軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-21:ぎこちない再会

空がおやつを食べている頃に、紗雪は家に帰ってきた。

出ていった時と同じ姿のままで、特に荷物を持っているとかそういう事も無い。

「おかえりなさい。蛙は獲れた?」

「うん。ルミちゃんに教えてもらって苔山の方で二匹狩って、丸ごと伊山さんとこに置いてお願いしてきたわ」

「なら良かったわ。雨合羽を使う天気になるかどうかはわからないけど、一応あったら安心だし」

今のところ、ここ数日の天気は安定している。

「今回使わなくても、作っておけばまた来た時にも使えるものね」

また来た時、という言葉を近くで聞いていた空は何となく嬉しくなった。

今皆とこうして楽しく遊んでいるのに、次はいつだろう、とふと考えてしまうことがどうしてもあるのだ。夏とかお盆かな、それとも来年のお正月かなと、先のことを考えるのは馬鹿馬鹿しいと思うのに、皆と遊ぶのが楽しいと思うほどそれが終わるのがやはり寂しい。

空はそんな思いをきゅっと呑み込み、紗雪を笑顔で見上げた。

「まま、かえる、かわいいのいた?」

「うん、いたわよ! 苔山の方には何だか変わった大王アマガエルが色々いたわ。ベニテングタケみたいな模様のとかね!」

「あら、それは可愛いわね。良かったわ」

それは赤に白の斑点があるような蛙なんだろうか、と想像して空はちょっと遠い目をした。

毒とか無いのかなとちょっと心配してしまう色柄だが、一応アマガエルらしいので大丈夫なのだろう。

「コケモリ様にも会ってきたの。空に手を貸してくれたお礼を言いにね」

ついでに空を水たまりに落としたことについてもちょっと文句を言ってきたのだが、その事はコケモリ様も謝ってくれた。

「それで、これから何度も村に帰ってくるなら、今度は夫と子供たちを連れてこいって」

「そう……ありがたいわね。春はまだ足元も悪いし、夏くらいに行ったらどうかしら?」

「そうね、そうしようかな」

「そんときは、ぼくもいく!」

「うん、空も一緒に行こうね」

人数が増えると必然的に雪乃や幸生も付いてくることになり、コケモリ様がビクビクするかもしれないが、それはまあ仕方ない。それよりも次の季節の、新しい約束ができたことが空にはただ嬉しい。

先の事を考えて空がにこにこしていると、不意に紗雪が空を見下ろし、それからおもむろにしゃがみ込んで目線を合わせた。

「あのね、空……」

「うん?」

「その……空は、弥生とたまに会ったりするかしら」

紗雪は言いづらそうにもじもじした後、そう空に問いかけた。空はきょとんとしつつもその問いに素直に頷いた。

「やよいちゃん、おしょうがつにあったよ。あとおやまにいったときにたすけてもらったから、おれいもいいにいったよ」

「そうなんだ……弥生、元気かしら?」

「うん! おれいしにいったら、あたまがいたいっておさけのんで、やまとおにいちゃんにおこられてた!」

空はあの騒動の後で弥生の活躍について聞いて見直したのだが、その姿を見たことで大体帳消しになった。そんな事は知らず、紗雪は弥生が元気だということにホッと息を吐く。それからしばらく考えるように顔を伏せた。

「ままは、やよいちゃんに、あいにいかないの?」

空が問いかけると紗雪はうん、と小さく頷き、それからぐっと顔を上げた。

「行くわ。弥生に会いに……明日!」

「あら、今日じゃないの?」

「ちょっと心の準備がいるの! あと……お願い空、ちょっとママに付いてきて!」

「えぇ……?」

空が困った顔をすると紗雪は顔の前で拝むように手を合わせた。

「お願い! 久しぶり過ぎて何から話したら良いのかちょっとわからなくて……」

(……それは、何となくわかる気がする)

紗雪の必死な顔に、空はうん、と頷いた。ケンカというのは、時間が経てば経つほど仲直りが難しくなるものだ。

「ルミちゃんに、弥生がまだ結婚してないって聞いたの……母さん、本当?」

「……ええ。弥生ちゃんは、まだアオギリ様の求婚を断り続けているわねぇ」

「何でかな……やっぱり、私のせいかな」

申し訳なさそうに眉を下げた紗雪に、雪乃は首を横に振った。

「それだけじゃないと思うわよ。色々、複雑なんでしょう」

「……」

「明日、行って聞いてらっしゃい。色んな事全部ちゃんと話したら良いわ」

「うん……そうする」

空は手を伸ばして、不安そうな紗雪の手をきゅっと掴む。紗雪はその温かな小さな手を優しく握り返して微笑んだ。

次の日の午後。

空は昼食後に少しだけ昼寝をして、まだ陸が寝ている間に紗雪と二人で家を出た。

「空、足が速くなったねぇ」

「うん!」

空は紗雪にほめられて嬉しくて頷いた。村の子供たちの足の速さにはまだ全然敵わないのだが、それでも東京にいた頃の空から比べれば雲泥の差だ。すぐに体調を崩すために体力もなく、自分で歩くのはせいぜい家の中だった頃に比べれば、空は見違えるほど育っている。

紗雪と手を繋いで歩ける事が嬉しくて、空はスキップのように半ば弾みながら道を行く。

途中で疲れた頃に紗雪が背負ってくれて、久しぶりの母の背中も嬉しかった。

そんな楽しい道行きもあっという間に終わり、紗雪は緊張した面持ちで神社の鳥居を潜り、神社の社務所の前にやってきた。特に行事もない普通の日の昼間なので、境内は静かだ。

社務所の窓も閉まっていたが、中に人はいるらしい。紗雪は窓からちらりと中を覗くと、社務所の横に回って出入り用の扉をコンコンと叩いた。

「はぁい」

中から聞こえた声に、繋いだ手に少しだけ力が入る。

ガラ、と扉が開いて中から顔を出したのは、驚いた表情で固まった弥生だった。

「弥生、あの、ひ、久しぶり……」

「紗雪……うん、えっと、久しぶり」

二人はどこかぎこちなく挨拶を交わした。

空はそんな二人を下から見上げ、その顔を見比べた。

「やよいちゃん、こんにちは!」

わざと元気良く声を掛けると、弥生は空の存在に気付き、どこかホッとしたように息を吐いた。

「空くん、こんにちは。えと、今、休憩だったの。良かったら、入って」

「ありがとう……お邪魔します」

弥生に招かれ、紗雪と空は社務所の中に入る。中は畳の小上がりになっていて、火鉢や座布団が置いてあった。

紗雪はどこか懐かしそうに中を見回し、招かれるままに座布団の一つに腰を下ろす。空もその隣にちょこんと座った。

「お茶で良い?」

「うん。あ、でもお構いなく……」

「構うわよ。構わせなさいよ」

遠慮がちに紗雪が答えると、弥生はきゅっと唇を尖らせてそう言い、さっさとお茶の用意をしていく。静かな空間にお茶を入れる音だけがして、やがて紗雪と空の目の前にお茶とお菓子が並んだ。

「どうぞ。空くん、お茶は熱いから気をつけてね」

「……ありがとう、いただきます」

「やよいちゃん、ありがとう! いただきまっす!」

気まずい空気を何とかしようと、空は元気良くお菓子に手を伸ばした。

出してくれたのは粒あんの最中だった。美味しいのだが雰囲気が張り詰めているので何だか味が良くわからない。空は口の中にペタペタ張り付く皮に苦労しながら一つ食べ終える。

しかし紗雪も弥生も未だ黙ったまま、なかなか口を開こうとしない。空はそんな二人を交互に見やり、仕方ない、と覚悟を決めた。

「まま、あんね、やよいちゃん、ぼくをたすけてくれたとき、すごくかっこよかったんだって!」

空が話題を振ると、紗雪はハッと顔を上げた。

そのことでまずお礼を言わなければならなかったと思いだしたからだ。

「弥生、その話、母さんから聞いたの……空を助けてくれて、本当にありがとう!」

「いや、止めてよ! そんなの、当たり前の役目を果たしただけだし! べ、別に空くんじゃなくたって、村の子なら誰でも助けたんだし!」

(おお……ツンデレだ)

その言葉は嘘ではないのだろうが、言い方があまりにもツンデレで、空はおかしなところで感心してしまった。

「でも、ありがとう……弥生じゃなきゃあんな人数を山奥に送るなんて無理だったって、母さんも言ってたわ」

「雪乃さんにそう言われるとちょっと嬉しいけど……でも、無事で良かったね」

「うん、本当にありがとう」

二人はようやくぎこちなく微笑み合った。

「紗雪も、その、おかえり。こっちには、家族全員で来たの?」

「ただいま……うん、皆で来たわ。夫と、子供たちがあと三人」

「四人もいるのかぁ……大変だった?」

「楽しかった、かな? 大変だったこともあったけど、もう忘れちゃった」

紗雪はそう言って空を見た。空が生まれてからの方が、大変だったり心配したりと忙しかった気がする。けれど、こうして元気になった姿を見ればそんな事はもう遠い昔のようにも思えた。

紗雪は空の姿に勇気をもらい、一つ深呼吸をすると弥生に向き直る。

「弥生……あのね、弥生がまだアオギリ様と結婚してないって聞いたの。それは、やっぱり私のせい?」

真っ直ぐに切り込まれて、弥生が思わず息を呑む。

空もその直球過ぎる紗雪の言葉にぎょっと目を見開いた。

(ママ、いきなり攻め過ぎ! もうちょっと世間話とか近況報告とか、前置きってものがあるんじゃない!?)

あまりにも真っ直ぐすぎて、フォローしたくても空も何を言ったら良いかわからない。

空が慌てる中、弥生は真っ直ぐに自分に向かう紗雪の眼差しから逃げる様に一瞬目を伏せ、それから首を横に振った。

「違うわ。別に、紗雪のせいじゃない……私の……気が、変わっただけ」

「弥生……」

「べ、別に良いじゃない! 結婚なんかしなくても、ずっとここの巫女のままで! 跡継ぎなら大和が考えれば良いんだし、私は、別に」

「でも、弥生はあんなに、アオギリ様のこと想ってたじゃない! 私が、ここを出るって勝手に決めて、縁は他の子にしてなんて言ったから……」

「止めてよ!」

紗雪の言葉を振り切るように、弥生はそう言って何度も首を横に振った。今日は流したままの長い黒髪がバサバサと揺れる。

「違う……私は、紗雪が好きにしたみたいに、私だって、別の道があるって……だから別に」

けれど、そう言葉を紡ぐ弥生は辛そうだった。それを見る紗雪もまた、同じような顔をしている。

仲が良かったという二人に何があったのか空は知らない。ただ、二人ともお互いの事を思っている事だけは何となくわかる。

どうにか仲裁が出来ないかと空が考えていると、突然社務所の窓がコンコンと音を立てた。

「わ、なに?」

振り向けば、窓の外にチラチラと何か白いものが見える。

弥生が立ち上がって窓を開けると、その白いものはパタパタと社務所の中に入り込んだ。入ってきたのは白い紙で折られた鶴だった。空が目を丸くして見ていると、それはそのまま紗雪の元へ飛んで行く。

「母さんから?」

どうやら雪乃が飛ばした手紙のようなものらしい。紗雪が手を伸ばすと折り鶴はひらりと手の平に降り立ち、聞き慣れた声を発した。

『紗雪、陸が急にお腹が痛いって言って倒れたの。ちょっと帰って来れないかしら』

「りくが!?」

「え、大変!」

空も紗雪も、それを聞いて驚いて立ち上がった。

窓辺に立っていた弥生も慌てて窓を閉めて戻ってきた。

「すぐ帰った方が良いわ。そういう時は母親が傍にいないと!」

「うん、そうする。弥生……また来るわ。また、ちゃんと話そう?」

「……うん。またね」

「やよいちゃん、おかしごちそーさまでした!」

空が草鞋を履きながらそう言うと、弥生はくすりと笑って手を振った。

「空くんも、またね」

外に出ると紗雪はすぐに空を背負い、家へ向かって走り出す。

「しっかり掴まっててね!」

「うん!」

その背中を見送りながら、一人残された弥生はしばらくそこにぼんやりと立ち尽くしていた。