軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-110:弥生の事情

「おばちゃん、どうしよう~!!」

アオギリ様のところにおかしな客があった、次の日の昼過ぎのこと。

昼寝をしていた空は、突然大きく響いた声にビクッとして眠りから引き戻された。

何が起きたのか分からず、寝ていた布団の上でぼんやり天井を見ていると、耳元でピ、ピピ、と声がする。

側にいたフクちゃんが空が起きたことに気付いて様子を見に来たのだ。

「フクちゃん……いまのなに?」

「ホピ……」

フクちゃんにもよくわからないらしい。空はフクちゃんを一撫でして、身を起こしてタオルケットを避け、部屋の外を目指した。

「落ち着いて、弥生ちゃん」

「雪乃おばちゃん……うわあぁぁん! もうヤダ何でなの!」

部屋の外に出て、廊下から居間を覗き込んだ空は目を丸くした。居間の囲炉裏の側では、いつもの巫女姿の弥生が雪乃の前にうずくまって泣きわめき、雪乃とヤナに宥められていたのだ。

「大丈夫よ。今すぐっていう話じゃないんでしょう? どうしたらいいのか、まずはゆっくり考えましょう、ね?」

雪乃はポンポンと丸まった背を叩き、まるで母のように優しく声を掛けている。弥生はうう、と小さく呻きながらされるがままだ。

空がポカンとしていると、ヤナがそれに気がつきそっと手招きをした。

「やよいちゃん……どうしたの?」

空が小さな声でヤナに問うと、ヤナは難しそうな表情を浮かべた。

「昨日の話の続きなのだぞ。龍花家に外から正式な見合いの話が来たらしい。アオギリ様と、弥生に」

「へっ!? なんでやよいちゃんにも?」

突然の話に空は驚き、弥生の丸い背中に視線を向けた。

「多分昨日の女の子とアオギリ様が結婚するために、一番邪魔になるのは弥生ちゃんだとわかってるからでしょうね。弥生ちゃんに他の人との結婚を勧めて、村から追い出せば何とかなるとでも思ってそうだわ」

「全く、馬鹿にした話なのだぞ。神が己の待ち人をそんなことで諦めると思うなど。弥生もここへ来て嘆くぐらいだ、あり得ないと思っているのだろう?」

雪乃とヤナの言葉に、突っ伏している弥生が小さく頷く。

弥生はしばらくそうしていたが、やがてむくりと身を起こして泣き濡れた顔を上げた。

「やよいちゃん……おみあい、やっぱりやなの?」

空が問うと、弥生は乱雑に涙を拭いながらこくりと頷く。子供のようなその仕草に雪乃は苦笑し、懐から手ぬぐいを出して優しく弥生の頬を拭った。それから頭を優しく撫でて顔を覗き込み、大丈夫よ、とまた繰り返した。

「弥生ちゃん、昔みたいにおばちゃんって呼んでくれたわね」

「……ごめんなさい」

「あら、良いのよ。ずっとそれでも良かったのに、大人になったら変えちゃって寂しかったのよ」

ふふ、と雪乃は笑い、それから弥生の手を安心させるように優しく握った。

「ばぁばとやよいちゃんって、なかよしなの?」

「ええ、そうよ。だって弥生ちゃんと紗雪は、すごく仲が良かったもの。弥生ちゃんはしょっちゅう遊びに来てくれたしね」

雪乃はそう言って昔を懐かしむように微笑んだ。

紗雪を訪ねてきては、おばちゃんこんにちは! と元気に挨拶してくれた姿が思い出される。紗雪が家を出てから弥生とも少しばかり疎遠になり、いつからか雪乃さんなどと呼ばれるようになって、何だか寂しい気持ちを抱いていたのだ。

弥生は紗雪の親友であるというだけでなく、雪乃にとっては小さな頃からずっと見守ってきたもう一人の娘のような存在だった。

「ね、弥生ちゃん。私を始め、この村の人は皆貴女の味方よ。貴女がずっと一人で悩んでいたことも知っているし、心配してたの。だからまずは貴女が何に悩んでいるのか、聞かせてもらえないかしら?」

「おばちゃん……うん」

弥生はまた少し涙ぐんだが、それをぐっと堪えて小さく頷く。

様子を見守っていた空は弥生が気を取り直したのを見てその隣に行き、顔を見上げて口を開いた。

「ね、やよいちゃん。アオギリさまと、なんでけっこんしないの?」

「うぐっ……!」

「空……そこはもう少し遠くから攻めたらどうかしらね?」

雪乃が困ったようにそう言うが、空はふるふると首を横に振った。

「こーいうのは、ずばっときいたほうがいいとおもう!」

子供ならではの無遠慮さを武器に、相手に言い訳を考える隙を与えず切り込んだほうが良いのだ。何しろやっとそのチャンスが巡ってきたのだ、遠慮をしている場合ではない。

「あんね、ぼく、このまえアオギリさまから、むかしのはなしきいたんだよ」

「うえっ!? 子供に何を……」

「アオギリさまは、やえさんとやよいちゃんはちがうっていってたよ。やよいちゃんだからすきなんだって。けっこんしたいのはやよいちゃんだからだって!」

文句を言おうとした弥生を遮るように、空は早口でそう告げる。弥生は告げられた言葉に戸惑うように、開きかけていた口をぱくりと閉じた。

「空ったら、アオギリ様とそんな話をしてたの?」

「うん。ね、やよいちゃんは、アオギリさまとながくいきるのがやなの?」

白妙に迷いはないのかと問うていたアオギリ様の姿を思い出し、空は弥生にそう聞いた。人としての人生を捨てることに迷いがあるのかと。

その問いに弥生は少し考え、ゆっくりと首を横に振った。

「それは……別に、ちゃんと覚悟してるの。永く生きるってこともその先も、理解して納得してるし……」

「じゃあ、なんで? いやじゃないなら、なににまよってるの?」

空が首を傾げて問うた瞬間、空の胸元がピカリと光を放った。

「わっ!」

「オハヨー、ソラ! マイゴ? マイゴハドコダヨー?」

「テルちゃん! おはよ……じゃなくて、きゅうにでてきたらびっくりするよ!」

呼んでもいないのに現れたのはテルちゃんだった。どうやら迷っているという言葉に反応したらしい。

相変わらず油断ならない面がある、と思いながら空はため息を吐いた。当のテルちゃんはそんな空の内心も知らず、きょろきょろと周りを見回して暗い顔をした弥生に目を付けた。

「ヘイ、ソコノネーチャン、マイゴカイ?」

「テルちゃん? ほんとにどこでそんなへんなことば、おぼえてくるの!?」

空は慌ててテルちゃんをガシッと捕まえ、弥生に何かする前に引き離そうと持ち上げた。しかしテルちゃんはジタバタと短い手足を動かして抵抗しようとする。

「まいごのごあんないは、だめっていってるでしょ!」

「タマニハユルスヨ!」

「だーめ!」

確かに最近は周りからも止められているのでしていないが、それでも簡単に許すわけには行かない。空がメッと言うと、テルちゃんは不満そうにピコピコと頭の葉っぱを揺らした。

そのやり取りをポカンと見ていた弥生が、可笑しくなったのかくすりと笑いを零す。弥生は空とテルちゃんに交互に視線を向け、そしてゆるりと首を横に振った。

「そうね……迷ってるっていうのとちょっと違うかな。あのね、私……生まれ変わって忘れちゃったの。アオギリ様の、本当の名前を」

「なまえ?」

その言葉に驚きを示したのは雪乃とヤナだった。二人はハッと息を呑み、表情を強ばらせる。

「弥生ちゃん……じゃあ、それでずっと、結婚できないって?」

「それはまずいのだぞ!」

二人の言葉に弥生は俯くように頷いた。

「私が、昔の私がアオギリ様に名付けをしたっていうのは憶えてるのよ。でもどういう訳か、その肝心の名を憶えていないの。どうしても思い出せないのよ」

「おもいだせないとこまるの? アオギリさまはじぶんのなまえ、わかるんじゃないの?」

空が疑問に思ったことを口に出すと、ヤナが難しい顔で首を横に振った。

「神の名というのは扱いが難しいものなのだぞ。この村ではアオギリ様はアオギリ様だ。他の名で呼ばれることはない。昔からそう呼ばれているが、それは真名を縮めた愛称のようなものだと聞いている。そしてその真名は誰も知らぬのだ」

「アオギリ様の成り立ちから考えると、多分その真名を知るのはアオギリ様を神にした契約者だけ……けど、その契約者の中からその名が失われたなら、恐らくアオギリ様本人も己の名を見失っているかもしれないわ」

「今のアオギリ様からすると、その可能性が高いのだぞ」

空はよくわからないな、と思いながら弥生の顔を見上げた。弥生は辛そうに顔を歪めている。

すると空に捕まえられたままのテルちゃんが、空の腕をぺちぺちと叩いた。

「テルハ、テルタママヨヒコダヨ! ソラガクレタナマエ! デモ、ソレヲワスレチャッテ、タダノテルニナッタラ、モウマイゴノゴアンナイ、キットデキナイヨ!」

「そうなんだ……なまえ、だいじなんだね?」

「ソウダヨ! ソンデ、ソラガテルノナマエワスレチャッテ、ホカニダレモシラナカッタラ、テルモキット、ホントノナマエ、ワスレチャウンダヨ!」

その説明は空にも理解出来た。

アオギリ様は今、持っていた名の多くを失い、それによって本来の力を失っている状態だということらしい。それでもこの村を守れているのは、村人皆がアオギリ様を守護神として大切に祀ってきたからなのだろう。

しかしそれもそろそろ限界だ、とアオギリ様本人が言っていたことを空は思い出した。