軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-109:一先ずの解散

突然現れた謎の巫女さんに、アオギリ様をはじめとした神社関係者は全員が困惑した様子だった。

狐姫はそんな様子を気にもせず、少々あざとい印象の笑顔を浮かべ、アオギリ様に近づくと熱心に話しかけた。

「背がお高いんですね」とか、「素敵な神気です」とか言っているが、当のアオギリ様は困ったように眉を下げている。

「そなたは……あれか。前に話のあった、我の見合い相手とやらか?」

「はい!」

語尾にハートが付きそうな声で狐姫が頷く。しかしアオギリ様は困った表情のまま首を横に振った。

「その見合い話は既に断ったはずだがの」

「あら……でも、うちの御祭神様は、縁結びの会議で改めて紹介することが決まったって仰ってましたわ。話は通しておくので先に顔合わせをと送り出されたんですの」

その言葉にアオギリ様は首を傾げ、後ろにいた辰巳と大和が顔を見合わせた。

「お嬢さん、まだ今年の大会議には早いじゃろう。一体いつの会議だね?」

神々が集う十月の大会議にはまだ時期が早い。いつの話だと辰巳が問うと、狐姫はにっこりと笑顔を見せた。

「大会議前の、全国神仏労働組合の実務者協議ですの!」

「何ですかそれ!? 知らない組合なんだけど!?」

声を上げたのは神社の実務を任されている大和だった。どうやら大和も知らない話だったらしい。

(何そのファンタジー感があるのに世知辛そうな組合……そして会議……うっ、頭が!)

組合や会議という単語に、空は嫌な思い出がよみがえりそうな気分になってしまった。思わずフクちゃんとテルちゃんを抱えている手に力が入る。

「ホビッ!」

「ムギュッ!」

フクちゃんは危険を察知したのか、小さな体を活かしてするりと空の腕を逃げ出して肩に移動し、逃げ損ねたテルちゃんはおかしな声を立てる。

「あ、ごめんね、テルちゃん」

空は慌てて手の力を緩め、テルちゃんに謝ってその頭を撫でた。

サラリーマン時代を思い出させる単語を聞くと、空はつい癒しを求めたくなってしまうのだ。

そんな前世サラリーマンの悲哀を知るよしもなく、狐姫はちょっと得意そうに何も知らない面々に説明をしてくれた。

「都会の神社仏閣を中心にして、最近出来た組合ですのよ。神様方も何かとご多忙ですから、その負担を減らす為に作られたものですの。ここまではまだお話が来ていなかったんですのね、きっと」

魔砕村は田舎ゆえ、話が届いていなかったということらしい。

狐姫は辰巳や大和にそう言って微笑み、それから視線を動かした。側で成り行きを見つめている雪乃と空を少し不思議そうに眺めた後、弥生に目を留めた。何故か彼女はそのまま弥生をしばらく見つめた後、唇をぎゅっと曲げて目を逸らす。

そしてまたアオギリ様に視線を向け、スッと一歩前に出ると触れそうな位置まで近づき、上目遣いにその顔を見上げた。

「ここ魔砕村はこの周辺地域の安定に欠かせぬ地と聞いております……アオギリ様のお力が損なわれ、この地が荒れることを神々はとても心配なさってますの。そのために私が選ばれたのです。アオギリ様を地に留める 縁(よすが) となれるなら、私は喜んでお仕えし、妻としてお支えいたしますわ」

祈るように組み合わされた腕がぐっと胸を押し上げる。空はそのあざとさに思わずパチパチと拍手をしたくなった。

(すごい……すごいあざとい! これが女子力!? 僕と路線は違うけど、見習うとこはありそう!)

大分間違った方向に感心しつつ、空はアオギリ様と狐姫を見守る。しかし、ここには見守るだけでは済まない女子がもう一人いた。

「いやちょっと、貴女何なの? いきなり押しかけてきて見合いとか妻とかって、アオギリ様は断ったって言ってるじゃない」

「きゃっ、何ですのいきなり……こわぁい」

狐姫は弥生の剣幕に驚き怯えた風を装い、さりげなくアオギリ様に寄り添う。アオギリ様は嫌そうに僅かに身を引いたが、流石に突き飛ばすような真似はしなかった。

「うっわ、何そのあざといの! 離れなさいよ!」

「弥生、よしなさい」

「お祖父ちゃん! でも……」

弥生は狐姫に食ってかかろうとしたが、その前にスッと辰巳が割って入り、その動きを止める。悔しそうに顔を歪める弥生を見て狐姫はくすりと笑い、アオギリ様の顔を見上げた。

「聞けばアオギリ様は、果たされぬままの昔の約束に縛られておいでとか? それなのにその相手にはそれを守る気がないなんて、ひどい話ですのね。私ならそんな風に気を持たせて待たせるような真似、決していたしませんのに」

「なっ……!」

狐姫はそう言いながらアオギリ様の腕に自分の腕を絡め、手入れの行き届いた柔らかな髪を揺らし首を傾げて美しく微笑んだ。

弥生は狐姫の挑発的な言動に思わずまた声を上げかけたが、その肩を辰巳が押さえて首を横に振る。

辰巳は弥生の肩をそのままトンと軽く押して下がらせる。その後ろにいた大和に抑えておくよう目配せをし、それからゆっくりと振り向いた。

「さて……どうにも珍しいお客ですな。神々のお考えはある程度察せられますが……アオギリ様は、まだお待ちになるので?」

辰巳はアオギリ様に視線を向けると、静かな声でそう問いかけた。アオギリ様はその問いに少し考え、うむ、と頷く。

「我の気持ちは変わらぬよ。変わらぬことで起きる全ては、我の責ぞ」

「……承知いたしました」

辰巳はその返答に頷くと、おもむろに視線を狐姫へと向けた。

「ところでお嬢さん。今日はどうやってここに来なさったのかね?」

辰巳が口を開き、今度は狐姫にそう問いかける。狐姫は何を問われたのか一瞬分からず、不思議そうに辰巳の顔を見た。

「どうって……列車とおかしなバスを乗り継いでですわ」

そう狐姫が答えると、辰巳は穏やかな笑みを浮かべて首を横に振った。

「そうか。ならそろそろ帰るのがよろしかろう。バスはともかく、列車がなくなるゆえの。この村には人を泊めるような宿はない。せめて隣村まで行かねばの」

「あら、私、アオギリ様の所でお世話になるつもりで参りましたの。アオギリ様のお住まいの片隅をお貸しいただければ結構ですわ」

狐姫がそう言ってアオギリ様の腕にさらに強くしがみつく。アオギリ様はその腕を自分から遠ざけたいというように、少し身を引いた。

しかし辰巳は微笑んだまま、狐姫の返答にキッパリと首を横に振った。

「あいにくだが、アオギリ様のお住まいである当神社では、 訪(おとな) いの先触れもない 不躾(ぶしつけ) な狐風情に貸す軒はないのだよ」

「……何ですって?」

表情とは裏腹に笑みを含まぬ辰巳の声と言葉に、狐姫の冷えた声が返る。空気がピリリと引き締まり、見えない火花が散ったように空には見えた。

「己が神との約束も守れぬ神社の宮司風情が、言うじゃありませんの。私を稲荷の姫と知ってのお言葉かしら?」

「おやおや、人にしか見えぬ狐でも姫を名乗れるとは。時代も変わったものだのう。そういうことはせめて礼儀を守るか、もう少し尾でも増やしてから言うが良かろうて」

辰巳の言葉に狐姫の眉がつり上がる。辰巳はどうやら狐姫がどういう素性の者なのかを知っているらしい。宮司としてアオギリ様を守らんとする辰巳の言動は極めて冷ややかだ。

(修羅場だ……! 神主のおじいちゃんの方が容赦なかった!)

などと空が内心でガクブルしていると、アオギリ様がその空気を割るように片手を挙げた。

「辰巳、よい」

「……は」

アオギリ様が辰巳を止めたことで、狐姫がサッと剣呑な目付きをすぐさま隠してアオギリ様を見上げた。庇護欲を誘うような悲しそうな表情に一瞬で変わる様は、いっそ見事だ。

「アオギリ様、あの、私……」

アオギリ様に何事か訴えようと口を開いた狐姫の前に、挙げたままだった片手がスッと差し出された。

「そなたももうよい。辰巳の言う通り、今日のところは隣の村にでも泊まるが良い。そして、明日にでも帰るがよかろう」

「えっ!? そんな……アオギリ様、どうか私をお側に置いてくださいませ!」

狐姫はそう縋るが、アオギリ様はすげなく首を横に振り、絡みつく腕を引き抜くように剥がして距離を取った。

「我はそれを望んではおらぬ。我が望むのは弥生の心のみだ。だが、その心は弥生のもので、それを曲げることも望んではおらぬのだ」

「そんな……それでは、神としてのお立場はどうなさるのです!」

「そんなもの、もし失われたならそれもまた定めということだろう。故に我が外の神々に求めたのは見合いではなく、ここに来ても良いという新たな柱の紹介だったのだがの……ま、すぐという話でもないから、気長に交渉するかのう」

アオギリ様はひらひらと手を動かし、何でもないことのようにそう言って笑った。

その笑みを見て狐姫は口を噤み、納得いかないというように表情を歪める。

空はそんな狐姫の向こうで同じように表情を歪め、何かを堪えるような顔をした弥生を見ていた。

弥生は何だかとても辛そうで、言いたいことがあるのに言えないというような、そんな様子だ。その姿が、何だか言いたいことを飲み込んでばかりいたいつかの自分の記憶と少しだけ重なり、空は思わず手を伸ばしたいような気持ちに駆られてしまう。

「……私、絶対に諦めませんから! 次は先触れを送って参りますので、どうぞよしなに!」

叩きつけるような言葉が聞こえ、空はハッと伸ばしかけていた手を戻す。慌てて声の方を向けば、狐姫が苛立ちを隠すようにぎこちなく微笑み、踵を返して去っていくところだった。

広場の出口には、困ったようにこちらを見ている田亀とキヨの姿がある。どうやら田亀は彼女をここまで連れてきたものの、先を予想して待っていてくれたらしい。

ゆるふわっぽく擬態していたがすぐにボロを出した嵐のような巫女は、ひとまず亀バスに乗って無事に去って行ったのだった。

「アオギリ様の、見合いだと?」

「そうなんだって!」

家に帰り、三時のおやつの時間。

空はスプーンを持ったまま真面目な顔で、うんうんとヤナに頷いた。

今日のおやつはひんやり冷たい牛乳寒天だ。少し前に余所から貰ったイチジクの砂糖煮が掛けてある。

つるりとした寒天は優しい甘さで、コクのある牛乳の風味が美味しい。上に掛かったイチジクは皮を剥いて丸ごと煮たもので、スプーンで崩して口に運ぶと独特の香りとプチプチした食感が楽しかった。

それぞれを別に食べても一緒に食べても変化があって楽しく、飽きの来ないおやつだ。

空はそれをぱくりと口に含み、じっくり味わって飲み下すと、また真面目な顔でヤナに頷いた。

「なんかね、アオギリさまに、よそのかみさまがしょうかいしてくれたんだって」

「余所の神か……縁結び系統かのう? それで、その客はどうしたのだ?」

「ゼンゼンアイテニサレナクテ、プンスコシテタヨ!」

またもぐもぐと口を動かす空に代わって、テルちゃんが手をパタパタ動かしてヤナの問いに答えた。何だか面白いものを見たとでも言いたげなちょっと浮かれた声音に、雪乃は困ったように眉を寄せる。

「テルちゃん、あんまり面白がっちゃ駄目よ」

「ナンデダヨ? シュラバッテヤツ、キョーミブカイヨ! モットミタカッタヨ!」

「テルちゃんはそういうことば、どこでおぼえてくるのかなぁ」

自分の意識からだったら困るな、と空は思うが、何となくそれが正解のような気もしてくる。

とりあえずテルちゃんがあまり変な成長をしないよう気を配ろうと考えながら、空はスプーンに食べかけのイチジクを少しだけ載せて、テーブルの上にいるフクちゃんにそっと差し出した。

フクちゃんはイチジクのプチプチした種が好きなようなので、ちょっとだけお裾分けだ。

「アオギリ様は相手にしなかったか……それは良かったが、それで諦めるかの?」

「多分無理ね。とりあえず今日のところは帰っていったけど、魔狩村辺りに宿を取ってまた来るつもりでしょうね」

「ふむ……稲荷の系譜の娘か。どうも一筋縄ではいかなそうだの」

「アオギリ様は迎える気は全くないようだけど……弥生ちゃんはどうするのかしら」

雪乃は弥生の心中を思い、心配そうにため息を吐いた。

「けっきょくやよいちゃんと、おはなしできなかったな……」

色々あったおかげで、結局今日も弥生に時間を取ってもらえなかったと空は肩を落とした。