軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33:夏の少し前

春が終わり、初夏がやってくる。

田んぼに植わった稲が綺麗に生えそろい、水面が湖のようには見えなくなる頃になった。

最近空は田んぼまでヤナと一緒に散歩するのを日課にしている。足も少しずつ速くなってきた。

頼りなげだった稲がどんどん背を伸ばし、分けつし、日に日に増えていくのを空は毎日楽しく眺めている。

風が吹くとザアッと音を立てて稲の葉が揺れる。それがまるで草原のようで、もし本当に草原なら寝転がってみたいのにと空はいつも思う。

「ヤナちゃん、きれいだねえ」

「うむ、良い季節になったの。しかし空は田んぼが好きだな。毎日見て飽きぬか?」

「ぜんぜん! まいんちちがうよ?」

空がそう言うとヤナはそうかと笑って繋いだ手と反対側の手で頭を撫でてくれた。

付き添ってくれるヤナは普段はあまり家からは離れないが、近所に散歩に行くくらいなら構わないらしい。

二人は大体いつも田んぼのところまで歩いてきてひとしきり景色を眺め、それからゆっくり近所の家に植わる花などを見ながら帰る。ヤナはそれらの名をよく教えてくれるが、今のところ食べられない物への空の覚えは良くない。しかしそのやり取りを繰り返すのも楽しいと、二人は特に気にしてはいなかった。

歩きながら気になった事を色々とヤナに質問するのが、空は好きだ。

「ヤナちゃんは、おうちからとおくいかないの?」

「ヤナらのような場所に着くものは、そこから離れると力が落ちるのであまり遠出は好まぬのだ。他のものの縄張りに入ると喧嘩になることもあるしの」

「けんか……このちかくにも、やなちゃんみたいなかみさまっているの?」

「おるぞ。この村では珍しくないからの。米田の近所だと、木の精とか蜘蛛の化身とかおるな。まぁ、近所のものとは縄張りとか言わずそれなりに仲良うしとるぞ」

「なかよしなんだ?」

「ああ、いずれ紹介してやろう」

そう言われてうんと頷いたが、蜘蛛はちょっと怖いなと空は思った。

「くもさん、こわくない? ぼく……むし、ちょっとにがてかも」

「おや、そうか? 蜘蛛は気の良い奴だから大丈夫だぞ? まぁ苦手なら、そういう子もおるから気にすることはない。うちに来る虫はヤナが大体獲っておるから、米田の家にはあまりおらぬしな」

「ヤナちゃん、すごいね!」

その虫をどうしているのかは質問せず、空はパチパチと手を叩いた。拍手を貰ってヤナも嬉しそうだからこれで良いのだ。

「空のように小さいうちは虫が苦手くらいで丁度良いのかもしれんな。カブトムシやらは大した害はないが、危ない虫もおるでの。苦手なら無闇に近寄らぬだろうからかえって安心だ」

ヤナの言葉に空はぎょっと目を見開いた。あの大きすぎるカブトムシが害のない虫だとしたら、害のあるのはどんなものなのかと震えてしまう。

「あぶないむしって、どんなの?」

空が内心でビクビクしながら問うと、ヤナは少し考えた。

「色々おるが……トンボとかかの? まぁ、トンボは今はおらぬから大丈夫だ」

「いないの? よかったあ」

今はいないという言葉を聞いて空はホッとした。

ヤナが危ないと言う相手に会いたくはない。トンボは確か肉食だと言うし、前世のいつかにちらりと見知ったような、太古にいたというすごい大きいのみたいだったら嫌だなぁと思う。でもありそうで怖い。

そんな事を考えていると、ヤナがそういえば、と小さく呟いた。

「そろそろ蛍狩りだの」

「ほたる?」

「うむ。夏の盛りの少し前に出てくる虫だ。暑くなって来たし、もうすぐその季節だな」

蛍狩りと言う言葉は確かに空も知っている。

田舎で蛍が群れをなして飛ぶ様を見物に行くことをそう言うはずだ、空の知識では。

「ほたるって、ひかるやつ?」

「お、空も知っておったか。そう、ピカピカ光るから結構綺麗だぞ」

「ぼくもみれる?」

「そうだの……ヤナが一緒におれば良かろう。幸生達も多分行くはずだ。その日は皆で見物にいくか」

「うん、みてみたい!」

蛍が群れ飛ぶ姿など、空は前世のテレビの中でしか見たことがない。田舎のここならきっとさぞ綺麗なのだろうと楽しみになる。まだ夜に外に出たことはないが、ヤナが側にいてくれるなら安心できる。

「帰ったら雪乃に相談してみるか」

「うん!」

空は田舎の夏のイベントに、早くもワクワクしていた。

「空、今日は蛍狩りだぞ」

「ほたる? きょうでるの?」

段々と暑くなって来た六月の終わり頃、ヤナが夕飯を待っていた空にそう声を掛けた。

「ああ、今日は天気が良いし、昼間暑かったから多分そろそろだろうと言う話だったぞ。雪乃も夕飯を食べたら出るそうだ。空はヤナと幸生と一緒に少し後から行こうな」

「うん! ほたるみれる?」

「多分な。空がいれば雪乃も張り切るだろうし、皆で応援しような」

その言葉に空は首を傾げた。てっきり皆で一緒に蛍を見物に行くだけだと思っていたのだが、応援するというのだ。という事は、先に行くという雪乃が何かをするということだろうかと空は不思議に思った。

「おうえん……ばぁば、なにするの?」

「何って……蛍狩りなのだから、蛍を狩るんだろ?」

「ほたる……かり?」

「うむ。この季節の蛍はあちこちに火をつけて田畑や家を燃やしてしまうことがあるのだ。それを防ぐために皆で狩って数を減らし、山に追い返すのが蛍狩りだ」

ここの田舎ならではの想像を超える何かに空は顔を引きつらせた。やはり空の知る普通の行楽など田舎にはないらしい。

「やまは、もえないの?」

「山の木々は魔法耐性が高いから蛍の火くらいでは焦げもせぬな。山守りもおるし。蛍達も里に下りねば狩らずに済むのだがの」

魔法耐性の高い木……と空は遠い目をした。この村はいつだって空を困惑させる。魔法耐性と言う言葉が出るということは蛍の火は魔法的な何かだということなんだろう。空なんてまだ魔法のまの字も許されていないのにと思うとちょっと悔しい。

「ほたる、こわくない?」

「ヤナも幸生も側におるから大丈夫だぞ。安心して見物するといい。綺麗なのは確かだから、結構家族で見に来る者もおるはずだ」

「空、夕飯だ」

丁度その時幸生が空を呼びに来た。

「あ、じぃじ! あのね、ぼくほたるみれる? こわくない?」

空は幸生を見上げてそう問いかけた。幸生は少し考えそれから頷いた。

「蛍なら心配いらん。また肩車してやろう」

「ほんと? ありがと、じぃじ!」

足に抱きつくと幸生が空を抱き上げてくれ、空は嬉しくて手足をパタパタさせた。やっと最近幸生は空に慣れ、少しずつ口数も増えてきた。

「蛍が多く出るのは……八時くらいか。起きていられるか?」

「うん、おひるねしたよ!」

「昼間いっぱい寝ておったから大丈夫だろ。空は沢山お昼寝してえらいな」

「えへへ、ありがとヤナちゃん!」

空は褒められてちょっと恥ずかしそうに笑う。

ご飯を沢山食べて褒められ、お昼寝を沢山したら褒められ、幼児っていいなぁと思う空だった。