軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-46:いつもの怪異当番

張り詰めた空気が流れる中、幸生はそっと気配を消して動いていた。

楓の後ろに回り、その向こうにあった竈と鍋を覗き込む。

ちょうど良い具合に味噌汁が出来上がっていることを確かめると、傍にいた芳竹の妻の奈菜にそっと声を掛けた。

「この味噌汁を一杯貰っても良いか?」

「えっ!? あ、ああええと、は、はい」

奈菜は突然横に現れたように見えた幸生に混乱しつつも、用意してあったお椀に味噌汁をサッとよそってくれた。

幸生はそれを持って、竹川家の前庭に用意されていた屋外用のテーブルと椅子の所に向かう。

そしてテーブルに味噌汁を置くと、幸生の肩の上でぐうぐうとお腹を鳴らしていた空をそっと下ろした。

「雪乃」

「はいはい。はい空、おにぎりをどうぞ」

「あ、ありがとう……いただきまぁす」

幸生が雪乃を呼べば気配を消した夫の動向を窺っていた妻は心得たもので、魔法鞄から用意していたおにぎりを取り出して空の前に並べ、おしぼりも出して空の手を拭いてくれた。

空はこの空気の中でのんきに朝食を始めていいものか一瞬悩んだが、もう限界を迎えていた空腹にすぐに負け、おにぎりに齧りついた。

最初に手を取ったおにぎりの中身は梅おかかだった。その酸っぱさとおかかの旨味がさらに食欲を刺激して、空はあっという間に周りの空気の事など忘れ、がっつくように口に運んでしまう。

それを見守る幸生は満足そうな表情を微かに浮かべた。

竹林を襲った異変は気になるが、それよりも幸生には間近に響く空の腹の虫を退治する方が遙かに重要なことなのだ。

空がもぐもぐと一生懸命口を動かし二個目のおにぎりを手に取ったところで、善三がその姿を見つめる幸生に目を止めた。

「っておい幸生! お前は何のんきに孫の世話焼いてやがんだ! こっちは一大事なんだぞ!」

「空の腹も一大事だ。空が空腹で倒れたらどうする」

「そりゃあ……いや、もうメシは食い始めてんだから、お前もこっちに加われっての! 眺めてる必要はねぇだろうが!」

善三がそう指摘すると、幸生は渋々振り向く。しかし向きを変えただけで空の傍を離れる気は無いらしい。

「善三、俺に手伝えることがあるのか? なよ竹の姫は難しいとお前は以前言っていただろう」

「憶えてたのか……そりゃあまぁ、そうなんだけどよ……」

「竹林の半分を諦めて更地にする気になったら言え。ちゃんと綺麗にしてやる」

「やる前から諦めんな!」

空はそんな二人の会話を聞きつつ口を動かし、おにぎりをごくんと呑み込んでから幸生の背に声を掛けた。

「ねぇ、じぃじ、なよたけのひめって、なぁに?」

空の記憶では、それは確かかぐや姫を表す言葉だったはずだ。この世界にはかぐや姫もいるのかと最初は空も思ったが、それにしては何だか善三の焦りようは尋常じゃない。

察するに、どうもおとぎ話のお姫様のような、可愛い存在ではなさそうだ。

そんな空の疑問に答えたのは、苦虫を噛みつぶしたような顔をした善三だった。

「なよ竹の姫ってのはな、竹みたいな群生する植物に寄生する、寄生生物のことだ」

「きせい……」

「他の生き物の体に入り込んで、栄養を取ったりすることをそう言うんだよ。なよ竹の姫は特に竹を好んで取り憑くことが多いから、そう呼ばれてんだ」

どうやらかぐや姫ではなかったらしい。寄生という穏やかでない言葉に空は怖々とさっき出てきた竹林に視線を向けた。

「きせいされると、どうなっちゃうの?」

「姫は竹の一本に寄生すると、その周囲の群体を全部自分の配下にしちまう。そうして外敵を攻撃させて安全を確保し、栄養を提供させて成長して力を増し、周辺に勢力を拡大していくんだ……」

「え、こわ……」

「本来なら竹はこの季節は攻撃してこないはずなんだが、あの反応……そんな事例はなよ竹の姫にやられた以外では確認されてねぇ。あの奥のどこかに、なよ竹の姫がいることは恐らく間違いねぇだろう。このままじゃ、栄養をとられ、本来の時期を外れて働かされ酷使された竹林はめちゃくちゃになっちまう」

(うーん……サークルの姫に勝手におさまって、そのサークルをめちゃくちゃにしちゃう感じ?)

タケサーの姫か、と空は何となく理解した。

「父さん、とりあえず怪異当番には連絡した。すぐこっちに来てくれるらしい……けど、なよ竹の姫は簡単に見つかるだろうか?」

「無理かもしれねぇ……姫は身を隠すのがとにかく上手い。俺も実際に姫を見たのはもう随分昔だ。別の村で出た時に助けを求められて手伝いに行ったんだ。あの時は探知が得意な術者でも、竹と区別が付けられなかった。散々探して見つけられず広範囲に被害が出て、結局竹林を外から切り崩して追い詰めたんだ」

「そんな……あそこから同じ事をしたら、うちの妄想竹が半分なくなっちまう」

「駆除は難しいのか……」

正竹と芳竹は兄弟揃って肩を落とした。二人ともこの竹林と共に大きくなったのだ。それが大きく損なわれる可能性を想像して表情が曇る。

「なよ竹の姫はどこから来るのかもその生態も、わかってねぇことが多いんだよ……ああ、俺が冬の間にもっとちゃんと点検してりゃあ……!」

善三はそう言ってがくりとしゃがみ込み、両手で頭を抱えた。

「仕方ないよ父さん……去年から父さんは何だか随分忙しかったから。むしろ俺がもっと竹の世話も手伝うべきだった。ごめんよ……」

正竹はそう言って悔やむ善三を慰める。

米田家の三人は、そんな善三や正竹から何となくそっと目を逸らしたのだった。

それから間もなく、今週の怪異当番だという三人が竹川家に駆けつけた。

来てくれたのは伊山良夫と、その幼馴染みである遠山千里と、木ノ下菫の三人だ。

「竹川さん、どうも。何かヤバいのが出たとか?」

良夫は善三とは、実家の仕事の関係でよく顔を合わせている。その気安さで最初に善三に頭を下げると、後ろの二人を振り返った。

「こんにちは~。さっき見た感じ、全然何も見えなかったけど、ヤバいのどこなんですー?」

千里はそう言って手を振ると、くるりと周囲を見回した。竹川家や竹林に向かって顔を動かすと、下ろした長い髪と一緒に、顔の上半分を隠した紙がひらひらと揺れる。

朱墨で一つ目が描かれた白い紙を顔に貼り付けた千里は、遠見の術で離れた場所のことを視認するのが得意だ。

けれど怪異当番の詰め所に連絡が来てからすぐに竹川家や竹林を確認したが、特に異変は見当たらなかったと千里は告げた。

「俺も特に異変には気づかず……申し訳ない」

そう言って謝ったのは体格の良い、ちょっと強面の青年である木ノ下菫。両耳を覆うように付けた術符で村内の異変を聞き取ったり、結界を抜けたものを探知することに長けている。しかし菫もやはり特に異変は感じなかったらしい。

それを聞いた善三は思わず眉間に皺を寄せた。

「お前らは、なよ竹の姫ってやつについてどこまで知ってる?」

「話くらいは……そういう寄生生物がいるって聞いただけっすけど」

「全然知らないよ~」

「他所の村の記録や古い文献は一応以前に読みましたから、名前くらいは。けれど大した情報はなかったですね」

三人が口々に応えると、善三はそうか、と呟き肩を落とした。

「なよ竹の姫は、多分最初はすごく小さい存在だろうと言われててな……だから結界を抜けて村に来たんだとしても気付かなくても仕方ねぇ。ある程度育つまで、気付かれるようなヘマもしないらしい」

「今までうちの村で出たって聞いたことはないですけど、いつもはどうやって防いでたんです?」

良夫が首を傾げると、善三は竹林をぐるりと囲む竹の塀を指し示した。

「害虫避けとかの結界を張って防いでいる。広範囲結界を張るための術を付与した竹簡を、あの塀に等間隔で配置して、竹林をぐるりと囲んでんのさ」

善三が代々引き継いできた竹林はかなり広範囲だ。妄想竹や魔竹、覇竹など、用途に合わせて色々な竹を育てている。それらを囲む結界となるとかなりの広範囲だ。

「多分、どっかの竹簡に傷んで交換が必要なやつがあったんだろう……それを俺が見逃したんだ。そこから結界にほころびが出来たのかもしれねぇ」

そう言って善三は深いため息を吐く。

米田家の三人は、その姿からまたそっと目を逸らした。

「どんな見た目とか、わかることはないんすか?」

良夫が問うと、善三はううん、と唸って言葉に詰まった。しばらく考え、説明が難しいんだが、と前置きして、知る事を話す。

「本体の見た目は……何とも言いがたい形をしている。何に似てるとも言い難い。宿っている竹を暴いて切り倒せば中から姿を現すが、そもそもその宿ってる竹を探すのが難しい。見た目は完全に竹のまま、気配や魔法探知でも竹と見分けるのは困難だ」

「う、見た目も竹なら私の遠見でもわかんないかも……」

「俺も魔法感知は得意な方ですが……竹と見分けられるかはちょっと近くに寄って試してみないと」

視認が得意な千里は首を横に振り、菫は難しい表情で腕を組んだ。

二人の反応を見て、良夫は自分に出来そうなことを考える。

「そうすると……もういっそ、襲われることを覚悟で偵察してみますか? 攻撃が激しい方に本体がいるだろうから、俺が場所を変えながら近づいてその様子を外から千里に観察して貰うのは?」

良夫のその提案に、しかし善三は首を横に振った。

「それが、姫は外敵が自分に迫ると近くの竹伝いに移動して逃げることが出来るんだ。多少の時間は掛かるようだが……偵察を繰り返すと、見つける前に別の場所に逃げられることは十分考えられる」

「……めちゃくちゃ面倒くさいっすね?」

良夫はしばし言葉を失った後、心底嫌そうな顔でそう呟いた。その場の誰もがその言葉に共感し、深いため息を吐く。

「やはり更地にするか?」

「だからいきなり諦めんな!」

過激派の意見を却下し、善三は頭を掻きむしりながら手立てを考える。

「美枝さんに頼むのはどうだろう? さっき父さんも考えてたよな?」

正竹がそう問いかけると、雪乃は難しい顔をして首を捻った。

「美枝ちゃんなら竹はわかるし、彼女のお願いならある程度届くと思うのよ。でも竹じゃない子はどうかわからないわ……姫は植物ではないのよね?」

「ああ。多分違う」

「そうなると難しいかもしれないわ。でも、最低限周りの竹の抑えにはなるかもしれないから来てもらう?」

「出来れば、頼みたい」

藁にも縋るような顔で善三は雪乃に頭を下げた。雪乃は頷き、すぐに連絡用の鶴を取り出し術を掛けて飛ばした。