軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-4:啓蟄の日

空は縁側から外を見ていた。

窓から見えるわずかな常緑樹以外の木々はまだ裸で、色の少ない景色は寂しい。

けれどじっと見ていると、冬枯れた木々の枝の先にわずかな膨らみがぽつりぽつりとある事に気がつく。

空はこのところ、その膨らみが少しずつ大きくなっていくのを毎日楽しみにしているのだ。

「空、また外を見ておるのか? 何か楽しいものでもあるのかの?」

「ヤナちゃん」

廊下はまだ寒いというのに、時々こうして足を運ぶ空をヤナが見に来る。

空はヤナを見上げて、それから窓の外を指さした。

「あんね、きの、えっと、め? あれがちょっとずつ、だんだんおっきくなるのみてるの」

「木の芽か? そういえば大分膨らんだかの」

「うん! あれがこう、ぱってなったら、もっとはるになるかなって」

雪がほとんど消えたことで、景色はまた茶色になってしまった。白い色は目に眩しかったけれど、やはり美しかったと空は思う。

もう三月に入り暦の上ではとっくに春なのだが、魔砕村は山奥の土地なせいかまだ気温が低い。そのため春が遅いのだ。緑をはじめとした様々な色彩が戻ってくる日が空には待ち遠しい。

「ぱっとなったら、か……そういえばそろそろ啓蟄だし、もっと散歩や外遊びも出来るようになるかの」

「けいちつ?」

「うむ。そういう日が暦にあるのだぞ。土の下で冬眠していた虫なんかが這い出てくる、という日だな」

言われてみれば、空は前世でもそんな日の話を聞いたことがある気がした。とはいえ都会暮らしで季節の移り変わりとは疎遠だった身では、朝のニュースでそんな話をしていたな、程度の記憶だ。正直なところ実感は薄い。

「むし……ここでもでてくるの?」

「この辺でも一応そういうことになっておるぞ。丈夫なやつなら冬眠もせずそこらにおるが」

魔砕村の周辺では、冬の間でも巨大なカブトムシやクワガタがうろうろしている。

流石に真冬は常緑樹の葉陰などでじっとしている事が多いらしいが、天気が良い日に空が散歩に出かけると、遠くを飛んでいる姿を見かけることがあった。

体が大きいものは強いし土に潜るにも不便なので、あまり冬眠はしないとヤナは空に教えてくれた。

「ねむってるこもいるの?」

「うむ。寒いのが嫌いなのは結構いるのだぞ。ヤナのようなトカゲっぽいのは大体眠るしの」

流石に爬虫類は冬眠するのか、と空は納得すると同時にちょっとホッとした。

「アオギリさまもねむっちゃうもんね!」

「あはは、確かにな。ヤナと一緒だの」

「はやくみんなおきるといいね」

眠っている皆が起きたなら、賑やかで暖かな春がまた巡ってくるのだろう。

そんな話をし、そんな感想をその時の空は抱いたのだが。

数日後に訪れた啓蟄の日は、天気が良く暖かった。

空は朝起きてすぐに天気が良いことに気がつき、そわそわしながら朝食を食べた。

前日も前々日も、天気が悪くて外には行かなかったのだ。そんな空の様子を見たヤナが、朝食の片付けが済んだところで声を掛けてくれた。

「空、今日は天気が良いが、どうする? 外でも行くか?」

「うん! おにわいく!」

ヤナの提案に空は手をパッと挙げて答える。そして急いで自分の上着とマフラーを手に玄関へと向かった。その空の後をトテトテとフクちゃんが追って行く。

テルちゃんは依り代の中で眠っているので姿を現していない。まだテルちゃんは完全に存在が安定したとはいえないらしく、午前中は寝ている事が多いのだ。

「庭で良いのかの?」

「いいよ! ゆきなくなったから、いしとかさがすの!」

庭にあった雪はすっかり消え失せ、今はカマクラの残骸がわずかに残るのみだ。冬の間雪の下に隠れていた身化石を探したり、芽吹いたばかりの草花を探したりしたい。

空のそんな希望にヤナは頷き、支度をした二人はさっそく庭に出た。フクちゃんは空の上着のフードに入ってついて行く。

空は玄関の外に出て眩しい日差しに目を細め、それから外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「きょう、ちょっとあったかい!」

「そうか? まぁ天気が良いから、日差しは暖かいかの」

庭の景色もまだ寒々しいが、少しだけ木々の新芽が膨らんだ気がした。

「きのめ、おっきくなったかな?」

「すこしばかりかな。そんなにすぐは変わらぬのだぞ」

そんな話をしながら池の側を通り過ぎ、その傍らに生えている緑色の草をヤナがちょんとつつく。

「これは水仙なのだぞ。もうすぐ咲くな」

「すいせん、しってる! たのしみ!」

何の変哲も無い大人しそうな姿に安心しながら空が近づくと、その草がひょこんと引っ込んで消え失せた。

「……なくなった!?」

慌てて周囲を見回してみるが、去年採ったツクシのように引っ込んだ芽がどこかで出てくるという動きをする草は見当たらない。空はどこへ行ったのかと問うように隣にいるヤナを見上げた。

「ああ、水仙は空の事を知らんかったか。これはちと人見知りなのだぞ。知らぬ子が来たから地面に引っ込んで隠れたのだな」

「ひとみしり……」

引っ込んだ理由はわかったが、見ようと近づいただけで逃げられた事に空はちょっと肩を落とす。

「見慣れれば引っ込まなくなるから大丈夫なのだぞ。空はうちの子だと、ヤナがよく言い聞かせておくゆえな」

空は大丈夫だと言うヤナの顔を見上げて頷いた。植物に言い聞かせて顔を覚えてもらうなど、ここに来る前の空ならきっと信じなかった事だろうが、今はそういうものかと思うだけだ。

空も段々田舎のヘンテコ植物に馴染んできている。

「うん……あ、じゃあぼく、ちょっとはなれてるね!」

「ホピ、ピピッ!?」

「あ、空! 急いだら転ぶのだぞ!」

せっかく出てきた芽が隠れてしまっては、綺麗な花が咲かないかもしれない。そう思った空は池の側を離れて裏庭の方へと駆け出した。ぴょこぴょこと揺れ動くフードの中でフクちゃんが驚いて声を上げたが、空は気にせず真っ直ぐ裏庭へ向かう。

空にとって米田家の裏庭は、一年近くの間にすっかり馴染んだ大好きな場所だ。季節ごとの違う姿を見るのを、日々の楽しみにしている。

そんな庭にもまだ空の知らない草花がいるのだ。人見知りで引っ込まれたのは残念だが、探せば他にも知らない子がいるかもしれない。

そう思った空はヤナの声を後にして裏庭に走り込み、中心部の畑の辺りまでやって来た。

裏庭の畑はまだ雪が溶けたばかりで、幸生もあまり手を付けていないらしい。日当たりの良い場所に去年の秋に植えたタマネギの畑があるが、それ以外はわずかな葉物野菜が植えてあるだけだった。

空は足を止めてキョロキョロと見回したが、特に見慣れない植物は無いように見える。

ならばもう少し庭の端に行ってみようかと空は足を踏み出したのだが。

「わっ!?」

「ホビッ!?」

空は一歩踏み出した途端何かに躓いてバランスを崩し、ステンとその場に転んでしまった。その勢いでフードからフクちゃんが転がり出たが、パタパタと慌てて羽ばたいて無事着地する。

空も厚着をしているので転んでも痛くはなかったが、地面は半乾きの状態だ。

慌てて立ち上がると、地面についた体の前面は所々泥で汚れてしまった。

「あう……おこられるかな」

「ピ……」

ヤナも雪乃も多分そのくらいでは怒らないだろうと思うが、急いだら転ぶと言われたばかりなので少々バツが悪い。パタパタと泥を叩いたが、あまり落ちたようには見えなかった。

後で謝ろう、と思いながら空はふと足元を見た。

足を止めたところから一歩踏み出しただけなのに、何故転んだのか。一体何に躓いたのかと下を見て、空はピタリと動きを止めた。

そこにあった、空が躓いた原因となったものは。

ぱっと見はまるで大根のように太く、そして肌色で、なかなかにムキッとご立派な――

「っ、ひ、ひ、ひきゃあぁぁぁぁぁっ!? う、うでぇっー!?」

――どう見ても、人間の片腕、だったのだ。