作品タイトル不明
2-130:慌ただしい退場
狐姫たちが導かれた場所はさっきまで弥生たちが戦っていた田んぼの前だった。道の上に敷かれた大きな敷物の上では、弥生以外の参加者たちがそれぞれ減った魔力を取り戻すように食事をしていた。
「ヤナ、まだお弁当残ってる?」
「ああ、大丈夫だぞ。ヤナが抜かりなく、空の分以外を分けておいたからな。おや、客人か。ささ、そこに座ると良いのだぞ」
ヤナに招かれ、狐姫と狐月はおずおずと頭を下げて敷物の端に腰を下ろす。すぐに紗雪とヤナが新しい重箱から料理やおにぎりを適当に小皿に取り分け、箸を添えて二人に渡してくれた。
「さ、食べると良いのだぞ。お前たちならこのくらいの量であればそう調整はいらんだろう」
「……い、いただきます」
「あ、どうも、ご馳走になります……」
いきなり歓迎されて、二人は戸惑いつつも魔力枯渇による空腹には勝てず箸を取った。
生意気なことを言って勝負を仕掛けたはずの二人を、周りに座る誰もが嫌な顔もせずに受け入れ、お茶を飲めとか団子はいるかとか色々言ってくる。
二人のほうが、戦う前の威勢の良さはどこへやら、すっかり借りてきた猫のように大人しい。
「おねえさん、ぶどうたべる? おいしいよ!」
「あ、ありがとう……」
皿に盛られた料理を一通り食べ終え、お茶を貰ってほっとしていると、横から葡萄が載った皿が差し出された。
空から宝石のように美しい葡萄を分けてもらい、狐姫は少し迷いながらもそれを口に運んだ。
シャクシャクした歯ごたえが心地良く、爽やかな甘みと酸味が美味しい葡萄だ。
味わって飲み込めば、胃の奥からぽかぽかと温かくなり、何だかほっと肩の力が抜ける気がした。
もっと食べるかと周りから聞かれたが、狐姫は首を横に振り、困惑した表情で顔を上げた。
「ご馳走様でした……あの、何でこんな、歓迎? してくださるんですの? 私、ずっとあんな態度でしたのに……」
狐姫が思わず呟くと皆の視線が何となく集まる。狐姫がそれに萎縮するように思わず身を縮めると、皆が口々にしゃべり出した。
「式神、あんなに沢山出しててすごかったね! 皆強そうだったけど、よく見られなかったのが残念。弥生はああいうの使わないのよね」
「いや、外の人なのによくヌシに挑んだなって感心するし……うちの村でも、ホントに強い人しかやりたがんねぇよ、アレ」
「俺は絶対無理ぃ! ってか、よく考えれば何で俺は巻き込まれたんだよマジでさぁ」
「おねえさんもおにいさんも、ぬしとたたかってるとこ、すごくかっこよかったよ!」
「ええ、とっても頑張ってたわ」
「外の者もなかなかやるのだぞ!」
それぞれの言葉を聞いて、狐姫の目からずっと堪えてきたものがほろりと零れた。
この村に来ると決めたときも、来てからも、誰かと会い衝撃を受けたときも戦っている最中も――多分、それ以前からもうずっと――震える心と体を意思でねじ伏せ、堪えてきたものだ。
名も知らぬ村の人間たちに温かく労われ、狐姫が溜めてきた色々な想いが堰を切ったかのようにほろほろとこぼれ落ちた。
するとそんな狐姫のところに、音もなく近づく者がいた。
「ヘイ、オネーチャン、マヨッテルネ?」
「あ、テルちゃん、だめだよ!」
「チョットクライユルスヨ! ダッテコンナニナイテルノ、カワイソーダヨ!」
すすすと近づいてきたテルちゃんを捕まえ、空は止めようとした。しかし確かに可哀想な気もすると迷ってしまう。
「ダイジョブダヨ、テルガナニカスルンジャナイヨ! タイゾーガカイケツスルヨ!」
「たいぞうにいちゃんが? うーん……じゃあいいか」
それくらいの助言なら、テルちゃんの力が増して困ることもないか、と空は許すことにした。
代わりにいきなり指名された泰造は、また何か厄介事かと渋い顔だ。
「たいぞうにいちゃん、あんね、ちょっとそのはちがねとって、このおねえさんのこと、みてあげて」
「うーん……まぁ、ちっと見るくらいならいっか」
空に頼まれ、泰造は着けたままだった鉢金を少しだけ上にずらした。
そして狐姫に『見よう』と意識して視線を向ける。
「んー……あれ? あんた……何か変だな」
変だという言葉に狐姫の肩が思わず揺れた。そのあとに何を言われるのかと怯えるように表情が曇る。しかし泰造は軽い口調で、狐姫にとって衝撃的な言葉を続けた。
「ああ、なるほど。えーと、あんた今十八才? 一族の成人の儀式とかいうの、まだ受けてないんだな。十六くらいでやるっていうやつ。それを受ければ、耳と尻尾が生えたはずだったらしいぞ」
「……え」
「あんたが赤ん坊の頃に使った仔守玉が……多分、ちっと強すぎたみたいだな。あとあんたと魔力の相性が良すぎて、あんたの性質を人に近く変えちまったんだとよ。けど、正式な成人の儀をすればその影響が抜けて、今からでも本来の姿に戻るってよ」
「マジか!? すっげぇ……良かったな、狐姫!」
「ほ、ホントに……? ホントなの!?」
驚く二人に、泰造は自信満々に頷いた。
「俺は見たまま言ってるだけだから、信じていいぞ。難しい儀式じゃないなら、早く帰って受けてきたらいいんじゃねぇ?」
「ホントに……私に、耳と、尻尾が……」
一族の成人の儀式は、稲荷大社の祭神に成人を迎えたことを報告し、感謝と共に供物と舞を捧げるという儀式だ。そのための特別な舞も、狐姫はちゃんと練習していた。
だが耳も尻尾もない狐姫を一族と扱うのか物議を醸し、未だその儀式を受けさせてもらえていない。
たったそれだけのことで、物心ついてからずっと思い悩み苦しんでいたことが解決する。それは狐姫にとっては何よりもの救いの言葉だった。
「ただ、本来の姿に戻ると力の性質が多分かなり変わるから、術を……特に火系統の術を使うときは少しずつ試して練習してからにしな。でないとうっかりそこら中燃やしたとかになっちまうぞ」
「は、はい!」
「それと、今使ってる式神、あんたと相性悪いのがいるぞ。出来れば二番目と四番目はそっちの兄ちゃんのと交換するといいかもな」
「すぐします!」
「ちょっと待って! 俺、男はいらねぇんだけど!」
「するのよ!」
「嫌だ!」
狐姫は涙も止まりキラキラと瞳を輝かせているが、狐月は完全にとばっちりだ。
泰造はそんな狐月にも目を向け、それから僅かに目を見開いた。
「うわ……そっちの兄ちゃんは、見合いの顔合わせに行ったってバレて、彼女に振られる秒読みだって出てる……悪いこと言わないからすぐ帰って弁解したほうが良いかも」
「はぁ!? ちょ、ま、え、ホントに!?」
狐月は慌てて近寄って泰造の襟をぐっと掴んだが、泰造は可哀想なものを見る眼差しで首を縦に振った。
サッと青くなった狐月は、すぐさま泰造を離すと立ち上がり、バタバタと草履を履いて走り出す。
「狐姫、俺先に帰るから!」
「あ、ちょっと! 待ちなさいよ! 式神の交換!」
「嫌だー!」
狐姫はそちらのほうが気になるらしく、こちらも慌てて狐月の後を追って去っていった。
「あ、ご飯、ご馳走様でした! 治療と助言もありがとうございました! 色々失礼なこと言ってすみませんでしたまた来ますー!」
遠くで狐姫が手を振り、そう叫ぶ。
その声はもう取り繕ったような上品さもとげとげしさもなく、年相応に明るく弾むように響いた。
「いや、もう来なくてもよくねぇ?」
泰造の呟きに、その場にいる全員が静かに頷く。
最後まで、ある意味嵐のような訪問者だった。