軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-7:体験入園

「いってきまーす!」

「ホピッ!」

「いってらっしゃい。楽しんでくるのだぞ」

「うむ、気をつけて」

三月のある朝。

空はヤナと幸生に元気良く手を振って、雪乃とフクちゃんと一緒に家を出た。テルちゃんも一緒だが、今はお守り袋に入れた依り代の中で眠っている。

二人が玄関を閉めて振り返ると、敷地の門の前にはバスが来て待ってくれていた。

空はそのバスを見た途端、パッと顔を輝かせて走り寄った。

「キヨちゃんだ! キヨちゃんもうおきたの? おはよー!」

空の声に、バスの前にいた巨大な亀が首を持ち上げ振り返る。

「やあ空くん、米田さんおはよう。キヨはこの前冬眠から起きたばっかりだよ」

「おはよーございます!」

「おはよう田亀さん。今日は朝からどうもありがとう」

雪乃がそう言うと、田亀は笑って首を横に振った。

「いやぁ、キヨも起き抜けで、軽い運動をさせたかったからちょうど良いさ」

「いぬさんたちのそりは、もうおわっちゃったの?」

田亀が動かす村のバスは、冬の間は出稼ぎの犬たちが牽く犬ぞりだった。それはどうしたのかと空は首を傾げた。

「雪が消えたらソリは終わりなんだよ。でも犬たちはまだ村に残って、村の警備を手伝ったりしてるよ」

「そっか、ゆき、なくなっちゃったもんね」

キヨが頭を下げてくれたので、その目元を撫でながら空はちょっと残念に思った。

しかしキヨがひくバスに乗るのも好きなので、また乗れるのは嬉しく思う。

「犬たちはもうすぐ山に帰るから、気になるなら今度遊びに来たら良いよ。さ、乗ってくれ」

田亀に促されて、空と雪乃はバスに乗り込む。

座席に腰を下ろすと、上着のフードの中に入っていたフクちゃんが、空の耳元でピチピチ囀って懸命に自己主張をした。

「フクちゃんがいちばん、かわいいよ」

「ホピピッ!」

耳元に身をすり寄せるフクちゃんを撫でて、空はそのご機嫌を取る。

フクちゃんは空が他の生き物を気にする事には結構厳しいのだ。テルちゃんとはもうかなり馴染んでいるのだが。

空はその小さなぬくもりに和みながら、ちょっと緊張した顔で窓の外を眺めた。

「空、大丈夫?」

「うん……だいじょぶ」

硬い顔を浮かべている空に気がついた雪乃が、そっとその顔を覗き込む。空はうん、と一つ頷いてどうにか笑顔を見せた。

「ここの保育所は、多分空が思うより気軽な場所だと思うのよ。そんなに緊張しなくても大丈夫だからね」

「うん」

そう、今日は空の保育所体験日なのだ。

とりあえず今日一日だけだが、朝から保育所に行って雰囲気を見て帰ってくる、ということになっている。

去年は空が村に馴染むまで様子見で、ということで保育所に通う話は出なかった。米田家にはヤナがいるので留守番には困らなかったという事もある。

今年は空も元気になったことだし、明良や結衣たち以外の村の子供にもっと馴染むためにも行った方が良いだろうかという話が出て、試しに一回行って様子を見てきたらどうかという事になり、雪乃が申し込んでくれたのだ。

保育所の先生たちは歓迎すると言ってくれたらしいが、こうして実際に向かってみると、空の心は楽しみ半分、不安半分、といった気分だった。

「何か心配なことでもあるの?」

「んと……みんなと、なかよくなれるかなぁって」

「空なら大丈夫よ。それに明良くんや結衣ちゃんもいるしね」

そう言って頭を撫でてくれる雪乃に、空は首を傾げる。

「アキちゃんたちおっきいのに、いっしょなの?」

年齢ごとにクラスが違うのではないかと疑問に思う空に、今度は雪乃の方が首を傾げる。

「都会は別々なの? 不思議ねぇ……こっちでは、多分皆一緒の部屋だと思うわ」

「そうなの? こどもすくないから?」

「子供は沢山いると思うわよ。でもひとまとめだといざという時に避難がしやすいし……まぁ、最近では村の危険度が下がってそんな事も無くなったと思うけど」

雪乃によれば、村の保育所は農繁期の託児所が少し整備されたようなもので、年齢によるクラス分けなどもほぼなく、子供たちは大体一緒くたにされているらしい。

村に何か危険が迫った時には、年上の子供たちが年下の子供を連れて逃げる必要があるため、部屋も大部屋だという。

服装も動きやすい格好という指定があるだけで、特に制服などもないようだ。

「だからそんなに堅苦しく考えないでいいのよ。皆で遊びに行くんだって思えば……去年の狩りの時、神社で知らない子と一緒に遊んでたでしょ? あんな感じよ」

「そっかぁ、じゃあいいかも!」

同じ歳の子供の中で過ごすことに少し緊張していたが、皆一緒だとなれば困ったときに頼る相手も沢山いそうで、空はホッと息を吐いた。

そんな話をしている間にも、バスはドスドスと走り村の中心部に近づいている。

保育所は小学校と隣接していて、村役場の裏手にあった。いざ何かあったときに怪異当番がすぐさま駆けつけられるという配慮ゆえだ。

入り口の前でバスは止まり、空と雪乃は客車から下りて保育所の建物を眺めた。

建物は思ったより大きめの平屋で、遊具のある広場が隣接している。子供たちが登園する時間からは少しずらしているので外は静かだが、中からはキャアキャアと賑やかな子供たちの声が響いていた。

「じゃあ、またお昼頃に迎えに来るから!」

「ええ、お願いします」

「キヨちゃん、またね!」

今日は昼までの体験なので迎えの約束をして、空はキヨと田亀を手を振って見送った。

それから、雪乃と手を繋いで保育所の入り口を潜る。

「ごめんください」

「はーい、あ、米田さん」

雪乃が声を掛けると、すぐ近くの部屋からエプロン姿の女性が顔を出した。そして雪乃と手を繋いだ空を見ると笑顔を浮かべる。

「空くんだね! いらっしゃい!」

「は、はじめまして……そらです!」

ちょっとドキドキしながら挨拶すると、女性はしゃがみ込んで空と視線を近くしてくれた。

「初めまして! 私はここの所長の忍野幸江よ。皆はさちえ先生って呼んでくれるわ。よろしくね」

「さちえせんせい……」

空もそう呼んでみると、幸江はにこりと微笑んだ。

「おしのって、たうえのときにきいた……」

聞き覚えのある名前に空がそう口にすると、幸江はアハハと笑って頷いた。

「よく憶えてるねぇ! 去年の田植えにでた忍野は、全部うちの家族よ。旦那に、息子と娘! やあねえ、皆途中棄権で恥ずかしいわぁ」

「あら、皆優秀じゃない。旦那さんは腰の具合どう?」

「たまにぶり返すけど、大体元気よ。さて、空くん、ようこそ保育所へ。さっそく一緒に教室行ってみようか!」

幸江は声も笑顔も明るく、子供が好きそうな雰囲気を醸し出している。何となくその笑顔に勇気をもらい、空も笑顔で頷いた。