軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-131:アオギリ様の妻問い

稲刈り祭りの喧噪から離れ、弥生は一人、神社の裏手へ向かっていた。

特に理由があったわけではない。

ただ、そこでアオギリ様が待っているという予感があったのだ。

歩いていけば木々の合間を抜けて池が見える。

その池の前に、弥生が探していた姿が立っていた。弥生はホッと微笑んで、真っ直ぐその背に歩み寄った。

「アオギリ様」

声を掛ければ、アオギリ様が振り返る。弥生に向けた眼差しは優しく、そしてどことなく期待の色が滲んでいるように見えた。

ヌシとの戦いの最中にその姿は見えなかったが、きっとどこかで見ていたのだろう。そう確信して、弥生は笑みを浮かべて口を開いた。

「勝ったわよ、約束通り」

「うむ。見ておったぞ」

アオギリ様は、弥生たちの稲刈りを笑顔で讃えた。

「皆それぞれ素晴らしい働きをしていたが……弥生の最後の神降ろしは、真に見事なものだった。良き戦いを見せてもらったぞ」

「ふふ、ありがとう」

弥生が嬉しそうに笑うと、アオギリ様はふと迷うように視線を外した。そして束の間口をつぐみ、迷いながらもまた口を開く。

「のう、弥生。再び、問うても良いだろうか」

「……聞かせて。ただし、顔を見て」

弥生は逸れた視線が気に入らず、アオギリ様の襟元をぐいと掴むとその顔が向いている方向に体を割り込ませてそう言った。

その強気の態度とごまかしを許さない真っ直ぐな瞳に、アオギリ様は目を瞬き、そして堪えきれぬ笑いを零した。

「く、ふふ……ははは! まったく、そなたのそういうところは、ほんに変わらぬのう」

「そう? なら、私の本質みたいなとこなのかもね。変わったとこも沢山あると思うけど……気が強いとこも、弱いとこもある。迷って誤魔化してきた情けないとこも……全部私よ」

「そうだな……それが人だな」

二人は何だか可笑しくなって、顔を見合わせしばし笑い合った。

やがて笑いが収まると、アオギリ様は笑みを浮かべたまま今度はまっすぐ弥生の瞳を見つめた。

「弥生。我はそなたを愛しておる。我と共に、永の年月を生きてくれるか」

遙か昔の約束には何も触れず、アオギリ様はただそう 真摯(しんし) に問うた。

「ええ。私も貴方を愛している。この先もずっと、貴方と共に歩くわ」

その問いに弥生もまた、真っ直ぐに答える。

アオギリ様は頷き、手を差し出す。弥生は差し出された手にそっと自分の手を重ねた。

「我が名を」

「貴方の名は……『 青池之(あおいけの) 、 天霧纏(あまぎりまと) う 龍之守神(たつのもりかみ) 』」

今は龍神池と呼ばれるこの池は、その昔は青池と呼ばれていた。空の色や周りの木々の色をよく映し、青く染まることが多かったからだ。

その青池に揺蕩う霧を纏うような姿をした龍であると、かつての弥栄は何かに導かれるようにそう名付けた。

「……ああ、そうだ。我は確かにそんな名だったな。懐かしい……良き名だ」

真名で呼ばれ、身に宿る力が動くのをアオギリ様は感じた。もう長いこと半分眠っていた力が、深い場所で目を覚まし身じろぎをするような感覚だ。

それが目を覚ますと共に、己を縛る理がゆっくりと書き換わろうとしていることも感じる。

アオギリ様の力が増したことに弥生もすぐに気付いた。ホッと息を吐き、そして今度は弥生が口を開く。

「私の名は?」

神の伴侶として生まれ変わるための、新しい名を弥生が問う。アオギリ様は考えることもなく、己が伴侶に相応しい名を厳かに告げた。

「そなたの名は……『 弥栄之(いやさかの) 、 生命(いのち) 言祝(ことほ) ぐ 魔砕之守媛(まさいのもりひめ) 』」

新たな名を受けて、弥生は静かに目を瞑る。その名付けと共に、己の存在を形作る何かが書き換えられ、ゆっくりと変化していくのを確かに感じた。

そして目の前の神と結ばれた縁が、より太く強く、もはや離れることなどないようなものへと在り方を変えていくことも。

弥生は再び目を開け、そして晴れ晴れとした笑みを浮かべ口を開いた。

「……長いわ!」

「ははは、それは許せ」

「貴方のほうももっと長い名前に変えたほうが良かったかしら」

「今からでは無理ではないかのう」

残念だ、と弥生が口を尖らせ、アオギリ様がけらけらと笑う。

長い長い年月を越えてようやく結び直された縁を愛おしむように、二人は肩を寄せ隣り合わせて並ぶと、どちらからともなくしっかりと手を繋ぎ直し、そして天を見上げた。

晴天から、ぽつりぽつりと雫が落ち、二人の髪や頬に優しく当たる。

神と人との新たな婚姻が結ばれたことを天が言祝いでいる。そんな証しのような優しい雨は上空に美しい弓を描いた。

「――あ、にじ!」

「ホントだ。大きな虹……綺麗ねぇ」

「あそこだけ雨が降ってるのかしら? 不思議だけど、綺麗ね」

「ふふ。きっと、何か良いことがあったのだぞ!」

ヤナの言葉に、空は紗雪と顔を見合わせ、そしてパッと笑顔になった。

「ひろうえん、やらなきゃなやつ!」

「ヤッター! オイワイスルヨ!」

「ホピルルルッ!」

「あっはは、空ったら! もう、そんなのどこで憶えたの?」

何かを察した空の言葉にテルちゃんとフクちゃんが嬉しそうに続き、紗雪が声を上げて笑う。

きっとそうなのだろうと、紗雪も、他の皆も分かっていた。ずっとずっと村の人々が待ち詫びていた良いことが、きっとどこかで密かに実現したのだと。

「ないしょだよ!」

空はそう言って紗雪に向けて指を立て、笑顔で誤魔化した。

よく似た笑顔で笑う紗雪には、以前のような自信のなさや薄らとした陰はもうどこにも見えない。

空にはそれが、何だかとても嬉しい。

ヌシの討伐は既に終わり、見応えのあった勝負にサノカミ様が大層喜んだせいか、田んぼには酒米ともち米が山盛りだ。

村人たちは嬉しそうに周りの田んぼの稲刈りを始めている。

空はそんな嬉しさと新米への期待で胸をいっぱいにしながら、僅かに残ったおにぎりを手に取り、はむっと齧り付いた。

「空ったら、まだ食べるの?」

「うん! しんまいがでるまえに、たべてなくしておかなきゃ!」

「そんな心配はしなくても、うちの倉はもう空っぽなのだぞ。今年もよう食べたなぁ」

「あたらしいおこめも、いっぱいたべるよ!」

そして、空もまた大きく育つのだ。

高く青い空に、空の宣言が明るく響き、誰もが笑みを零した。

今年はきっと、秋も冬も一層賑やかで明るいに違いない。

天に架かった虹の弓は、それを約束しているかのようだった。