軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

談話室での自由時間

炎はやっぱり苦手だ。なるべく近づきたくない。

私はそんな事を思いながら、談話室の隅で暖炉の炎を睨みつけていた。

今、宿舎の中にある談話室には夕飯を食べ終えた騎士たちが集まっていて、眠る前の自由時間を思い思いに楽しんでいる。

とは言え、普段はこの時間に本を読んだり、仲間とゲームをしたり、あるいは馬鹿な話に花を咲かせているであろう彼らも、今日はそれらに集中していない。

何故なら、今日はここに私がいるから!

いや、別に自惚れている訳ではない。真実を言っただけだから。皆さん嫌というほど私の一挙手一投足に注目して下さってるから……。

私が動く度に、視線が後をついてくる。ま、部屋に動物がいたら気になるよね。この状況に慣れてないなら尚更。

ごはんを食べた後、隻眼の騎士は私を部屋に戻そうとしたが、ティーナさんやキックス、コワモテ軍団がそれを止めた。というか、もうちょっと子ギツネとの触れ合いタイムが欲しいと懇願していた。

皆きっと仕事で疲れてるんだな。動物と接する事で癒しを得たいんだろう。

ならば一肌脱ごうではないかと私は乗り気だったし、隻眼の騎士も自分がお風呂に入っている間様子を見ていてくれるならと、私を談話室に残して汗を流しに行った。

今日のインク事件のこともあって、隻眼の騎士は私を一人留守番させるのは心配なようである。部屋を荒らされる心配というより、私が怪我をする心配をしてくれているらしい。

談話室にはたくさんの騎士がいたけれど、皆上着を脱いでいたり、くつろいだ格好をしていたので、かちっと制服を着て帯剣している時ほどの威圧感はない。

それに談話室にはティーナさんやキックス、コワモテ軍団、昼間雪玉をとってくれたアニキたちといった見知った顔が多かったので、隻眼の騎士が不在でも意外と平気だった。あっちでソファーに座っている人は朝の食堂で見た顔だし、暖炉の前にいる人たちも廊下ですれ違った事がある。

ここの砦にいる騎士は、思っていたより多くないのかも。何百人という人数が働いている訳ではなさそうだから、そのうち皆の顔は覚えられそう。

ちなみにお風呂は宿舎内にある大浴場を時間をずらして皆で使うらしい。ティーナさんは空いた時間に一人で入るのかな。

日本人の感覚で言うとお風呂に毎日入るのは当たり前だが、ここの人たちはそうでもないようだ。寒いし、ハードな訓練でもしないかぎり汗もかかないから大丈夫なのかもしれないけど……。

少なくとも今のところ匂いに敏感な私の鼻は曲がっていないから、皆不潔になる前には体を洗ってるんだろう。そう信じよう。

隻眼の騎士は今朝もトレーニングの後にお湯を汲んできて部屋で体を拭いていたけど、夜には毎晩のようにちゃんとお風呂に入っているようだ。「毎日入るの面倒じゃないっすかー?」とキックスに言われていたから。

そして騎士たちの会話から推測するに、ここのお風呂のお湯はどうやら温泉らしい。けれど、よく『卵の腐った臭い』と表される硫黄臭だったり、鉄の匂いだったりといった特徴的な匂いはしない。そういう成分は入ってないのかな。前世では温泉に興味がなかったし、よく分からない。

「お手!」

温泉に思いを馳せていると、目の前に突然手のひらが差し出された。キックスだ。

「お手!」

しらけた顔で、その手を見つめる。

お手くらい、やろうと思えば出来るよ。私は前世で人間だったんだもの。

だけどキックスはそれを知らない。まだ人慣れも完璧じゃない子ギツネに、何も教えずいきなり「お手」と手を差し出すなんて無茶振りもいいとこ。

私はキックスを無視し、後ろ足でバババッと頭を掻いた。

「駄目か……」

駄目だよ。やらないよ。出来たらおかしいもの。

周りの人たちも、「躾けてもないのに、お手する訳ないだろ」とキックスに言っている。それに対し、キックスは少しむくれながら反論した。

「出来ると思ったんだけどなー。だって、何か賢そうだろ、ミルって」

「そうか? まだ幼いんだし、頭はあまり良くなさそうと言うか……何も考えてなさそうというか……」

「うんうん、ちょっと馬鹿っぽいよな。いやいや、そこが可愛いんだけどさ」

「ああ、分かる。野生で生きてた割には平和な顔してるよな」

……なに?

確かに私は野生の厳しさをあまり分かってないかもしれない。山の上には外敵もいなかったし、精霊である私は飢えも寒さも感じた事はなかったから。

でも馬鹿っぽいとはどういう事だ! キックス以外の人には頭は良くないと思われていたなんて。ティーナさんまで笑ってるし。

私の中でキックスの株がちょっと上がった。私を賢そうだなんて、見る目がある。

けれど彼が私に対して時折見せる、少年っぽい行動はやはり受け入れられない。今も唐突にこちらに手を伸ばし私の事を抱え上げようとしたので、慌てて逃げた。

「あー、逃げるなよ」

「キックスったら、まだ懲りてないの? そんな強引に抱っこしようとしても嫌われるだけよ」

ティーナさんが諌める。

「そうなのか? 俺、今まで犬とか飼った事ないから、接し方がよく分からないんだよな。子どもの時から犬を飼いたいっていう憧れはあったんだけど」

そう説明しながら、キラキラした目でじっと見つめられた。私、犬じゃないよ。ていうか、子どもの頃からの積年の想いを私に向けられても困るよ。重いよ。

けど、とりあえずキックスはティーナさんの忠告を聞いて大人しくなったので、私も警戒を緩めて談話室の中をのんびりと歩き回った。

暖炉の方には行かないようにしながら、フンフンと床の匂いを嗅いで回る。色んな人の匂いが残ってるな。

扉の近くで隻眼の騎士の残り香を見つけ、しっぽを揺らした。まだお風呂から戻ってこないのかなー?

興味津々にこちらを見つめてくる周りの人たちの視線を感じながらも、扉から壁に沿って匂いを嗅ぎながらマイペースに歩いて行く。香りからは色々な情報を得る事が出来るので楽しい。

おや、この匂いは何だろう。獣の匂いのようだけど、少し埃っぽいというか……。

気になる匂いを嗅ぎ取り、しっぽの先が緊張した。この談話室の中に、私以外の動物がいる?

と、視線の少し先、壁と床のつなぎ目のところに小さな穴を発見した。ここから気になる匂いが発せられている。私はそこに鼻を近づけようとし、次の瞬間——

「☆*#☆▲〜〜……ッ!?」

声にならない悲鳴を上げ、後ろに大きく飛び退った。猫のように全身の毛がボンと膨らむ。

「うおっ、どうしたミル?」

私の奇妙な動きに驚き、キックスが後ろから声をかけてくる。

が、今は彼に構ってられない。目の前の暗い穴から、ねず、ね、ねず……

「いやぁー! ネズミッ!」

私の叫びを、ティーナさんが代弁してくれた。チュッチュッと小さく鳴きながら、壁の穴から茶色いネズミが這い出てきたのだ。

「なんだ、ネズミか」

しかし恐怖を感じているのは私とティーナさんだけらしく、コワモテ軍団をはじめとする男性陣はとても冷静なリアクションだった。慣れてるの?

ネズミの方も案外強気で、人間が大勢いるというのに明るい部屋の中で堂々としている。実際、日本のネズミより大きくて強そうだ。

立派な前歯を見せびらかし、『巣』に近づいた私に対して文句を言うように短く鳴くと、慌てる様子もなくまた穴の中へと引っ込んでいった。

「…………」

私はプルプルと足を震わせながら、壁から離れた。ね、ねずみこわい。

「あの穴塞がなきゃ……」

ティーナさんも顔を青くしながら、しかし強い決意を込めた口調で言う。

そしてその後ろでは、男性陣が顔を寄せ合い、コソコソと何やら呟いていた。

「キツネってネズミ食うよな?」

「うん、たぶん」

「ミル、えらいビビってたけど」

「後ろに飛んでたよな、びょん! って」

「キツネって驚くとあんな動きするんだな……ふぷッ」

一人が吹き出すと、それに続くように談話室中が笑いに包まれた。

私の頬がカァァと熱くなる。わ、笑わないでよ……!

私は一番近くにいたキックスのズボンに噛みつき、ぐいぐいと引っ張ってやった。

「わ、何だ? 怒ってる? 照れてるのか?」

ズボンを引っ張られても、むしろキックスは嬉しそうだった。興奮したように声を弾ませ、続ける。

「ほら、やっぱミルは賢いんだって! 羞恥心を感じてんだよ」

「そうなのか?」

「確かに笑われて恥ずかしがってるようにも見えるな。しかしあの動き……ぶふっ」

「やめろ、思い出すだろ。ぐふふっ」

一旦は静まった笑いが、再び広がっていく。わーん! もう忘れて! みんな忘れてよ!

私は抗議するようにきゃんきゃん吠えた。

「煩いぞ」

——突然、至極冷静で氷のように冷たい声が、談話室の盛り上がりに水を差した。

その声は決して大きくはなかったのに、私の耳にも、周りの皆の耳にもしっかりと届いたようだ。一瞬にして部屋の中が静まり返る。

私はそろりと振り向いて、声の主を探った。廊下に立って談話室の扉を開いていたのは、湯上がりの黒髪美人——もとい支団長さんだった。

不機嫌そうに眉をひそめ、自分の部下たちを冷ややかに見渡している。

「自由時間を楽しむのはいいが、あまり騒々しくはするな」

支団長さんは短く忠告すると、最後に私をちらりと見下げてから、不機嫌な顔のままで静かに扉を閉じた。

お、怒られた……?

廊下を去っていく彼の足音が聞こえなくなるまで、談話室内はしんと静かなままだった。私も息を詰めたまま沈黙を守る。

やがて一人の若い騎士が緊張を解いて息を吐いた。

「怖かった……。さすが氷の支団長」

それに対して、コワモテ軍団のあご髭騎士が年長者らしく落ち着いた様子で返す。

「ま、確かに少し騒ぎ過ぎたな。もう部屋で寝てる奴もいるだろうし」

「し、支団長のところに謝りに行った方がいいっすかね。かなりお怒りでしたけど……」

「いや、あれは怒っているというか……なぁ?」

あご髭騎士は、会話をしていた若い騎士ではなく、自分と同じくらいの年の騎士に話を振った。そして振られた方の騎士は何やら神妙な顔をして深く頷く。

「ああ、怒っているというより、俺らを羨んでたな」

その言葉に、他の騎士たちも「うんうん」と頷く。ただ、先ほどの若い騎士やティーナさんなど、一部の人たちは訳が分からないというように首を傾げた。私も後者と同じような反応をする。

もしかして支団長さんは友達がいないのだろうか? それで皆で楽しそうに騒いでたここの人たちを羨んで?

そう思うと涙が出そうになった。今度支団長さんに会ったら優しくしてあげよう。

「羨む? 支団長が俺らを? 何でですか?」

「何でって、お前、支団長のあの噂知らないのかよ」

噂? それはもしや彼に親しい友達がいないという噂?

「何ですか、その噂って」

「あのな、支団長はああ見えて——」

「ミル、戻ったぞ」

気になるところで隻眼の騎士が談話室に入ってきたので、私は彼に回収されていき、肝心な噂の内容は聞けなかった。

いや、聞かずとも分かってるけどね。

誰か支団長さんと友達になってあげて!