作品タイトル不明
フラーラとの日常(1)
フラーラが北の砦にやってきた翌日。私は朝起きるとすぐに砦に飛んだ。フラーラと騎士たちが上手くやっているか気になったからだ。
とは言え、昨日の時点ですでに騎士たちは突然砦に現れたピンク色のウサギにメロメロになっていたので、大きな心配はしていない。
フラーラの方は、いかつい騎士たちがゆるゆるの表情で自分を見てくるのにかなり困惑していたけどね。
朝の鍛錬中の隻眼の騎士のところに飛ぶと、隻眼の騎士は私が来た目的を察してこう教えてくれた。
「フラーラなら支団長のところにいるぞ。外だと寒いだろうからと、支団長が宿舎の自室にフラーラを泊めたんだ」
そして二人で宿舎に向かい、支団長さんの部屋を訪ねる。隻眼の騎士がノックをして声をかけると、すぐに中から支団長さんが出てきた。
もふもふと過ごせて楽しかっただろうなと思ったら、意外にも支団長さんは落ち着いた様子だった。
「グレイルか。どうした?」
「いえ、ミルがフラーラの様子を見に来たので」
そこで支団長さんは隻眼の騎士の足元を見ると、私に気づいてわずかに顔をほころばせた。そして隻眼の騎士に向かって言う。
「グレイルは少しここで待っていてくれるか?」
「ええ、分かりました」
隻眼の騎士の返事を聞くと、支団長さんは私を抱っこして扉を閉めた。砦で一番偉い支団長さんの部屋と言っても、宿舎の一室なので質素な内装だ。隻眼の騎士の部屋と特に変わりはない。
「ミル、おはよう」
「おはよう、しだんちょうさん」
おでこに支団長さんのキスを受けつつ、横目で部屋の中を見回すと、フラーラはベッドの上で毛づくろいしていた。
「おはよう、ミルフィリア」
フラーラは長い耳の毛づくろいをしながら私を見て言う。ウサギってちゃんと耳の毛づくろいもするんだなぁ。まるで長い髪の女性が髪をとかしているみたいに見える。
「フラーラ、おはよ!」
私は支団長さんの腕からベッドに跳び移る。
「きのうはよく眠れた?」
「ええ。今まではずっと外で寝ていたけど、家の中で寝るのって快適ですね」
フラーラは両手でゴシゴシと顔の毛づくろいもしながら続ける。
「クロムウェルがわたくしのベッドも用意してくれましたから」
「フラーラのベッド? あ、これか」
支団長さんのベッドの隣の床には、小さな籠が置いてあった。籠の内側にはピンクの布が縫い付けてあって、ひらひらのレースもついている。そして底にはクッションが敷いてあった。
支団長さん、こういう籠いくつ持ってるんだ? 前に私も貰ったし、ハイリリスにもあげていた気がする。
「ミル、フラーラ。ちょっと一緒にこの籠に入ってくれないか?」
「いいけど」
「何です?」
支団長さんは籠をベッドに置き、そこに私とフラーラを抱っこして入れた。籠はそれほど大きくないので、私とフラーラは必然的にくっつくことになる。
「……やはり」
支団長さんはベッドの前でしゃがむと、額を支えるように片手を当てて目をつぶる。
「やはり想像していた通りの可愛さだ。フラーラが昨晩この籠を使って眠っていた時、ミルも一緒に籠に入ってくれたら……と思っていたんだ」
「寝入る前に何か視線を感じるなと思ったら、そんなことを考えていたんですか」
フラーラは呆れたように言う。そして私に向かってこう続けた。
「ここに来てまだ一日経っていませんけど、わたくし色々気づきました。ここの人たちって変わっていますね。まず、わたくしに『花の精霊って何ができるんですか?』って聞いてこないんですよ。普通、人間はそれを一番に聞きたがるのに」
「にんげんにも色んな人がいるんだよ」
私は笑って言った。
「強いせいれいを求めるにんげんもいれば、もふもふを求めるにんげんもいるの」
「もふもふ……」
フラーラは困惑している。支団長さんが熱い瞳でこちらを見ていることにも戸惑っている。でもそのうち慣れるから大丈夫だよ。この人はただの動物好きの優しい人だから怖くないよ。
「さぁ、そろそろ行こうか。グレイルを待たせているしな」
支団長さんは顔をキリッとさせて立ち上がると、私とフラーラを連れて部屋の扉を開けた。
「待たせたな」
「いえ」
一緒に籠に入ったウサギと子ギツネを見るために、隻眼の騎士を外で待たせていたのか。それを見たら氷の仮面が崩れてしまうと分かっていたから……。
早くみんなの前でも氷の仮面を脱ぎ捨てて、遠慮なくもふもふを可愛がれるようになったらいいね。
「おー、ミルじゃん。今日は早いな。フラーラもおはよ」
廊下に出ると、ちょうど自分の部屋から出てきたキックスがこちらに気づいて言う。擦れ違う騎士たちも、みんなフラーラの存在に驚くことはない。昨日の時点でほとんどの騎士たちがフラーラを認知していたんだろう。みんなもふもふには敏感だからな。
私が北の砦に精霊を連れてくると、みんな最初のうちは「新しい精霊だ!」って感じで驚いてたのに、今は「新しいもふもふだ!」って喜んでるのが面白い。
隻眼の騎士たちは朝ごはんを食べた後、それぞれ仕事を始めたので、私とフラーラは外で遊ぶことにした。今日は雪が降っていて、少し風もある。
「この天気の中、遊ぶのですか?」
「うん。かけっこしよー!」
「ええ?」
雪を気にせず走り出す私を追って、屋根の下から怖々出てくるフラーラ。フラーラは寒いのはあまり得意じゃないようで、今まで雪の積もるような地域に行くのは避けていたらしい。だから雪に慣れていないのだ。
積もったばかりの柔らかい雪を掻き分けて進む私と、意を決して雪の中にジャンプするフラーラ。しかし着地すると同時に雪の中に埋もれてしまって、慌ててまたぴょんと跳ねる。しかし何度ジャンプしても、雪の上に着地すれば崩れて埋もれる。
「雪がやわらかいからね。こうやって穴をほるのもたのしいよ」
私が見本を見せて雪に穴を掘ると、フラーラも真似して前足で雪を掻く。意外と上手に穴を掘れている。ウサギって穴掘り得意なのか。
「確かにこれはちょっと楽しいかもしれません」
フラーラはまた次の穴を掘りつつ言う。
よーし、じゃあ二人で訓練場を穴だらけにしますか。
「はぁ、疲れました。でも楽しいです」
「でしょ?」
訓練場にたくさん穴を掘り終えると、私とフラーラは降ってくる雪を避けるため、木陰に寝転んで言う。
するとどこからか新緑の香りが漂ってきて、次の瞬間にはウッドバウムが目の前に現れた。
「ウッドバーム!」
「ミルフィリア、元気?」
鹿の姿のウッドバウムは、私を見てニコッと笑う。そして私の隣にいるフラーラに気づくと少し目を見開いた。
「精霊? 気配からして花の精霊かな? ミルフィリアは次々に新しい精霊と友達になるね」
フラーラも突然現れたウッドバウムに驚き、雪の上に座り直す。
「こんにちは。あなたは……木の精霊?」
「そうだよ。僕は木の精霊のウッドバウム。よろしくね」
「よろしくお願いします。わたくしはフラーラです」
そこでフラーラはウッドバウムをじっと見つめた後、こう続ける。
「とても穏やかそうな精霊ですね。〝気〟が優しいです」
「そう? ありがとう。君の〝気〟も穏やかで、一緒にいて落ち着くよ。ところでどうして花の精霊がこんなところにいるの?」
首を傾げるウッドバウムに、私から成り行きを説明をする。
「――それでね、フラーラに花をさかせてもらおうと思ってここにつれてきたの」
「へぇ、そうなんだ」
説明し終わったところで、フラーラが言う。
「だけど寒いし、辺り一面雪が積もっているので花を咲かせるのは難しいですね。咲かせても一晩のうちに雪の下に埋まってしまうか、雪が降らなくても凍りついてしまいそうです」
確かに、スノウレア山にたまに咲いてる 凍花(こおりばな) みたいに、この環境に適応した花でないと生きていけないだろう。
フラーラはそこでふとウッドバウムの頭の角を見て尋ねる。
「あなたのその角も今は寂しいですが、春になったら葉が茂るんでしょうか?」
ウッドバウムの角は木なのだが、今の季節は葉は全て枯れ落ちている。だけど春になったら新緑が芽吹き、夏には多くの葉が生い茂り、秋には紅葉するのだ。
「そうだよ。だから春までは寂しいままなんだ」
「だったら、そこに花を咲かせてあげましょうか?」
「え? できるの?」
「やってみます」
フラーラは一度人の姿に戻ると、ウッドバウムの角に手のひらを向けた。すると枯れ木だったウッドバウムの角に色とりどりの花が咲く。
「わぁ、きれい!」
私は思わず声を上げた。冬って自然の景色の中に明るい色が少ないから、花があるとそこだけパッと明るくなる。
「ウッドバーム、見える? あたま、かわいくなったよ」
「視界の端に見えてるよ。うん、すごく綺麗で良い感じだ」
ウッドバウムは目を上に向けて自分の角を見ながら、弾んだ声で言う。
「喜んでもらえてよかったです。寒さですぐに枯れてしまうと思うけど、一日は持つでしょう」
「一日だけかぁ。ねぇ、フラーラ。よかったらまた明日も花を咲かせてくれない? 僕、この角、気に入っちゃった」
「もちろんいいですよ」
喜んでいるウッドバウムを見て、フラーラも嬉しそうにクスッと笑う。そして二人が仲良くなったのを見て、私も何だか嬉しくなった。木と花の精霊だから性質も合うだろうけど、やっぱり性格も合うみたい。