作品タイトル不明
フラーラとの日常(3)
父上と食べ物を探しに行った翌日、私は手に入れた果物や木の実、きのこを持って北の砦に向かった。
思いのほかたくさん採れたので父上にも運ぶのを手伝ってもらい、ついでに父上に移動術を使ってもらう。
私が使うと人を目指してしか飛べないので、例えば隻眼の騎士のところに飛べば隻眼の騎士にパーティーの準備をしているのがバレちゃうかもしれないから。
ちなみに父上は何も聞かずに黙々と食材を集めてくれたので、今も私の目的は分かっていない。と言うか気にしていないみたい。
砦の厨房裏まで運ぶのを手伝ってもらうと、父上には住処に戻ってもらった。
「父上、ありがとう。もうすみかに帰ってていいよ」
「そうか……」
お役御免になって、父上はちょっぴり寂しそうに住処に戻った。
ごめんね、父上。よく考えれば『家族の日』は明日だったから急いで準備をしないといけなくて、私は忙しいのだ。
父上が姿を消すと、私は扉が開きっ放しの裏口から厨房の中に入った。そこで、いつも騎士たちの食事を作っている料理長さんに声をかける。
「りょうりちょうさーん! 持ってきたよ!」
「おや、たくさん採ってきたね」
実は事前に料理長さんには協力を仰いでいたのだ。果物とかはそのままでも食べられるけど、キノコなんかは火を通さないといけないからね。
「パーティーは明日開くんだろう?」
「うん。騎士のみんなのしごとが終わったあとだから、夜になっちゃうけど。りょうりちょうさんも来てね」
「ああ、楽しみにしておくよ」
料理長さんはそう答えると、腕まくりをして続ける。
「なら晩ごはんになるように、キノコはパスタにしてたくさん作ろう。だがこれは明日作れば間に合う。今日は果物や木の実でデザートを作ろうか。このリンゴとクルミでシナモンのケーキを作って、こっちのベリーはタルトにするか」
「わーい! わたしもおてつだいする」
私は人の姿になって、料理長さんを手伝った。
数時間後、私はキツネの姿に戻って、厨房の裏口から外に出た。ケーキは後は焼き上がりを待つだけなので料理長さんに任せ、私はパーティー会場の飾りつけをしないといけない。
だけどちょっと疲れたから、その前に昼寝でもしよう。そう思って、隻眼の騎士の執務室に行こうとした。雪の上で寝るのもいいけど、仕事をしている隻眼の騎士の膝の上で寝るのも最高なのだ。
(フラーラはどこに行ったのかな?)
フラーラのことを探しながら執務室に向かっていると、途中、シャベルを持ったティーナさんとレッカさんを見つけた。他にも何人か騎士がいて、みんなで雪かき中のようだ。
「ティーナさん、レッカさんー!」
「ミルちゃん、来てたのね」
私は二人に駆け寄って尋ねる。
「ねぇ、フラーラ見なかった?」
「フラーラちゃんならさっき会ったわ」
「まだ砦の中におられるはずです。玄関の近くにいらっしゃると思いますよ」
「わかった! ありがとう」
二人と別れ、みんなが雪かきしてくれた道を通って正面玄関から中に入る。すると確かにフラーラはそこにいた。
しかしフラーラの隣にはウサギのフラーラくらいの大きさの〝何か〟があって、フラーラはそれをじっと見て動かない。困惑しているみたいな表情だ。
「フラーラ、どうしたの? それ、なに?」
「あ、ミルフィリア。いいところに……。これ、ティーナという女性の騎士からもらったのですけど……」
「ティーナさんから?」
嫌な予感がしつつも、私はフラーラの隣に鎮座している物体を見た。色は薄いピンクで楕円形だ。布でできてて中に綿が詰まってそうだからこれはたぶんぬいぐるみだけど、何のぬいぐるみかは分からない。
平べったい丸い形をしていて、前に棒が二本垂れ下がっていて、それをめくると目と鼻のようなものがあった。
「あ、わかった! これたぶんフラーラだよ。フラーラのぬいぐるみを作ったんだとおもう。いろがピンクだし、目と鼻があるし、かおの前に二本たれさがってるのは耳だとおもう」
「耳? わたくしの耳はこんなふうに顔の中央に垂れていませんけど……」
耳で完全に目と鼻が隠れていて、何かウサギとは別のエイリアンっぽい生物に見えるもんね。
でもこれはフラーラなんだよ。
「ティーナさんはちょっとぶきようなの。でもフラーラのこと好きだから心をこめて作ったんだとおもう」
色が合っているだけでも許してあげてほしい。以前のティーナさんなら変なヘドロ色の布を使ってもおかしくなかった。
「あの、けっしてフラーラをぶじょくしたりとか、そういう目的でつくったんじゃなく……」
無言でいるフラーラに、私は慌てて説明する。
しかし心配しなくてもフラーラは分かっているようで、ぬいぐるみの頭にポンと手を置くと、笑って言った。
「分かっています。好意を持って作ってくれたということは。プレゼントなんて貰ったの初めてだから、嬉しいです。でも本当に彼女は不器用ですね」
どうやらぬいぐるみは気に入ってくれたようだった。
「じゃあ、これからわたし、せきがんのきしのところに行くけど、いっしょに行く?」
「ええ」
「なら、これはわたしが持ってあげる」
私はぬいぐるみを咥えて歩き出した。フラーラと同じくらいの大きさだから運びにくくて、足を前に出すたびぬいぐるみにポコポコ当たる。階段を上るのも大変だったけど、フラーラも頭でぬいぐるみをぐいぐい押して手伝ってくれた。
そうして隻眼の騎士の執務室に着き、中に入れてもらうと、私はぬいぐるみを置いて床にごろんと転がった。
「ちょっときゅうけい」
本当は隻眼の騎士の膝で昼寝をするつもりだったけど、フラーラもいるし、甘えているところを見られるのは恥ずかしかったからだ。
「これは一体……」
隻眼の騎士はティーナさん製のぬいぐるみを見て困惑し、「何なんだ?」と首を捻りつつ机に座って仕事に戻る。
一方、フラーラは執務室をうろうろと見回った後、私の隣で腰を落ち着けた。そして隻眼の騎士を見て言う。
「そのぬいぐるみ、女性騎士に貰ったんです。ここの人間たちはわたくしに良くしてくれます。わたくしを過度に敬うこともなく、精霊の力を求めない。だから居心地がいいのです」
フラーラは小さな口を動かして話を続ける。
「けれどわたくしは、あなたたちに何も返せない。ぬいぐるみや人参を貰っても、体をブラッシングしてもらっても、わたくしは何もお礼ができません。花を咲かせることはできるけど、お花なんて貰っても騎士たちは喜ばないでしょうし……」
そこで下を向いてしまった桜色のウサギに、私は仰向けで床に転がったまま言う。
「ねぇ、フラーラ。春になるまでここにいてよ。それでじぶんの目で見てみるといいよ」
「何をですか?」
「あのね、春になって雪がとけて、この辺りにもちらほら花がさきはじめると、みんな道ばたの花を見てうれしそうな顔するんだよ。いかつい騎士たちもね、ながい冬がやっとおわってホッとしたような感じで、ほほをゆるませるの。その表情をフラーラにも見てほしい」
厳しい冬を過ごすからこそ、砦の騎士たちもコルビ村の人たちも、春の訪れを告げる花々を待ち望んでいるのだ。
「わたしが雪のせいれいだから、雪は好きだといってくれる北のとりでの騎士たちでも、やっぱり花は好きなんだよ。たぶん世界で花をきらいな人なんていない。それが花のすごいところだとおもう」
フラーラはちょっと泣きそうな顔をしてこっちを見ている。
そして私の話が終わると、隻眼の騎士も口を開いた。
「私も花には特別な力があると思います。あなたが花で埋め尽くしたラスカという村は、私の故郷です。辛い思い出しかなかった故郷でした。けれどあそこが美しい花で満たされているのを見て、私は子供の頃の悲しい気持ちが癒されたんです。花にはそういう力がある。誰かを傷つける力はたくさんありますが、誰かを癒す力というのは誰もが持っているものじゃない。だから貴重で、素晴らしい力だ」
「そうそう。フラーラの能力って、すごくステキだよ」
私は仰向けのままパタパタとしっぽを振って笑った。
するとフラーラもつられたように顔をほころばせて、瞳を潤ませながらお礼を言ったのだった。
「ありがとう。わたくしはわたくしのままで良かったんですね」