作品タイトル不明
2-139:団子は二十二本食べた
冬の一歩手前の、よく晴れたある日のこと。
空は神社の境内の端に置かれた長椅子の上で、もちもちと団子を食べていた。周囲には子供たちの元気な声がひっきりなしに響いている。
「うーん、ちっとばかし耳に響くんだね……」
団子を作っている猫西が、耳をぺたりと後ろに倒してそうぼやいた。
今日は秋の終わりに行われる、村総出の狩りの日だ。境内にはまだ狩りに参加しない年頃の子供たちが集められていて、あちこちでお喋りしたり、はしゃぎながら鬼ごっこをしたりととにかく賑やかだった。
だが子供特有の甲高い声は、猫西の耳には少々辛いらしい。屋台の屋根で寝ている白妙も耳を塞ぐように顔を隠して丸くなっていた。その姿は丸餅かクッションのようだ。
「やっぱり今日はここに来るのを止めておくべきだったんだね……」
今日は子供や子守担当の大人たちも多くいるから良い商売になるだろうと考え、猫西はいつも通り営業することにしたのだが今はそれを少しばかり後悔していた。
「まぁそう言うな猫西。我は団子が食べられて嬉しいぞ」
「ぼくもうれしいよ!」
空は子供たちの遊びの輪から一旦離れ、十時のおやつタイムを満喫中だ。隣にはアオギリ様が座り、目を細めながら団子を口に運んでいる。二人はにこにこしながら焼きたての醤油団子をぱくりと頬張った。
「ん~、おしょうゆだんご、こうばしくておいしい!」
「うむ。醤油の加減が丁度良いなぁ」
子供の声は耳に痛いが、お客の二人が美味しそうに食べているのを見ると猫西の気分も多少は上向いてくる。
「それは良かったんだね……次は何がいいかね?」
「くるみのおだんご! にほんください!」
しょっぱい物の後は甘い物と決まっている。一切迷わず空が答えると、アオギリ様も頷いた。
「我にもくるみ団子を二本焼いておくれ」
「はいはい」
猫西は耳を倒したまま頷き、盆に盛られたくるみ団子を四本手に取った。それを七輪に載せ、魔法で小さな火を出して団子の上に浮かべ、両面から軽く炙る。たっぷり塗られたくるみ味噌がジリジリと炙られ、辺りに良い香りが漂った。
「いつもながら、猫西は器用に魔法を使うものだな」
「まぁ、団子屋を始めてもう長いしねぇ」
ふわふわ浮かぶ火を眺めてアオギリ様が褒めると、猫西は髭を揺らして目を細める。
団子が丁度良く焼けた頃合いで火はフッと消え、猫西はそれを小皿に載せて椅子に座る二人のところまで運んでくれた。
「はい、どうぞ」
「うむ、美味そうだ」
「ありがとう!」
空はそれを嬉しそうに受け取ると、ふぅふぅと軽く息を吹きかけてから天辺に齧り付いた。
「ん! おいひい!」
コクのあるくるみ味噌の甘辛さに香ばしさが加わり、もちもちした団子ととても合う。
いつまでも口の中にいてほしい……と思いながら空は団子を一生懸命噛みしめ、ゆっくりと味わった。
その様子を微笑ましそうにちらりと眺め、アオギリ様は自分の団子を手に持ったまま境内の方に向かってひらりと手を振った。
「弥生、休憩せぬか?」
「はーい、今行くー!」
境内の真ん中で子供たちの鬼ごっこに付き合って遊んでいた弥生がその声に足を止め、手を振って応えた。
神主一家である龍花家は狩りには参加していない。毎年ここで留守番の子供たちを監督する役を担っているのだ。
大和や辰巳、辰巳の妻の澄子も境内のあちこちで子供たちの相手をしたり、様子を見たりと忙しくしていた。
弥生はちょうど鬼ごっこの鬼役をしていたところで、周りには逃げ回る子供たちがいる。既に弥生に捕まった子供たちは横で観戦しているので、鬼が全員捕まえたら終わり、という鬼ごっこらしい。
弥生は残った子供を見回して数を確かめると、袂から何枚かの術符を取り出しパッと空中に放った。
するとその術符がポンと白い煙を出して弾け、その煙の中から弥生が五人現れる。
「わっ、やよいちゃんふえた!」
増えた弥生は全員一斉に風のような速度で駆け出し、驚きに一瞬足を止めた子供たちを瞬く間に捕まえた。
「はい、私の勝ちー!」
「あー!」
「まけたー!」
「分身はずるいよ!」
「もう一回! ね、もう一回!」
捕まった子供たちが残念そうに声を上げ、見ていた子供たちがもう一回と強請りながら走り寄る。しかし弥生は首を横に振ってそれを断った。
「私は休憩! 一人でこの人数捕まえるのって、結構大変なんだからね。しばらく皆で遊んでなさい!」
十人以上の子供たちを弥生一人で追いかけ捕まえていたのだ。その割に大して息も上がっていないが、弥生は疲れたと言って子供たちに手を振り団子屋に向かって歩いてきた。
「弥生、くるみ団子が焼けておるぞ」
「あ、食べたい!」
嬉しそうな弥生にアオギリ様が皿を差し出す。弥生は一本手に取り、いただきますと言ってぱくりと齧り付いた。
「ん、おいひ!」
頬を緩めた弥生に、二本目を手に取った空がうんうんと頷く。
「くるみのおだんご、おいしいよね!」
「ホントにねー。この胡桃が何だか違うのよね」
くるみ団子に使われている胡桃は米田家から分けられた物だ。ルミの相方が実らせたという胡桃は大きくて味が良い。弥生はそのくるみ味噌がたっぷり掛かった団子をもちもちと噛みしめ、嬉しそうに何度も頷いた。
ちなみに、ルミからアオギリ様へ手土産として渡された分の胡桃は龍花家に預けられ、日々の食卓を彩っている。
「ルミちゃんのくるみ、ばぁばもいろんなおいしいのにしてくれるんだよ!」
「雪乃さん料理上手だもんね」
そんな話をしている間にも空はくるみ団子を食べ終え、それから醤油団子をまた一本食べた。
「空くん、次は何にするね?」
「んっと……みたらしとあんこをいっぽんずつたべて、そんでまたしょうゆ!」
「はいよ、ちょっと待っておくれね」
空の注文は既に二周目か三周目かもわからない。それでも食べる速度は衰える様子もなく、弥生はそれを呆れたように眺めた。
「空くん、相変わらず半端なく食べるわね……それで何本目?」
「えっと……このしょうゆだんごで、んー……じゅうにほんめ?」
指折り数えて答えた空に、弥生の顔が少しばかり引きつる。弥生も猫西の団子は好きだが、それでも一度に四、五本も食べれば十分だ。
「空くんがお客になってから、俺の団子作りの腕が上がった気がするんだね」
「おだんごがおいしくなるの、いいとおもう!」
それは確かに間違いない。
「確かに空はよう食べるな。そのせいか、見たところ大分体も整ってきているようだの」
「ほんと? ととのうと、どうなるの?」
この村で一年半ほど暮らすうちに空の背丈は年相応に伸び、頬も体もふっくらと健康的になっている。アオギリ様はそんな空をじっと見つめ、ふむ、と一つ頷いた。
「体の中が整えば、そちらの成長や調整に使っていた魔力が少々余るかもしれんな。それは悪いことではないが……ただ余らせておけば力加減を誤って何か壊したり、其方の精霊が悪戯をすることも増えるかもしれん」
力加減を誤って何かを壊すということは、既に去年の秋に経験している。それがまた起こったら困るし、余った魔力でテルちゃんが何かしでかすのも困ると空は眉を下げた。
「日常で使う魔力を少しだけ増やしたらいいかもね。空くんは保育所で、魔力を注いで鶴を飛ばすとかはもうやってるんでしょ?」
「うん。ぼく、ちゃんととばせるよ!」
「お、すごいね。あれ、魔力量が多いとちょっとだけ入れて飛ばすっていうのが意外と難しいのよね」
鶴を飛ばしたり風車を回したりしたことを思い出しながら空は頷いた。確かにいつも、少しだけ、少しだけ、と懸命に意識しながら魔力を流している。
「それならそろそろ何か簡単な魔法を使っても良い頃合いかもしれん。雪乃と相談して、何か簡単な魔法を習うとよかろう」
「まほう……つかっていいの?」
「雪乃が良いと言ったらだぞ。空の体に関しては、雪乃が一番気に掛けているからのう」
勝手をしては駄目だと言うアオギリ様に、空は目を輝かせながら何度も頷いた。簡単な魔法でも空にとっては憧れだ。
「空くんはどんな魔法使ってみたい?」
「どんな……うーん……」
弥生の問いに空は小さく唸って真剣に考え込んだ。空が日常で目にするのは雪乃が物を浮かせて料理をしたり、氷を出したりする姿や、幸生が畑を耕す姿だ。
そのどちらも便利そうなので、いずれは挑戦してみたい。けれど、今空がやってみたい魔法と言えば。
「ねこにしさんみたいな、おだんごつくるまほう!」
「うにゃっ!? 何でこんな地味な魔法が良いんだね!?」
空がピッと指を立ててそう宣言すると、当の猫西は飛び上がって驚いた。子供に憧れられるような要素があるとは思いもしなかったのだ。
「だって、おだんごおいしいもん!」
いつも通り、空の食欲は全くブレを見せないのだ。