軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

スノウレアのお悩み相談室

「ミルフィリアちゃん、ミルフィリアちゃん」

夢の中にルナベラの声が届いた。眠っている私の耳がピクピクと動く。

「ミルフィリアちゃん、それは食べ物じゃありません。私のドレスのフリルです」

「……ん?」

目を覚ますと、私は地面に座っているルナベラの膝の上に乗せられていた。そしてルナベラのドレスのスカートについているフリルをむさぼっていた。どうやら寝ぼけてモグモグ食べようとしていたらしい。

私はフリルを口から出して言う。

「……どうりで味のしないレタスだとおもった」

そういう夢を見たのだ。ごはんの時にレタスを山盛り出されたので、仕方なく食べたけど、全然味がしないっていう夢。

ルナベラは少し笑って言う。

「さぁ、みんなを起こしましょう。ミルフィリアちゃん、手伝ってくれますか?」

ふと周りを見回すと、辺りは明るくなっていた。闇は消え、いつも通りの夏の午後の日差しが届いている。

そしてみんな――クガルグや母上、父上、サンナルシスや砦の騎士たちは、地面に転がってすやすやと眠っていた。

「これ、ルナベラの力なの?」

「そうです。私は生き物を眠らせることもできるので……」

「へぇ! すごい」

私が褒めると、ルナベラはちょっと照れていた。

その後、私たちはみんなを起こして回った。母上やティーナさんなんかは、おでこに私の濡れた鼻をピトッとくっつけるだけで起きてくれたけど、それで起きない人は、肉球付きのぷにぷに前足で頬をぎゅっと押す。一度で駄目なら何度も押す。それでも駄目なら少し勢いをつけてポンポン叩く。

「ん? なんだ……?」

「あれ? 寝てたのか」

それで大体みんな起きた。

隻眼の騎士も目を覚ますと、眉間に皺を寄せたしかめっ面でむくりと起き上がる。

「ひゃっ」

私は思わず後ろにぴょんと跳ぶ。そう言えば隻眼の騎士って、寝起きでボーっとしている時の顔がすごく怖いんだった。

ドキドキしながら数秒待つと、やがて隻眼の騎士はいつものような優しい表情になって私を見た。

「ミルか」

「うん」

「起こしてくれたのか。辺りが暗くなったかと思えば急に眠くなってしまってな。何だったんだ……」

「ルナベラの力だよ。母上たちのけんかを止めてくれたの」

「そうか、ルナベラが」

隻眼の騎士も起きたので、私は最後に父上のところに向かった。さっきも起こそうとしたけど全然起きないのだ。

父上は人の姿のまま仰向けになっていて、胸の上で手を組み、体を真っすぐ伸ばして眠っている。

背負っていたはずの大きな籠は、横に丁寧に置かれてあった。眠りに落ちる前にちゃんと外してそこに置いたんだろう。せっかく集めた中の苺が潰れたり散乱したりしないように。

意識が朦朧としているはずなのに、ちゃんと籠を置いて、仰向けに横たわってきちんとした姿勢になってから眠っている父上が何だか面白い。

「父上」

しかし父上はぐっすり眠っていて、おでこをペロペロ舐めてみても起きない。

「父上」

しっぽを振って、鼻の辺りをくすぐってみても起きない。くしゃみすらする気配がない。

「父上」

胸の上に乗ってみても起きない。ぴょんと一度ジャンプしてみても起きない。

「父上ー!」

大きな声で叫んでみても起きない。まるでこういう彫刻かのようにピクリともしない。

父上はよく寝る精霊だから、起こすのはなかなか難しそうだ。

「もうよい。そやつのことは放っておくのじゃ」

母上は呆れた様子で言う。仕方がないので父上は寝かせたままにしておいた。

と、そこでルナベラが前に進み出て言う。

「あの、雪の精霊スノウレア……。私の話を聞いていただけますか?」

「何じゃ、闇の精霊め」

母上はルナベラをねめつけながらも、今回は話を聞いてくれた。一度眠って冷静になったのかもしれない。

「ありがとうございます。私はルナベラと言います。私がミルフィリアちゃんと一緒にいたのは、決してこの子を連れ去るためじゃありません」

そうしてルナベラは今日あったことを母上に説明し始めた。自分たちに子供ができないので、養子にしようとして、サンナルシスが人間の子供をルナベラの元に何度か連れて来たことも、私とクガルグを自分たちの子にしようとしていたことも。

「けれど私はそれを受け入れるつもりはありませんでした。ごめんなさい、スノウレア。サンナルシスにはもう二度とそんなことはさせませんから、どうか許してください。彼も反省しているのです。そうでしょう、サンナルシス?」

「ああ、反省している。だが雪の精霊も少々気が短過ぎないか? 早とちりしてルナベラを攻撃しようとするなんて」

「サンナルシス」

サンナルシスが文句を言うと、ルナベラはベールの奥から彼を睨んだようだった。

「彼女に誤解させる原因を作ったのはあなたです。ぶつぶつ言ってないで、悪いことをしたら謝るべきです」

ルナベラにビシッと言われて、サンナルシスは「わ、分かった」と素直になった。ルナベラは時々強くなるね。

「すまなかった」

サンナルシスはそう言って母上に頭を下げる。そして私とクガルグにも改めて「お前たちも悪かったな」と謝罪する。

「わたしたちは気にしてないよ。それよりキックスが……」

私は、サンナルシスが連れて行った子供の中に、キックスの妹がいたことを説明した。妹がいなくなった時、キックスがとても心配していたことも。

するとサンナルシスは申し訳なさそうにキックスにも謝った。

「すまなかった。私はいなくなった子供の家族の気持ちまで、ちゃんと考えられていなかったのだ」

「まぁ、妹が怪我でもしてたら許さないけど、無事だったんだからいいよ。あんたたちといて楽しかったみたいだし」

キックスは少し笑ってサンナルシスの謝罪を受け入れた。よかったよかった。

だけど問題は母上だ。サンナルシスやルナベラが謝ったところで許してくれるか――。

私は恐る恐る母上を見た。

そして、見てびっくりした。母上は吊り上げていた眉を垂らし、悲しげな顔をしていたからだ。ルナベラたちを見つめて母上は呟く。

「憐れな」

憐れ? 何がだろう? 私が疑問に思っていると、母上はルナベラやサンナルシスを見て続ける。

「子ができないとは……人間ならばそういうこともあろうが、精霊同士では聞いたことがない」

どうやら二人に子供ができないことに同情したみたい。

「子は可愛いものじゃからな。ミルフィリアを連れて行ったことは腹が立つが、そなたたちは憐れでもある」

地べたですやすや眠っている父上の隣で、母上は私を抱き上げ、愛おしげに抱きしめた。

そうして母上は胸を張って言う。

「そなたたちにも子ができるよう、わらわが原因を探ってやろう」

「お前が?」

「スノウレアさんが……?」

サンナルシスとルナベラが同時に呟く。任せていいのかと不安に思っているような感じだ。

だけど気持ちは分かる。悩み相談を受けるとかそれを解決するとかいう役割は、母上には向いていないと思うのだ。

「まずはそなたたち、気力と体力は充実しておろうな? 元気でなければ子もできぬぞ」

「元気に決まっている」

「私も特に体調が悪いということはありません」

腰に手を当ててきっぱり言うサンナルシスと、控えめに答えるルナベラ。

一方、砦の騎士たちは戸惑っている。

「何か『お悩み解決』コーナーが始まったけど、俺たちここで聞いてていいの? 繊細な悩みみたいだけど」

「サンナルシスもルナベラも気にしてないみたいだし、いいんじゃないか?」

確かに二人は特に恥ずかしがる様子がない。ルナベラなんて元々恥ずかしがり屋のはずなのに、この話題の時は何故か恥ずかしがらないのだ。

だけどそれはたぶん、二人は子供ができないことに悩んではいるけど、子供ができないことを恥ずかしいことだとは思っていないからだと思う。だから誰に聞かれてもいいのだろう。

ついでに言うと、子作りの話題も精霊たちは恥ずかしい話題だとは思わないらしい。

「ううむ」

「他に何かアドバイスは?」

『元気でなければ子もできぬぞ』と言い、二人に元気だと返された後、思案しつつ何も言わなくなった母上にサンナルシスが聞いた。

母上は腕を組みながらはっきり言う。

「そなたたちが元気だと言うなら、子ができぬ原因は分からぬ。お手上げじゃ」

「お手上げになるまでが早過ぎるだろう」

サンナルシスは真っ当な突っ込みを入れ、ため息をついた。

「何だ、全く頼りにならないじゃないか」

「何を。親切に相談に乗ってやったと言うのに」

サンナルシスと母上がまたバチバチし始める。二人とも気が強いからすぐケンカになっちゃう。

私は母上たちの間に割って入ってこう提案する。

「ねぇねぇ! ダフィネさんとか呼んだらどうかな? ものしりそうだし、そうだん相手としててきにんだと思う。ものしりと言えばハイデリンおばあちゃんもいいし、やさしいウッドバームもいいと思う」

「いや、まだ若いウッドバウムは頼りにならぬ。ハイデリンは確かに物知りじゃが、ここに連れて来るのは気が進まぬ。すぐに説教をしてくるからの、あまり会いたくない」

母上はちょっと子供っぽい態度で言った。唇を尖らせて何だか可愛い。

「じゃあやっぱりダフィネさんだね」

私は眠っている父上のこともちらりと見たけど、悩み相談の相手としては、父上は母上のさらに上を行く頼れなさだし、ダフィネさんを呼んだ方がいいだろう。

「おれが行って呼んでくる」

と、クガルグがそう言ってくれたので任せることにする。

待つこと一分。移動術で飛んだクガルグは、すぐにダフィネさんを連れてきてくれた。ダフィネさんは今は人の姿だ。

そして彼女は、母上と、のんびり眠っている父上の姿を順番に見て、すでにちょっと疲れた顔をしたのだった。

「また何か揉め事? 私を呼ぶの恒例になってきていない?」