軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

112:雪女の子孫

「空は雪女って知ってるかしら?」

何と言うこともないように聞かれ、衝撃からまだ立ち直れない空はぐらりと傾くようにどうにか頷いた。

雪乃はいつもよりふっくらつやつやした頬に手を当て、良かったと微笑む。

「ゆきおんな……えと、むかしばなしできいたことある、けど……ほんとにいるの?」

空が恐る恐る聞くと、雪乃はいるのよと軽く頷いた。

「昔話には結構古くから語られてたらしいのよ。そのせいかしらね、昔々、世界に魔素が生まれた後、ばぁばのご先祖様はふと気付いたら山奥にいたんですって」

「いたの? きゅうに?」

「そう。何て言えば良いかしら……魔素が世界に広がって浸透して、それが人にも馴染んだ時……その頃にね、それまで人が「いる」と言い伝えてきたものが、本当に次々この世に生まれた時期があったらしいのよ」

空は目をぱちくりさせ、ふと、この間アオギリ様とした話を思い出した。人が語る物語から人ならざる者たちが生まれたと、アオギリ様は確かにそう言っていた。

「じゃあ、ばぁばのごせんぞさまも、ものがたりからうまれたの?」

「あ、その言い方はわかりやすいわね。きっとそうなのよ。それでご先祖様は、何でか存在してるけど、まぁしょうがないからって最初は山奥で暮らしていたらしいわ。でもそのうち飽きちゃって、実体も安定したから山を下りて暮らすことにしたんですって」

(軽い! そんな軽く済む話なの!?)

空は想像を超えつつも軽い話にううんと唸って考え込んだ。

「ええと……とけちゃわないの?」

「最初は溶けて大変だったって話ね。でも溶けちゃっても冬になればまた復活するから、気にせず暮らしてたらしいわよ」

「そうなの!?」

驚く空に、雪乃も気持ちはわかると苦笑する。

「そうなんですって。原初の妖怪や神霊は現象のようなものだったから不思議じゃないとか何とか……そんな話だけどばぁばにも理屈はよくわからないのよ」

空は何だかもう驚きすぎて、どこから何を聞けば良いのかわからなくなって黙り込んだ。

雪乃によれば、先祖の雪女は最初こそ村人に恐れられたりもしたらしい。

けれど時は隕石が落ちて世界が激変してしまった直後だった。つまり人類は存亡の危機にあったのだ。

多少恐ろしい伝承があったり不思議な力を持っていたりしても、その力で村を守るのを手伝ってくれるという話の通じる相手なら歓迎するほかなく、半ばどさくさに紛れるように人の社会に馴染んだらしい。

「それでご先祖様はその後、知り合った村の人と結婚することにしたんですって」

どうやらどこの世界にも猛者がいたらしい。一年の半分以上溶けて姿を見せない女でも嫁にしたいというのはなかなかすごい。

「けっこん……あ、けっこんしたら、とけなくなる?」

空がそう聞くと、雪乃は驚いたように目を見開き、頷いた。

「空、よく知ってるわね! そうなのよ。それでそのうち子供も生まれて……それが、ばぁばにずっと繋がってるのよ」

「アオギリさまがいってた……けっこんしたら、ねむらなくてよくなるって」

人と縁や絆を結べば己を縛る物語から解き放たれる可能性があると、アオギリ様が言っていたことを思い出す。空が雪乃と幸生を交互に見やると、幸生は照れたように顔を逸らした。

「ばぁばも、じぃじとけっこんしたから、とけないの?」

「うふふ、違うわよ。ばぁばはもう大分雪女の血も薄いから、そうじゃなくても溶けたりしないわ。そんなに得意じゃないけど、ばぁばは一応火の魔法も使えるでしょ? もう色んな血が混じってるから、雪女から大分遠いの。まぁ、夏は苦手なんだけど」

雪乃はそう言って自分の青い髪を指で一掬いとると、するりと梳いた。

「ばぁばに残った雪女らしいところは……この青と白の髪と、氷や雪を操る魔法が一番得意だって事と、夏が苦手で力が落ちるってところ、雪が降ると若返るところ……あら? まだ結構あるわね?」

指折り数える雪乃に、空はツッコミ疲れて微笑んだ。

(髪が青くて一筋白いメッシュが入ってるその頭……ファンキーな感じに染めてるだけだと思ってたのに!!)

この村には他にも緑の髪の人や赤い髪の人など、意外と色々な髪色の人がいる。しかしその多くが老人かそれに近い年頃の人なので、空はそれをお年寄りが白髪を色鮮やかに染めるやつだと思っていたのだ。

(もしかして、他の人も染めてるわけじゃないの!? ユウちゃんちのお祖父さんみたいに、何か理由があるの?)

これからは村で色鮮やかな髪の人を見かける度に気になってしまいそうだ。

そんな事を思いながら小さなため息を吐くと、台所の戸がコツコツと叩かれた。

「フクちゃんかしら」

雪乃が立ち上がって戸を開けてやると、そこにはヤナを背に張り付けたフクちゃんがちょこんと立っていた。

「ホピッ! ホピピッ!」

寝室に置いて行かれたフクちゃんは不満そうだった。ヤナがまだ布団から出たくないとワガママを言うので仕方なく付き合っていたらしい。

「フクは腹が空いたそうだぞ」

ヤモリのままヤナがそう言うと、フクちゃんはぴょんと空の膝に飛び乗った。

「フクちゃん……おこめもらう?」

「ホピ!」

フクちゃんが頷くと雪乃が小皿を出し、そこに炊いていないお米を少しだけ盛ってくれた。空はフクちゃんの前に皿を持ってきてご飯を食べさせてあげる。

「ヤナちゃんもいる?」

「ヤナは要らぬぞ! ところで、食事も終えたようなのにまだ皆台所におったのか? なにをしておったのだ?」

「いまね、ばぁばがわかくなったの、なんでってきいてたの」

空が説明すると、ヤナはなるほどと呟いて尻尾を揺らした。

「雪乃は雪女だからの。冬が一番力が強い。それが体にも出るのだぞ」

「ぼく、びっくりしちゃった……ままは? まま、ふゆでもかわらなかったよ?」

その言葉に雪乃がほんの少し顔を曇らせた。空が首を傾げると、雪乃が首を横に振る。

「紗雪は私にあんまり似なかったのよ。昔は女の子が生まれると大抵は雪女系統の子だったらしいんだけど、紗雪は幸生さん似だったみたい。もう私の血も大分薄いから」

「幸生の血が濃かったのだろ。幸生も先祖返りみたいなものだから仕方ないのだぞ」

「そうね。私の家系の伝統で、女の子だったから雪の字を名前にいれたけど……力の系統が違うのに名前だけ継いだ事、気にしていたみたいだったわ……」

雪乃はそれを少しだけ後悔していた。生まれた時にはわからなかったから仕方ないとは言え、雪女としての力を継げなかった事を紗雪はよく残念がっていたのだ。

せめて違う名をつけていればその苦しみが少し減ったのではないかと、雪乃は今でも時折思う。

その雪乃の顔を見て、空は紗雪の事を思い出した。

「ばぁば、ちがうよ! ままね、なまえ、すきだっていってた!」

以前、姉の小雪が紗雪と名前がお揃いみたいで嬉しいと言って、二人で笑っていたことがあったのだ。それを思い出して、空は首を横に振った。

「おねえちゃんね、ままとなまえがおそろいで、うれしいっていってた! ままもね、ばぁばとおそろいなのよって。だから、おんなのこがうまれたら、ゆきってつけるのきめてたって!」

「そう……そうなの。紗雪……だから、小雪ちゃんに」

「うん! だいすきななまえだって!」

空の言葉に雪乃は嬉しそうに笑う。代々継いできたその字を、大事な娘が好きだと言ってくれた。それだけで雪乃の胸が温まる。

「ありがとう、空。ばぁばも、とっても嬉しいわ」

「良かったの、雪乃」

「ええ。さ、そろそろお片付けして……空、お外で雪に触ってみる?」

雪乃は目尻に滲んだ涙をそっと拭くと、空にそう素敵な提案をした。

「うん! ゆき、さわってみたい!」

「ヤナは遠慮しておくぞ。フクと留守番だ」

「ホピッ!?」

不服そうなフクちゃんの声にあははと笑った空は、すっかり大事な事を聞きそびれていた。

若返った美しい妻を未だ直視出来ずに、そうは見えないが実はもじもじしている幸生が一体どんな血を引いているのか。

そこにツッコミ忘れたことに空が気付くことは結局無く。

この話が再び出るのは、当分先になったのだった。