作品タイトル不明
2-70:夏野菜の収穫
家族が魔砕村に帰ってきた日から、一夜明けて。
「とまとさん……えっと、まんまるで、かわいいね?」
「ねー、ナスないよ! どこぉ?」
「ヤナちゃん、キュウリが絡みついてくる! 取ってよこれ!」
子供たちは早速庭の畑で夏野菜たちに挑んでいた。陸は辿々しくトマトを褒め、小雪は姿を隠したナスに騙され、樹はキュウリに気に入られたのかヒゲのような蔓に服を引っ張られて困っている。
妙に主張の激しい夏野菜たちに困惑気味だが、それでも楽しそうに収穫に挑戦していた。
空は陸の手伝いをしながらも、ヤナと共に皆にアドバイスして回った。
「そら、そらー。このとまと、こんなおっきいのに、ほめてもあかくならないよ?」
陸がパタパタと手を振って空を呼ぶ。空は陸が指さす、大きく丸いトマトを見た。確かにもう収穫するには十分な大きさだ。しかしその色は緑のままで、赤くなる兆候もない。
「あんね、ほめてもあかくならないのは、じぃじはのとまとなんだよ」
「じぃじは……?」
幸生派閥に属するトマトは他の人に褒められても赤くならない。空はそれをどう説明したものかと首を捻った。
「んっと……ぼくらより、じぃじのほうがすきだから、じぃじにほめてもらいたいんだって!」
「そういうのあるの!?」
「うん。だから、これじゃなくて、べつのにしよ?」
「……わかった。とまとって、むずかしーね」
難しいのはこの村の植物全般だろう。幸生の畑仕事をちょこちょこ手伝っている空でも、触れられない野菜は色々ある。
幸生がシュパパパパ、とすごい勢いでむしっているサヤエンドウの棚を見て空は遠い目をした。するとそこに、キュウリからやっと解放された樹がタタッと走り寄った。
「じいちゃん、素早くてすっげー! 俺もそれやってみたい!」
「あっ、おにいちゃん、あぶな……っ」
空はそれを見て慌てて止めようと声を上げ、幸生もハッと気付いて手を伸ばそうとしたが、どちらも一歩遅かった。
「うわっ、え、うわわわわっ!?」
樹が近づいた途端、サヤエンドウの蔓が一斉にシャッと伸びて樹に絡みつく。樹は慌てて逃げだそうともがいたが、そのまま宙に持ち上げられてしまった。
「うぎゃー! なんだこれ、どうなってんの!?」
「おにいちゃん、あばれないで! じっとしてると、そのうちおろしてもらえるから!」
ジタバタ暴れる樹の傍まで走り、空は動かないようにと声を掛けた。幸生も慌てて宙吊りになった樹の傍まで来て、その体が落ちないように両腕を差し出しながらサヤエンドウたちに声を掛ける。
「お前たち、これは俺の孫だ。お前たちを脅かす存在ではないから、怯えなくてもいい。下ろしてやってくれ」
サヤエンドウたちは収穫しようとすると枝を動かして伸ばした手を避けるので、その動きより素早くないと豆のさやがむしれない。
しかしそれ以上に厄介なのはその臆病な性質だった。見知らぬ者に近づかれるのが大嫌いで、それを知らずに無遠慮に近づくとこうして蔓で絡め取って捕まえてしまうのだ。
空の言葉に従って樹が暴れるのを止めると、幸生の説得によってサヤエンドウはするすると樹を下ろした。幸生は樹をそっと受け止めるとゆっくりと歩き出す。サヤエンドウを怯えさせないよういくらか距離を取ってから樹を下ろした。
「大丈夫か」
「うん……じいちゃん、ありがとう」
下ろしてもらってホッとしたのか怖かったのか、樹は幸生に礼を言いつつもしょんぼりした表情だ。そんな樹の頭を優しく撫で、幸生はサヤエンドウの棚を指さした。
「サヤエンドウは臆病で、見知らぬ者が近づくのを嫌う。少し距離を離して立ち、声を掛けることを何日かやれば慣れてくれる。そこから始めるのがいいだろう」
「そうなんだ……うん、そうする! えっと、少しって、どのくらい?」
樹が気を取り直して顔を上げると、幸生は樹をサヤエンドウの棚の側まで連れて行った。
「まずはこのくらいだ」
そう言って立ち止まったのは棚から一メートル半ほどの場所だ。樹はそう言われた場所に足でちょっと印を付けると、サヤエンドウに声を掛けた。
「えと……あのさ、びっくりさせて、ごめんな!」
そう言って頭を下げた樹に、サヤエンドウたちがさわさわと枝を揺らす。けれど今度は襲ってきたり、蔓を振り回して 威嚇(いかく) したりするようなことはなかった。
「許してくれただろう。毎日顔を見せていればすぐこいつらも慣れる。今日のところはキュウリにしておくといい」
「うん、俺、毎日挨拶するよ!」
そう言って樹は明るい笑顔を見せた。樹がサヤエンドウを嫌いにならなくて良かった、とずっと見ていた空も胸を撫で下ろす。
「おにいちゃん、いっしょに、まいにちこえかけよ!」
「空もまだ慣れてないの?」
「ぼくはもうへいきだよ! でもしってるひとといっしょにあいさつすると、すぐなれてくれるんだよ!」
空も実は、サヤエンドウの蔓に巻き付かれて二回ほど持ち上げられている。一回目は去年で、二回目は今年だ。毎年種を蒔くので、毎年挨拶が必要だと空は知らなかったので今年もやられてしまった。
ちなみに幸生は種まきから棚の設置、蔓の誘引や手入れと、こまめに世話をしているので親のように思われていて襲われることはない。それを知った空は、来年は種まきから手伝おうと心に決めていた。
「そっか、じゃあ頼むな。慣れたら、俺もサヤエンドウ採らせてもらおうっと!」
「がんばって! ぼく、まだおそくて、うまくとれないから、ぼくのぶんも!」
棚に近づくことが出来ても、空はまだ素早くないので豆には逃げられてしまう。そう言うと、樹は笑って、頑張ると応えてくれた。
「ねー、ナス見つからないよ! お兄ちゃんたち、てつだってー!」
「とまと、あかくなったよ! とってー!」
しばらく二人で幸生がサヤエンドウを収穫する姿を眺めていると、ナスとトマトの区画から声が上がった。
光学迷彩のナスをちっとも見つけられない小雪と、首尾良くトマトを褒め倒して赤くした陸が手を振って呼んでいる。
「どれ、トマトはヤナが採ってやろう」
朝食に食べる分の野菜を家に運びに行っていたヤナがちょうど戻ってきて、ハサミを持って陸の側へと走って行く。樹と空は顔を見合わせ、ナスを探すのを手伝う事にした。
「空、ナスってどこにあるの? 全然見つからないよ!」
小雪は見つからないナスに腹を立てて、頬を膨らませて文句を言っている。空はその側に行くと、しゃがみ込んでナスの葉をそっとかき分けた。
「おねえちゃん、ほら、ここ。このえだのねもとから、したのほうみて」
小雪も隣に座り込み、空が示す枝の隙間を覗き込む。二人の上から樹も身を屈めて一緒に覗き込んだ。空は二人が見ているのを確認しながら、僅かに空間の歪みを感じる場所をツンとつついた。すると何もないはずの場所がゆらっと揺れる。
その揺れを確かめて、トゲに触れぬよう気をつけながら空が宙を掴むと、その手の中に紫色のツヤツヤしたナスがフッと現れた。
「ええっ!? ナス、どこから出てきたの!?」
「すげー、あった!」
「なすって、こうやってかくれてるんだよ」
「何それ! そんなのわかんないよ! もー!」
小雪は騙された! と憤慨しながら今まで覗いては通り過ぎてきたナスの畝を見返す。そしてぎゅっと口を尖らせると勢い良く立ち上がった。
「ぜったい、私だって見つけるもん!」
どうやら小雪もなかなか負けず嫌いのようだ。小雪は畝の端まで駆けて行くと、そこから順番に葉をかき分けて隙間を覗き込む。
「なすは、えだのとこからでてるよ。でもうえのほうはとげがあるから、そのちょっとしたをさわってみてね。なんかゆらっとしたら、そこにあるよ!」
「ゆらっとするのね……ここは……ない、かな? うーん、じゃあ次!」
今までに採った場所もあるので、全部に採り頃のナスがぶら下がっているわけではない。小雪は手で宙を触ってみたり、顔を動かして揺らぐ場所を探したりして工夫をし、ついにはナスを見つけ出した。
「あったー! あったよ! ね、お兄ちゃんハサミある?」
「あるよ、今行く!」
見つけたナスをしっかり掴んで小雪が手を振る。樹は慌てて走って行って、小雪が見つけたナスをチョキンと茎から切り離してやった。採れたナスはずっしりと重く、なかなかの大物だ。
「やった、やっととれた!」
小雪はナスを手にしてピョンピョンと跳びはねる。
「良かったな! 俺も探そうっと」
自分でも見つけたくなった樹は、すぐにしゃがみ込み、真剣な眼差しでナスの間を見ていった。
空は楽しそうな兄弟たちを見て、何だか嬉しくなってくすりと笑う。
「ナスって、私あんまり好きじゃないけど……採れたてって、すっごくキレイだね!」
「うん! つやつやで、むらさきがきれいだよね! ばぁばにあぶらであげてもらって、にくみそかけると、すっごくおいしいよ! とろとろだよ!」
「肉みそ……何かそれ、おいしそう」
空の真剣な主張に、小雪のお腹がぐうと音を立てた。それにつられて空のお腹もぐうぅと音を立てる。二人はお互いのお腹を見つめて、あははと笑い合った。
「俺も採ったよ、ほら!」
「お、樹もナスを見つけたのか。皆なかなかやるのだぞ。さ、今日の野菜はもうそのくらいでよいぞ。お腹が空いた頃だろう。朝ご飯にするのだぞ」
「ごはん! りく、いこう!」
「ぼく、いまとったとまとたべたい!」
「俺キュウリ!」
「ナスは……すぐ食べられる?」
「ナスはさっきヤナが採ったのを雪乃に渡してあるから、多分料理しているのだぞ。小雪が採ったものは、お昼か夕飯にしたらよいな」
ヤナの提案に小雪は頷き、嬉しそうに自分が採ったナスを抱えて家へと走る。朝から手伝いをした子供たちは、皆もうお腹がペコペコだった。