軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

88:冒険者()

魔砕村では売っていない調味料や食材、日用品などを買い込み、今日の買い物は終わりを迎えた。

お惣菜屋さんで大きなメンチカツをおやつに買ってもらって、広場のベンチでバスを待つ。

フクちゃんは疲れたのか空のパーカーのフードの中で眠っているようだし、メンチカツは食べないだろうから起こさなかった。

揚げたてのメンチカツは衣はザクザクで肉汁がたっぷりで、とても美味しい。食べ歩く人が多いのか味付けは少しだけ濃いめで、ソースがなくても十分だった。

空は自分の顔の半分ほどもありそうなメンチカツをはふはふと頬張り、幸せそうにふにゃりと笑み崩れた。

「おいひい……」

「ふふ、良かったわ。ここのメンチカツは普通のお肉だけど、黒毛魔牛の脂を混ぜて味を良くしてあるんですってよ」

空はその言葉に目を見開き、もう一口ザクッと囓ってその美味しさにうんうんと頷いた。じわりとしみ出す肉汁は旨味たっぷりだ。

「それでお家まで持ちそう?」

「うん、だいじょぶ!」

空の体の燃費の悪さを雪乃はよく知っていて、こうしてこまめに間食をさせてくれる。

空を預かってから確実にエンゲル係数が跳ね上がっただろうに、全く気にした様子もなく好きなだけ食べさせてくれるのだ。

それに加え、今日も空の為に色々とお金を使ってくれて、空はそのことに感謝すると同時に、少しばかり申し訳なく思う。

空はあっという間に半分になったメンチカツからふと顔を上げ、雪乃を見上げた。

「ばぁば……ぼく、いっぱいたべて、こまらない?」

「全然困らないわ。よく食べて、空は良い子ね!」

「でも……ばぁばに、いろいろかってもらっちゃった」

空がそう言うと雪乃は目を丸くして、それから声を上げて笑った。

「空ったら、そんな心配してたの? もう、本当に良い子ねぇ!」

孫に懐の心配をされていたと知った雪乃はくすくすと笑い、それから少し考え、おもむろに財布を出して中に入っていたお札を一枚見せてくれた。

それは空の知らないお札だった。東京でちらっと見たことのあるものともまた違う気がする。

空の知る日本銀行券よりもカラフルで、他所の国のお金のようだ。額面は壱万円と書いてあるが、アオギリ様を思わせる龍が描かれていた。

「これはこの県……地域で使えるお金なんだけど……村から依頼されたお仕事をしたり、農作物を納品したりすると役場からもらえるのよ」

なんと、この周辺には独自の地域通貨が流通しているらしい。

「じぃじとばぁばは強いから、頼まれる仕事がいっぱいあるんだけど……二人だとあんまりお金使わなくって。だからいっぱい余ってて、もっと使ってくれって良く言われてたのよ。だから空が来てくれて、使い道が増えて嬉しいくらいだわ」

米田家は何年も夫婦二人だけだったし、自分たちで野菜も作っているし、作っていない作物や果物などの入手は物々交換で済ませてしまう。そのため生活費は大して掛からなかったらしい。

それ以外の費用といえば、せいぜい東京の紗雪宛に米や荷物を送るくらいにしか使わなかったと言う。

「ままがもってたのと、ちがう?」

「違うわね。ママが使ってるお金はここではそのまま使えないのよ」

「なんでちがうの?」

「一緒にしようっていう話はあったんだけど……なんて言えばわかりやすいかしら。都会と田舎では、色々すごく違いすぎて……一緒に出来ないっていうのが正しいのかしらね?」

空に分かるかどうかは置いておいて、雪乃が説明してくれたところによると。

そもそも物の価値が都会と田舎では違いすぎるため、通貨での取引が色々と難しいらしい。

田舎民にとって都会の物で魅力的な品はさほど多くなく、都会民にとっては田舎の豊富な魔素を含んだ様々な産品は喉から手が出るほど欲しい。

そこに大きな齟齬があるため、都会の金を流通させても田舎民はそれをほとんど使わない。

そうすると必然的にただの紙切れになってしまうので受け取りを拒否されるなどということもあって、統一する事ができなかったのだという。

結局、都会と田舎間の商売は、様々な嗜好品や調味料などを主として田舎でもかろうじて求められる物との物々交換に近くなっているらしい。

その辺の交渉や取引は主に県政府が取りまとめて行っているようだ。

そしてそれとはまた別に、田舎での労働や生産物の価値を共通化してわかりやすく管理する為に、独自の地域通貨が作られた、ということらしい。

「むずかしい……」

「空なら、ちゃんとそのうち分かるわ」

理屈は理解しているのだが、世界観を理解するのが空には少々難しいのだ。

とりあえず、外から来た人は広場の片隅にある両替所で地域通貨を手に入れるのだという事は理解した。

さっきからその建物に時々、ちょっとイキがった感じの若者たちが吸い込まれては出て行くというのを繰り返している。多分アレが外から来た人達なのだろう。

彼らは一様に、この辺りではちょっと見ない大げさな防護服っぽい服やプロテクターを身につけ、かっこいい剣や槍などの武器を持っていた。

「あのひとたちが、そとのひと?」

「そうね。探索者とか冒険者とかって自称する人達ね、多分」

「じしょう……? むらにきて、なにするの?」

空の質問に雪乃は困ったように笑う。

「この辺の物はそこらに落ちてる石ころでも魔素を沢山含んでいて、都会に持って行くとそれなりに価値があるのよ。そういうのを持って帰って、お金を稼ぎたいのね」

「もってかえって……そういうの、いいの?」

空はビックリしたが、仕方ないのだと雪乃は頷いた。

貿易の均衡を考えると、魔素資源の取引量は大体毎年一定で、都会からの要請があっても急激に増やしたりはできない。

そこで例外的に、都会から来た探索者などが個人の裁量で手に入れた物を持ち帰る分は許可する、という取り決めになっているのだ。

その為、近年都会では田舎に行って活動出来る探索者を増やそうと、若者たちを冒険に誘う様々な施策やキャンペーンが盛んに考えられているらしい。

「でも勝手にその辺に入り込んで、人の物を持って行くような真似をされたら困るでしょう? この辺の山には山神様なんかがいる事も多いしね。だから外の人が入って良い場所をちゃんと決めて、勝手に木を切らないとかそういう決まりを守ってもらって、そこで手に入れた物なら持って帰ってもいいってことにしてるのよ」

その地域には帰らずの山だとか試練の谷だとかいうかっこ良さそうな名前を付けて、若者らをそれとなく誘導しているらしい。

実際は周辺に比べて弱い動物や植物しかいない場所を選んで、更にキャンプが出来るように結界付き広場や水場を作ってあげたりと整備した、大変優しい場所らしいが。

それでも都会の人にはやはり危険なので、ライセンスで村への出入り自体をきちんと管理し、更に決まりを破れないようにする精神誘導をこっそり掛けているのだと雪乃は教えてくれた。

村人たちはそういう配慮をした上で、一生懸命己を鍛えて都会からやって来た若者たちの冒険を温かく見守っているのだ。

「まぁ、村にとっては、特に何もない山の草を刈ってくれたり、ちょっとした害獣を駆除してくれたり、石を拾って山道を歩きやすくしてくれたりするから……」

外から来るちょっとしたお手伝いさんとして受け入れられているらしい。

動物などは腐るので村で買い取りしたり駆除代金を払って、それ以外の石や草などは個人が持って帰る事を許されている。

もちろん、村にとってさほど価値のあるものは最初から落ちてはいないし、彼らは村人が使うような魔法の鞄は持っていないので、何か手に入れても持ち帰る事が出来る量はたかが知れている。

「そんな物でも、都会に持って行くと良いお金になるらしいわよ」

都会って面白いわね、と雪乃は笑う。

空はそれに頷きながら、ちょっと遠い目で彼らを見つめた。

(夢があるってこれか……いや、夢、あるの?)

お手伝いをして、ゴミを拾って帰っただけで金になるなら……ある意味夢があるのかもしれない。

メンチカツの最後の一口を大事に味わい、空は去って行く若者たちの背を見送った。

空は気付いていなかった。

子供たちが拾って宝物にしている身化石や、カブトムシの角、秋になるとその辺に落ちているドングリなども。

彼らが拾う石ころよりずっと価値があり、都会に持って行くと多分かなりのお金になることに。

けれど今のところ都会に帰る予定のない空にとっては、特に関係のない話なのだった。