軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-3:遠い目標

「えっと……せおうって、こう?」

空はちょっと上半身を丸めて両手を後ろに回し、下の方で構えた。

「うむ。フク、危ないから出ておけ」

「ホピッ!」

幸生はそれを見て頷き、フクちゃんを呼ぶ。フクちゃんは慌てて空の上着のフードからぴょこりと飛び出し、パタパタ羽ばたいて幸生の頭に飛び乗った。

幸生はそれを気にせず、手にしたお地蔵様をそっと空の背に乗せた。

空は一生懸命後ろを見ながら、乗せられた石像の下に手を添え、両手で支える。

「あ、かるいんだね」

石像を持っていた幸生の手が離れた直後、空はその軽さに少し驚いた。

三十センチほどの大きさとはいえ石で出来た物だ。その重みを事前に覚悟していたのだが、背負ったお地蔵様は拍子抜けするほど軽かったのだ。軽い木で出来ているかと思うくらいの重さだ。

身構えていた空はホッとして、肩から力を抜いた。

「持てそうかしら?」

「うん!」

「うむ、じゃあ空、そのままもう少しじっとしているのだぞ」

「このままなの?」

歩いたり何かしなくて良いのか、と考えながら空がそのまま立っていると、不意にじわりと背に掛かる負荷が増した気がした。

「うん?」

空は思わず振り向いたが、お地蔵様は別に大きくなったりもしていない。

気のせいか、と思い直した次の瞬間、またじわりと背中の重みが増えた。

「きのせい……じゃない! じぃじ、ばぁば、なんかおもくなった!」

「うむ」

「うむじゃなくて!」

幸生は空と地蔵を眺めながら頷くだけだ。

雪乃は空の正面にしゃがみ込んで、顔を覗き込んだ。

「空、重くて我慢出来なくなったら教えてちょうだいな。もうだめって言ったら、軽くなるからね」

「もっとおもくなるの!?」

「危険は無いから安心するのだぞ。百貫殿は重さの加減はよう心得ておるからの。もうちょっと頑張るのだぞ」

「ソラ、ソラ、ガンバル!」

「ホピピッ! ホピッ!」

ヤナに抱かれたテルちゃんが手足をパタパタ揺らし、フクちゃんが幸生の頭の上で羽ばたいて応援してくれるが、空はそれを見て和むどころじゃない。

何せ背に乗せたお地蔵様がジリジリと重みを増してのしかかってくるのだ。

(なんかこういう妖怪の話なかったっけ!? これ、ホントに大丈夫なの!?)

不安と焦りで空はあわあわと周りを見回す。

「空、足をもう少し開いて、腰を落とせ。そして全身に魔力が巡り力が強くなるよう願え」

「ま、まりょく……」

空はふらふらしかけていた足をぐっと開き、強く踏ん張る。

そして戸惑いから少しばかり持ち上がっていた上半身をまた傾けて背負いやすい角度に調整し、重さに負けないよう腰を落とした。

「うむ、それで良い」

力強く頷く幸生に励まされ、空はぐっと歯を食いしばって気合いを入れた。

(えっと、魔力が体を巡って、僕の力が、強くなりますように……!)

そう強く念じると、少しずつ体に力が巡っていくような気がする。

背に感じていた重さが少しばかり軽くなり、もう少し頑張れそうな気がしてきた。

「良いぞ、空! 頑張れ頑張れ!」

「ガンバレー!」

「ホピホピッ!」

可愛い声に応援されて、空は一生懸命重みに耐えた。

「んぎぎぎぎ……!」

しかし無情にも背中のお地蔵様はどんどん重さを増していく。

空は呻きながらしばらく必死で踏ん張ったが、不意に足元がふらつき、膝がかくりと折れて倒れそうになった。

「あっ、わわ……!」

しかし空が地面に膝をつく前に、背中からフッと重みが消えた。さらに幸生がすかさず手を伸ばし、空の体を掬い上げた。

「よし、もう良いぞ」

幸生は左手で空の体を抱え、右手でその背のお地蔵様をひょいと取り上げる。

空はホッとして幸生の腕にしがみ付き、深いため息を一つ吐いた。

「空、頑張ったわね」

「よく頑張ったのだぞ、空!」

「う、うん……」

皆は口々に空を褒め、頭を撫でてくれたが、この儀式に一体どんな意味があったのかわからない。

空が困惑しながら幸生の腕から離れると、幸生は片手に持ったお地蔵様をお堂の中にまたそっと戻した。そして空を隣に立たせ、お堂に声を掛けた。

「百貫様。我が孫の成長はいかがでしたでしょうか」

幸生がそう問いかけると、次の瞬間お地蔵様がパッと白い光を帯びた。

「わっ!?」

その光に空が思わず声を上げる。

お地蔵様はその体全体に白い光を纏い、そしてそれがピカピカと明滅する。

空が驚いて見つめていると、次に変化があったのはお地蔵様が掛けている赤い前掛けだった。

村の人が作って掛けたのであろう素朴な前掛けの真ん中に、じわりと何か白い模様が浮かぶ。

じっと見ているとその白い模様は徐々に形を成し、やがて一つの文字となった。

「……四、か。うむ、なかなか良いな」

「よん? よんって、なにがよん? よんさい?」

空は前掛けに浮かび上がった漢数字と、幸生の横顔、それから後ろに立つ雪乃たちの顔を順番に見やった。四歳の四かと思ってそう聞いたが、雪乃もヤナも笑いながら首を横に振った。

「四は、四貫ってことね。空が背負えた、お地蔵様の重さのことなのよ。すごいわ空、四貫も背負えたのね!」

「うむ、その年で、自分の体重と同じくらい背負えるなんて、なかなかの力持ちだぞ! 将来有望なのだぞ!」

「よん……かん?」

それらの言葉から、貫というのが重さの単位だろうことは空にもわかった。一応その単位の名は空の前世の知識にもある。

しかし具体的にそれがどのくらいの重さなのかは、空にはよくわからなかった。前世で日常的に使うような単位ではなかったからだ。

(僕と同じ重さっていうことは……どのくらいだろ。うーん……今、多分十五キロくらい? そういえば、体重ってこっちに来てから計ったことないや)

東京で頻繁に寝込んでいた頃は、身長や体重を時々測っていた記憶がある。空は弟の陸より大分軽く小さくて、なかなか身長や体重が増えないことを空も紗雪も気にしていたからだ。

今の自分と同じくらいの体重と言われて、空は自分より一回り大きかった陸の体を背負うところを想像してみた。そう考えてみると、確かに何となくすごいような気がしてくる。

「ぼく、ぼくとおなじくらいもてたの? すごいの?」

「ええ、すごいわ。とっても力持ちよ。よく頑張ったわね!」

雪乃がそう言って頷くと、その言葉を肯定するかのようにお地蔵様が一際強く光り輝いた。

「わ、まぶし……」

空は目が眩んで思わず手で視界を覆う。

するとその手の平の向こうで、どすん、と重たそうな音が響いた。

そしてゆっくりと光もおさまる。

空は眩しい光が消えたことを薄目で確かめてから手を下ろし、先ほどの音の出所を探して視線を彷徨わせた。

するとお地蔵様の前の地面に、薄らと積もった雪に埋もれるようにして何か落ちている。先ほどまではなかった物だ。

空はそれを見て目を見開いた。それは空の知識にあるものとよく似た姿をしていたのだ。

手で握るのにちょうど良さそうな細い棒の両端に、球状の重りのような物が二つくっついている。色は灰色なので、材質は石か金属かもしれない。見るからに重たそうだ。

空はしゃがみ込み、それをつんと指で突いた。思った通り、触ると硬くて冷たかった。

「これ……だんべる?」

それはどう見ても、ダンベルや鉄アレイといわれる物にそっくりだった。しかしその形を見た幸生とヤナが首を傾げる。

「なんぞ面妖な形だの。昔はもっと漬物石のような物ではなかったか?」

「うむ……紗雪の時もそうだったが。空、これを知っているか?」

「うん。えっと……うでとか、きたえるどうぐ? ぼく、みたことあるよ」

前世でだけど、と心の中で付け加えつつ、空がとりあえずそう答えるとそれに頷いたのは雪乃だった。

「これ、百貫様の最近のお気に入りの形らしいのよ。何でも、都会にはこういう体を鍛える道具があったって言って誰かが持ち込んで、百貫様にお供えしたんですって」

「それで気に入ったのか。では最近の子供らはこれを貰っておるのか?」

「ええ、そうらしいわ」

「え……これ、ぼくがもらったの?」

空が驚いて聞き返すと、雪乃がまた頷く。

「ええ。ほら、ここに四って書いてあるでしょう?」

細い指がダンベルの球状の部分を指し示す。確かにそこには漢数字で四と書かれていた。

「よん……ぼくが、せおったのと、いっしょ……」

「そうよ。百貫様は、子供が背負えたのと同じ重さのものを、また一年しっかりと体を鍛えるようにって下さるのよ」

(えええ……全力でいらない!)

ダンベルはさほど大きいわけではないが、空の小さな手にはまだ当然余ってしまう。

それに四貫を背負う事が出来たとはいえ、手で同じ重さを持てるわけではないのだ。

「でもこれ、てでもつのだよね? ぼく、まだもてないよ……」

だからいらないです、と空は言おうとしたのだが、しかしそれを言う前にヤナがそれをひょいと片手で持ち上げた。

「大丈夫だぞ空。百貫殿の贈り物は、重さも大きさも使う子供が望むように変えられるのだぞ」

「ええ。空が貰ったこれなら、大体一貫から四貫の間で好きな重さや大きさに出来るわね」

何その無駄な高機能……と空は思わず遠い目になる。

「これを使って鍛えると良い。よく鍛え、よく育て、が百貫様の信条だ」

「はぁい……」

幸生にもそう言われ、空は渋々と頷いた。ヤナからダンベルを恐る恐る受け取ると、それは拍子抜けするくらい軽い。

どうやら、重たいなら持ちたくないなぁという空の気持ちを反映して勝手に軽くなったらしい。

空はその高機能にまた呆れつつホッと息を吐いた。

「さ、そろそろ帰りましょうか。百貫様、贈り物をありがとうございました」

「言祝ぎを頂き、感謝致します」

「感謝するのだぞ!」

「ありがとうございました……」

皆それぞれに頭を下げ、空は軽いが邪魔なダンベルを雪乃に持ってもらい、またフクちゃんと共に幸生の背に乗せてもらう。

背に揺られて家路を辿りながら、空はふと幸生に問いかけた。

「ね、じぃじ。じぃじはぼくくらいのとき、どのくらいせおえたの?」

「む……どのくらいだったか……忘れたな」

覚えていない、と幸生が唸ると前を歩いていたヤナがくるりと振り向いた。

「それなら廊下の端の柱に書いてあるぞ。毎年、子供の背を刻んで、その横に背負えた重さを書くのが、大体どの家でも伝統だからの!」

「帰ったら見てみましょうか」

「うん! みてみたい!」

空が元気良く頷くと、ヤナがくふふと嬉しそうに笑みを零した。

「空のも今年から新しく刻もうな! 久しぶりだから、楽しみなのだぞ!」

米田家を長く見守ってきたヤナは、紗雪の幼い頃にも同じように柱に成長を刻んできた。

それを久しぶりに出来る、と嬉しそうに弾むように歩いてゆく。

「ヤナちゃん、うれしそう?」

「うむ! ヤナは嬉しいのだぞ! 空、ゆっくり大きくなると良いぞ!」

「ふふ、そうね、久しぶりで、私も嬉しいわ」

「うむ」

ゆっくり大きくなれ、と皆に笑顔で言われ、空も何だか嬉しくなって同じように笑う。

それはきっと、とても幸運なことなのだと空には思えた。

その後。

家に帰り、さっそく幸生の成長を刻んだ柱を見た空は愕然とした。

「えーと、幸生が四歳の頃は……十二貫だな。紗雪は……七貫か」

ヤナが柱の数字を読んで教えてくれた。

幸生、四歳、十二と横に書かれた傷は、何と空より頭一つ分くらい高い場所にある。

紗雪、四歳、七は空よりわずかに背が高いだけだが、それでも書かれた数字は空よりずっと大きい。

この年で自分と同じだけ持てたなんてかなりすごいのでは? などという思い上がりが木っ端微塵だ。

「じぃじもままも、すごい……ぼく、ちょろよわ……?」

「あら、ダメよ比べちゃ。じぃじがおかしいのよ。紗雪もじぃじによく似た子だったし。大丈夫、空は普通よ」

「そうなのだぞ! それに、悔しかったら百貫殿の贈り物で鍛えると良いのだぞ!」

その言葉に空は床に置かれたダンベルを見下ろす。

「うん……がんばる」

「うむ。百貫様も夜な夜な体を鍛えているという話だ。空も頑張れ」

「どういうこと!?」

その夜、空はお地蔵様がせっせと筋トレをする夢を見てうなされたのだが……それが真実かどうかは、確かめないことにしたのだった。