匂いがする」

「うん、お前だ、キックス」

小学生のように騒ぎながら、ジルドとジェッツは鼻をつまんでキックスの足元を見ている。

もう! レッカさんの話をしていたのに、うるさいんだから。

「キックスたちったら」

ティーナさんも呆れた様子で後ろを振り返る。どうやらキックスが馬糞を踏んでいたらしく、靴底から匂いが漂ってきているようだ。

「もうちょっと離れて歩け」

「こっち来んなよ、馬糞野郎」

などとジルドやジェッツに言われている。馬糞を踏んだ人間に対して容赦ないな。

キックスは口を尖らせながら地面に靴底を擦り付けていが、そこでふと私たちを見つけると急に笑顔になった。

……嫌な予感がする。

キックスの事をよく知っているティーナさんも、段々その性格を分かり始めたレッカさんも、まだよく知らないであろうウッドバウムですら、みんな私と同じ気持ちだったようだ。

いやに無邪気な笑みを浮かべたキックスがこちらに近づいて来ると、その匂いが鼻に届く前に、全員その場から駆け足で逃げ出したのだった。

解散!