軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-69:アオギリ様の言祝ぎ

昼食後、雪乃は田亀に連絡して再びバスを回してもらうことにした。田亀は神社までの送迎を快く引き受け、窓越しに陸とお喋りをしながらアオギリ神社までキヨを走らせてくれた。

田亀に手を振って皆で参道を歩き、神社の境内へと入る。

すると、一家が来ることを知っていたのかアオギリ様が拝殿の階段に座って手を振っていた。空はそれを見てタッと駆けだし、元気よく挨拶をした。

「アオギリさま、こんにちはー!」

「うむ、よう来たな。さ、上がれ上がれ」

「おじゃましまーす!」

空は階段の下で草鞋を脱ぎ、振り向いて陸たちを手招く。子供たちはアオギリ様の姿に目を丸くしながらも、挨拶をして拝殿へと上がり込んだ。

「アオギリ様、こんにちは」

「アオギリ様……お久しぶりです」

子供たちの後から雪乃と紗雪が拝殿に上がり、アオギリ様に頭を下げた。

アオギリ様は紗雪の顔を見て懐かしそうに目を細め、うむ、と一つ頷く。

「久しいの、紗雪。息災であったか」

「……はい」

紗雪が村を出たときはアオギリ様が寝ている季節だったため、挨拶もしなかった。それを不義理と思ってか、紗雪は申し訳なさそうな表情をしていた。

だがアオギリ様はそんな紗雪を優しい眼差しで見つめ、それからその後ろの隆之と、そしてそんな母を心配そうに見上げる子供たちを順番に眺めた。

「紗雪、夫と子らを紹介してはくれぬのか?」

「あっ、ええと、はい! あの、この人が私の夫で、隆之です」

「初めまして、隆之と申します」

隆之はアオギリ様に少し緊張した面持ちで頭を下げた。東京に住んでいる一般人男性が、神という存在に会う機会などほとんど無い。それどころか人間以外の存在と会うこともほぼないのだ。隆之は家守だというヤナにすら、実は最初のうちは少し緊張していた。

都会の学校でも一応、人ならざる存在と出会ったときの対処方や礼儀作法の授業は、一般教養として行われている。

しかしさすがに神と呼ばれる存在と自分が会うことになるとは、隆之は想像していなかった。

そんな隆之の緊張を見て取ってかアオギリ様はにこやかに笑うと頷き、視線を子供たちに向けた。

「子供たちは……上から、樹、小雪、陸です」

「うむうむ。なかなか多いな。良い事だ。どれ、一人ずつこちらへ」

アオギリ様はそう言ってまず樹を手招く。樹はちょっと緊張しつつも素直に前に出た。

「えっと、樹です、初めまして!」

「樹か。うむ、良い名だの。どれ……」

手を伸ばして樹の頭を優しく撫で、アオギリ様は軽く首を傾げた。

「ふむ……紗雪、この子らはどこの神の加護も受けておらぬのか?」

「あ、はい。都会にはそういうのがないらしくて……一応お宮参りとか初詣とかで訪ねる神社はあるんですが、個別の加護は貰えないみたいなんです」

都会は魔素も少なく、人口が多すぎる。神社仏閣は多くあるが、そこの祭神が直接人に加護を与えるような事は稀なのだ。

「ならば、我が与えても構わぬか?」

「良かったら、ぜひお願いします!」

紗雪は願ってもないと頷いた。

アオギリ様は紗雪の返事を受け、樹の額に指をそっと当てる。

「紗雪の子なら、この村の子ぞ。健やかに育て」

そう言祝がれた樹は一瞬きゅっと目を瞑った。それからアオギリ様に触れられた額を不思議そうにさわり、ぺこりと頭を下げた。

「さて、次は……小雪であったかの」

「はぁい、小雪です! アオギリ様、すっごいかっこいい! 小雪とけっこんして!」

「おお……さすがに 女子(おなご) は元気だのう」

銀の長い髪を垂らした人ならざる美しい容貌に、小雪は瞳をキラキラさせている。そんな少女の頭を優しく撫で、アオギリ様は首を横に振った。

「すまぬが、我の嫁はもう随分昔から決まっておってな。この村には他に良い 男(お) の子が大勢おる。小雪にはもっと良い出会いがあろうぞ」

「ええ~」

残念そうに眉を下げる小雪にアオギリ様は優しく微笑み、その額に指で触れた。

「元気で 愛(う) い女子だの。健やかに育て」

「はぁい!」

言祝ぎをどう受け取ったのか、小雪はちょっと残念そうにしつつも明るく応えた。

「りく、つぎはりくだよ」

「う、うん」

空は陸の背をそっと押して、一緒にアオギリ様に近づく。

「アオギリさま、ぼくのおとうとのりくです!」

「はじめまして!」

「おお、空とそっくりだの。うむ、元気が良さそうだ」

アオギリ様は陸の頭を撫で、空の頭もついでに撫で、それから陸の額に指を当てた。

「健やかに育て」

皆と同じようにそう言祝ぎを受けた後、陸は目をぱちくりさせて自分の額をそっと触った。

「なんか、ふわってした?」

「アオギリさまが、だいじなもの、ちょっとわけてくれたんだよ!」

「そうなの? ありがとーございます!」

幼い方が感受性が強いのか、陸には何かが自分の中に入ったことがわかったらしい。そんな二人にアオギリ様は笑顔で頷き、それから隆之に目を向けた。

「さて、隆之とやら、そなたもちとこちらへ」

「あ、は、はい!」

隆之はアオギリ様に手招かれ、幾分ギクシャクした動きで前に出た。

「そう緊張せずともよい。ふむ……そなたも、特に加護はないのだな。都会の者には特に必要も無いのかの?」

「その、都会では普通に暮らす分には特に危険もありませんので……都会でも神から加護をいただく家系の者もいるとは聞きますが、大抵はそういう機会もありませんから」

代々続く神主や氏子だとか、稀な出会いを経て人ならざるものに好かれた、などという話は都会でもたまにある。しかしほとんどの人間には関係の無い話だった。

「そうか。だが、これからもこの村に家族と共に訪れるなら、多少はあったほうが良かろう。我が加護をしても構わぬか?」

「ぜ、ぜひお願いします」

隆之は思ってもみない機会に、戸惑いつつも頭を下げた。

「健やかに……育て、というの違う気がするかの? そなたは紗雪の夫であり、子らの父だからの。大切な家族のため、永く、健やかに過ごすがよい」

「ありがとうございます!」

隆之は加護を頂き、礼を言って深々と頭を下げた。その後ろで、紗雪も同じように頭を下げる。

アオギリ様は何でも無いことのように微笑み、それからその場に腰を下ろし、同じように皆を座らせた。

「紗雪。良い家族を持ったな」

「……はい!」

「そなたの子らは、陸が一番紗雪に似ておるな。しかし、田亀の後を継ぐのか?」

その問いに紗雪や隆之は思わず目を見張った。チビは姿を現しておらず、誰もシロと陸との仮契約の話はしていない。しかしアオギリ様には触れただけでわかったらしい。

「いえ、とりあえずシロとは、陸の成長を補助するための仮契約ということになっています。まだ陸は小さいので……陸本人の希望で、いずれはこの村で空と一緒に大きくなりたいと、頑張っているところです」

「なるほどのう。そのまま頑張ればいずれは叶うやもしれぬな。励むがよい。それから、小雪は雪乃と同じ素質がありそうだ」

「えっ!?」

その言葉に雪乃は驚いたように小雪を見た。小雪自身は首を傾げて不思議そうにしている。

「まだ種のようなものだがの。本人が望み精進すれば、雪乃の魔法を継ぐことも叶うやも知れぬ」

「それは……そうなれば、嬉しいですが」

「その気があるようなら、気長に少しずつ教えるがよい。それから樹は……樹は、まだよくわからぬな」

「ええ~!? 俺にも、何かかっこいい素質とかないの?」

樹はアオギリ様の言葉を聞いて残念そうに声を上げた。

「素質が無いわけではないぞ。何かしらの種はありそうだ。ただ、もうそなたは自我がはっきりしておる。何がしたいかをまず自分でよく考える必要があるのだ」

「うーん……俺、かっこよく、強くなりたい!」

この年頃の男の子らしい返答に、アオギリ様がくすくすと笑う。

「それなら精進することだ。そなたの母や祖父母は強い。色々教えを請うがよい」

「はーい」

樹はちょっと残念そうに口を尖らせ、それでも素直に頷いた。アオギリ様は最後にまた隆之に目を留めた。

「そなたは、そうさの……」

「えっ、ええと、僕もですか!?」

隆之はまさか自分まで何か言われるとは思ってもみなかったらしい。驚く姿にアオギリ様はくすりと笑う。

「そなたは大分育っておるゆえ、この村の第一線で戦えるようになるとまでは言わぬ」

「それは端から目指してませんが!? というか、ど、努力はしますが多分それほど強くなれる気がしません……!」

隆之は紗雪を良く見てきたし、春に帰ってきた際の和義と良夫の勝負を見て思い知っている。都会生まれ都会育ちでこの年齢では、今からどれだけ努力したところであんな戦いが出来るとは思ってもいないのだ。身の程を知っている返答に、アオギリ様はうむと頷いた。

「そなたはこの村の者ほど魔力は増えぬだろうが、繊細に魔力を扱う才がありそうだ。何か物を作るとか符を習うとか、そういう方面も良かろう。あとは……この村で将来暮らすことを目指すなら、頑張って逃げ足を磨くとよいだろう」

「それは……精進します」

逃げ足ぐらいなら何とかしたい、と隆之は真剣な表情で頷いた。いざという時、子供を抱えて逃げられるくらいの足と体力は持ちたいと常々思っているのだ。

もっとも、すぐにその子供たちに追い抜かれそうだと最近は思い始めているのだが。

アオギリ様は一通りの助言を終えると、最後に紗雪に目を向けた。

「紗雪」

「はい」

「そなたは……村を出て、良かったのかもしれぬ。米田の血が持つ力は強い。雪乃の 系譜(けいふ) もまた同じく。恐らくそれ故に、そなたには兄弟がなかったのであろう」

「それは……」

その言葉に紗雪は思わず隣に座った雪乃の顔を見た。雪乃はきゅっと唇を引き結び、けれど紗雪の目を見て頷いた。

「そなたの中に流れる血を薄めるには、外に出ることが必要だったのかもしれぬ。己が選択を悔やまず、誇るがよいぞ」

「……ありがとうございます」

紗雪はまた深く頭を下げた。

空はそのやり取りを何となく不思議な、けれどどこか納得するような気持ちで聞いていた。

(……もしかして、力が強いと子供が出来にくいとか、あるのかな?)

何となく、そんな事があっても確かに不思議ではなさそうだ。そう思いながら、空は自分の兄弟たちを順番に見つめる。

空が一人っ子ではないことが、母の選択とそれによる両親の出会いによるものならば、空は素直にそれに感謝したかった。

「皆、この村を楽しんでゆくがよい。我は歓迎するぞ」

アオギリ様が最後に告げたその言葉に、杉山家の家族は元気よく返事をしたのだった。