軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-107:田んぼでの異変

「ごめんください」

「こんにちはー!」

「コンニチハダヨ!」

「ピルルルー!」

午後、日課の散歩がてら村の神社を訪ねた空たちは、拝殿でお参りしてから社務所を訪ねた。起きてきたテルちゃんも一緒だ。

全員で口々に挨拶をして社務所の戸を叩くと、中から弥生の祖母である澄子が顔を出した。

「あら、空くんと雪乃さん。いらっしゃい」

「こんにちは。急にごめんなさいね、澄子さん。今、弥生ちゃんはいるかしら?」

雪乃がそう聞くと、澄子は軽く首を横に振る。

「弥生に用なの? 今ちょっと出掛けてるのよ。そろそろ帰る頃だと思うんだけど……」

「ヤヨイイナイ? マイゴ?」

「まいごじゃないとおもうよ、テルちゃん。けど、どこにいるの?」

今日も空振りか、と内心で落胆しながら空が問うと、アオギリ様と近くの田んぼを見に行っているのだと澄子は教えてくれた。

「稲刈りの準備かしら。そろそろヌシが出る頃合いよね?」

「ええ、少し前にサノカミ様に稲刈り前の奏上をしたのよ。それで、そろそろヌシが出るはずだからって、このところ毎日探しに行ってるんだけどね」

魔砕村の田んぼでは、秋になるとヌシと呼ばれる謎の存在が現れる。一反分の田んぼの稲が全て消え失せ、巨大なモンスターのようなものが現れるのだ。

田んぼの神様であるサノカミ様からの試練だとか贈り物だとか言われる存在で、村の代表者たちが何人かで挑み、無事に倒すと村の稲刈りができるという仕組みになっていた。

「ぬしって、さのかみさまが、だしてるの?」

「そう言われてるわね。神主さんがサノカミ様に、今年も稲刈りが無事に出来そうですよってご報告すると、田んぼにヌシが現れるのよ。けどそれが今年はちょっと遅いらしくて……」

澄子は空にそう説明しつつ、頬に手を当て困ったように眉を下げた。

そんなシステムであのヌシが現れていたのか、と空が話に聞き入っていると、バタバタと走る音が聞こえてきた。

「お祖母ちゃん、大変、大変よ!」

「あ、やよいちゃん!」

声がした方を振り向くと、弥生がこちらに走ってくるところだった。弥生は社務所の入り口に立っていた空たちの前まで来ると、ゼェゼェと荒くなった呼吸を宥めながら口を開いた。

「お祖母ちゃん、お祖父ちゃんどこ!? 早く、田んぼに来てもらって、それでえっと」

「落ち着きなさい、弥生」

「弥生ちゃん、はい、まずはお水を飲んで」

雪乃がそう言って、宙に浮かせた柄杓を弥生に差し出した。近くの手水場にあった柄杓を魔法でさっと引き寄せ水を注いだのだ。

弥生は一瞬迷ったようだがその柄杓を受け取り、冷えた水を一気に煽った。

「っはー……ありがとう、雪乃さん」

「どういたしまして。もう一杯いる?」

「ううん、もう大丈夫」

水を飲み、深呼吸をしたことで弥生も大分落ち着いたらしい。ふぅ、と一つ息を吐くと、弥生は澄子に視線を向け、それから神社の入り口の方向を指さした。

「お祖母ちゃん、すぐお祖父ちゃんに、田んぼまで来てもらって。広場から南にちょっと行った先の田んぼよ」

「ヌシが出たの?」

「まだなんだけど、その兆候があるの。ただ、それが、何故か二カ所にあるのよ」

「二カ所? え、そんなことあるの? ヌシが二体出るっていうこと?」

「わかんないけど……多分」

真剣な表情で頷く弥生に、澄子と雪乃は戸惑ったように顔を見合わせた。よくわからない空は首を傾げ、弥生の袴をくいと引っ張った。

「ぬしって、いったいだけってきまってるの?」

「あ、空くん……うん。ヌシは一体だけよ。そうはっきり決まってるってわけじゃないけど……二体出たことなんて私の記憶にはないわ。アオギリ様も首を傾げてたし」

「そうなんだ……」

どうやらアオギリ様まで戸惑うような、今までにない事態が起こっているらしい。

去年初めてヌシを見て呆然とした空としては、それが二体に増えたと言われてもおかしいことだという実感は薄い。空の基準では、ヌシは一体だけでも圧倒的におかしい存在なのだし。

澄子は弥生に頼まれ慌てて神主である夫を呼びに走っていったが、空にはそれよりも気になることが他にあった。

(ヌシにぶら下がってた大きいお米は、全部もち米だったんだよね、確か。ヌシが二体っていうことは……今年は、おもちが二倍食べられるってことなんじゃない!?)

魔砕村のお餅は美味しい。ヌシが攻撃手段としてばらまくラグビーボール大の米粒がその原料なのだが、拾ったら貰えるし、後で村から分けてもらうことも出来る。

幸生と雪乃にねだれば空の為に張り切ってそれを蒸して搗いてくれるので、搗き立てのほかほかの餅が食べられるのだ。

(搗き立ての柔らかくて温かいお餅、すっごく美味しいよね!)

その餅がもしかしたら二倍……と空が心を馳せているうちに、澄子が神主の辰巳を連れて戻ってきた。

「弥生、ヌシはどの辺だ?」

「南の方よ、こっち!」

弥生はそちらを指さすと、辰巳と連れだってまた大急ぎで神社を出ていった。

空はそれを見送ってから、足元をチョロチョロしていたフクちゃんとテルちゃんを捕まえて抱き上げ、それから雪乃の顔を見上げた。

「ばぁば、ぼくもやよいちゃんとこ、みにいきたい!」

「テルモ!」

「ピルルッ!」

「そうね……じゃあ行ってみましょうか」

「うん!」

可愛い孫と小鳥と精霊に上目遣いでじっと見つめられ、雪乃は一瞬しか迷わなかった。

「じゃあ澄子さん、私たちもちょっと田んぼを見てくるわね」

「ええ、行ってらっしゃい。私はここを空けられないから、よろしくね」

誰もいなくなったので澄子は神社で留守番らしい。雪乃は澄子に会釈するとフクちゃんやテルちゃんごと空を抱き上げ、境内を後にして広場へと向かった。

広場では男たちが何やら櫓を分解したり、資材を運んだりしていた。少し前に行われた盆踊りの屋台を片付けたりしているらしい。夏の終わりから収穫の秋に向けて村人たちは何かと忙しいため、撤去が後回しになっていたものを片付けているようだ。

そんな作業に加わっている幸生を見つけて、空はパタパタと手を振った。それに気付いた幸生も手を挙げて答えてくれた。

「ばぁば、じぃじがいたよ!」

「ええ、いたわね」

空に答えた後、天を仰いで立ち尽くしていた幸生を振り返って眺め、雪乃はくすりと笑みを零した。

広場を横切って南に繋がる道に出ると、弥生たちの姿はすぐに目に入った。

道の両側には黄金色に変わりつつある田んぼが広がっている。道に立ってその一角を眺める何人かの人影の中に、さっき別れたばかりの弥生と辰巳、そしてアオギリ様と大和の姿があった。

四人は目の前の田んぼを指さしながら、何やら話し合っているようだ。

雪乃に抱かれた空は、高くなった視点から彼らが指さす田んぼの方を見て首を傾げた。

「いね……たおれてる?」

道のすぐ横の田んぼが二枚、他の田んぼと違って何だか稲が波打って乱れたようになっている。

他の田んぼでは、実った穂を重たそうに垂らした稲が綺麗に並んで立っている。しかしヤヨイたちが見つめる先の田んぼだけ、風に負けて倒れたかのように稲が傾いてくっつき、何本もの筋を作っているのだ。

「あれは倒れてるんじゃなくて、集まろうとしてるのよ」

「あつまるの? ぬしになるから?」

「ええ、多分ね」

そう言われてよく見れば、確かに何本もの筋は中心に向かって渦を巻いているような気がする。稲が真ん中に集まっている途中だと言われれば、確かに納得する姿だ。ただ、植物がぐねぐね集まって巨大化することを想像すると、何となく不気味ではあるが。

空と雪乃はそんな話をしながら異変のあった田んぼのすぐ側までやってきた。するとアオギリ様が二人に気付き声を掛けてくれた。

「おや、雪乃と空か。田を見に来たのか」

「アオギリ様、こんにちは」

「こんにちは!」

空は元気良く挨拶をし、それから田んぼを不思議そうに見下ろした。