軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「さて、お前をどうしようか」

支団長さんの執務室を出た後で、隻眼の騎士がおもむろに声をかけてきた。何の話だろうと首を傾げる。

「午後からもずっと部屋で留守番をするのは嫌だろう?」

うーん……嫌だ。

でも隻眼の騎士がそうしろって言うなら従う。今度こそ、ちゃんといい子で留守番してみせます。

あまり動き回ってまた何かを倒したり壊したりすると嫌だから、ベッドの中でじっとしていよう。想像するだけでおそろしく退屈だけど仕方がない。

そんな事を考えていると、隻眼の騎士がフッと声を漏らして笑った。何を笑う事があるのかね?

「お前は分かりやすいな。俺が『留守番』という言葉を出した途端にしっぽが下がったぞ」

私が人間だったなら、きっと顔が真っ赤になっていただろう。確かにしっぽには素直に感情が出ちゃうんだよ。今はへにゃりと力なく垂れ下がっている。

「外で遊んでくるか? あまり部屋の中でじっとしていると運動不足になりそうだしな。狩りの練習もしなきゃならないだろう?」

いやぁ、しなきゃならない事はないよ? 私ネズミなんか狩らなくても生きていけるもん。

「野犬が活発に行動するのも日が暮れてからだろうしな。昼間はあまり襲われる心配はないだろう。それにもし現れたとしても、外で訓練中の奴らか、門の近くで警備についている奴らに助けを求めればいい」

そういえば、昨日野犬に襲われたのも日が暮れてからだったな。昼間は外にも人間の気配が多いから、野犬は敷地内に入ってこないのかもしれない。

隻眼の騎士は私の前でしゃがみ込むと、そっと頭を撫でてきた。彼の手は大きいので、片手で私の頭が覆われてしまう。

「ミルが人間だったなら、窮屈な思いをさせてしまっても安全な室内で留守番させるだろう。まだ小さいしな。けれどお前はいずれ野生に帰らねばならないんだ。家の中で大人しく留守番できるようになるより、外でどんな危険があるのか学んだ方がいい」

もし私が犬や猫の姿をしていたなら、野生に帰そうとは思わずにそのまま飼ってくれただろうか。キツネって確かに微妙だもんね。

私は隻眼の騎士の手に、自分の頭をぐいぐいと擦り付けた。もっと撫でて。

だけど隻眼の騎士のその方針は私にとっても有り難いかもしれない。彼に四六時中べったりくっついているような生活を続けたら、情が移ってお別れの時に辛くなるから。

いや、すでにちょっと手遅れだけどね。隻眼の騎士の事はすっかり信用してるし、大好きだもの。母上と、あと積もったばかりのふわふわの雪と同じくらい好き。ちなみに、その次はジャーキー。

母上が戻ってくるまで、あと何日くらいかな? 言葉の話せない私は、隻眼の騎士たちにどうやってお別れを言ったらいいんだろう。急にいなくなったら心配するだろうな……。

その時の事を思って、ちょっと憂鬱になった。

***

やっぱり外は楽しい! 雪サイコー!

「日が暮れる前には迎えにくるからな」と言って、隻眼の騎士は私を外の訓練場の隅に放してくれた。「敷地内から出るんじゃないぞ」とか「危ない所には近づくな」とか、「池には落ちるなよ」とか山ほどの注意事項を述べられたけど、雪を目の前に興奮していた私はほとんど聞いちゃいなかった。

ほんの数分前に隻眼の騎士との別れを思って沈んでいた心は何だったのか。外に出た途端、私は彼の元から、バビュン!と全速力ダッシュをかましていた。後ろで「おい……」と隻眼の騎士の悲しそうな声が聞こえたような気もする。「俺は中に戻るぞ」とか、「本当に戻るぞ、いいのか……?」とか何とか。どうぞお仕事に戻ってください。

私は誰もいない訓練場を駆け回り、それでも気が治まらずに建物に沿って敷地内を一周した。午前中の退屈な時間が嘘のよう。

私の精神は人間だと思っていたけど、これだけ雪ではしゃいでいる自分をみるに、そうとも言い切れない。雪を愛する精霊の心とまだまだ幼い動物の心も、やはり十分に持っているらしい。

どれだけ速度を落とさずに角を曲がりきれるか。私はその限界に挑戦していた。除雪されている狭い通り道を道路に見立て、カーブでもそこから外れないように走るのだ。

速さを保ったまま、どれだけ上手く曲がれるか。

ほとんどの場合、失敗して脇の雪壁に突っ込む事になる。雪が柔らかければそれもまた楽しいけど、ちょっと凍って固い部分に激突すれば結構痛い。

2度、カーブを曲がりきれず固い雪にブチ当たったところで、私はやっと我に返った。人間の精神が戻ってきたのである。

いつの間にか全身雪まみれになっていたので、ブルブルッと体を振って雪を振り落とす。

が、自慢の胸毛や腹毛、脚の毛などにはいくつか雪玉がくっついていて、それは多少体を動かしたくらいじゃ取れそうもなかった。

もう一度雪の上を歩いてみるも、上から新たに雪がくっついて玉が大きくなるだけ。ちょっと重くなってきた。

何とか自分で取ろうとしてみるけど、短い手足じゃどうにもならないし、口も上手く届かない。

何だよ、この雪玉ー! 私は雪の精霊だぞ。離れなさい。

雪の上で一人もがいていると、サクサクと雪を踏む音がして、誰かが近づいてきた。慌てて振り返ると、きっちりと防寒具をつけた騎士が二人、私から少し離れた位置で止まって、ちょっと笑いながらこっちを見ている。たぶん門の警備の人だろう。彼らの後ろの方に正面の門が見えたから。

「取れないのか?」

一人がしゃがんで私を手招きした。

知らない人だ。ちょっと恐い。でもこの邪魔な雪玉は取ってほしい。つけたまま遊んでると、雪だるま式にどんどんでっかくなりそうだし。

二人の騎士は自分からはこちらに近づいて来ずに、私から近づいて行くのを辛抱強く待ってくれた。うん、こういう人は何だか安心する。ぐいぐい来られると思わず逃げちゃうんだけど。

しゃがんでいる一人に、私は怖々近づいて行った。少し緊張する。隻眼の騎士以外の人に、自分からここまで近づいて行くのは初めて。

無意識に深く空気を吸い込んで、目の前の騎士の匂いを嗅いだ。特に危険な匂いはしない、大丈夫。

ドキドキしながら初対面の騎士の前で立ち止まる。雪玉……取ってください。

「おお……本当に来た。副長のおかげで人に慣れてきたのか? じっとしてろよ」

彼は近づいてきた私に驚きながらも、手袋をはめた手で雪玉をひとつひとつ潰していってくれた。

「うちの実家で飼ってた犬も毛が長かったんだ。雪の日にはよく雪玉くっつけてたな」

なんて懐かしそうに話しながら。

すべての雪玉が取れると、私はそろそろと彼から離れた。はぁ、緊張した。でもありがとう!

体が軽くなってしっぽが揺れる。

「今日は日暮れまでそこにいるからな。何かあったら言いに来いよ」

騎士はそう言って背後の門を指差した。軽く手を挙げて「じゃあな」と言うと、もう一人の騎士と連れ立って自分の持ち場に戻って行く。

ありがとう、アニキ!

結局その日は、それ以降も2回アニキのお世話になった。

すぐ雪玉できるんだよ……。

さて、日が暮れかかってくると隻眼の騎士がお迎えにやってきた。

そろそろかなと思っていたので、私も昼間別れた場所で待機しておいたのだ。走り回ってまだちょっと息が切れている。

「楽しかったか?」

ハァハァと口を開けて息をしている私に、隻眼の騎士はかすかな笑い声を漏らした。楽しかったです、とっても!

今までずっと山の上で雪に囲まれて生きていたから分からなかったけど、午前中ずっと室内に籠ってみて気づいた。私やっぱり雪が好きだ。外で走り回るのも大好き。毛皮があるからあまり寒くないし、コタツでぬくぬく……みたいなのには、今は不思議と惹かれない。人間だった頃は、冬はなるべく家の中から出たくなかったんだけど。

「やはり外がいいんだな」

隻眼の騎士がちょっと寂しそうに言うので、彼のブーツの紐をくわえて引っ張ってみた。元気出して。

「新しい悪戯を覚えたのか?」

悪い子だというように頭をぽんぽんされた。

違うよ、慰めようとしてるんだよ! 本当は隻眼の騎士の手を舐めようと思ったんだけど、口が届かなかったから!

紐を放すと、今度はいい子だというように撫でられた。その手の温もりが心地いいので、まぁ何でもいいやという気分になる。

「メシを食いに行くぞ」と言われて、さらに機嫌が良くなった。

が、食堂は試練の場だった。

一番混雑する時間より少し早く連れてきてくれたみたいだけど、それでも朝よりずっと人が多い。萎縮する私を見て「部屋で待ってるか?」と隻眼の騎士が声をかけてくれた。しかしこれからはこんな事でいちいちビビっていられない。母上が戻るまではここにいさせてもらうんだから、隻眼の騎士以外の人たちにも慣れないと。

私は「大丈夫」と言うように小さく吠えた。思ったより弱々しい声しか出なかったけど。

人の多い食堂内を、隻眼の騎士の足にぴったりくっついて歩く。「踏みそうで恐いな」という呟きが上から落ちてきた。

カウンターに着くと料理人らしいおっちゃんが「来たな!」と声をかけてくる。この人美味しいもの作ってくれるから好きだけど、声が大きくて少しビクッとしてしまう。

私の分と自分の分を両手に持って、隻眼の騎士は隅の方の席に座った。朝と同じところだ。隻眼の騎士の特等席なのかな。

今日のメニューは、細かく切った野菜が入った汁少なめのスープに、一口大のお肉がいくつかと半熟の卵が乗ったものだった。

卵が……! 半熟卵が美味しそうっ! 肉よりもそちらに目を輝かせてしまう。

目の前に皿を差し出されると、真っ先に卵を頬張った。濃厚な黄身がとろっと蕩ける。

「やっぱりいた! ミルちゃん〜!」

と、卵を楽しむ私の前に現れたのは、今朝も会ったティーナさんと……金髪の騎士さんだった。私は咀嚼した卵をごくりと飲み込んだ。

ティーナさんはいいけど、もう一人の騎士さんはちょっと苦手なんだよな。興味津々といった感じでこちらを見つめてくるあの少年のような瞳に、言い知れぬ緊張感を覚える。ここに来る前に出会った子どもたちに通ずる危険を、私の本能が察知した。

「相変わらず毛玉だなぁ、お前はー!」

金髪の騎士さんはいきなり走ってこちらに近づいてきたかと思うと、怯む私の小さな体を、『高い高い』するようにぐわっと持ち上げた。

ぎゃー、高い! 恐い!

やっぱり私の本能は正しかった。この人は危険だ。『少年の心』という危険な無邪気さを持っている。

「キックス!」

ティーナさんが急いで止めに入ってくれた。この危険人物の名はキックスというのか。覚えたぞ。

床に降ろされると同時にぺたりと尻餅をつく私。こ、腰が抜けた。前世で乗ったジェットコースターより恐かったかも。

放心状態で小刻みに震えていると、隣でゴンと重い音が響く。

「痛……ッ、っってぇ!!」

何事かと顔を向けると、キックスが頭を抱えてその場にうずくまっていた。いつの間にか隻眼の騎士が立ち上がって拳を握っている。拳骨を落とされたのか。

隻眼の騎士の拳は岩みたいに硬そうだから、すごい痛いだろうな。あれは平仮名の『げんこつ』なんて可愛らしいものでもなければ、片仮名の『ゲンコツ』でもない。漢字の『拳骨』だ。

隻眼の騎士は無言で鉄拳制裁を終えると、私の頭を軽く撫でた後で席に座り直した。

「バカね!」

キックスに向かって、ティーナさんが呆れたように目を回す。

「キックス、何やってんだ」

するとそこにわらわらと見物人が集まってきた。5、6人ほどいる彼らの顔を見て、毛皮の下の私の顔がさらに青くなる。

何故なら彼らは全員コワモテの騎士で……って、ああ! 誰かと思えば昨日私を助けてくれた人たちじゃないか! あご髭の人に、坊主頭の人もいる。相変わらず顔が怖い!

彼らは隻眼の騎士に「お疲れさまです」と挨拶すると——失礼だが、ヤクザの方々が若頭に頭を下げてる図に見えた——、私に向かって顔をほころばせた。安定して笑顔も怖い。

「よー、元気か?」

「風邪引いてないか?」

「キックスの馬鹿にいじめられたのか?」

しかし言ってる事は優しいんだよね。外見だけ見て「こわいこわい」言ってちゃ駄目だな。

「昨日、会ったの覚えてるか?」

あご髭の人が自分を指差しながら言った。もちろん覚えてますとも。

けれどコワモテで体も大きい彼らに囲まれると、勝手にひざが震えてしまう。ちびりそう。外見で人を判断するのは駄目だと思ったばかりなのに、しっぽが内股の方へ丸まっていくのだ。

「おい、めちゃくちゃビビってんじゃねぇか」

「お前の顔が怖いからだろ」

「だからお前だって人の事言えねぇツラしてんだろうが!」

やめて、ドスのきいた声で怒鳴らないで! 私のしっぽがますます丸まっちゃう!

「お前ら、煩いぞ」

隻眼の騎士がマイペースに食事を続けながら静かに注意した。なんか慣れてるなぁ。

「すいません」

コワモテ軍団は反省したように頭を下げた後、がっくりと肩を落として呟いた。

「けど、こんだけ怖がられてたら、もう俺らが懐かれるのは無理だよなぁ」

「だろうな。しょうがねぇよ。昨日会った事も覚えてないみたいだし」

「ああ……あの柔らかそうな毛を撫でてみたかったなぁ」

心底悲しそうな声で言われて、私の良心が痛んだ。彼らと昨日会った事はもちろん覚えているし、野犬を追い払って私を助けようとしてくれた事は感謝してる。

ただ、私は喋れないから言葉でそれを伝える事は出来ない。「ひざがガクガクしちゃってますけど、あなた達を嫌ってる訳じゃないんです。本当は感謝してるんですよ」なんて説明出来ないのだ。

「女・子どもに怖がられるのは慣れてるが、動物にも怯えられるとは」

「こんな顔に生んだ親を恨むぜ……」

お互いに慰め合っているコワモテ軍団に、ティーナさんが「私は怖がってないですよ」と小さな声でフォローを入れたが、「最初は思い切りビビってたじゃねぇか」と返されて口をつぐんでいた。ちなみにキックスはまだ拳骨の痛みから立ち直っていない。

「俺らは一生こうなんだ。町で迷子を保護しても誘拐犯と間違われ——」

「騎士服着てたのにな」

「軟派男に絡まれている女性を助けようとすれば、逆にこっちが無頼漢と間違われ——」

「騎士服着てたのにな」

隻眼の騎士は黙々と食事を続けていたけれど、彼らの可哀想な告白に、私は同情を禁じ得なかった。目頭に熱いものが込み上げてくる。

確かに今の私は自分の気持ちを言葉で表現する事はできない。

が、言葉が何だ。喋れないのが何だ。

態度で示す事は出来るじゃないか!

私は『あるモノ』をくわえると、勇気を振り絞ってコワモテ軍団へと近づいていった。それに気づいた彼らが驚いたように息を呑む。

大丈夫、この人たちの顔と中身は別物だ。本当はいい人たちなんだ。そう自分に言い聞かせて、「この顔はヤバいよ! すごく強くて力のある奴の顔だよ! 逃げなきゃやられるよ!」と叫ぶ動物の本能を黙らせる。

しっぽは相変わらず丸まったままで若干腰は引けていたが、彼らの目の前に立つと、私は口にくわえていたものをぽとりと床に落とした。今日の晩ごはんに入っていた、お肉の欠片である。

鼻先でそれをつんと押して、目を丸くして固まっている彼らに差し出した。

と、驚きのあまり静止していたコワモテ軍団は、次の瞬間、興奮したように一気に喋り出した。

「え、え!? これ、お前の晩飯だろ? くれるのか? 俺らに?」

「お前、俺たちを怖がってたんじゃ……」

「てっきり嫌われてるもんだと」

「待て……まさか昨日の事も覚えてるんじゃないか? それでこの肉は昨日の礼のつもりなんだよ」

「なるほど、そうか! 昨日の礼! まぁ実際池に飛び込んで助けたのは副長で、俺たちは礼を貰うほどの事してないけどな!」

いいんだよ、いいんだよ。池の周囲をあなた達に囲まれた時は野犬とは別の恐怖を覚えたけれど、助けようとしてくれた事は嬉しかったんだから。

少ないけれどこのお肉、みんなで分けてよ。感謝の気持ちです。

「うおー! 何か俺、猛烈に嬉しい」

「感謝されるっていいな。涙が出そうだぜ!」

「人に優しくしても報われない事が多かったもんなぁ」

コワモテ軍団は、ちっちゃな肉の欠片を前に涙ぐんでいた。今までどんだけ辛い人生送ってきたの……。

その後、昨晩池から私を救い上げてくれた隻眼の騎士と、気を失っていた私を介抱してくれたティーナさんにもお肉を一つずつプレゼントした。というか押し付けた。

二人ともお肉を持て余しながらも、とても嬉しそうだった。感謝の気持ち伝わったかなー?

ちなみにキックスはまだ拳骨の(以下略。