軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-106:出張団子屋

「まいにちおだんごせいかつ……しあわせぇ」

朝、十時。

米田家の縁側での、日課である午前のおやつの時間。空は団子を頬張る合間に、幸せそうに呟いた。

今食べているのは醤油を塗って香ばしく焼いたしょっぱい団子だ。

ギリギリの焼き加減を上手く狙って仕上げられた団子がとても美味しい。

「それなら良かったんだね。これの次は何がいいかね?」

持参した七輪の炭火で醤油団子を焼きながら、猫西が問いかける。空はその問いにムムム……と唸ってしばし考え込み、パッと顔を上げた。

「きなこにする!」

今日の団子は、餡子、きなこ、ごま、しょうゆ、という四種類だと聞いていた。空が毎日飽きずによく食べるので、猫西は種類を少し減らして作りやすいよう密かに工夫しているのだ。

空は毎日同じ団子でも全然構わないのだが、猫西は長く楽しんでもらおうと結構気を使っていた。

「ねこにしさんのおだんご、きょうもおいしい……あと、おだんごつくってるの、おもしろい!」

空はそう言って米田家の縁側に置かれた大きなこね鉢の中を覗き込む。外側が黒く、中が赤い漆塗りのこね鉢の中では、団子の生地がもにょんもにょんと勝手に動き練られていた。

自動機械に入れたかのようなその動きは、七輪の火加減を見る傍らで猫西が操っているのだ。

「ぜんぶまほうなの、すごいなぁ」

空がそう呟くと、猫西がにゃふっと笑う。

「この手で練ったらべたべたにくっつくし毛が混じっちゃうから、魔法じゃないとね。団子にするのも串に刺すのも便利だしね」

猫西が手を一振りすると、こね終わった団子がプチリプチリと勝手に千切れてくるくると丸くなる。玉になった団子はふわふわ集まり、用意された銀色のバットにきちんと並んでいった。これは後で茹でられるらしい。

今日も空がよく食べるので、販売用の追加分を作るところを見せてくれているのだ。

猫西は丁度良く焼き上がった醤油団子を皿に載せて空の前に置くと、バットを手に庭先に停めた屋台の中へ入っていった。後で茹でる団子を作業台に置き、きな粉の団子が載ったお盆を手に戻ってくる。

「坊やはよく食べるから、作りがいがあるね。さて、きな粉は何本だい?」

「んー……とりあえず、よんほん! おいしいから、たべがいあるよ!」

「そりゃあ何よりなんだね」

空が嬉しそうに笑うと、猫西も嬉しそうに目をきゅっと細める。自慢の団子を褒められるのが嬉しいのだ。

猫西は特製のきな粉をたっぷり纏った団子を四本、ひょいひょいとお皿に盛り、さらにもう一本追加して載せた。

「はい、どうぞ。オマケを付けておいたんだね」

そう言って皿が差し出されると、空は瞳をキラキラさせて大切そうに受け取った。

「わぁい、ありがとう!」

受け取ったきな粉団子に、さっそく齧り付く。ぱくりと口に入れると、豆の優しい風味と香ばしさが舌先に広がった。柔らかな甘さとそれを引き立てる少しの塩気が後を追ってくる。

噛みしめた団子はまだほんのり温かいせいか、ふっくらと柔らかい。それでいて弾力もしっかりあるので、もちもちといつまでも噛みしめていたい楽しさがあった。

「もちもち……」

「あら、このきな粉美味しいわねぇ。どこのかしら?」

「手作りだね。良い大豆が採れるとこで毎年豆を分けてもらって、自分で炒って石臼で挽いてるんだね」

使う都度、猫西はわざわざ自分できな粉を作っているらしい。雪乃はそれを聞いて感心したように何度も頷いた。

「作りたての美味しさかしらね。猫西さんの仕事はいつも丁寧だわ」

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいんだね」

側で交わされるそんな会話も、空の耳にはもうほとんど入っていなかった。きな粉団子を二本、うっとりしながら立て続けに食べ、それからまた醤油団子をぱくりと囓る。甘いものの後はしょっぱいものへ行くのが鉄則だ。

香り良く焼けた醤油味を堪能して口の中をリセットした後は餡子を食べ、また醤油味を食べ、みたらしのタレを薄く絡め、そこに黒ごまをまぶした団子も追加してもらってパクパクと食べる。

「坊やの腹は異界にでも繋がってるのかね?」

串だけを残してどんどんと団子が吸い込まれていく様を見つめ、猫西は心の底から不思議だというように首を傾げた。

もう米田家に通うようになって数日経つのだが、空の小さな体に団子が二十本も入るというのが未だに信じられないらしい。

「だってどれもおいしいんだもん! ね、ばぁばもヤナちゃんもそうおもうよね?」

「ええ、そうね。猫西さんのお団子はどれもとっても美味しいわ」

「そうだの。ただ、空の腹が異界に繋がっていそうだというのもよくわかるのだぞ」

そう言われて、空は自分のお腹を何となく見下ろした。

確かにどこか知らぬ場所に繋がっていそうなほど食べ物が入るお腹だ。しかしそれで困ることは今のところ特に無い。

「たくさんたべれるから、いいとおもう!」

そう結論づけて空が断言すると、その場は笑いに包まれたのだった。

「さてさて、お代も頂いたし、今日はこの辺でお暇するんだね」

「うむ、いつもありがとうな。この後はまた広場か境内に行くのか?」

「んー、今日は役場の方に行ってみるかね。隣村にも来てくれって言われてるんだけど、あっちは何だかおかしな子供らに絡まれることがあってねぇ」

「おかしな子供? 魔狩村にそんな行儀の悪い子いたかしら?」

雪乃が首を傾げると、猫西は困ったように頷いた。

「都会から来た、探索者とか何とか言ってたんだね。どうも猫又が珍しいらしくて、妖怪の作った団子なんて怪しいとか毛が入ってそうだとか、いちゃもんを付けてくるのがいるんだね」

「ああ、そういう……夏休みになると増えるって言うあれね」

大学などが休みになると増えるという都会の探索者たちが、猫西に迷惑を掛けているらしい。もう子供という見た目ではないはずだが、妖怪たちに掛かればまとめて子供扱いのようだ。

「あんまり迷惑なら、村役場に言うとそれとなく追い出してくれるのだぞ」

ヤナがそう提案すると、猫西は笑って首を横に振った。

「しばらくはここでのんびりやるから大丈夫だね。仕入に困らないくらいに稼げればそれでいいから、別に無理に商売しなくてもいいしね。ぼちぼち楽しむさね」

「おやすみのひは、うちでごろごろしてもいいよ!」

「ホビッ!?」

空がピッと手を挙げてそう提案すると、フクちゃんがふわりと羽根を膨らませる。ヤキモチ焼きの小鳥を見て、猫西はくすくすと笑って頷いた。

「たまに世話になるんだね。たまにね」

たまに、と強調するとフクちゃんが渋々羽根を収める。空はそんなフクちゃんをもみもみして宥め、頷いた。

「うん、まってるね!」

猫西は商売道具を屋台に積むとエプロンを外し、じゃあまた明日と言って手を振った。

猫西のリヤカーは少し変わっていて、ハンドルに当たる部分は端っこが切れていて、二本の縦棒が本体から伸びているだけになっている。そしてその棒には巻き紙草の蔓がくるくると絡みついていた。

猫西が蔓の太い部分をポンポンと叩くとそれらがざわりとうごめき、棒に絡みついた部分の葉がゆらゆらと揺れる。

それを確認すると猫西は棒の間に行き、前足を下ろして普通の猫のように地面に四つ足で立った。

「よいしょ、と」

そう呟いて猫西がぐっと体に力を入れると、次の瞬間その小さな体がぶわっと何倍にも大きくなった。

「わぁ……!」

空はもう何度か見ているはずのその変化に、今日もつい驚いて声を上げてしまった。

虎のような巨体になった黒猫が、なう、と少し太い声で合図をすると、巻き紙草の蔓がするするとその体に絡みつき、ハーネスのように猫西と屋台をしっかり繋いだ。

猫西が軽く背を伸ばすと屋台の前が軽く持ち上がり、タイヤが回ってゆっくりと動き出す。

動き出した屋台の屋根からニャー、と白妙の可愛い声が聞こえ、空はそちらに向かって手を振った。

「バイバイ、またね!」

その挨拶に、黒く太い尻尾と、細く白い尻尾が同じように揺れて答える。

今日の出張団子屋は、ガラガラと音を立ててゆっくりと去って行ったのだった。

「さて空。今日のおやつも終わったが……何かしたいことはあるかの?」

空はヤナに口元を拭いてもらいながら問われ、少し考えた。

最近は猫西が来るので午後から保育所に行くこともあるのだが、今日は休みの予定だった。

「ぼく、やよいちゃんにあいたいんだけど……きょうもだめかなぁ」

少し前にアオギリ様と話をした後、空は弥生に会おうと神社まで訪ねていったのだがまだそれは叶っていなかった。

出掛けていたり手の離せない仕事の最中だったりして、時間を取ってもらうことが出来なかったのだ。

「弥生ちゃんは今の時期忙しいからねぇ」

「うむ。田んぼにヌシが出たらすぐ稲刈り祭りになるからの。その準備でバタバタしておるのだぞ」

稲刈り目前のこの時期、神主一家の龍花家はとにかく忙しいらしい。

神社の大掃除をしてあちこち清め、供物を整え、精進潔斎し、稲刈り祭りの前に何日も掛けてサノカミ様に祈る。それだけではなく、村内のあちこちにある小さな社やお堂も、同じように清めて飾りつけたりもするという。

もちろん村の人々が協力してくれるのだが、それでも龍花家が忙しいのは間違いない。

「じぃじもあちこちに、おてつだいにいってるんだよね?」

「そうなのよ。秋の稲刈りや収穫は、村にとって何より大事なことだからね」

「うん……たべもの、だいじだもんね」

自給自足が基本の田舎にとって、秋は一番大事な季節なのだ。

「でも、午後にでもお散歩を兼ねて神社まで行ってみる? もし会えなくても、予定を聞けると思うし」

雪乃のその提案に、空はそうしようと頷いた。

「うん、いってみる!」

「なら今日は雪乃と散歩してくるとよいのだぞ。ヤナは留守番しておるでの」

今日は幸生も出掛けているので、ヤナは家にいるようだ。

空は雪乃と午後の約束をし、昼までの時間をヤナやフクちゃんと一緒にのんびりと過ごしたのだった。